第十話:相棒が小舅面してくるんですけど!?(話をややこしくしないで!)
わたしは完全に頭真っ白。ユフード殿下のまなざしは真剣そのものだ。
自分の心臓の音が聞こえてきはじめたところで、沈黙を破ったのはサラだった。
「度胸だけは褒めておこうか、小僧。こいつはおいらのお気に入りだといっただろう」
「もちろん、あなたさまのお許しなしで彼女を連れて行ったりはしません」
「エル、こいつといっしょに砂漠の国に行きたいか?」
……あ、わたしの意思をまずは確認してくれるんだ。薄れかかっていたサラへの信頼が、すっと戻ってきた。相棒として相方の力になってくれるのは、変わらないみたい。
「どんなところかわからないから、なんともいえないけど。でも、お父さまのお手伝いとか、村の教会や孤児院に恩返しとか、しないうちに、この国を離れようとは思わないかな」
わたしがそう答えると、殿下は穏やかな表情でうなずかれた。
「もちろんぼくがこの国に残るのはかまわないよ。帝位とは無縁だから」
「サラマンダーを擁する神子に結婚を申し込んで、帝冠を望まない? 五歳の子供でもそんな寝言は信用せんぞ」
空気がまたきな臭くなってきたような感じがする。サラはちょっとご機嫌ななめみたいだ。……継承順位六十八番ってことは、六十人以上もお兄さまや伯父さまがいるってことですよね、ユフード殿下には。それを全部飛び越えちゃうの? わたし、というか、サラマンダーを相棒にしてる娘をお嫁にするだけで。
「畏れながら、もうしあげます。ユフード殿下が帝位への野心をお持ちでないというのは、事実であります」
「名乗れ、小姓」
ぞんざいきわまりない態度で、サラが殿下のおつきのかたへしっぽを振った。わたしもお名前うかがわなきゃと思ってたけど、いいかた!
「ケマル=ハサンであります。ユフード殿下は、君主制を廃し、州長制を基本とする民政への移行を志しておいでで――」
「教導派か、気に入らんな。すぐに教主が国を平らげるぞ。皇帝のほうがいくらかマシだろうよ」
「火界統治者の直系たるあなたさまがご降臨されれば、紙の経典にすがるしか能のない、坊主どもなど物の数ではありません」
部屋の気温がはっきりとあがった。わたしはケマルさまとサラのあいだに割り込む。
「人をこれ以上傷つけてはだめ」
「おいらはな、エル、おまえのためにこの世界へやってきたんだ。こいつらに利用されるためじゃない。おまえがこいつらの力になりたいと、心の底から思うのなら、そのときはいいだろう。だがよく考えろ。この小僧は、おまえがサラマンダーを呼び出して、使い魔にしているから結婚を申し込んできた。いまおいらが消えたとして、こいつは本当におまえを嫁にすると思うか?」
わたしは腕を伸ばしてサラをつかんだ。手を反射的に引っ込めそうになるくらい熱かったけど、持ちあげて、ぎゅっと抱きしめる。すぐに熱が引いた。
「すみません……殿下、ケマルさま、今日のところはこれでお帰りください」
「もうしわけない。エルゼヴィカ嬢、きみを困らせるつもりはなかった」
「エルゼヴィカさま、殿下が、あなたを――」
「よせ」
殿下がちいさいが鋭く制し、ケマルさまは黙って頭をさげた。
またしてもひざを屈し、ユフード殿下はサラへではなく、わたしへ向けて口を開く。
「ぼくのあなたへの愛が、打算や野心とは無縁であることを、かならず証明してみせます」
おふたりはあらためて最上級の礼をして、部屋から退出していった。
扉が閉まる。
わたしはサラを抱えたまま寝室へいって、そのままベッドへ倒れ込んだ。
「……ごめん。ありがとう、わたしのためにやってくれたんだよね」
「だれにも話すんじゃないって、いっておくべきだったな。おいらはただのしゃべるぬいぐるみで、中身は火花の精だとでも、適当な偽装をさせておけばよかった」
「サラがそんなに偉い精霊だなんて、知らなかったもん」
短い前肢を伸ばして、サラはわたしのほっぺを撫でてくれた。すごく肌触りがいい。あんまりサラが怒ったら、このボディは発火してしまうだろう。早く不燃性に取り替えないと……いや、燃えなくなったら、さっきみたいなときに遠慮なく炎を出すようになるかも。このままにしといたほうがいいかな?
わたしに抱きすくめられたまま、サラが言葉をつづける。
「サラマンダーを崇める連中が、こっちの陸塊にまでいるとは思わなかった。悪役令嬢のことだけじゃなく、学園にいる人間を全部調べるべきだったな」
「ユフード殿下とケマルさまだけじゃなくて、シモーヌさまも四大精霊を相棒にするのはすごいことだって知ってたみたい」
「シモーヌ?」
「ゾーゲンヴェクト辺境伯ご令嬢」
「黒髪ロングか。かなり力があるぞ、あの女」
「東方国境守護をまかされてる名門のお嬢さまだから、素質があるのかな」
気分がようやく落ち着いたから、わたしはベッドの上で起きあがって、サラを定位置であるサイドボードにおいた。
サラは直接見れば相手の術師としての力量がわかるらしい。なら、噂が広まったらマルガレーテ嬢もやってきそうだし、そのときに彼女の知識が、他人から教わったものなのか、自分の相棒に調査させた結果なのか、見当がつくかもしれない。
大貴族の血筋であることを考えれば、マルガレーテ嬢もきっと素質があるのだろうけど。
……そういえば、わたしは血統書つきレベルの庶民出身なのに、どうしてサラを呼び出せたのかな?
お話が本筋に入ってきました。淫乱ピンクはどこへ向かうか…。
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