05
「お姉ちゃん。大好き」
妹のアレナは茶色の髪で、緑色の瞳をした女の子だった。
物心が付いた時にはすでにアレナは傍にいて、彼女の後ろをいつも付いて回った。
アレナが本当の妹ではない事を知ったのは三歳の時。
妹が身につけている指輪のついた首飾りが気になって聞いた時に、母親から聞かされた。
「アレナの本当のお母さんは死んでしまったけど、お父さんはまだ生きているみたいなんだ。この指輪はとても高価なものに違いない。これを元に彼女のお父さんが探しに来るかもしれないんだよ」
その時は高価の意味がわからず、ただ頷いていただけだった。
両親がいない彼女を大切にしようと思っていたくらいだ。
けれども、高価の意味を知りその指輪がとても欲しくなってきて、彼女の気持ちは歪んでいく。
彼女の家は貧しい。毎日野菜だけのスープにパン。たまにはハムがついてくるか、こないか。甘いものなんて、一年に一度くらいしか食べたことが無い。
「ラウラ。指輪を返しなさい」
アレナはとても優しい子で、指輪がついた首飾りをよく貸してくれた。けれども、それを身につけている所を見られてしまって、両親に叱られた。悔しかったけれども、ラウラはやめなかった。
ある日、いつものようにアレナが眠り、両親が出かけた隙を見て、指輪がついた首飾りをつけて外に出た。
そしてある男が声をかけてきた。
すこし汚れていたが騎士の身なりをしており、アレナの父親かと期待した。結果違ったけれども、事実はもっと大きかった。
(アレナが王女なんて。なんで、なんで世の中は不公平なの?)
隣国ハライデンへの旅路、馬車の中で何度も思ったこと。
ボフミルを見ると、彼はなぜか微笑みかけてきた。
御者の悲鳴があがり、勢いを増す馬車。
「君の願いをかなえてやろう」
ボフミルの言葉が聞こえ、体が浮いた。彼の胸の中のいるのがわかり、体を無理に捻ると彼の肩越しに、馬車がゆっくりと崖に落ちていくのが見えた。
「ラウラ!」
「お姉ちゃん!」
耳を塞ぎたくなるような悲鳴、そして鈍い音。
血の匂い……。
「……もう見なくなっていたのに」
目を開けると、いつもの光景。
高いとこから極めの細かいレースが床まで続いている。ベッドは心地のよい肌触りの白い布で覆われていて、安眠によいとされる草の香りがした。
あの時の夢は、王宮へ入り三ヶ月ほど毎晩見続けた。けれども自身が王女アレナといい続けているうちに見なくなった。
「なのに……なぜ」
吐き気を催し彼女は口を押さえた。
カーテンで締め切られた部屋は真っ暗であり、彼女は時間が知りたいとベッドから起き上がる。途中水差しからグラスに水を注ぎ、喉を潤した。
窓まで辿り着きカーテンを開けると、日はまだ昇る気配すら見せず闇が色濃い。
「眠らなきゃ」
アレナはそうつぶやくが、あの悪夢を再度見そうでベッドに横になる気にはなれなかった。
☆
「……ボフミルも…?」
出立を三日前に控え、ヴィートから届けられた手紙を読んでアレナは唇を噛み締める。
王女らしからぬ仕草で、部屋に誰もいなかったのが幸いだ。
彼女を保護したという稀代の英雄を王にも会わせたいので、ボフミル・アデミツも今回の訪問に同行させてくれないか、というヴィートの文面を何度も読み返す。
今回の訪問では、ボフミルをハランデンに残すつもりだった。それは彼女の願いでもあり、すこしでも彼の監視の目から逃れたかったからだ。
一年後の輿入れは侍女のみをハランデンから同行させるつもりだったので、今回訪問に加わらないことも不自然なことではなかった。ボフミル本人も隣国に行く気がなく、アレナはそういう意味でも今回の訪問を楽しみにしていた。
「……断ることは可能よね。だって、個人的にお願いされただけだし」
どうにか理由をつけて断るつもりでいたのだが、ヴィートはハランデンの王宛てにも手紙を出しており、彼女の望みは打ち砕かれた。
三日後、王女アレナと騎士ボフミル・アデミツ、そして侍女と警護のための騎士一団は隣国セシュセへ出発した。