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偽りの王女と真の王女   作者: ありま氷炎
第一章 使用人リーディア
3/23

02

慣れない足首すれすれのドレスの裾を踏まないようにして、リーディアは階段を降りていた。


「エリアス様」


 階段の下では、正装に身を包んだエリアスがいて心が躍った。

 期待してはいけないとわかっているけれども、この時だけは夢を見てもいいとリーディアは差しだされた手に触れる。


「リーディア。とても綺麗だ」

「あ、ありがとうございます」


 濃紺の瞳はだた彼女に向けられていて、緊張なのか、恥ずかしさのあまりか手に汗をかきそうで、彼女は手を引っ込めようとした。それをエリアスは許さず、強く手を掴み、応接間へそのまま導く。

更に緊張が高まるが、逃げられるわけもなく、手を引かれるまま彼の後に続いた。


「まあ、まあ」

「エリアス。少し強引だぞ」


 応接間ですでに待っていたら男爵夫妻は、現れた二人に笑いかける。フラングス男爵――ドミニクは息子の強引さを咎めながらも、その気持ちを知っているため、止めることはしなかった。

彼は息子の願いを叶えるため、リーディアの出生について調べていた。けれどもまるで誰かの意志が介在しているようにその手掛かりはなかった。そこがまたおかしな点なのだが、未だに彼女の出生は謎のままであった。

そんな男爵の思い、エリアスの恋慕などにも気が付かないリーディアは、夢心地で席についた。

昼食会が始まったところで、突然邪魔が入る。

執事が慌てた様子でやってきたのだ。


「どうしたのだ。ボベク」


 この昼食はフラングス家にとっても大切なものをされており、緊急な要件以外は通さないように言ってあった。けれども厳格な執事ボベクが早足で飛び込んできたのだ。


「第二王子、ヴィート殿下がお越しです」

「あの野郎!」


 ボベクの言葉に最初に反応したのはエリアスで荒々しく立ち上がる。


「エリアス?」

「ちょっと席を外します」


 エリアスは戸惑う皆に構わず、部屋を出て行ってしまった。


「おやおや。何かわけがあるようだね。しかし、相手は王族だ。失礼があってはならない。出迎えにいくかね」

「そうですわね。旦那様」


 夫妻がそう言い、ゆっくりと立ち上がった。

 リーディアも思わず立ち上がったが、一介の使用人の立場ではどうしていいのかわからなかった。その戸惑いに気が付いたら夫人が微笑む。


「今日はリーディアは私たちの娘なのよ。一緒に出迎えをいたしましょう」

「そうだな。正式訪問でもないし、よいだろう」


 夫人に肩を優しく抱かれ、リーディアは緊張しながら共に玄関に向かった。


「だーかーら、君の意中の娘を見たいだけなんだって」

「帰ってください」


 応接間を出てすぐに二人のやり取りは聞こえてきた。

  エリアスの向かいに立つのは、王宮での装いではなく、下級貴族が着るようなシャツにズボンを身に着けた第二王子ヴィートだった。有能な執事ボベクでなければ王子とは気が付かないほど、簡易な服装で、どちらかというとエリアスのほうが華美に見えるくらいだ。

ヴィートは栗色の癖っ毛を弄びながら少し感情的なエリアスを相手にしていたが、ドミニク夫妻、そしてその後ろのリーディアを視界に入れるとを輝かせた。


「あ、この子かあ。可愛いね。それは誰にも言いたくない気持ちもわかるな」


 王子の茶化した言い方に、エリアスはドミニクたちが来たことを悟る。

  けれども、彼は奮闘する。


「殿下。もう満足でしょう。用事が済みましたのでお帰りください」

「なんで?僕、お腹ぺこぺこなんだよね。昼食会に招待してくれるのでしょう?この僕を追い出したりしないよね?」


王子からそう言いだされ、断れる貴族など存在しない。

リーディアの一年に一度の昼食会は、第二王子が加わるというとんでもないものになってしまった。


「リーディアっていうんだ。君、どこかで僕と会ったことない?」


 ヴィートは急遽用意された仔牛のステーキを胃袋に収めながら、問いかける。

 リーディアは王子から言葉などかけられたことがなく、緊張しすぎてテーブルに置いた手が震えていた。答えなど口にできる状態でもなく、一介の使用人が答えてよいものか判断もできすにいる。


「それはありえません」


 代わりに返事を返したのはエリアスで、同時にそっとリーディアの手を握る。緊張がほどけるどころか、ますますドギマギしてしまい、リーディアは俯いてしまった。


「ああ、可愛いなあ。照れちゃって。エリアス。どさくさに何かした?」

「してません!」


 彼女の頬が上気したのを目ざとく発見したヴィートは意地悪そうに笑い、エリアスはリーディアの手を離すとすぐに言葉を返した。

 ヴィートとエリアスは身分は王子と男爵子息で大きく異なるが、騎士団の入団時期が同じで同期だ。十四歳から入団して、五年の付き合いにもなり、気心が知れている。もっぱらエリアスはいつもヴィートにからかわれている感じなのだが……。


「殿下。実は、リーディアは九年前からの記憶がなく、私どもは彼女の家族を探しているのです。見たことがあるというのであれば、それは彼女の家族かもしれません。何が手掛かりがあれば、教えていただけますか?」


 二人のやり取りに口を挟んだのはドミニクで、ヴィートは目を細める。


「リーディアは貴族ではないんだね」

「恐れ多いことでありながら、現在のところ。このように同席させておりますが、今日はこの娘の特別の日を祝っているのでございます」

「現在の所ねぇ。いいよ。僕のほうでも調べてみるよ。茶色の髪は珍しくないけど、彼女の瞳は特別だ。……なるほど、それでエリアスの秘密の恋なわけだ」

「殿下!」


リーディアは次々を繰り広がられる会話を聞いていたが、もう何がなんだかわからない状態だった。時折、自分にとって心地よい言葉が聞こえてくるようだが、夢の中にいるようで、なんだが現実味がない。

特にエリアスの秘密の恋などと、聞いた時は眩暈がするかと思ったくらいだった。


「殿方様。今日はリーディアのための昼食会です。ほら彼女はこんなに緊張してしまっています。お話は別の機会に、今日は昼食を楽しんでくださいませ」

「そうだな。私としたことが」

「フラングス男爵夫人。さすがエリアスのお母上。リーディア。突然押しかけてきて悪かったね。君に会えてよかったよ。さあ、楽しんで」

「第二王子殿下。申し訳ありません。ありがとうございます」


 そう言われてどう答えていいかわからない。とりあえずリーディアは顔を上げると必死に微笑んで、王子に気を遣わせてしまった詫びを入れる。


「リーディア。殿下は懐が大きい方だ。そう縮こまる必要はない。勝手に訪問してきた殿下が悪いのだから」

「そうそう。僕が……。というか、君、もう渡したの?」

「そんなことまで知っているんですか?」

「当たり前でしょう」


 ヴィートとエリアスは本当に仲が良いらしくて、二人はじゃれ合うようにやり取りを繰り返す。

 今年は王子が参加するというとんでもない昼食会になってしまったが、エリアスを始め、男爵夫婦が軽快な笑い声を立てるのを聞いて、リーディアは安堵していた。

 自身にとっても王子と対面する貴重な機会を得て、今年はさらに特別な日になったと記憶に刻む。

そうして眩しい世界を垣間見ることができてよかったと、リーディアは薦められるまま食事を続けた。


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