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偽りの王女と真の王女   作者: ありま氷炎
第一章 使用人リーディア
2/23

01

 リーディアの朝は早い。

 何も彼女だけではなく、他の使用人も同様だ。

 日が明ける前に目を覚まして、身支度を整え仕事を始める。

 茶色の髪を器用にくるくると一纏めにして、髪がこぼれないように布を被せてリボンで絞る。濃紺のワンピースに、白いエプロン、白地のタイツを履いて、仕上げは皮の靴だ。

 使用人の服は四着屋敷から支給される。付属の靴なども同数配られ、洗濯は屋敷で一括で行う。他の屋敷ではこれは信じられないことだが、リーディアを拾ってくれたドミニク・フラングス男爵の屋敷では普通に行われていた。


 九年前、リーディアは旅行中だったフラングス一家に拾われた。

 馬車の前の飛び出してきて、危うく跳ねそうになったらしい。

 実際彼女は体のあちこちが裂傷していて、御者は最初跳ねたと思った程だった。

 近くの薬師に見せ、傷はどこからか落ちた傷であり、馬車によるものではなかった。そのままリーディアを置いていく事もできたのに、フラングス男爵は旅行の日程を伸ばし、彼女の世話を焼いた。もっぱら看病したのは夫人で、その息子エリアスは物珍しそうに側にいたそうだ。

 数日後、意識を取り戻したリーディアは記憶を失っており、すっかり彼女を気に入ったフラングス一家は屋敷に連れ帰ることにした。


 リーディアと名付けたのは夫人で、本来ならば娘として養いたかったのだが、出自不明という点で執事の反対もあり、使用人の一人として養う事に決めたそうだ。


「おはよう」


庭を掃いていた彼女は突然声をかけられ、危うく箒を落としそうになった。


「エリアス様。おはようございます」


 けれども心を落ち付けると、振り返り丁寧にお辞儀を返す。


「……驚かしたみたいだな。悪い」


 何事もなかったように挨拶を返したつもりだったのだが、エリアスには見破られたらしい。額を指でかきながら苦笑していた。

 朝の鍛錬を終えたばかりなのか、着ているシャツが濡れていて、幾分顔も上気している。父親のフラングス男爵譲りの銀髪に精悍な顔はとても眩しく見えてリーディアは思わず視線を逸らしてしまった。

 初めて出会った時エリアスはわずか十歳で、可愛らしい美少年であった。十九歳の今は身長もリーディアの頭二つ分大きく、かなり見上げる必要があるくらいだ。

 騎士団に属してる彼は、三日に一度非番の日はこうして屋敷に戻ってくる。夫人はそれを心待ちにしており、リーディアも内心喜んでいた。 

 九年前に記憶がない彼女を拾ってくれた事をリーディアはとても感謝している。特にエリアスは年が近かった事もあり、何かと彼女に優しかった。

 けれども小さい時から執事に言い聞かせられている事もあり、使用人としての立場を忘れた事はない。なので彼女は一定の距離を保ち、自身のエリアスへの気持ちは悟られないように深く心の奥へしまっていた。  



「いいですね。今日だけは特別ですから」

「はい」


 洗濯を終えたところで執事に毎年のように言われている台詞をもらう。

 今日は一年に一度の特別の日であった。

 記憶がないリーディアの誕生日、年齢は不明だ。当時の体つきから六歳くらいと判断され、九年目の今年は十五歳。

 この日だけは特別にフラングス男爵夫妻とエリアスと昼食を共にする。使用人の制服からドレスに着替え、髪を結い、化粧を施される。


「リーディア。とびっきりの美人にしてあげるから。エリアス様もびっくりだよ」

「 シアラ」


シアラの 年齢は四十歳頃。一時は子育てで離れた事もあるがリーディアが屋敷に来た時から働いている古株の一人だ。 このフラングス家には五人しか使用人はいない。全員リーディアより年齢がかなり上で、口を開けば厳しいことしか言わない執事さえ、本当はリーディアのことを娘のように思っているのが本当のところだった。

 シアラ自身も彼女を可愛がっており、執事が辛く当たる度に慰めている。


「まあ、リーディアは元から美人だからね。私が頑張らなくてもドレスを着ちまえば、その辺の令嬢なんて相手じゃないよ」

「シアラ。そんなこと言わないで。お願い」


 恐れ多くも使用人の自分が恋慕の情を抱いているなどエリアスに知られたら軽蔑されてしまうと、リーディアはシアラに請う。

 彼女は苦笑すると、口を噤み再び髪を結い始めた。


 一年に一度のご褒美。

 リーディアはこの日のことをそう思っている。

 普段では考えられないドレスを着て、男爵夫妻そしてエリアスと共に食事ができる。物語のお姫様になったような、そんな気分を味わえるこの日をリーディアは毎年楽しみにしていた。

 手渡された手鏡に映る自分は別世界のお姫様のよう。


「シアラ。ありがとう。とても綺麗」

「喜んでくれてうれしいよ。私の腕じゃここまで限界なんだけどね。それでもお姫様のようだよ。リーディア」

「ありがとう」


 リーディアは嬉しくなってお姫様という言葉におどけて、見様見真似で貴族のお辞儀をする。

 すると後方から咳払いが聞こえて、リーディアはまるで兔のように驚いて飛び跳ねた。


「……リーディア。時間です。早く行きなさい」


 執事はいつもの無表情を保っていたが、リーディアの驚いた様子に笑いを堪えているのをシアラは知っており、代わりに盛大に笑う。


「シアラ?」

「シアラ。下品だぞ。リーディア。シアラに構わず先に行きなさい」

「はい。ボベク様」


 執事に頭を下げ、シアラに目配せすると慌ただしく部屋の外に出た。

 リーディアが出て行き、シアラはすぐに笑いをおさめた。すると執事のボベクは苦言をこぼす。


「リーディアにあまり期待を持たせるな」

「わかっているよ。だけどねぇ。お坊ちゃんの様子を見ていたら、ひょっとしたらと思うんだ。ほら、リーディアってただの娘には見えないだろう。ひょっとしていいところのお嬢さんじゃないのかねぇ」

「旦那様が何度も調べたけど、リーディアの記録はどこにはなかったんだ。期待はさせるなよ」

「ああ、なんだかねぇ」

 

 執事ボベクはリーディアが嫌いなわけではない。むしろ真面目で素直なリーディアに好意を持っている。けれども貴族の屋敷に務める執事として、使用人のリーディアに甘く接するわけにはいかない。特にエリアスとの関係には気をつけていた。

 貴族社会で、貴族とその使用人が結ばれることはない。物語の上だけだ。結ばれるとしたら、それは駆け落ちなどの場合であって、使用人が家の女主人として君臨することはないのだ。

 リーディアのことを思うからこそ、彼は厳しく彼女に接しており、エリアスにも何度も釘を刺していた。


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