17
「明朝、刑が執行されることになった」
翌日、扉ごしに牢番から伝えられ、ラウラはやっとこの辛さから解放されると安堵した。ベッドから体を動かすのも億劫になっていたが、牢番に知らせてくれたお礼だけは述べる。
「今日くらい、食事をしてください」
先ほどまでのぶっきらぼうな物言いを改めて、男は切羽詰った声を出した。
「ありがとう……。私の…分は誰かに…あげて。私は……最……後まで、自分の…罪と向き合いたいの……」
男は答えず、しばらくすると去っていく足音が聞こえた。
(アレナはどうなったかしら。それだけは知りたい。聞いたら教えてくれるかしら……)
そう思ったのにラウラは気を失うように眠ってしまい、目が覚めたのは夜だった。
「アレナ……。話がしたい。起きてくれ」
扉越しに声をかけてきたのは、ハランデンの王太子だった。
「お兄……。いえ、王太子殿下」
姿は見えないが、どうにか礼を取ろうとしたのだが、弱った体ではそれも難しかった。
「アレナ……。いやラウラだったな。私は今でも信じられない。お前が本当の妹ではないなんて」
「も、申し訳ございません」
「ラウラ。ヴィート王子からも嘆願書が届いている。あの王子は人を見る目がしっかりしている。そんな彼が選んだお前だ。本当は……」
「申し訳ありません。王太子殿下」
ラウラはひたすら詫びを繰り返しただけだった。
明日この命を使って罪を償う。
それが九年前の親殺しの罪、そして九年間人々を騙し続けてきたことの罪をあがなうことだと思ったからだった。
「王太子殿下。九年間、ありがとうございました。あなたの下さった優しさは死んでも忘れません」
「ラウラ……」
王太子は暫くそこに立っていたが、彼女の頑な態度に最後は折れた。
「お前は私の本当の妹のようだったよ。アレナ。いやラウラ」
彼はそう言い残し、彼女は涙が出そうになるのを堪える。
(十分すぎるわ。こんな私にとって十分過ぎる人生だった。ごめんなさい。お父さん、お母さん、アレナ……)
優しい言葉をかけてもらう権利もないのにと、ラウラは殺された両親、そして妹に詫びをいれた。
翌朝、慌しい足音で彼女は起きた。
いよいよ処刑場に連れて行かれるのかと、覚悟を決めたはずなのに不安がこみ上げてくる。
けれども伝えられた事実は彼女が予想したものとは異なった。
「アレナ王女が目覚められたそうです。王女様の嘆願によって、あなたの刑は延期になりました。まだ王女は体調が整っておらずご帰還には時間がかかるということです」
(アレナが!)
また見殺しにしてしまったかもしれない妹が生きていることにラウラは喜ぶ。けれども刑が延期になったことによって、それまで張り詰めていた気力がなくなった。
「ラウラ様。アレナ王女はあなたとの対面を希望しております。どうか何かを口に、」
「ラウラ」
門番の言葉を遮って、信じられない声が聞こえた。
「僕だよ。アレナ……リーディアから手紙を預かってきたんだ。君は何も食べていないそうじゃないか。王太子から聞いているよ。君はリーディアと会わないといけない。だから、それまでしっかり食べるんだよ。僕が今日から目を光らせておくからね」
「……ヴィート様」
「ヴぃ、ヴィート?!って第、」
「しー。秘密。これ、誰かに漏らしたら君、命ないからね。わかった」
「わ、わかりました!」
扉の向こうからそんな会話が聞こえてくる。
どこか滑稽で、そのような状況ではないのにラウラはおかしくなってしまう。
「牢番くん。鍵を貸してくれる?」
「し、しかし!」
牢番は渋っていたが、最後には鍵をヴィートに渡した。
錠前を開ける音がして、すらりと男が入ってくる。
髪の色は黒に染められ、短く切られていた。その上、鼻の下にひげを生やしている。
「ラウラ。すっかり本当に……」
男――ヴィートはベッドからやっと体を起こしたラウラを見て、眉間に皺を寄せた。
「ヴィート様?」
「そうだよ。僕。僕も結構変装したけど、君もずいぶん……。今日からしっかり食べるんだよ」
よく見れば瞳は琥珀色で、茶化した態度も彼そのものだ。
罪を告白し、こうして牢獄の中でみすぼらしい格好をしてるラウラに対しても、ヴィートはいつも通りに接してくる。
気がつけば彼女は泣き出していた。
「しょうがないなあ」
彼は苦笑するとラウラを抱きしめた。