16
灰色の天井をアレナ――ラウラはぼんやりと眺めていた。
彼女が牢屋に入れられてから一週間が経つ。
生きる気力を無くした彼女は何も口にせず、ただベッドの上に横になっていた。美しい蜂蜜色の髪はすでに光沢をなくしつつあり、ラウラの首や体に鎖のように巻き付く。
ラウラの告白を聞いたヴィートは驚くことはなかった。彼が調べたのか、それとも予想してたいのか、それに少しだけ彼女は安堵した。
その後、王宮内にいたボフミルが捕らわれ、セシュセの国王の前に連れていかれた。
「父上。ラウラがハランデンに戻る際は、私も共に参ります」
「愚か者が!」
ハランデンへ罪人として戻ることが決まり、セシュセの国王から言い渡された時に、ヴィートが言葉を挟むと、王は激高し、彼はそのまま謹慎処分になった。
大声を張り上げて抗議していたが、彼は騎士によって両腕を押さえられ連れていかれた。
視線がヴィートと重なり合い、その琥珀色の瞳に映る感情を見てラウラは気持ちを決めた。
「ヴィート殿下は本当に純粋な方ですね。私がただこのボフミルに騙されていたと思ってらっしゃるの?私が王女になりたいと願ったのですわ。本当に、見る目のない方だわ」
「なんという悪女だ!」
「このような卑劣な女だったとは!」
ラウラの発言によって、それまで彼女に同情的だった者達が一気に非難をし始めた。それはハランデンにも伝わり、到着次第、王の面前に連れていかれることもなく真っ直ぐ牢屋に入れられた。
「……ヴィート様が幸せになりますように」
今のラウラはそう願うしかない。
自分にこれ以上かかわるのは、彼にとって為になることはない。
ラウラは罪が下されるのはただ待っていた。
食事をとることすら拒否をして、ひたすら……。
☆
「あの方、今日もまた食べなかったらしい」
「あの方って、罪人だろう?」
「俺はまだ信じられない」
ボフミルの耳にそんな会話が届く。
ラウラは、ハランデン王太子の嘆願もあり通常の牢屋ではなく、身分が高いものが入る塔の牢屋へ閉じ込められていた。
それに対してボフミルは、伯爵という身分でありながらも庇うものなど誰もおらず、通常の罪人同様に地下牢に入れられていた
彼は「同じ罪」のはずなのに待遇が違うことに苛立っており、聞こえてくる会話に対しても負の感情しか浮かばなかった。牢の扉を叩くと怒り任せに大声を出す。
「下らんなあ。お前の目は節穴か!あの娘は善人などではない。実の親を犠牲にしながらも、純真無垢な仮面を被って王女であり続けたんだ。どれほどの悪女か、お前はわからんのか!」
「黙れ、糞野郎!」
牢屋番の二人はボフミルの牢まで来ると扉を叩き壊すのではないかという勢いで、持っていた鉄の棒で叩く。
ボフミルは反逆罪で投獄されている。本来ならば牢屋から引きずり出して叩きのめしても文句は言われないはずなのだが、男たちは鼻息荒く扉を叩くと唾を吐き捨て、いなくなった。
他の囚人たちは娯楽がなくなったとばかり、残念そうに溜息をつく。
「意気地なしどもが!」
彼はそう叫ぶが、もう誰も反応を示さなかった。
地下牢につながれ一週間がたつ。
三食定期的に食事は与えられ、拷問を受けることも無い。
暇を持て余したボフミルが繰り返し思い出すのは、セシュセ国王の前でラウラが悪女を演じた場面だ。
彼女は確かに王女になることを望んでいた。
けれども、それは犠牲を伴う願いではなかった。
ボフミルはしがない下級騎士から、王宮で白色の鎧を見に付け、緑色のマントを靡かせる王宮騎士になりたかった。
だから彼女を利用した。
その罪悪感に付けこんで、彼女を王女に仕立てた。
ラウラは王室から強制的に連れて行かれそうになるヴィートと視線を合わせた後、艶やかな笑みを浮かべた。
最初からボフミルは彼女にも罪を背負わせるつもりだった。自分だけが罪を負うのは不公平だと思ったからだ。彼が栄光を得たように、彼女も念願のお姫様になれた。
しかし、あの瞬間、彼はラウラの泣き顔を見たような気がした。
心に過ぎった気持ちは……。
「あの娘も同罪だ。共にあの世にいってもらう」
反逆罪は死罪に決まっている。
「一人で死ぬなんてごめんだ」
ボフミルは脳裏に浮かんだラウラの泣き顔を打ち消すように、髪を掻き毟った。