15
「シアラやボベクさんは大丈夫なのですか?」
落ち着きを取り戻したリーディアはまず最初にそれをエリアスに確認した。
「大丈夫だ。怪我をしているものもいるが、命に別状はない。リーディアが一番重症なんだ」
「そうですか。よかった……。私のせいで皆さんにご迷惑をかけてしまいました。怪我が治ったら出て行きますから」
「リーディア。なんでそんなことを言うんだ。君は俺らの家族同様だ。迷惑なんてとんでもない」
「でも、私のせいで……」
「リーディア。気にするな。頼むから」
エリアスが悲しい目をしてそう言うがリーディアの気持ちは変わらなかった。
狙いは自分自身であり、犯人はボフミルだと彼女は気がついていた。
全てを思い出したことで、あの通りであった隣国の騎士がボフミルであること、彼女の顔を見て酷く驚いたこと。そのことから彼が彼女の命を狙って、フラングス男爵の屋敷を襲撃したと考えた。
王女アレナは、ラウラであろう。
姉が幸せなら、リーディアは名乗るつもりはなかった。けれどもあのボフミルは許せない。ラウラの両親を殺した上、彼女自身を狙うためにまた他の人を巻き込むなんて……。
「リーディア?」
黙ってしまった彼女にエリアスが訝しげな視線を投げかける。
彼女は彼に思い出したことを伝えるつもりもなく、ただ屋敷を去ろうと思っていた。
「エリアス様。この度はご迷惑をお掛けして本当に申し訳ありません」
「リーディア!」
彼にしては珍しく大声を出され、リーディアは目を剥く。
「謝らないでくれ。頼む。詫びをいれたいのは俺だ。気をつけるように父上に言われていたのに。まさか、こんなに早く気づかれるなんて」
「……エリアス様。何を言って、もしかしてご存知なのですか?」
「リーディア……。思い出したのか?」
咄嗟に聞いてしまったが、エリアスのほうも驚いて逆に質問される。
「思い出したんだな。……いえ、思い出されたのですね。アレナ王女」
答えないリーディアに対して、エリアスは片膝を付き、礼を取る。
「エリアス様、やめてください!っつ」
止めさせたくて体を起こしたリーディアは痛みの余り、再びベッドに横に倒れこむ。
「リーディア!」
そうなるとエリアスはすぐに立ち上がり、彼女に駆け寄った。
「……大丈夫です。エリアス様。そのような態度やめてください。私はリーディアです」
「だけど、思い出したのでしょう?」
「その言葉使いも止めてください。私はリーディア。あなた方に名を貰い、拾っていただいた娘です」
「しかし……」
「エリアス。リーディアがそう望むのだ、そうしなさい」
「そうよ」
エリアスの背後から、フラングス男爵夫妻が姿を見せた。二人とも幾分疲れた顔をしていて、リーディアは申し訳なくなってしまう。
「旦那様、奥様」
「すまないね。今回のことを、事前に予想はしていたのに後手に回ってしまった」
「そんな……ご迷惑をかけてしまったのは私です」
リーディアはドミニクに謝れられ、どうしていいかわからなかった。
「エリアス、心配しているのはわかっているけど、そろそろ解放してあげなさい」
重苦しい雰囲気が流れたが、それを壊したのは年長者のドミニクで、まずは必死の形相の息子の肩に手を置きなだめてから、彼女に語り掛ける。
「とりあえず今は何も考えずに、ゆっくり休みなさい。リーディア」
「お心遣いありがとうございます。けれども旦那様、一つだけ確認してもよろしいですか」
以前の彼女であれば、こうして主人に食い下がることはなかった。けれども、リーディアは自身の素性が明らかになっていることから、姉のことが心配になった。これだけは聞かなければならないとドミニクに尋ねる。
「隣国の王女様はまだこちらにいらっしゃるのですか?」
彼女の質問に彼は眉を顰めて考える仕草を見せた。
それはリーディアを不安にさせ、幼い時に見た綺麗な姉の顔が思い出される。
「教えてください。どうなったのですか。私が……本当のアレナと旦那様たちが知っているということは、隣国の王女……いえ、姉はいったい……」
「彼女は隣国ハランデンに連れ戻された。安心しなさい。ボフミル・アデミツも一緒だ。本当ならこちらで裁きたいところだけど、隣国の問題になってしまったからね。君のこともハランデンの国王は知っている。書簡が届いているが、もう少ししてから読むといい。今は……」
「旦那様!姉はボフミルに連れ去れられて操られていただけなんです。罪は問われないですよね。罪を負うのはボフミルだけですよね!」
「リーディア、落ち着け」
(そんなの、お姉ちゃんは利用されただけなのに!)
頭痛が激しくなる。
蘇る記憶、あの馬車の……。
ボフミルによって連れ去られた姉の顔は驚きでしかなく……。
興奮して再び体を起こそうとしたリーディアは眩暈を覚え倒れこんだ。
「リーディア、リーディア!」
必死に自身を呼ぶエリアスの声を聞きながら、彼女の意識は遠のいていった。