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姉のラウラが連れてきた男は、騎士の身なりをしていたが髪も乱れ、無精ひげを生しており、目つきが悪かった。
両親はすぐさま警戒して、アレナはその雰囲気を嗅ぎ取って背中に隠れた。
ラウラはなぜか怖がる様子もなく、男と話している。
(お姉ちゃんは怖くないのかな。悪い人みたいにしか見えないけど)
そんな男からアレナは自分の父親が隣国の王と聞かされ、戸惑うしかなかった。
「アレナ、凄いわね。王女様っていたらお姫様じゃない。お城に住むんだね。凄い」
「お姉ちゃん、私がお姫様だったら、お姉ちゃんもお姫様だよ。いつも一緒だもん」
羨ましそうに言われてしまったが、アレナは全然そんな気持ちになれなかった。
茶色の髪に緑色の瞳のアレナは、地味な顔立ちをしている。とてもお姫様という柄ではなく、お姫様といったら、蜂蜜色の髪に青い瞳の華やかな姉のほうが相応しかったからだ。
なので、いくら指輪の元々の持ち主が隣国の王様で、それをアレナの生母に贈ったと説明されても、実感などわかなかった。
ラウラの両親も指輪は高価なものだとわかっていたが、隣国の王が持ち主というのは余りにも突飛な話で、男の人相からも信用できない。それで、一家で隣国に向うことになった。
「一緒に行けてうれしい。お姉ちゃん」
ぎゅっとアレナは隣のラウラの腕を掴むが、彼女は浮かない表情をしていた。
「どうしたの。お姉ちゃん。やっぱり隣の国は遠すぎる?」
「そんなことないわよ。アレナ」
ラウラは微笑むと、アレナの頭を撫でた。
姉の笑顔はとても綺麗で、その笑顔を見ると彼女はいつも見惚れてしまう。
(王女様は私はじゃなくて、きっとお姉ちゃんだ。お姫様っぽいもん。きっと王様もそう思うはず。そうなると、離れ離れになっちゃうのかな。お姉ちゃんと)
「アレナ?」
姉と離れることを考えると寂しくなって、その腕を強く掴んでしまった。するとラウラはアレナの背中を撫でる。
「心配ないから。大丈夫。そうだ、飴玉食べる?アデミツ様からもらったのがあるの」
ラウラはごそごそとポケットを探ると、紙に巻かれた丸い玉を取り出す。
「ほら、あげる」
包み紙を開けて、ラウラはアレナの口に飴玉を放り込んだ。
甘味が口いっぱいに広がり、心配などどこかにいってしまった。
そんな風に馬車の旅は始まったが、1日目が過ぎた頃から雲行きが怪しくなった。アレナはボフミルから放たれる負の感情が嫌で、ラウラと両親の間で体を小さくしていた。
ぶつぶつと独り言を言い始めてボフミルが恐ろしくて、彼女はラウラの手を握り締める。
馬の嘶きと共に急に馬車の速さが増した。
何かが落ちる音がして、ラウラがアレナから離される。
ボフミルがラウラを腕の中に抱き、馬車から飛び降りた。
「ラウラ!」
「お姉ちゃん!」
ラウラの両親、アレナも彼女を追おうと立ち上がった。けれども馬車が大きく揺れ、ふわりと体全体が浮いた。
「アレナ!」
ぎゅっとアレナはラウラの母に抱きしめられた。
目覚めると、周りは真っ暗で、体が濡れていた。水だと思ったそれはぬるりとしている。自分を抱きしめているのはラウラの母。苦しそうにして、何かを吐いた。それが血であることに気がついて、アレナは全身が血に濡れていることに気がついた。
「ア、レ……ナ。ラウ…ラをお願……いね」
母親はそういうとそのまま動かなくなった。
(お姉ちゃん、お姉ちゃん)
アレナはそれからの行動をよく覚えていない。
ただラウラをお願いという言葉が頭から離れなくて、彼女を探すために歩いていた。
明かりが遠くから近づいてくるのが見えて、アレナは立ち止まる。
馬の嘶きが聞こえ、明かりが大きくなって、何も見えなくなった。
ラウラが連れ去れる姿が脳裏に蘇って、記憶が途切れた。
「……私……」
目を覚ましたリーディアは酷く混乱していた。
ベッドに寝ていることを確認して、体を起こそうとして酷い頭痛で断念する。
「リーディア!」
視界に急に入ってきたのは銀髪の男性。
端正な顔つきで、心配そうにリーディアを見つめていた。
「……エリアス様」
既視感のある感覚。それはリーディアとして目覚めたあの日を思い出させる。
銀髪の、姉のラウラと同じくらい綺麗な子が心配そうな目を彼女に向けていた。
アレナとしての記憶の全てを失っていたリーディアは、その少年に姉を重ねることはなかったけど、見惚れてしてしまったのは事実だ。
多分、リーディアはこの日、エリアスに恋に落ちたのだろう。
「無理はするな。水を飲むか?」
彼の微笑みは九年前から変わらない。
アレナとしての七年間、リーディアとしての九年間が混ざり合い、彼女は泣き出してしまった。




