13
――僕を信じてほしい。
ヴィートの言葉はアレナを悩ませた。
夜もよく眠れなかったのだが、来賓である身分なので朝食、昼食に誘われれば参加することは義務に近い。
朝食時に顔を合わせた時、彼は表面的には変らない態度に見えた。けれどもアレナは彼がすでに彼女に対して壁を作っていることに気がついていた。
(信じても何も変わらない。私は罪人だもの。もう遅いわ)
昼食時には彼は姿を見せなかったが、ハランデンの王女としてセシュセ王、王妃、第一王子と立派に歓談ができたとアレナは自負する。
毎度小言をこぼすボフミルに見せたかったと彼の姿を探すが見つけられず、何やら嫌な予感がした。
与えれた自室に戻り、今夜の晩餐会の準備について侍女と話しているとヴィートの訪問が伝えられる。彼の国であるので、彼の意向は優先されてべきであり、アレナはお茶の準備を侍女にさせた。
しばらくして、部屋に入ってきた彼の表情は緊迫しており、空気が張り詰めているようだった。二人で話したいという要望にハランデンの侍女が抵抗の意を示すほどであったが、アレナが同意して心配そうな顔で侍女は退出した。
「君が同意してくれてよかったよ。ボフミル・アデミツは傍にいないみたいだけど」
「ええ。私も探しているのだけど」
ボフミルの名前が出て、先ほどの嫌な予感が大きくなった。
ヴィートは席を立ち、彼女に触れるくらいの距離まで近づく。
「何を、」
「君はもう一度、殺す気なの?」
囁かれた声は低くて、内容はぞっとするもの。
目を見開いて彼を見ると、それまで緊張していた彼の表情が和らいだ。
「知らないの?」
「何を、殺すって。どういうこと?」
「君が話したわけじゃないんだ……」
ヴィートはどこか安堵したようにつぶやき、椅子に座りなおす。
「どういうことなのでしょうか?」
穏やかな内容ではなく、もう一度という意味で、ある可能性に辿り着いた。
「僕は君に話したよね。緑色の瞳の娘を知っていると。彼女は僕の大切な友人の愛しい人なんだ。それが今朝襲われた。頭を打って血を大量に流しているそうだ」
九年前の記憶がない娘。
緑色の瞳。
それはおそらく妹のアレナであろう。
今朝からボフミルの様子がおかしかった。
娘が襲われたという今、なぜ彼がアレナの傍にいないのか。
「もう一度、聞く。本当のことを話してくれないか。僕は君が思っている以上に、君のことが好きだよ。ハランデンに滞在して君の美しさに心を奪われた。でも単に美しい娘ならセシュセにもいるからね。その時はただ君の美しさにひかれただけだった。そのあとに、君のお茶目なところを見て、完全に興味をもった。君と一緒なら面白い人生を歩めると思ったんだ。君が王女じゃなくなっても、僕の気持ちは変わらない。むしろ、王女でもない君が王族らしさを身につけた事実に感動したくらいだ。アレナ……。いや、本当の名は他にあるんだろう」
ヴィートの思い、自身の罪。
一度見殺しにしてしまった両親と妹。
折角生きていた妹を、ボフミルがまた殺そうとした。
――お姉ちゃん!
――ラウラ!
妹と両親の、あの時の声が脳裏で木霊する。
(アレナ。駄目よ。話したら。あなたは王女ではなくなってしまう。ただの罪人になってしまう)
いつもの声が彼女に囁く。
(十分よ。私は十分。こうして、王女ではない私を好きだと言ってくれた人もいる。十分。もう十分よ)
「ヴィート王子殿下。私の本当の名前はラウラ。私の罪をすべて告白します」
アレナ――ラウラは椅子から立ち上がり、両膝をつく。
「ラウラ。そんな真似はしないで。君が僕の好きな人であることには変わりないのだから」
ヴィートは屈みこむと、ラウラの手をとり立ち上がらせた。