09
「エリアス。お前は今回アレナ王女の警備から外されたそうだね」
「はい」
ドミニクの書斎を訪れると、彼は椅子を勧め話を切り出す。
理由が理由であったので、父には知らせなかったのだが、やはり知っていたのだとエリアスは素直に頷いた。
「おかしいと思わなかったかね」
「思いました。だけど、ヴィート殿下だからそういうこともあるかもしれないとも」
「確かに、殿下はちょっと変っているからね」
ドミニクは苦笑していたが、その瞳はどこか真剣で、別のことを考えているようだった。
「私は今回の君の配置換え、リーディアの体調不良、王女の訪問はつながっていると考えているんだよ」
「それは……どういうことで」
「君の配置換えが決まったのは、ヴィート殿下がリーディアに会った翌日、そして殿下はリーディアの緑の瞳が特別だとおっしゃっていた。君は知っているか。ハランデン国王の瞳が緑色なのを……。アレナ王女の生まれはこのセシュセで、九年前に保護され王宮へ帰還されたそうだ」
父から次々ともたらされる情報は、エリアスをある可能性に思い至らせる。
「シアラから聞いたのだが、リーディアは王女の名前をつぶやき酷く気分が悪そうにしたそうだ。今日も、眩暈がして座り込んだと聞いたが、王女の行列の最中だっただろう」
リーディアのその話は、仕上げとばかりで、エリアスはある答えにたどり着いた。
「リーディアは、隣国の王女なのですね」
「……あくまでも憶測だが、ほぼそうだと私は思っている。私がリーディアの過去を探っていても、どうしても何も出てこなかった。誰かが隠蔽したと考えたほうがいいだろう。それくらい何も出てこなかったのだから」
「……ヴィート殿下は知っていて、俺を……」
「エリアス。あくまでも現時点は憶測だけだ。恐らく殿下もその可能性に至って、君を王女配属から外したのだろう」
「殿下は、このまま黙って見過ごす気なのでしょうか!」
五年一緒に騎士見習いから騎士になるまで、訓練をしてきた。
信頼はそこにあり、友人と胸を張って言える関係だとエリアスは思っていた。
またふざけた性格であるが、正義感をもっていることも知っている。
けれども、今回配置替えをしたということは、エリアスにこの秘密を悟られないようにするためだとしか思えなかった。
「エリアス。殿下は何か考えてらっしゃるのかもしれない。ほら第三部隊に配属されたのも、自由がきくだろう。こうして屋敷にも戻ってこれる。リーディアの傍にいられるようにしてくださったのかもしれないよ」
ドミニクは瞳を和らげ、息子の肩を叩いた。
「大事なのは、リーディアの存在を気づかせないことだ。エリアス」
「はい」
リーディアが隣国の王女かもしれない。ヴィートがそれを隠蔽しようとしているかもしれない。そのような可能性はエリアスを少し混乱させていた。
けれどもドミニクに言われたように、もし彼女が隣国の王女であれば、今のアレナ王女は偽者で、偽者側にすればリーディアの存在は邪魔でしかない。彼女の存在を隠し通すことが最優先だと、気持ちを固める。
そうなると、ヴィートの意図も同じかもしれないと、希望も見えてきた。
「さて、私はひっそりもう一度、九年前のことを調べて見るよ。エリアスは余計なことをしないように。特にリーディアには何も言ってはいけないよ。まだ事実はわからないのだから。あと、私たちの態度も変えないように」
「わかっています」
エリアスはしっかり答えると、そのまま書斎を後にした。
突如話された情報は大きすぎて、ゆっくり一人で考えたかった。
リーディアが隣国の王女かもしれない。それは、彼に複雑な思いを抱かせる。彼女が貴族であればいいと願ってきた。そうすれば正式に結婚を申し込める。けれども、王族であれば別だ。特に隣国で、彼女は王女に戻れば遠い存在になってしまうだろう。
ヴィートとの婚約は解消されるにしても、彼は隣国の一介の騎士にすぎない。身分も男爵で、新米騎士から新米が取れたくらいの騎士。
「……でも、喜ばなきゃな」
本当の両親が分かることはとても喜ばしいことだ。
エリアスは自分の都合には目を閉じて、そう考えることにした。