表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

語られなかったこと

作者: 桜町雪人

その目玉はジャンボジェット機と並走を続けていた。


「きっ、機長!わっ、私はどうかしてしまったんでしょうかっ!?」


副機長が声を裏返らせながらも、何とか声を絞り出す。


「ははは…、別にどうもしてないさ」


機長は穏やかに冷静に、そして微笑みを交えながら答えた。


「しっ、しかしっ!あっあれはっ!!」


そう言って副機長が窓の外を指さす。


「ははは…、あれは…うん、『目玉』だね」


機長は穏やかに冷静に、そして微笑みを交えながら答えた。


5分ほど前からだったか、どこからともなく現れたその目玉は、

このジャンボジェット機を取り囲むようにして並走を始めたのだ。


その目玉はまるで大玉転がしの大玉ほどもあり、その数は無数にあった。


操縦室のドアが激しい音をたてて開いた。

髪を振り乱し、血相を変えたキャビンアテンダント長が入ってくる。


「機長!大変です!乗客がパニックを起こしています!!」


責任感からか気丈に振舞ってはいるものの、脚はブルブルと震えていた。


「ははは…、そうか、うん、そうだな、乗客には僕が話そう」


機長は穏やかに冷静に、そして微笑みを交えながら答えた。


機内マイクを手に取る。


『ははは…、機長です。皆様、どうかご安心下さい。

 あれは3D映像です。

 退屈な空の旅に楽しみを、という当社の新しい試みでございますが、

 ははは…、少し悪ふざけが過ぎてしまったようです。

 驚かせてしまったお客様には心からお詫び申し上げます―』


そう言って機内放送のスイッチを、

穏やかに冷静に、そして微笑みを交えながら切る機長を、

副機長とキャビンアテンダント長は「そうだったんですか」と、

ホッとした表情で見つめた。


まもなく脚の震えが収まり、

すっかり安心した様子のキャビンアテンダント長は、

操縦室を出ていった。


一方、副機長はしばらく黙り込んでいたが、


「機長!私は全然知りませんでしたよ!」


と、憮然とした表情で口を開く。


「乗客が知らされていないのは当然としても、

 私を含め、他の乗員には言っておいてもらわないと困ります!」


未だニコニコと微笑みを携えている機長の横顔が、

まるでいたずらっ子のように憎らしく副機長の目に映った。


「機長!」


「ははは…、まあ、そう怒らないことだよ、だってウソなんだから」


機長は穏やかに冷静に、そして微笑みを交えながら答えた。


「…えっ、ウソ?…ウソってどういうことです?」


「ははは…、だから、3D映像だというはウソなんだから」


機長は穏やかに冷静に、そして微笑みを交えながら答えた。


「えっ!」


副機長は改めて窓の外を見た。目玉と目が合う。


「かっ、かかか……、あっあっ……アッアアアアアッ!」


その目玉に見入られ、そして魅入られた副機長は、

ブルブルガクガクと震えだし、声にならない声を上げた。


「ははは…、ところであれは一体何なんだろうね」


機長は穏やかに冷静に、そして微笑みを交えながら答えた。


「かかかっ…、めっめめめめ……あ………………アァ!」


副機長は震えに震え、あり得ない量の冷や汗を流す。


「そうっ…そそそそ、そうだっ…、つっつつ…通信っ!」


顔や手を引きつらせながらも必死に通信機を取ろうとする。


「ははは…、そんなことしたって信じてもらえないさ」


機長は穏やかに冷静に、そして微笑みを交えながら答えた。


「しっ、しかし、このままではっ………!」


その時だった、並走する目玉の1つが機体に体当たりをしたのだ。


ぐうぉおおんんん!!


鈍い音が機内に響く。


そして間髪入れずにもうひとつ、


ぐぅあぉおおんん!!


そしてさらにもうひとつ、


ぐあぉおおおおん!!


その後は止むことなく次から次へと目玉は体当たりを始める。


「うぁアアアアッ!きっ機長っ…、もうっ、もう駄目ですっ!」


声が裏返りすぎて、もはや別人のようになった声で副機長が叫ぶ。


「ははは…、落ち着きたまえ、今は耐えるしかないさ」


機長は穏やかに冷静に、そして微笑みを交えながら答えた。


「そっそれに、床がっ、床が水浸しですっ!!何だコレはっ!」


「ははは…、落ち着きたまえ、それは私が失禁したからだよ」


機長は穏やかに冷静に、そして微笑みを交えながら失禁していた。


「きっ、機長っっっ!!」


「ははは…、ははは…、ははは…」


そのジャンボジェット機はまもなく墜落した。



事故後、フライトレコーダーが回収されたが、

その中身については公表されることはなかった。


ただ事故の原因は、『エンジンの故障』、と発表があっただけだった―。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ