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ラッキースケベって女性でも起こるんですね?


 結局危害は加えないという口約束だけでお話は終了し、でっかい広間から退散する。

 そんでもって先生はどこか別の場所へと連れられて行ってしまった訳だが。

 はてさて、僕はどうすればいいのやら。


 「おい、行くぞ」


 なんて事を考えていると、両脇に立った鎧の人達に一声かけられお城の中をウロウロさせられる。

 どこまで歩くんじゃい、っていうか広いな。

 心の中で悪態をつきながら視線を巡らせてみれば、どこもかしこもゴテゴテとした装飾品で溢れかえる城内。

 なんかすっごいお金が有り余ってそうな雰囲気だ。

 ねぇコレ僕らいる?

 勇者云々なんぞ呼ぶ前に、お金の力で人と武器集めれば何とかなるんじゃない?

 街中を車が走っているくらいだ、以前の勇者さん達が銃の一つや二つくらい開発してそうなんだけど。

 そういうの買い占めて戦場でヒャッハーさせた方が絶対強いって。

 僕なんかサンドバックになれる不思議なカードケースしか持ってないよ?


 などとぶつくさ文句を胸に秘めていると、後ろから止まれと声を掛けられた。

 顔をあげればこれまたご立派な扉が。

 贅沢は貴族の嗜みって言うし、仕方ないのかねぇ。


 「ここから出て、隣の建物に移って貰う。 そこの一室が今日からお前の寝床だ」


 なんと、宿を頂いてしまった。

 奴隷って言われていたから、牢屋とか地下室に放り込まれるモノだとばかり思っていたが。

もしかして自由行動が出来ないとか、下手したら鎖に繋がれるとかなのだろうか?

 どちらにせよ嫌だ、不自由この上ない。

 監禁されるにしても、ネットとゲームと食事とオヤツが完備されているのなら文句はないのだが。


 「何をしている、早くいけ」


 悩んでいる内に扉が開かれ、早く行けとばかりに背中を小突かれてしまった。

 あぁついに人生の終着点が……なんて踏み出してみれば、視界の先にあるのは広い豪華な建物。

 バイオでハザードな世界に出てきそうな洋館に、周囲には溢れんばかりの花畑。

 え? あれに住んでいいの? マジで?

 周りを見回してみれば後ろにはお城の壁。

 最初見た時とは見えている角度が違うので、裏手にでも出て来たんだろうか。

 その裏口から横長建物まで、石造りの道が一本。

 それ以外には特に目立ったものは無し。

 しいて言うなら周りが凄くメルヘン。

 あの、連れてくる所間違ってませんかね?

 僕奴隷になるんですよね?


 「あの、色々突っ込みたいんですけど……まず手錠外してもらえませんか? 抵抗とかしないので」


 鉄製のリストバンドみたいなサイズの手錠。

 分厚くはないのでそこまで窮屈ではないんだが……ゴツゴツしていて如何せん物々しい。

そして当たり前だが、いくら力を入れても先生みたいに外せたりしない様だ。

 やっぱりあの人おかしいよ、こんなの人の力じゃ外れないよ。


 「ダメだ、必要な時だけ外れる仕組みになっている。 生活には支障はないだろう」


 「は、はぁ……」


 いや支障あるだろ、常に手首くっ付けられてたら色々大変だよ。

 なんて思ったりもするが、外してもらえないのなら仕方ないか。

 王子ぶん殴っちゃったのだ、首が飛ばなかっただけ儲けものと考えるべきだろうか。

 いやそもそもこっちに来なければ、こんな囚人みたいな生活送らなくて済んだわけで。

 いくら豪華な屋敷が目の前に見えているからといって、贅沢な暮らしが出来る訳じゃないんでしょう?

 ということはやはり、貧乏ながらも向こうの生活の方が良かったな。

 自由だし、森の獣とか王様とか居ないし。


 「あの建物に入って、受付でお前の名前を伝えろ。 連絡は入れてある、部屋まで案内してもらえ」


 簡単な説明だけして、バタンと背後で扉が閉まった。

 ありゃ? 最初から自由行動頂いちゃったけど良いのか?

 このまま城外へ出ちゃうよ? 逃げちゃうよ?

 周りに人の目はない……と思う。

 メルヘンな見た目に反して、花畑に突っ込んだ瞬間タレットとか顔だしたりしない?

 恐る恐る脇の花畑につま先を入れてみたが、これといって変化なし。

 え、コレマジで逃げられるんじゃ……


 「手錠は後でどうにかするとして、見えている壁までは全力疾走で多分3分くらいあれば付く……あとは段ボールでも被ってどうにか……」


 とういう具合にぶつぶつ呟きながら道から一歩踏み出した瞬間、手錠がピピッとおかしな音を立て始め、小さな黄色い明かりがついた。

 あ、これ……なんか昔の映画で見た事ある気がする。


 「いやいやまさか。 いくら車があるからってそこまで技術が進化している訳が……」


 花畑を踏んづけて、更に一歩。

 ピピピッとさっきより鋭い音が鳴り、黄色が僅かに点滅し始めた。

 このまま進んだらその内赤になって、最後には爆発とかするのかな。

 試しにもう一歩踏み出してみると、さっきより煩い音で警告音が響き、ランプが赤色に光った。


 「無理無理無理!」


 流石に慌てて石造りの道まで帰還する。

 コレは段ボールがどうとか全力疾走がどうとか言える状況じゃない。

 最初に勢いに任せて走り出さなくて良かった。

 危うく手首が無くなってしまう所だったよ。

 異世界の刑務所こっわ! 向こう側より技術進んでる所ある上に容赦なさすぎ。


 「あぁもう嫌だ……向こうに帰ってカップ麺食べたい」


 どうやら犯罪者には人権はないらしい、もうヤダ本当にお家帰りたい。

 若干涙目になりながら、ゾンビが出そうな見た目の建物にトボトボと向かう。

 建物に近づけば近づく程分かるが、やはりデカい。

 裏にも何やら体育館みたいな建物もあるみたいだし、なんだろうココ。

 裏と地下が研究所で、建物自体はカモフラージュのお屋敷だったりしないかな。

 ナイフも拳銃も持っていないので、難易度は想像したくないが。


「なんて、現実逃避している到着しちゃいましたけど……ノックすればいいのかな? 豪華すぎて作法が分からない……」


先程の王室や門に比べれば普通サイズの扉だが、如何せんこっちもこっちで高そうな見た目をしておられる。

 こんな扉をガンガン叩いていいモノなのだろうか?


 「どこもかしこも金掛かってるなぁ……えーっと、ごめんくださーい。 誰かいますかー?」


 とりあえず勝手が分からないので声を掛けてみると、中から「どうぞ」と低い声が聞こえて来た。

 恐る恐るドアノブに手を掛け、ゆっくりと中を覗くと。


 「えぇぇ……」


扉の先には、高級ホテルの様な空間が広がっていた。

そしてご丁寧に、パリッとした燕尾服を纏った初老の男性が頭を下げている。

 白髪頭オールバック、視線が合うと僅かに目尻を下げる姿はまさにセバスチャン。


 「ようこそいらっしゃいました、お話は聞いております。 異世界からいらっしゃって早々、大変でしたね……クロエ ネコ様」


 顔を上げた彼は、どこか悲し気な表情を浮かべながらそんな事を言ってみせた。

 勇者だなんだという言葉に惑わされがちだが、こっちにきてから結構“異世界”がどうとか言われている気がする。

 もしかして僕らみたいな人間は、あんまり珍しくないのかな。


 「あ、はいどうも黒江です。 今日からしばらくの間? お世話になります」


 ペコッと頭を下げてみれば、少しだけ微笑んだ彼が「こちらこそ」と優し気な声を上げた。

 実際いつまでお世話になるんだか分からない上、どういう環境なのかもわからなかったので不安なのは間違いないのだが、こういう人が居るならまぁ多分大丈夫なのかな?

 なんかこの人優しそうだし。

 楽観的思考なのは分かっているが、こっちに来てからろくな事が起きてないのだ。

 ちょっと優しそうな人を見つけたら、ほいほいついて行ってしまいそうになるのを誰が責められよう。

 いやダメか、普通に。


 「私はクラウスと申します、何か困った事があればお声掛け下さい。 では今案内の者を呼びますので」


 再び警戒心を強めようとした所で、彼は再び追い打ちをかけて来た。

 何か既に孫を見るおじいちゃんみたいな表情になっているのだが、これを警戒しろというのは些か酷である。

 なんて自問自答を繰り返している内に、彼はカウンターにあった呼び鈴を鳴らす。

 こういう所だけは無駄に古風だよな、この世界。

 というかアレか、一部だけ無駄に技術が発展しているのか。

 その辺りが随分と歪に感じる。


 「お待たせいたしました」


 考え事をしている内に、カウンターの向こうからもう一人出て来た。

淡々と喋る感情の読めない声を響かせ、スカートの両裾を軽く持ち上げながら軽く頭を下げる姿はまさに。


 「ご案内いたします」


 メイドだ、メイドさんが居る。

 いや、うんさっきも見たんだけどさ。

 城の中に居た人は妙にフリルが付いて居たり、スカートが短かったりしたが。

 こっちは完全に仕事服としてメイド服を着ている感じ。

 傘にショットガンを仕込んでいる丸眼鏡のメイドさんの服、とか言えばイメージは近いだろうか?

 あれくらいに飾りっ気のないメイドさんだ。

 とはいえこの人は眼鏡かけてないし、顔は随分と若そうに見えるが。


 「……? どうかなさいましたか?」


 ジロジロ見ていた為、不審に思われてしまったらしい。


 「あ、いえ。 武器とか持ってないのかなぁって」


 「私はメイドですから、そう言った類のモノの心得はございません」


 「ですよね」


 不思議そうな顔をしながらもスッと無表情になり、短い髪を揺らしながらさっさと歩きだしてしまう彼女。

 クール系メイドさんだったか、おかしな要求とかしたらゴミを見る目で見下ろされてしまいそうだ。

 生憎とそっちの趣味はないが、先生の好みには合いそうだ。

 あ、いやドM的な意味ではなく、淡々としているショートヘアー女子的な意味で。


 「あ、あの名前教えてもらっていいですか?」


 慌てて追いかけながら声を掛けると、彼女は律義に立ち止まり、こちらを振り返ってから口を開いた。


 「ルシュフと申します、以後お見知りおきを」


 「あ、僕は黒江っていいます。 よろしくお願いします」


 改めてお互いに自己紹介を済ませ頭を下げていると、背後から静かに近づいてくる足音が。

 それこそ気にしていなければ聞こえない程度の静かな足音。

少しだけ警戒しながら振り返ると、そこには先程と同じ笑みを浮かべたクラウスさんが。


 「クロエ様」


 見る限り敵意なんかは無さそうだ。

 無駄に警戒しているからこそ疑わしく感じてしまうのかもしれないが……でもさっきの足音、普通だったら絶対気づかない。

 意図してなのか無意識なのか知らないが、一般人相手にやったら『急に後ろに人が現れた』なんて言われてもおかしくないレベルだろう。

 なんだろうこの人、優しそうではあるけど本当にただの執事さんなのだろうか?


 「何か困った事があれば、いつでもお声掛け下さい。 可能な限り要望にお応えしますので。 どうかご遠慮なさらず。 そしてどうか、絶望しないで下さいませ」


 そう言って頭を下げるクラウスさん。

 何故彼はこんな事を言うのだろう?

 こちらに同情している、というだけでは無さそうなんだが……

 目を閉じて頭を下げる彼の顔からは、それ以上の情報は引き出せそうになかった。


 「参りましょう、クロエ様。 クラウス様も、それくらいで」


 「あ、はい」


 ルシュフの一言で慌てて正気に戻り、歩き出した彼女を追う。

 チラッと振り返れば、クラウスさんが私が見えなくなるまで頭を下げ続けていた。

 なんだろう、さっきまで居たお城とはまるで雰囲気が違うんだけど。

 本当に、大丈夫だよね?

 妙な不安に駆られながらも、ひたすら前を歩くメイドさんについて行く事しか、今の僕には出来なかったのだった。


 ————


 「こちらのお部屋になります、クローゼットの中に服が三着ございますのでご自由にお使い下さい。 今お召しになっている洋服を洗濯するのであれば、籠に入れて室内に置いて頂ければ翌日には返却されます。 新しい服をお求めになる場合は要望を伝えて頂くか、事前に申請頂ければ我々同伴で買い物に行くことが許されております」


 「え? お城の外へ出てもいいんですか?」



 「それが“優良奴隷”の特権とも言えますので。 どちらにしてもお金は必要ですから、まずは貯める事をお勧めいたします。 詳しい事はルームメイトにお尋ね下さいませ」


 それでは、とルシュフさんはすぐさま退散してしまった。

 というかルームメイト居るんだ。

 そりゃそうだよね、犯罪者にいちいち個室与えないよね。

 とは言えもう少し他の説明をしてほしかったなぁ……なんて思いながら扉を開けると。


「え?」


 「あら?」


 目の前には女神像の様な、ご立派な裸体が。

 今まさに服脱いでますよーってな感じで、金髪ショートの女性がヌードしていた。

 僕が男性なら最初からラッキースケベ事案発生だ。

 やはりテンプレは起こるらしい。


 「あー、えっと。 すみません」


 「いいから……早く扉を閉めなよ、廊下は男だって通るんだぞ?」


 とりあえず謝ろうかと頭を下げた所で、今度は違う角度から声が掛けられた。

 視線を向ければ二段ベッドの下の段に寝転がった黒髪のロングの女性が、気怠そうにこちらを見ていた。


 「ご、ごめんなさい! 新しい人が来るって今さっき聞いて、汗臭いままじゃ不味いって思って!」


 そう言いながら、目の前のボンキュッボンな女性が慌てて服を纏い始める。


「あぁいえ僕の方こそ、ノックもせずにすみません」


 扉を後ろ手に閉めながら中に入ると、ベッドの方から大きなため息が聞こえて来た。

 因みに目の前の女性は慌てている為か、中々服に袖が通せないでいた。

 アワアワしおられるが、それ絶対男の人の前でやったらダメな奴ですよ?

 というか何食べたらそこまで育つんですか? 是非とも詳しく……


 「アイリ……謝る必要ないでしょ。 このちっこいのが悪い、ノックしてから扉を開ける礼儀すらなってないなんてな。 孤児院の子供の方がまだマシだよ」


 ちっこい言うな。

 ジロリと黒髪に目を向ければ、フンッと声を漏らして視線を反らされてしまった。


 「本当にごめんなさい。 私はアイリ、この恰好じゃ分からないだろうけど、一応シスターをやっています。 回復、補助魔法なんかがメインです。 よろしくね?」


 普段着に着替えた彼女が、優しい笑顔で右手を差しだしてくる。

やはり握手という文化はあるらしい、そしてシスター。

 つまり修道女。

 ここに来て、また随分とファンタジー要素てんこ盛りな登場人物が来てしまった。

 貴方は絶対ゴブリン狩りにだけは行かない方がいいと、そうアドバイスしておくべきだろうか。


 「それからそっちに寝転がっているのが……ほら、ソフィー? 挨拶くらいしてください」


 「フンッ」


 困った様に笑うシスターさんと、寝転がったまま顔を反らす黒髪美人。

 ふむ、第一印象は大事だからね。

 こちらも二人にも気に入ってもらえる挨拶をしよう。


 「宜しくお願いします、私は黒江 猫と申します。 黒江と呼んでください。 宜しくお願いします、アイリさんにフンッさん」


 「お前……喧嘩売ってる?」


 どうやらファーストコンタクトは成功したらしい。

 相手がベッドから起き上がってきてくれた。


 「いえいえ、滅相もない。 先程挨拶をしろとアイリさんが仰った後、フンッと名乗られたので」


 「その前にアイリが私の名前を呼んでいただろうに……まぁいいや、私はソフィー。 魔術師、よろしく」


 不機嫌そうにしながらも、結局はしっかり挨拶してくれる黒髪さん。

 ヌード聖職者のアイリさんに、ツンデレ魔女っ子のソフィーさん。

 よし、覚えた。


 「それで……クロエって言ったか? その歳で奴隷とか何やったんだよ? 身なりから貴族って訳でもなさそうだし、なんで優良奴隷なんぞに?」


 着替え終わったながらも、未だ薄着なアイリさんの代わりに会話を繋げてくれるソフィーさん。

 なんだかんだ言って友達のフォローしちゃうあたり、ツンデレが隠しきれてないね。

 それを察したアイリさんも慌てて上着を羽織っているし。

 いい友人関係を築いているようで何よりだよ。


 「その歳と言われても、これでも一応18です。 お二人とそう変わらないと思うんですが」


 「え、嘘だろ? 12かそこらかと思った……」


 小学生になってしまった。

 合法ロリとか止めて下さい、うれしくないです。

 唖然としているソフィーさんを無視しながら、改めて会話を繋ぐ。

 年下に見られるのは慣れているのだ。


 「その優良奴隷って奴が未だにどんな扱いなのかよく分かってないんですが……あ、ちなみにここに来たのは王子ぶん殴ったせいです」


 「「 はぁ!? 」」


 ソフィーさんならまだしも、アイリさんまで驚いた顔をして目を見開いてしまった。

 やっぱり驚く事案だったのか。

 あんまりこういう知識が多くないからお気楽に考えてたけど、二人の顔を見る限りやはり重罪らしい。

 貴族の位とか、未だによくわかんないし。


 「いやお前それ、普通に死罪じゃ……」


 「何か凄いお気楽ですけど、本当何でココに? 実は王族とか貴族でも上の方家系とかですか?」


 「いやー、貴族とかあんまり詳しくないですけど、ウチは貧乏ですよ? 大喰らいの筋肉が一匹いるので」


 「ホント何者だよお前……」


 色々と複雑そうな顔で二人から見つめられてしまった。

 はてさて、どこから説明したものか。

 そもそも異世界人ですって名乗ったら、あっさり信じてくれるモノなのだろうか?

 結構異世界人みたいな言葉を聞くが、そもそも僕たちみたいなのってどういう扱い?

 この国に”今”勇者は居ないって言っていたけど、そんなポンポン異世界から人がくるのだろうか?

 分からないことだらけだ、困った。


 などと考え込んでいると、部屋の窓を叩く音が響く。

 三人揃って視線を向ければ、窓の外にはでっかい虫……じゃなかった、ラニが浮かんでいた。


 「よ、妖精? うそ、こんな所になんで?」


 「ネコさーん! 開けてくださーい!」


 「おい何か呼ばれてるけど……お前の事だよな?」


 今の今までどこに行ってやがりましたかね、このトンボ少女は。

 はぁ、とため息を一つ溢してから窓の鍵を開けてやる。

 待ってましたとばかりに室内に飛び込んだラニが、嬉しそうに人の顔面に張り付いた。


 「心配しましたよー! 最初は終身刑になるじゃないかとヒヤヒヤしながら見てましたから」


 一人で逃げおおせた上に、隠れて会話を聞いていたらしい。

 何て奴だ、今日の夕飯にしてやろうか。


 「あの、何でそうネコさんはラニに対して冷たいんですかね。 これも色々考えた上での行動ですよ!? もし投獄とかされたら、ラニが鍵盗んできてこっそり逃がそうとか考えてたんですからね!?」


 ほう、なるほど。

 中々どうして出来る子じゃないか、夕飯のおかずにするのは許してあげよう。


 「ではコレ、外してください。 鍵か何か持ってきたんでしょう?」


 そう言ってからラニを引っぺがし、彼女の前に両腕を差し出した。

 手錠を外してさっさとおさらば出来るなら、私はどこか他の街に行って異世界生活をやり直そう。

 先生はまぁ、ラニが居れば連絡くらいは取れるだろう。

 隙を見て逃げ出す、というか“鎧”を着て全力疾走して頂けば何とかなる気がするし。

 なんてウキウキ気分で妖精さんを見つめていると、彼女はスッと顔を逸らした。


 「ここで悲しいお知らせがあります」


 「止めて聞きたくない」


 しょんぼりと俯くラニの言葉に食い気味で返事を返すも、彼女は止まらなかった。


 「牢屋とかだったら鍵で何とかなったんですけどぉ……なんて言いますか、ソレちょっと特別製でして、私には外せないかなぁ……なんて」


 夕飯のおかずが決定した。


 「食べないで下さい!」


 牢屋にでもぶち込まれた方が僕的にはありがたかったじゃん。

 逃げ出したら全国指名手配されるとか言われちゃうと不味いけど、技術の水準が高いのか低いのかよく分からないこの世界ならワンチャンあった気がする。


 「その場合身分証に犯罪歴が残るので……他の街は無理ですねぇ。 出来てそこらへんの村とか」


 「あ、そういえばそんなモノもありましたね」


 ダメじゃん、結局詰んでるし。

 もう嫌だ、お家帰りたい。

 しかも僕の身分証返してもらってないし。


 「でもでも! 優良奴隷になったからには、指定された期間が過ぎれば犯罪歴も消えるという話ですからご安心を!」


 「指定された期間って……正確にいつまでって言われてないんですけど」


 ですよねぇ……と意味深な言葉を吐いて、ラニが笑顔のまま停止した。

 もう嫌です、帰らせて下さい。

 今の所刑期が決まってないだけと思いたいんだが、何かもう全部が良くない方向に転がる気がしてきた。

 こっちに来ていきなり無期懲役だよ、どうなってるの。

 確かにやらかしたのは自分自身だが、現代日本人女性なら誰だって同じ防衛行動をとるはずだ。


 「いや、多分ネコさんだけだと思いますよ? 急に殴るのは」


 もういい、一旦頭を冷やそう。

 一度冷静になって、これからどうするか考えよう。


 「えっと、良く分からないけど……一回シャワー浴びてきたら? 珍しい服着ているなぁとは思ったけど、結構匂うわよ?」


 どうやら僕は臭かったらしい。

 そりゃそうだ、森に行って運動して汗かいて。

 更には犬を絞めたり熊の眼球を潰して、その体液をこの身に浴びているのだ。


 「そうします。 ラニ、話はまた後で」


色んな意味で盛大にため息を一つ溢してから、アイリさんにシ

ャワー室へ案内してもらったのだった。



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