召喚初日から逮捕されたんですが?
森を抜けた……訳ではなかった。
少しだけ森が開けた場所にポツンと泉が広がっている。
観光とかで来たなら綺麗な泉なのでテンションが上がるかもしれないが、今はそれどころではないのだ。
後ろから巨大熊さんが迫って来ているのだ、何故こんな遮蔽物の無い場所に案内したんだろうこの金髪イケメンは。
もしかして馬鹿なのかな?
「困りましたね、熊さんが追い付いてしまいます」
「だなぁ、困った」
「二人共もう少し緊張感持ちませんか!? レッドベアーですよ!?」
そう言われても、赤い熊さんなんぞこっちの世界にはいなかったのだ。
ただただデカい熊さんにしか見えない。
それだけでも十分危険だとは思うが、それ以外にも焦る要素があるのだろうか? 疫病でも持ってるのか?
「二人とも無事か!? そっちの鎧を着た御仁! 出来れば協力して頂きたい! 私一人では勝てるかどうかわからん!」
そういって金髪さんは剣と大きな盾を構えた。
おーなんか凄い。
凄くファンタジーだ、頑張れイケメン。
などと心の中で応援していると、遅れて登場した熊さんが彼に向かって突っ込んでいく。
森から出て来た時の勢いのまま、彼の盾に向かって巨大な爪を叩きつけていた。
「そこの人、聞いているのか!? くっ、流石はレッドベアー……一撃が重い!」
苦しそうな声をあげるモノの、しっかりと相手の攻撃を盾で受けている。
すげぇ、あれだけデカい熊の攻撃を受け流している。
ありゃ先生同様、別の意味で人間じゃないかもしれない。
「くっそ……これ以上は!」
ギリギリと熊の攻撃に押し返される金髪剣士。
こりゃちょっと不味いかな?
爪で引っ掻いても受け流される事が分かったのか、今ではでっかい肉球で引っ叩くように彼の大盾に向かってネコパンチならぬ熊パンチしておられる。
「どうすっか、手を貸すか?」
「でも、熊ですよ?」
「いいから参戦しましょうよ! あのままじゃあの人死んじゃいますよ!?」
まぁ確かにこのまま逃げても、逃げ切れる保証なんてどこにもない。
それに助け様としてくれた? 人を見殺しにするのも気が引けるのも確かだ。
とはいえ未だ助かってはいない上に逃げずに戦えと言われているのだから、あんまり恩義を感じる必要はないのかもしれないが。
「助けてくれようとしただけでもいい人ですよ! ホラホラ! お二人ならどうにかなりますって!」
やけに捲し立てるラニに一つため息を溢して、先生の肩から降りる。
相手は熊だ、しかも常識外れにデカい。
さて、どうしたもんか。
「先生、ちょっとでいいので正面から押さえられます? 目を潰しましょう」
掌をチョキの形にしてワキワキと動かしながら、彼の目の前に向ける。
それに対して目の前の銀鎧は、鎧の中でくぐもった声を上げながら笑った。
「あいよ、任せろ」
「了解、んじゃ行きましょうか」
「ホラ早く! 早くしないとあの人が……ってあれ?」
背後にラニの声を聞きながら、言葉の途中で僕達は走り出した。
コレと言って特別な能力なんて無い。
ただただ身体を鍛え、そして普通よりちょっと対人戦に慣れているだけだ。
だというのに、熊を相手にするとか正気の沙汰じゃない。
自分でも笑えない状況にため息を溢しながら、僕は金髪さんの右側へと走り抜けた。
「ぐっ……もう……」
流石に限界が来たのか、金髪さんが膝をついた瞬間。
脇を通り抜けて、人差し指と中指を真っすぐに立てながら熊の顔面に向かって突き出した。
ぶちゅっ……と嫌な感触を指先に残しながら、僕の指は熊さんの左の眼球を貫いた。
うえぇぇ、キモイ。
「ガアアアァァァ!」
おや、何か獣っぽくない鳴き声。
なんて思いながら指を引き抜き、金髪さんから離れて悶え苦しむ熊さんを見上げる。
普通ならここで逃げていきそうなモノだが、流石はファンタジー。
熊さんは残った瞳をこちらに向けて、ご立腹なご様子。
不味い、ヘイトがこっちに移った感がある。
っていうかおい、先生遅い。
正面抑える役はどこへ行った。
なんて思った瞬間、銀色の鎧が飛び上がりながら私達の隣を突き抜けていった。
「必殺! ライ〇ーキィィック!」
確かに綺麗なフォームだ、実にそれっぽい。
だがしかし、おいバカ止めろ。
いくら何でも隙だらけで飛び込み過ぎだろうに。
例えその必殺キックが当たった所で、次の瞬間には熊パンチを食らう事に……
なんて感想抱いたのも束の間、ズパァン! と変な音がしたかと思うと、予想外の出来事が発生してしまった。
彼の足が熊さんの顎にめり込んだ瞬間、その頭が見事にはじけ飛んだ。
「「は?」」
近くに居た金髪さんも同じ感想だったらしく、声が被ってしまった。
普通はさ、ホラ。
熊肉って固いじゃん? そんな豆腐みたいに弾けないじゃん?
だというのになんだアレ、熊さん頭無くなっちゃったよ。
「決まった!? おぉマジか! 黒江、見てたか今の! 熊ぶっ殺した!」
やった本人も衝撃の結果だったようで、熊の死体の向こうで着地してから両手を上げてぴょんぴょんしている。
抑えるどころか、一撃で粉砕してしまった。
確かにこんな武装与えられたら過去の皆さんも俺TUEEするのがわかるわ。
「カラスさんネコさん大丈夫ですか!? 凄いです! 流石は勇者様です!」
遅れてやってきたラニが、嬉しそうに人の周りを飛び回る。
とても鬱陶しい、やけに人の周りを飛び回るコバエの様だ。
そんな妖精に目もくれず、金髪さんは唖然と先生を眺めておられるし。
気持ちは分かるがこの後どうすればいいのか教えてくれないかな、この熊解体でもすればいいの?
それこそステータスとかレベルとかあったら確認する場面なんだろうけど。
というか……
「ラニ、今のは”鎧”とやらの影響ですか? いくらあの筋肉馬鹿でも、あんな馬鹿げた威力のキックを見たことがありません。 あんな事が出来る変身ヒーローなら、元居た道場は血の海に染まっていますよ」
多分まあ間違いなくその影響なんだろうが、ただただ固い鎧じゃなかったのかアレ。
それに鎧を使う前、犬っころと対戦していた時だって随分と調子が良い様だったし。
もしかしたら彼の方には、何かしら特別なモノが宿ったんだろうか。
だとしたら何となく納得いかない事態なのだが。
「ラニも全てを知っている訳ではありませんが……”鎧”は本当に防具としてしか役に立たないと聞いたことがあります。 とにかく”固い”だけの鎧ですからね、もしかしたら”スキル”が関わっているのかもしれませんね」
また新しい用語が出て来た、やっぱりあるんだスキル。
現代のゲームとか好きな日本人としては馴染みある単語ではあるが、こっちに来てからは初めて聞いた。
もしかしたら先生には触れたものを爆散するスキルとかあるのかもしれない。
やめろよ、そんな危ない能力持った奴にこれ以上触れたくないよ。
っていうかやっぱり”鎧”って外れなんだね。
攻撃要素皆無のサンドバックなのね。
というか僕のスキルは? ねぇねぇ無いの?
「いえ、そんな目で見られましても……ラニには鑑定スキルがありませんので、街に戻ったら鑑定屋に行ってみましょう」
ジトッとした眼差しを妖精に向けていれば、背後から存在を忘れかけていた金髪君が声を掛けて来た。
「あ、あの……ちょっと聞いていいかな?」
外傷はなさそうだが疲労がたまっているのか、剣を支えに立ち上がった。
剣って結構デリケートなんじゃなかったっけ? 杖みたいに使ったら芯が曲がるって聞いた事があったけど、いいのかな。
若いんだから気合いで自分の足で立ちなよ。
「ネコさんって常識人に見えて、やっぱりカラスさんの弟子ですよね。 脳筋って感じがヒシヒシと伝わってきます」
「本当に失礼な妖精さんですね、ライフが0になった時に使うために小ビンに詰めますよ?」
どこぞのゲームの影響で妖精っていうと、光る球体に羽が生えていて保険代わりに瓶詰にしておくイメージが強いんだが。
些か目の前にいる妖精さんはサイズがサイズだけに、デカい瓶が必要になりそうだ。
「さらっと恐ろしい事言わないで下さい。 あと生憎とラニには回復魔法は備わってないです」
「え、つまりカーナビくらいにしか役に立たないって事ですか?」
「色々役に立ってるじゃないですか! そろそろラニを甘やかしてくれもいいと思うんですが!」
あーはいはい、とばかりに頭を撫でて安心させてやり、途中で鷲掴みにして先生に投げつけておいた。
この子が居ると金髪さんが喋れなそうなので、一度離れて頂こう。
先生にキャッチされたラニがキーキー騒いでいるが、今は無視だ無視。
「えっと、もういいかな?」
「えぇどうぞ、うるさいのも居なくなった所で存分に。 こちらからも色々聞きたいので」
どうぞとばかりに手を差し向ければ、何を勘違いしたのか彼は僕の手を握ってきた。
握手かな? とは思ったものの、思わず後ろに飛んで距離を置いた。
兎に角剣をしまって頂きたい。
相手は名前も知らない赤の他人なのだ。
そんな相手と刃物を出したままの状態で雑談するなんて、どう考えても馬鹿のする事だろうに。
睨みつけてやるとある程度は察してくれたのか、彼は慌てて剣を鞘に納めた。
「す、すまない気が回らなくて。 僕はスミノ。 スミノ・フル・ストロングという」
ん? 今なんて言った?
スミ〇フ? またアルコール飲料みたいな名前の奴が出て来たぞ。
コイツらの名前考えたヤツ絶対酒好きだ。
「先ずはレッドベアーの討伐に協力してくれた事、感謝する。 しかしあの銀色の鎧を着た人物、彼は何者だ? アレほどの手練れとなると名が知れているのだろう? それに君もだ、まるで影の様に現れ正確に急所を突く。 本当に素晴らしかった! 是非名前を!」
近い近い近い!
喋っている内に興奮してきたのか、彼は僕の肩を掴んだ上に鼻息まで荒くして迫ってきた。
怖いキモイ来るな。
「是非とも話を聞かせてくれ! 私は修行の為にこの森に入ったのだが、まさか森の主とも言えるレッドベアーに遭遇するとは。 そしてその魔獣をいともたやすく屠る君たちに実に興味が——」
「——だぁぁもう近い! キモイ! 離れろ馬鹿!」
思わず彼の顎にアッパーを叩き込んだ僕を、誰が責められよう。
綺麗に入ったその拳は、一撃で彼の意識を削ぎ取った。
白目を向いて、金髪イケメンがその場に転がって大人しくなる。
ふぅ、これで少しは静かに……
「あ、あの……ネコさん? その人ストロングとか名乗ってませんでした?」
プルプルと震えながら、ラニが金髪の変態を指さす。
背後ではどうにか鎧を脱ごうと四苦八苦している先生が見えるが、今はどうでもいいか。
「あぁ、確かそんな事言ってたかもしれませんね? どっかの偉い人だったりするんですか?」
なんか聞いた事あるなぁとは思ったが、ストロングなんて”向こう”じゃいくらでも聞いた名称だ。
ゲームの技名だったり、キャラクターの名前だったり、そしてお酒の名前だったり。
それにこっちに来た時にだって、確かそんな名前を聞いた気がする。
向こうでいう”鈴木さん”みたいに数が多い名前なんだろうか?
と考えた所で、思考がピタリと止まった。
「ラニ、もう一度聞きます。 ここの国の名前と王様の名前、なんでしたっけ……」
「ストロング王国……ゼロ王です……」
「あ、あはは。 まさかね、まさか王族が一人でこんな森の中で剣振り回している訳ないですもんね? ありえないですよね?」
同意を求めると、今まで散々煩かったナビゲーターが嘘みたいに静かになって視線を反らした。
あ、ヤバイ。
これ本気でヤバいかも。
「王子ぃぃぃ! スミノ王子ー!? どちらにいらっしゃいますかー!?」
タイミングを見計らったかのように、周囲から声が響いた。
続いて聞こえてくるのはガチャガチャという重い足音。
そちらに視界を向けてみれば数十人の鎧を来た皆さまが木々を抜け、丁度こちらに視線を投げかけた瞬間だった。
やっべぇ……
「王子ぃぃぃ! 貴様ら王子に何をしたぁぁぁ!?」
あ、これ詰んだ?
「黒江どうする? 全員ぶっ飛ばすか?」
「これ以上罪を重ねる様な真似はご遠慮下さい……でも最悪はぶっ飛ばして逃げます」
「あ、あははは……勇者ってなんだろう……」
僕たちは大人しく両手を上げ、鎧の人達に取り押さえられたのであった。




