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森で出会った熊さんがやけにデカイんですが?


 依頼を受けた僕達は、街……じゃなくて国って言うべきなんだっけ。

 とにかく再び門をくぐり、ラニの案内の元近くの森までやってきた。

 ワンコはどこにいるのか、果たして今日中に戻れるのかなど色々心配事は尽きなかった訳だが。

 しかも”討伐”って言ってたよ討伐って。

 僕ら素手だし、ゲームとかに出てきそうな凶悪なモンスターとかだったら、果たして勝てるのだろうか?

 なんて事を心配していた筈だったのだが……


 「野犬に出会った時は……狙うは首! もしくは下顎!」


 鬱蒼と茂る木々の中、筋肉が黒いワンちゃんに囲まれていた。

 しかし当人は楽しそうな笑顔で、動物虐待に勤しんでいる。

 既に目的の数はご臨終なされた様にも見えるが、追加報酬も出るって言うし放置してもいいだろう。


 「あのぉ、ネコさんは戦わないんですか?」


 木の根っこに腰かけてボーっとしているだけの僕に対して、ラニが声を掛けて来た。

 そんな彼女に欠伸をかみ殺しながら手を振って答える。


 「だって、必要だと思います? この調子ならすぐ片が付くでしょ」


 「でもほら、異世界に来たからには皆戦いたがるって聞いた事ありますよ? 過去の勇者さん達も大体そうだったみたいですし」


 なるほど、過去にこちらへいらっしゃった方々は皆主人公体質だったようだ。

 凄いな、適応力が逞しい。

 というかソレでよく死なないな、過去の方々。

 俺ツエーって出来るほどの何かを持っていた訳ではなかろうに、それともチートスキルとか貰っちゃってたりしたのだろうか?

 僕自身はこっちに来てから、コレといって体の変化は感じないのだが。


 「僕らみたいな日本人は、特別自分が勝っていると思える状況じゃない限りいきなり戦闘はキツイ気がしますけど。 先生は楽しそうに暴れてますが、あの人は元々身体能力ヤバイので。 あ、もしかして“そういう人”ばかりこっちの世界に呼んでいる、とか?」


 そう、本当に体はいつも通りなのだ。

 ちょっとは期待したよ、魔法とか使えるのかなって。

 でもそんな気配微塵もないし、じゃあ他は? と聞かれれば、感じられる物は何もない。

 レベル概念とかあるのかね、僕が現状1レベだから普段と変わりないとか。


 「冒険者のランクだったら存在しますけど、レベル概念はないですねぇ……それから人選して召喚する訳ではありませんので、基本はランダムですね」


 ふーん、とだけ気のない返事を返してから視線を上に向ける。

 木漏れ日が差し込み、森独特の涼しさも相まって少しだけ眠くなってきた。

 ランダム召喚かぁ、ガチャみたい。

 もしも老人とか妊婦さんとか来ちゃったら大変だよね、後は子持ちの親御さんとか。


 「そういう人が過去に居なかった訳でもありませんが……まぁその辺りはまた今度お話しますよ」


 あんまりいい話ではなかったのか、勝手に思考を読んだラニが苦い顔を浮かべている。


 「さっきの話、戦いたがる皆さんは結局どうしてたんですか? とてもじゃないですが、向こうからやってきていきなり暴れられるのはあの筋肉馬鹿くらいなものだと思いますけど。 それこそ一般人なら、特別な武器か能力でもない限り国に引きこもりそうなのに」


 「そりゃもちろん、特別な武器をお渡ししていますから。 それを身に付けばこれくらいの戦闘なんて……あ」


 なんて言った瞬間、ピシッとラニが固まった。

 羽まで停止しているが、どうやって飛んでいるのだろう。


 「ラニ?」


 どこか顔を青くしたまま、彼女はギギギッとブリキみたいに固い動きでこっちを向いた。


「ちょっと忘れていた事がありまして。 出来れば怒らないで聞いて欲しいんですけど……」


 「はい?」


 怒られてしまう程重要な事を忘れていたのだろうかこの昆虫は。

 もしかしてさっき言っていた武器の類の話か?

 本来なら最初に渡しておくべきでした、みたいな。


 あっそう、それで? と気にしていない風を装いながら言葉を返してみると、ラニは再びモジモジと身体を揺らしながら「怒らない? 本当に怒らない?」みたいな上目遣いで見つめてくる。

 あぁ鬱陶しい、さっさと喋ればいいのに。


 「実はですね……本来ならこちらに来たその時にお渡しするものがあったのですが……」


 もじもじ、もじもじ。

 あぁ鬱陶しい、さっさと喋ればいいのに。


 「あの、ごめんなさい。 真顔のまま心の中でイラつくの止めて頂けません? 結構怖いです」


 あぁ鬱陶しい、さっさと——


 「——あぁぁごめんなさいごめんなさい! お二人に専用の武器をお渡しするのを忘れておりました!」


 あーもう、本当コイツつっかえ……


 「本当にすみませんでしたぁ! 渡そう渡そうとは思っていたんですけど、事あるごとにカラスはネコさん連れて走り去っちゃうし。 なら森に入る前にと思えば、素手のまま魔獣狩り始めちゃうしで……」


 あーなるほど。

 確かにこうして落ち着いて話しているのなんて、最初の草むら以来かもしれない。

 どこかの体力馬鹿が子供顔負けに走り回るし、追っかけるのが忙しくて色々忘れのも分かる。

 分かるが、如何せん大きすぎる失敗な気がしないでもない。

 これ下手したら僕ら死んでたじゃん。

 なんて事を考えている内に背後から黒いワンちゃんが一匹顔を出した。


 「ネコさん後ろ!」


 「黒江、手伝うかー?」


 「いえ、別に熊が襲ってきた訳でもありませんし」


 それだけ言って走り寄ってくるワンコの首に踵を叩き込んでから横に回り、首に腕を回しゴキッと音がするまで回転させる。

 普段対人戦……というか試合ばかりしているので、獣相手でしかも殺すまでの戦闘なんぞ慣れている訳がない。

 手に残る気持ち悪い感触に顔を顰めながら、うえっと声をもらしてワンコから手を離した。

 すまん、でも君から襲ってきたんだからね? 恨まないでね?

 なんて事を思いながら手を合わせる。


 「あの……本当に能力とか武器とかいります? どっちもどっちで化け物なんですけど」


 「本当に失礼な羽虫ですね。 いるに決まってるでしょう? 僕は善良な一般市民ですよ? あの筋肉お化けと一緒にしないで下さい」


 「……あい」


 渋い顔のラニが両手を前に出すと、何やらブツブツと難しい単語を呟いている。

 あ、見た事ある。

 中学校とかに、たまにこういう事する男子がいましたわ。


 「余計な事を言わないで下さい……集中どころか気持ち的に駄目になりそうです」


 「言ってないよ、思ってるだけだよ」


 なんて会話が終ってしばらくすると、彼女の手の間に白い球体が輝きだす。

 白いピンポン玉にLEDを仕込んだらこんな感じになりそうだ。

 正直言って、ショボい。


 「いいから早く腕を突っ込んで、何かを掴んだら引っ張り出してください」


 もはや反論するのも面倒くさくなったらしい妖精さんが、飽きれた様な口調で言い放った。

 とはいえ腕を突っ込む? このピンポン玉に? どうやって?


 「先生、ガチャとかくじ引き好きですよね? ちょっとこっちに来て下さい」


 まずは人体実験が必要だろう。

 どうするのが正解なのか、予め他人を使って見ておきたい。


 「ガチャ!? やる!」


 人としてどうかと思おう反応を示しながら、残ったワンコをぶん殴った彼はこちらへ全力疾走してきた。

 ほらほらガチャだよーくじ引きだよー、どうなるか分からないけど引いてごらん?


 「ネコさんって結構いい性格してますよね……」


 「お褒めに預かり光栄です」


 「あ、はい」


 などとやっている内に走ってきた先生が、躊躇なくピンポン玉に腕を突っ込んだ。

 いや普通入らんだろって思うサイズだったが、彼の腕に合わせて大きくなった。

 なにこれ凄い、今ではラニ本体くらいデカくなってる。

 やるじゃんピンポン玉。


 「お、何かあった!」


 「引き抜いてください!」


 「おっ……シャァッ!」


 よく分からない掛け声と共に先生が腕を引っこ抜くと、その手には白い……白い、スマホ?

 くらいのサイズの四角い物体が握られていた。

 なんか表面に模様描かれてるけど、モニターらしきものはない。

 なんじゃありゃ、大きめのカード入れか何かかな?


 「おぉ! 鎧ですよカラスさん! 貴方にぴったりです!」


 「マジか! よく分かんねぇけどいいものか!」


 どこが鎧なんじゃい、名刺ケースか何かにしか見えないが。

 不審な視線を向けていると、再びピンポン玉サイズに戻ったピンポン玉を両手の間にプカプカさせているラニがこちらに向かってきた。


 「次はネコさんの番です! 大丈夫だって分かったでしょう!?」


 とっとと引けとばかりに、ズイズイ迫ってくる30センチの人影。

 はぁ……とため息をひとつ溢してから手を突っこむと、指先に何かが当たった。

 指でソレをなぞれば、固い感触に四角いフォルム……あれ?

 とりあえず引っこ抜いてみると、どこかで見覚えのあるスマホくらいのサイズの四角い物体。

 違いがあるとすれば真っ黒い色と、若干見た目の違う模様くらいだろうか。

 間違いなく、先程先生が引き当てた名刺ケースの色違いだ。


 「わ、わぁー! 鎧を引き当てたんですね! 貴女にぴったりですよ!」


 「おい妖精」


 「はい、何でしょう……」


 「これって外れって事でいいんだよね?」


 「えぇっと……いえ、そんな事は、ないですよぉ? 防御力はピカイチですし、とにかく固い鎧が展開できますし、それにほら……とにかく固いですから」


 つまり、固いだけで何の役にも立たない”鎧”とやらを二人揃って引き当てた訳だ。

 これから僕たちはいくら敵にサンドバックにされても大丈夫って装備を手に入れた訳か。

 それで、武器は自分で用意しろと。

 気のせいかな、なんか振り出しに戻った気がするぞ?


 「……」


 「お、お願いです。 罵倒でも何でもいいので何か喋ってください……」


 今すぐにでも泣きそうなラニを無表情で見つめていると、隣にいる筋肉が白い名刺ケースを天に掲げて叫び出した。


 「ナビ! おいナビちゃん! これどう使うんだ!? 投げればいいのか!?」


 投げるな投げるな、折角頂いたサンドバックになれる名刺ケースだ。

 大事に大事に普段使わない旅行鞄の隅にでも放り込んでおけ。

 そしてそのまま仕舞い無くしてしまえそんなもの。


 「よ、よくぞ聞いてくれましたカラスさん! 目の前に力強く突き出し、こう叫んでください!」


 「おうよ! こうか!」


 バッ! と音が聞こえてきそうな程勢いよく、白い物体Xを目の前に掲げる先生。

 こうも素直に従ってくれるならラニも楽でいいだろう。

 多分、というか間違いなく先生に対して用意されたナビゲーターだったのだろう。

 息がぴったりだ。


 「お腹から声を出してください! そう、”変身!!”と!」


 「おうよ! 変身!!」


 はい?

 なんて飽きれた目を向けている間に、先生の持った名刺ケースがパカッと開いて、中から白い光が漏れる。

 眩しいとかそう言うレベルではない、直視してたら失明するんじゃないかっていう迷惑な光量だ。


 「おぉぉ、きたきたきた!」


 光の中から暑苦しい声が聞こえたと思おうと、銀色の鎧を来た物体Xが現れた。

 なんだあれ。

 人気のゲームタイトル、最後の物語とかに出てきそうな程厨二病要素満載な鎧が立っている。

 新しいシリーズの仮面のヒーローですよ! って言われたら、あぁ今回はお金掛けたなぁ凄いじゃんって言いたくなる感じの見た目。

 見てくれとしては格好良い、あくまでフィクションとしては。

 だが今目の前では、鎧の中にぎゅうぎゅうに詰まった筋肉が蠢いていると思うと、何となく暑苦しい、という感想しか出てこない。

 というかあれだ、めちゃくちゃ出来が良くて格好良いコスプレ衣装を、平然と屋外で着ているような場違い感が凄い。

 残念ながらここはコスプレ広場ではないのだ。


 「うぉぉぉ、なんだこれ! すっげぇ!」


 楽しそうで何よりです。

 僕は絶対着たくありません。

 なんて思いながら、右手に持ったケースに視線を送る。

 捨てて帰ろうかな。


 「おっしゃぁ! これで犬っころなんて怖くないぜ!」


 元々怖くねぇだろ、って言ったらダメなところだろうか?

 とはいえ目の前にはその犬っころの死体が山積みになっている。

 詰まる話戦う相手がいないのだ、ご愁傷様です。

 やれやれと首を振った瞬間、地面が揺れた。

 ドシンッ、ドシンッと重い物が歩いてくるような振動をしばらく感じていると、目の前の木々を掻き分ける様に大きな影が姿を現した。

 掻き分けるようにというか、文字通り木々を押しのけて登場なされた。

 その姿はまさに……


 「熊だな」


 「熊ですね」


 「レッドベアーです!」


 体長、約四メ-トル。

 うわでっかい、無理。


 「逃げるか」


 「ですね」


 「なんでそんなに冷静なんですかねぇ!?」


 そんな会話が終わった瞬間、先生に再び担がれ森の中を高速移動し始めた。

 あれ? 帰り道ってこっちだっけ?

 ちょっと心配しながら目の前の景色を睨むが、森なんて入ってしまえば四方八方同じ様なもんだ。

 うん、わからん。


 「ちょ、ちょっと! 逆! 逆です! カラスさんストーップ!」


 必死で訴えかける声が後ろから聞こえてくるが、その後ろには先程のドデカイ熊が走っているのだ。

 もちろん止まれるわけがない。


 「先生、私は自分で走ります。 なので大人しく齧られてください、折角鎧来てるんですから」


 「うん、ごめん無理。 あんなデカい熊とか勝てるわけない」


 折角恰好のいい鎧来てるのに、残念な発言が帰ってきた。

 実際この鎧ってどこまで固いんだろうか?

 普通の鎧なら普通にムシャムシャしてしまいそうな熊さんに追いかけられている訳だが、さっきラニがやたら固い鎧だって言っていたし。

 聞いてみようかと思っても、肝心な情報源は泣きながら僕らの後ろを泣きながら飛行してるし。


 「待って下さぁぁい!」


 うっせぇ、お前は上にでも逃げろ。

 その背中の羽は飾りか何かか、飛行上限高度でもあるのか。

 なんて事を考えていると目の前から一人の騎士? っぽい格好の方が突然登場した。


 「こっちへ! 早く!」


 誰だろうこの人、こっちに来てから知り合いなんてスロウさんと受付のお姉さんしかいない。

 だというのに、目の前で手を振っている金髪イケメンはいかにも協力しますよ! っという雰囲気で僕たちを誘導しようとしている。

 実に怪しい、罠だろうか?


 「そこは大人しくご厚意に甘えましょうよ! あんなモノに追われてる状況なんですから!」


 いつの間にか隣まで追い付いたラニが、泣きながら訴えてくる。

 まぁうん、試しに従ってみようか。

 もしも罠だとしても、対人戦なら僕も先生も得意分野だ。


 「本当に物騒な勇者様達でラニはもう嫌ですぅぅ!」


 そんな彼女の叫びを聞きながら、目の前の金髪イケメンに従って共に走る。

 まぁ走っているのは先生なのだが。

 肩に担がれたまま先程の彼に視線を向けてみれば、先生と並走している。

 見たところ頭以外は鎧を着てるし、何かデカい盾を持っている。

 そんな装備でこの筋肉についてくるのだから、かなり体力と筋力はあるらしい。


 「この先に泉がある! そこで迎え撃とう!」


 あ、そうっすか、頑張ってください。

 とは流石に言えない。

どう見ても共闘する気満々だし、ここで彼だけ置いて逃げ出したら後が怖そうだ。

なんたって防犯クレカ持ってるし。


後ろを振り返ると、木々をなぎ倒しながら迫ってくる熊さん。

 とてもじゃないが貝殻のイヤリングを届けに来た雰囲気ではない。

 これ、このメンツで勝てるの?


 「見たところ武器の類を持っていないが、魔導士か!? しかし鎧を着ているし……それに肩に乗せているお嬢さんは?」


 「話は後です! 後この二人は素手でめちゃくちゃ強いので、何とか使ってやってください!」


 ラニの失礼な叫びを聞きながら、僕たちは森を駆け抜けたのであった。



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