弓対鎧
「やーやーやー諸君、ご機嫌用。 私はストロング王国王子タミィ・フル・ストロングだ。 挨拶が遅れて非常に申し訳ない。 色々と準備に手間がかかってね、挨拶に来るだろう王家の人間は私ぐらいなモノだったんだが……もしかして何か無礼があったかな? 非常に申し訳ない」
道化の様な態度を取りながら、彼は私達の陣営の“背後”から現れた。
何だコイツは?
王子と名乗ったが、正直疑わしい。
そんな身分なら、間違いなく今の様な単独行動はさせないだろう。
王族は“こちら側”の人間の中でもスキルや魔法適性が高い。
だからこそ率先して戦場に立つ事はあるにしても、彼の様に単独で戦場に立つ事などありえるだろうか?
思わず銃口を彼に向け、周りの兵に道を開ける様に指示する。
「“弓の勇者”の噂は聞いていたが、これは確かに圧倒的だ。 しかし、話に聞く“狂人”とは程遠いな……戦いを望んでいる様には思えん」
演技がかった仕草で、キノコみたいな頭の彼は遠くからこちらを眺める。
コレも相手の戦略か? もしかして、もう一度殲滅級魔法を撃つまでの時間稼ぎ?
だとしたら愚行もいい所なのだが……彼の態度からはそういうものが感じられない。
「まぁ勇者云々の評判、批判は良いとして。 その武器は非常に素晴らしいな、是非とも近くで見てみたい。 まぁ、それを許す兵は居ないだろうがね」
ハッハッハと笑いながら両手を上げる王子。
なんだろうコイツは、私の銃口を後ろに向かせておく為の囮?
なら、今すぐ彼の頭を打ち抜いて正面に向き直ればいいんだが……
「実に興味深い。 形も大きさも思いのままか……だが形はその場で考えてる訳ではなさそうだね。 即座に考える代物としては、精密過ぎる。 うむ、実に興味深い。 そして同時に、特性も理解した。 その武器は、真っすぐ前にしか攻撃を放てないのであろう? その引き金を弾くまで攻撃は放たれない」
一瞬ドキッとしてしまったが、思い直せば当たり前の事だ。
弓も石弓も、当然前にしか飛ばない。
矢羽に細工したりすれば違うが、コイツが言っているのはそういう事ではない気がする。
では、一体何を……
「私はね、未知を探求するのが好きなんだよ。 何故動くのか、何故そういった形になったのか。 しかし君のソレは私にとって、未知が含まれているだけで合理的過ぎる。 強力ではあるが、一度調べたら飽きてしまいそうだ。 様々な形には興味が湧くが、それも時間の問題だろうね」
コイツは本当に何を言っているのだろう?
今では周りを兵に囲まれ、逃げ場などない。
空でも飛ばぬ限りは、彼は完全に囲まれているというのに。
それでも彼は、余裕の笑みを浮かべていた。
「さっきから、貴方は何を……」
「わからないかい? 使い方次第では変わるかもしれないが、君の武器にはロマンが少ないんだよ。 もしかしたらコレは、使い手の問題かもしれないがねぇ……しかし、私としてはもっとこう、血が滾る様な使い方をしてほしい。 ドーンとでっかく、尚且つ色々な所が動いて変形するとか。 もっとこう色々と……っというのは今後語る事にして、準備は整った様だ。 存分に楽しんでくれたまえ」
「は?」
ヘラヘラと笑う彼は、注意する間もなく手に持ったリモコンのボタンをポチッっと押し放った。
何か起きる!? なんて警戒したのもつかの間、コレと言って何も起こらない。
大爆発が起こるわけでもなし、トラップが発動する訳でもなし。
本当に何がしたかったんだ?
なんて事を思って、ズレた視線を彼に戻せば……ドでかい風船の様な物が彼の背中から飛び出してきた。
そして段々と上昇していく。
非常に、間抜けな光景だ。
「時間稼ぎも囮役も存分に熟した。 なので私は、ここらで失礼しようと思う。 ではさら―――」
言葉の途中で、彼は空に消えた。
バフンッ! と大きな音を立てて、倍くらいに膨らんだ風船と一緒に空へと向かって一直線。
な、なんだったんだろう彼は……
まあいい、アイツはいい。
放って置こう。
でも、何か仕掛けて来たのは間違いない。
彼の離脱は、作戦開始の合図でもあるのだろう。
「全員警戒態勢!」
なんて隊長さんが叫ぶが、既に遅かった。
――チュウゥ!
さっきのキノコ頭の声? で、足元に居たネズミは鳴いた。
いつから居た? しかもこんな大量に。
明らかに普通じゃない瞳の輝きを放ちながら、そいつらは私達のブーツに牙を立てた。
その結果。
「ずあぁぁぁぁっ! やってくれる! あのキノコ頭ぁ!」
そんな叫びが、各所から上がった。
このネズミたちは、間違いなくゴーレムだ。
土の魔法で作られ、そして単純な命令に従う。
普通のゴーレムなら私や魔法使いには大した脅威にはならない。
そんな土人形だが、牙だけは単調ではなかったらしい。
「あぐっ! ……何コレ!?」
足の甲を貫いたネズミの前歯は、噛まれたと同時に抜け落ちた。
そしてその牙は通常の生物とは当然異なり、ただの土人形の牙にしては些か鋭すぎる。
というか、鉄板を仕込んだブーツに穴をあけるってどういう事だ?
しかも貫通しているのである。
それは私だけではなく、鎧を着た兵士達も同様。
足が地面から離せない。
こんな事、あり得るはずがない。
鎧を着こんでいるこちらに対して、相手はネズミのゴーレム。
だと言うのに、私が居る周辺の兵士たちが揃って悲鳴をあげはじめたのだ。
牙が鎧を貫通し、足を通り過ぎ、そして地面に食らいついている。
「いだっ……いたい!! なにこれ! なんなの!?」
自身の足に視線を落せば、まるでホッチキスを撃たれたような跡と金属片が見える。
もしかして、コレは勇者による知識?
相手は高い防御力だけではなく、己の知識でさえ革命を起こしているのか?
現代知識を“こちら側”に持ち込み、金銭を得たり有利になったり。
そんな事を、相手はしているのだろうか?
中途半端に現代と“こちら側”が融合している以上、一般人の知識程度では役に立たなかったのが私の経験なのだが……
相手は、それを軍事利用している?
「皆離れて! 多分相手の狙いは動けない私達を――」
「いいえ、僕達の狙いは貴女だけです。 “私達”という言葉には語弊がありますね。 とりあえず降参してください」
いつの間にか首元に当てられたナイフ、そして背後から聞こえてくる女性の声。
ゾッとした。
こいつはこんなにも人が入り混じる中、どうやってこんな中心部まで接近したのだ?
訳も分からない状況に、私は震えたまま銃のグリップを握りしめた。
「銃を手放してください、そしたら危害は加えません。 両手を上に、ゆっくりと上げてください」
気配さえ感じられないまま、“向こう側”の映画で聞くような台詞を吐いてくる少女。
間違いない、こいつが勇者だ。
言われるがまま、手に持った勇者武器を地面に落した。
「……ひとつ、教えてあげる」
「ほぉ、何かご教授頂けるんですか?」
余裕の声を崩さない相手は、未だ私の首元にナイフを当てながら声を掛けてくる。
でもその余裕が命取りだ。
「あのキノコ頭が言っていた事で、一つだけ間違えている事があるんだ。 私の“弓”はね、迫撃砲とかにも姿を変える」
「へぇ、良い武器を貰ったんですね。 羨ましい限りです。 それで?」
迫撃砲というモノは知っているの様だが、あまりピンと来ていないらしい。
アレは、地面に設置して使う物だ。
詰まる話……
「“持つ”必要なんて、引き金を弾く必要なんて無いんだよ。 例え地面に置いてあろうと、私の武器は発動してくれる!」
「は!?」
瞬間、足元にあったミニガンが暴れ始める。
こんな密集地域で発砲は出来ない、だからバレルを回転させただけ。
しかし予想出来ない動きに警戒したのか、相手のナイフが首元から離れた。
その瞬間にミニガンのグリップを掴んで変化させ、ハンドガンに姿を変えて後ろに構える。
右足が地面に固定されている為、体を捻る様にして背後に向き直る間抜けな形になってしまったが……
「いない!?」
背後には銃口を向けられ焦る兵が居るばかり。
今までいた筈の“彼女”が居ない。
なんだ、本当に何だ今回の相手は。
余りにもイレギュラー過ぎて対処できない。
いや、私が相手を倒さなければいけないんだ。
泣言なんか言ってられない、だからこそ。
「……私と戦え“鎧の勇者”! お前の実力はそんなものか!? 私を殺して見ろ!」
しかし周囲に彼女の姿は現れない。
まるでステルス迷彩でも使われている気分だ。
周りの兵達もキョロキョロと周囲を見渡しているが、誰も見つけられないのか戸惑いの声ばかり上がる。
「……居なくなった? 訳ないよね。 バーカバーカ! 隠れてないで出てこい! 貧乳!」
私はあまり話すのが得意ではない、なのでボキャブラリーが少ない。
こんな挑発で出てくる訳ないんだけどね……。
思いつく限りの拙い煽り文句を投げかけながら、痛みを無視して地面から足を思いきり引き抜いた。
痛い、けど思いのほか出血していない。
まだ金属は刺さったままだが、死ぬよりかはマシだ。
そして私は遠距離攻撃が出来る、範囲攻撃も出来る。
でもあそこまで近づかれたら、多分ナイフの方が早い。
なんて事を考えながら、周囲を睨んでいると。
「では、私がお相手しましょう」
初老に差し掛かっているであろう、オールバックの執事が視界の隅から現れたのであった。
――――
踏み込めない、ソレが彼女の第一印象だった。
明らかに戦場慣れしている。
ピエロ……じゃなかった、タミィ王子と話している時だって周囲の気配を探っているのが分かった。
僕と同じように草むらに隠れた王子の部下、もとい作業員たちがネズミのゴーレムとやらを放ち、噛みついた瞬間に隙が出来たからこそ一度は踏み込んだのだが……残念なことに距離をあけてしまった。
どうしよ、マジで近づけない。
ダッシュで距離を詰める事なら出来るが、絶対にバレる。
そんでもって相手が銃持ってるの怖すぎ。
警戒心バリバリの銃持っているヤツ相手に、どうやって近づくのさ。
バックアタック取れないよこんなの。
うーむ、と頭を悩ませながら兵士の間を走り抜けて一度草むらの中に退散する。
今の所気づかれてないけど、何かきっかけが無いと……なんて思った時だった。
「バーカバーカ! 隠れてないで出てこい! 貧乳!」
今すぐ草むらを飛び出してぶん殴ってやろうかと思った。
なんてヤツだ、僕の事を見ても居ないのに貧乳と見抜くなんて。
ぶっ殺してやろうか、もしくは削いでやろうか。
そもそもお前だって大して変わらな……クッ! そうでもねぇ。
「では、私がお相手しましょう」
思わず吹き出しそうになった。
阿保な事考えてたから余計に。
いや、何してるのクラウスさん。
理由は教えてくれなかったけど、あの人は戦争に参加しないという契約を王と結んでいるらしい。
戦場に立つ事を禁止されている訳では無く、参加しなくても良いという免罪符を貰っている形らしいが。
それでもここ最近戦場に訪れるのは、僕を回収する為。
だからこそ彼が敵の前に姿を現すなんて想像もしていなかった。
「進軍開始! ここはアズサ嬢に任せろ! 我々が周りにいても邪魔になるだけだ!」
あぁ不味い不味い不味い。
周りの兵隊さん達も動き出しちゃった。
予定としては戦争が始まる前に彼女を捕らえる予定だったのに、途中まで上手く行っていたのに。
僕がミスったせいで進軍始まっちゃった。
「……貴方が“鎧の勇者”? もう一人紛れ込んでいたなんて……隠密系のスキル? コレだけの兵に気づかれず移動するなんて、相当な手練れ……」
「お褒めに預かり光栄です、“弓の勇者”様。 お噂は伺っておりましたが……些か想像と違いましたな。 まるで今私が仕えている主人の様だ」
「……その子もコミュ症なの?」
「はて、コミュショウ……とは?」
色々止めて頂きたい。
というかいつから僕はクラウスさんの主人になったんだ。
お世話してもらっているのは確かだが、クラウスさんより偉くなった覚えはない。
そしてオイ弓の。
お前コミュ症かい、確かに話すときちょっとオドオドしてるけどさ。
多分クラウスさんが言っているの多分外見の事だからな、ちっこい女って事だからな。
という事でさっきの貧乳っての取り消せ。
「アズサァ! 援護は要るかぁ!?」
兵達がドンドン進軍していく中、一人のフルプレートが声を上げた。
他の人たちよりデカい、何アレ巨人?
多分先生より身長高いし、横にも広い。
あの人の背後は非常に隠れやすくて良さそうなのだが。
「……いらない、邪魔。 王様を守って」
「あいよぉ! 死ぬんじゃねぇぞ!」
やけにデカい声を上げる彼を見て、どこかの誰かさんを少しだけ思いだすが……今はそれどころではない、集中しろ。
恐らくクラウスさんの行動は相手の隙を作ろうとしているんだ、だとすればやるのは僕。
ならばさっさと決めてしまわないと、色々と手遅れになってしまう。
「良い王と、良い友を持っているのですね」
「……貴方には関係ない」
話をぶった切った彼女の銃が、サブマシンガンに変化する。
何あの武器本当にさぁ……ちょっと便利過ぎない?
僕もそういう機能欲しい。
状況に合わせて鎧も形が変わってくれればいいのに。
「では、周りも捌けて来た所で……始めましょうか」
「……私が生き残る為に、死んで」
その言葉と共にクラウスさんは姿を消し、弓の勇者は銃を乱射した。
多分一気に相手の認識外に移動したのだろうけど……後ろに跳んでいない事だけを祈る。
こっちの世界で銃を見たことが無いので、もしかしたら彼が“ソレ”を知らない可能性がある。
銃というモノを甘く見て彼が打ち抜かれでもしたら、多分僕は一生後悔するだろう。
だからこそ、急いで前に出た。
距離はそこまで遠くない、でも周りにも相手にも気づかれずに動くのは非常に時間がかかる。
「私はその武器を知っております。 “銃”というのでしょう? 話には聞いておりましたが、ここまで強力な武器だとは思いませんでした。 一度放たれてしまえば、目で追うのは不可能。 いやはや、恐ろしい武器です」
「っ!」
幸い被弾したという事もなく、彼女の横方面からクラウスさんが姿を現した。
そんな彼に対し、相手は再び銃の形を変えながら構え直した。
現れたのは、真っ白い機関銃。
ドドドドッ! と今までとは違う重くてデカい音を放ちながら、彼女は弾丸をばらまいた。
あっという間に目の前は土煙に撒かれ、目に見えて大地が削れていく。
ここだ!
思わず心の中で叫び、銃声が止んだと同時に土煙の中に飛び込んだ。
幸い風下に居る彼女に向かって煙は伸びている。
このまま一気に距離詰めて、彼女を“捕獲”する!
記憶に残った相手の位置に向かって、教わった“忍び足”を意識しながら走り寄る。
足音はない、相手はこちらを視線に収めるまで僕には気づけない、はず!
スキルは取得していないのでモドキでしかないが、それでもこの轟音の後だ。
少しくらい音が響いても聞える可能性は低い。
だからこそ、今しかない。
ナイフを引き抜いて、正面に逆手で構える。
そして土煙を抜ける頃、その声はすぐ隣から聞こえた。
「見えてるよ?」
「……は?」
何が起きた?
僕のこめかみに、ハンドガンが押し当てられていたのであった。




