戦場再び
今日も倉庫に呼ばれました。
鍛錬が出来ないです。
なんて事を思っていると、タミィ王子が真剣な表情で呟いた。
「前に言った戦争、それが三日後に迫った。 見張りをしていた兵士が、敵の慌てた姿を目撃したらしい」
何でもない様に、タミィ王子がそう言い放った。
はい? と思わず首を傾げてしまう。
人間同士の戦争がどうとかっていうアレだろうか。
「は? え? 三日?」
如何せん気後れする日数。
こちとらスキルの一つも覚えられていないのだ。
ちょっと待って欲しい、このままではろくに抵抗も出来ぬまま負けてしまう。
相手は“勇者”なのだ。
僕には持っていないモノをたくさん持っている“選ばれた”お方なのだ。
そんな相手に、肉体強化の一つも満足に使えず勝てる訳がない。
「今回の相手は“弓の勇者”。 遠距離戦を得意とし、近づく間もなく相手を塵と化す。 戦争において最も恐るべき相手と言えるだろう。 その“勇者”を、今回我々は捕獲しようとしている」
馬鹿だ、絶対馬鹿だコイツら。
そんなのどうやって捕まればいいんだ。
確かに一番の戦力を無力化、もしくは捕虜なんてされれば相手も引いてくれるかもしれない。
でも、その捕まえようとしている相手が一番ヤバイのだ。
相手は“勇者”だ、だからそなりに覚悟はしていたが……なんそれ?
遠距離専門で相手を塵と化す?
馬鹿なのかな?
荷電粒子砲みたいなものかな?
まって? ゾ〇ドに歩兵がどうやって勝つんだよ。
「というわけで、我々も対策会議に参加する事になった。 しかし、いつも通り正面火力で押し切るという作戦がとられるのは目に見えている。 もう昔の癖が抜ける事はないのだろう……」
誰だよそんな無能指揮官は。
今すぐ辞めさせろよ、一般ピーポーが提督やってももう少しマシな作戦を考えるぞ。
「なので我々は彼等を囮に使う! そして身を顰め、サイド……または背面から攻める! 我々は存在を悟られてはいけない! いわば蛇だ! 誰にも知られず、気づかれず、その毒牙を相手に突き立てる必要がある!」
スネークやん。
ソ〇ッドだかリ〇ッドだかは知らないが、やろうとしてる事は完全にスニーキングミッションだ。
マジかこいつ等、見た目は皆工場の作業員って感じなのに。
もしかしたらこいつ等皆相当の手練れなんじゃ……なんて思った時期が、僕にもありました。
「という訳で、頼むぞクロエ。 我々も全力でサポートする」
ポンと肩に置かれた手を、今ほど磨り潰したいと思った事はあっただろうか?
あのゲームをやりながら、何度思った事だろう。
お前ら前線に立って掃討したらええやんと。
物語的にそうはいかないのは分かっているが、主人公ばかりに任せる上に好き放題言ってくるバックアップ組がちょっと気に入らなかったのは確かだ。
「僕だけがやるんですか? え、いや。 普通に考えてありえなくないですか?」
「もちろん我々も出向く。 だが我々は策を講じるのは得意だが、隠密行動には向いていない。 その分、君やクラウスなら適任だろう?」
聞きたくなかったよ、そんな台詞。
事が終わった後には援護に来てやるから、敵のど真ん中で重要人物を潰せ!
今回のミッションはそんな感じらしい。
ちなみにリトライはなし、失敗したら終わりなのだ。
何コレ、死ねる。
「本気ですか? 僕はまだスキルの一つも覚えていないんですよ?」
「しかし実力は確かだ。 目立たず、そして確実に作戦を遂行するのが君の役目。 英雄になるな、極めて控えめに制圧する必要がある。 とはいえ、作戦自体は大胆不敵にも程があるモノだ。 しかし今は時間が無い、なのでサポートに回せる人員はほとんどいないのだ」
聞けば聞くほど、自分が蛇というコードネームで呼ばれている気がして来る。
おかしいだろ、こんなミッション。
戦場の主戦力になれと言われるよりマシなのかもしれないが、それでも荷が重いのは確かだ。
これ、普通の“勇者”だったら平然とやってのけるの?
すげぇなお前ら、異世界勇者ってやっぱすげぇわ。
「クロエ、君には誰よりも先行してもらい成果を上げてもらう必要がある。 だがその成果は正当に評価されない、だからこそ君の自由に繋がる。 君は“無能”のまま、戦場で影の“主役”になるんだ。 いいな?」
良くないです。
もはや泣きそうな状態になりつつ、険しい顔の男性達に囲まれて作戦会議が始まってしまった。
どうすればいい? ろくなスキルもなく、特別感があるのは“黒鎧”だけ。
その鎧を使えば、今回のスニーキングミッションは失敗となる。
駄目やん、色々駄目やん。
僕の異世界生活、詰んでない?
「もはや時間はない! 今から周辺にトラップを仕掛け、少しでも敵を減らすぞ! 休む暇はないと思え!」
「うおおぉぉぉぉぉ!」
なんか盛り上がっていらっしゃる。
おい、よくこの国今まで生き残れてこれたな。
間違いなくこの人居なかったらすぐさま全滅してただろうよ。
だって聞く限り王様全力前進しか指示しないんでしょ?
元王子一号が騎士団に指示を出して、第二王子が作戦を練る。
そして勝てばトップがほくそ笑む、と。
これさ、核兵器でもない限り普通真っ先に潰されるよね?
昔はなんか凄い装備があったとか?
それで今まで生き残ってたの? この国。
ホント何なんだよ。
あと僕は何を期待されてんだよ。
絶対他の人に任せた方が良いって。
「クロエ、気負うなというのは無理な話だろうが、君なら大丈夫だ。 『戦場の人攫い』に一発入れられる君なら、間違いなく出来る。 さぁ、詳しい説明は別室でしよう。 付いて来てくれ」
満面の笑みで、肩にポンッと手を置かれてしまった。
もう、逃げ道は無いらしい。
先生、ヒーロー辛いっす。
――――
その数日後、ストロング王国の前には多くの兵士たちが集まっていた。
皆緊張した面持ちの中、一人の少女が誰よりも王国へと歩み寄る。
真っ白い衣装。
まるで白衣と見間違える程薄いコートを身にまとい、短い髪を風に揺らしている。
その髪と瞳は真っ黒、顔立ちも間違いなく日本人だ。
歳は多分僕と同じくらいか、少し上だろうか?
身長はそこまで高くないが、雰囲気が大人の女性って感じ。
「まずは話がしたい! この国の王、もしくは後継者は居るか!? こちらには話し合いの準備がある! この場に我が国の王がおられる!」
その声と同時に、背後の魔導馬車から老人が降りて来た。
真っ白い白髪と髭を携え、周りの兵に守られながらゆっくりと少女に近づいた。
あれが、相手国の王。
ストロング王国の王様より、よっぽど優しそうな顔をしている。
「こちらが我が国の王、ケイオス――――」
少女が喋っている間に、ヒュルルルと間抜けな音を立てながら一本の矢が彼女達に向かって飛んで行った。
え? いえ、何やってんの?
まだ喋ってるじゃん。
思わず突っ込みそうになった僕の口を、クラウスさんが無言で抑えた。
しまった、今声を上げる訳にはいかない。
現在草むらの中に伏せて待機中、なので相手に存在を悟られる訳にはいかないのだが……
しかし言いたい、この国なにやってんの?
それとも交渉の余地もない程、相手国は酷い所なんだろうか。
なんというか、聞いていた勇者像と随分雰囲気も違うんだが。
たしか戦闘狂みたいな話してたよね? あの子が?
多分あの子勇者だよね?
うそでしょ?
「……それが返事?」
それだけ言って、彼女はホルスターから拳銃を抜き放って、空に向かって一発撃ち放った。
パンッ! と乾いた音を残し、飛来した矢が空中で撃ち落とされる。
思わず拍手を送りたくなる様な神業。
アレが“弓の勇者”。
というか、銃なんですけど。
思いっ切り“銃の勇者”なんですけど。
え、これから僕あの人に近づくの? マジで?
「ここに来て、冗談だと言われれば笑って済ませようと思ったのだがな……やはりこの国は“こういう国”らしい。 アズサ、頼む」
「はい」
もうね、バーサーカーみたいな噂どっから来たよ。
明らかに従順で素直な勇者じゃん。
それともあのお爺ちゃんの王様が暴君?
そうは見えないんだけど……なんて、思った次の瞬間。
「……防御魔法を張るなら、今の内だよ」
呟いた彼女の手に持つリボルバーの拳銃が、白い光を上げながら形を変えた。
物量法則を完全に無視したその変形は、間違いなく勇者武器。
今では両手でも抱えきれない程の大きさに変わり、光が収まっていく。
そして。
「攻撃開始!」
見たことも無い近未来兵器の様な長物を腰だめに構え、彼女は容赦なく引き金を弾いた。
ドシュゥゥゥン! みたいなよく分からない音が響いた瞬間、周囲は光に満ちて一直線に青い光が伸びていく。
あ、コレ不味い。
とか呑気な感想を浮かべてしまったが、間違いなくピンチだ。
前回の“剣の勇者”の放つ閃光と似たモノを感じる。
「“障壁”!」
静かな戦場というのは、よく声が響く。
自軍の方で、聞き覚えのある声が聞こえた。
「アレが鎧の勇者? 思ってたのと違う……」
先程の声と比べればその呟きでさえ大きく聞こえるが、それよりももっと大きな音が響き渡る。
多分アイリのスキルが、“弓の勇者”の攻撃を防いだのだろう。
劈くように響き渡る高い音が周囲に響き、遅れて衝撃波がやってくる。
国内から見て騎士、兵士、冒険者と奴隷みたいな順で配置されているらしい。
だからこそ、先頭で彼女がスキルを使うのは難しい事ではなかったのだろうが……今のも防ぐのか、アイリの防御は。
完全にビームライフルだったのに。
そして彼女がまだ近くに居てくれた事に、どこか安心感を覚えた。
更に彼女が居るという事は……
「全員、盾を構えよ!」
野太い声が響き渡り、皆“上空”に向かって盾を構える。
普通なら弓兵の矢でも警戒している様な大勢だが、彼らが防ごうとしているのはそんなものではなかった。
「“紅蓮”!」
やはり、聞き覚えのある声が遠くから聞こえてくる。
というかコレが使われた場合、僕らここに居て平気?
「大丈夫ですよネコさん。 多分、発動しません。 っていうかよく聞こえますね、ラニでさえギリギリなのに」
気の抜けた相棒の声を聞きながら上空を見上げれば、これまた懐かしい上に禍々しい真っ赤な魔法陣。
最初の戦場で見た、あの殲滅魔法。
間違いなく、ソフィーだ。
そんな魔法陣に向かって、“弓の勇者”はガトリングガンを空に向けて放っていた。
ミニガンっていう奴だろうか? 何故あれがミニと呼ばれているのかは分からないが。
ガルルルルッ! っと派手な音を立てながら、上空へと銃弾を乱射する。
「……させない!」
徐々に“弓の勇者”さんの表情が恐ろしいモノへと変化してきている気がする。
うん、あの表情でミニガン乱射しながら近づいてきたら間違いなくバーサーカーだわ。
多分キレさせちゃいけない人の類だ。
というかあの勇者武器、銃だったら何にでも姿を変えるの?
現代兵器から未来兵器まで。
なにそれ、武器だけでも最強じゃない?
さっき撃ったレーザー砲とか、防がなかったら多分一発で門とか壊れてたよね?
そして彼女がどれほどのスキルを持っているのか。
僕と同じとは絶対に考えない方が良いだろう。
なんたって僕はハズレ勇者。
僕の5倍、もしくは10倍くらいのスキルを持っていると考えておいたほうがいい。
「全軍、すすめぇ!」
一人が大声を上げれば、皆一斉に駆け出した。
いやいや上の魔法陣いいのかよ、なんて思って視線を上げれば、そこには穴だらけの今にも消えそうな魔法陣が一つ。
間違いなくソフォーの放った殲滅魔法。
だと言うのに、発動すらせず今にも消失しそうになっていた。
「あの勇者、魔力阻害の効果を銃弾に込めているみたいです。 あんなのを何百発何千発と撃たれれば、いくら強い魔法陣でも欠損しますよ」
静かに説明してくれるラニは、おもいっきり眉を顰める。
その気持ちも分かるよ。
遠距離魔法も駄目、肉弾戦では近づく前に銃弾の雨。
弓矢はさっき見た通り撃ち落とされる、数を放った所で最悪周囲の人間が彼女を守ればいい。
ねぇあの子、戦争において最強じゃない?
しかも見た所、多分弾切れとかないよね?
黒鎧でさえ打ち抜きそうなレーザーを打ち出す事の出来る武器だ。
普通の人じゃ太刀打ちできる訳が無い。
コレが普通の勇者。
圧倒的な力、明らかに個人に与えられるべきではない過剰戦力。
たしかにアレを見たら、僕なんか出来損ないだ。
彼女を倒すことが出来るとすれば、それは。
“隠密”しかない。
気づかれず接近し、牙を向かれる前に制圧する。
最悪の場合は周囲の敵軍……つまり彼女の味方を射線上に置き続ける。
噂に聞く戦闘狂ならそんな事気にしないかもしれないが、もしも躊躇するならソコを突破口にするしかない。
なんたって僕は、未だに“何一つ新しいスキルを覚えていない”のだから。
「頃合いです、行きますよクロエ様」
草むらに伏せるクラウスさんの言葉に、無言で頷いた。
さぁ、ここからは僕達の仕事だ。
相手国の後ろ側、明らかに的外れな方向から上がった閃光弾を合図に、僕達は動き始めた。
僕は、あの化物を捕らえる。
それだけが、僕に課せられた任務だ。




