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鍛錬は続く


 翌日、多少の頭痛はあるが至って普通に目が覚めた。

 やはり耐性が付いたのだろうか。

 もしかしたらほとんど追加のブースターしか使ってない事も影響しているのかもしれないが、今の所確かめられる術は無い。

 とりあえず、今日は調子がいい。


 「クロエ様、起きていらっしゃいますか?」


 ノックと共に聞こえてくる声に返事をすれば、微笑みを浮かべたルシュフさんがお粥を持って登場した。

 今日も病人扱いなのだろうか。


 「おはようございます、食欲はどうですか? 身体でおかしい所とか、気怠く感じる所はございませんか?」


 色々と質問を投げかけながら、サイドテーブルに土鍋を下ろす彼女。

 とはいえ今日はいつもよりずっと調子が良い。

 多分お粥だけでは足りない程に。


 「大丈夫です、いつもよりずっと楽ですので。 それからその……申し訳ないんですけど、もう少しご飯を頂ければな、と……」


 基本的に戦地以外で僕はニートだ。

 そんなプー太郎が「飯をもっと寄越せ」という発言が、どれほど卑劣な物なのか重々に理解している。

 でもすまない、僕はお腹が空いているのだ。

 唐突に、腹が、減った。

 という奴だ。

 どこかの56ちゃんは基本的に食い過ぎだと言われるが、僕はアレくらい普通に食べられる。


 「かしこまりました。 何かご希望はございますか? お粥を食べている間に作ってまいりますので」


 今回は病人扱いはされず、今から料理して来てくれるらしい。

 ありがたい話だが、同時に申し訳なくもある。

 あまり無理な注文は付けず、ここは簡単に出来るモノをお願いしよう。


 「朝なのでさっぱり系でお願いします。 作り置きとかありますか? ローストビーフとか、後サラダとスープ……それから……」


 「それをさっぱりと言い放つネコさんに、ラニは驚きが隠せませんよ」


 いつの間に起きたのか、いつも枕元で寝ているラニが目を擦りながら肩に舞い降りて来た。

 しかし未だに眠いのか、あくびをかみ殺しているが。


 「ステーキとか焼肉とか言ってないじゃないじゃないですか。 十分さっぱりです」


 「あぁもうどうでもいいです、兎に角肉が欲しいんですね。 食べ盛りな様で何よりです。という訳でメイドさん、ネコさんはお肉をご所望……って居ねぇ!」


 叫ぶラニの視線を追ってみれば、確かにルシュフさんの姿が消えていた。

 ついでに言えば、土鍋の近くに「何でもご用意いたしますので、食堂に来てから注文して下さいまし。 お肉を準備して待っております」と書いてあるメモが残されていた。

 やはり執事やメイド最強伝説。

 この世界の使用人は、主人よりも遥かに戦闘力を持っている様だ。


 「とりあえず、お粥食べちゃいましょうか。 あ、ちょっとラニにも下さい」


 「うい」


 そんなこんなで、今日もいつも通りの一日が始まった。

 ここ最近鍛錬ばかりだが、“向こう側”でも先生の元似たような生活を送っていたのだ。

 あまり苦痛には感じない、疲れはするが。


 「今日はラニもお手伝いしますよ! 時間もないみたいですし、きっちり習得するというよりかは、早く形にする方が先ですから!」


 何やら気合いの入った妖精に、フーフーしたお粥を与えながら僕自身も食事を進める。

 今日こそは、少しでも成果を上げようと心に決めて。


 ――――


 「これは……確かに厄介ですね」


 そう呟くクラウスさんの回りには、パッシングするかの様に光を放つラニが飛び回っている。

 彼女が発案した方法。

 それは一切気づかれない事ではなく、気づかれた時の対処として彼女自身が注意を引くというものであった。

 これは戦場において発見されてしまった場合の想定であり、失敗した場合の対処に過ぎない。

 でもそういう事態もあるだろうという事で、クラウスさんも承諾してくれた。

 そして今に至る。


 「妖精を捕まえる事がいかに大変か、その身をもって知るがいいのです!」


 普通の人なら高速で飛び回る羽虫をすぐさま捉える事は出来ないだろう。

 そして強い光で点滅しながらとなれば余計に。

 その光は瞳に残り、次の挙動を予測させない動きは嫌がおうにもそちらに注意を向けられてしまう。

 そんな中、僕は自由に走ることが出来るのだ。


 「しかし気配で追ってしまえば……そこです!」


 クラウスさんの掛け声と共に、音もなく高速で放たれる拳をラニはヒラリ交わした。

 というよりも、もう彼女はそこにいなかった。

 残った光に目を焼かれ、そこに居ると錯覚してしまったのだろう。

 それは残像だ……ってヤツだ。


 「いくら名高い方であっても、人間と妖精を相手にするのでは勝手が違うみたいですねぇ! ホラホラ、こっちですよぉ!」


 大変煽っておられる。

 とは言え流石は二つ名持ち。

 ラニの事を必死で追いながらも、周囲に注意を払っているのが分かる。

 ここで調子に乗ったり、焦って突っ込めば良い的になるのは間違いない。

 落ち着け、いつも通り。

 そしていつも以上に、普段の成果を見せろ。


 「フッ……!」


 「っ! そこです!」


 短く息を吸った音を聞き逃さず、彼は振り返りながら拳を放って来た。

 でもそこには、僕は居ない。


 「頂きました」


 「……これは、やられましたね」


 彼の視線の反対側から背中に拳を当てる。

 この距離なら“特別なスキル”でも使わない限り回避は不可能だろう。

 すんなりと負けを認めたクラウスさんに対し、僕は思わず両拳を空へと向けた。


 「初めて一本取れたぁぁぁぁぁ!」


 「お見事です、クロエ様」


 「やりましたね! ネコさん!」


 笑顔の二人の言葉を聞きながら、喜びを噛みしめる。

 だが今回はラニという“囮役”がいたからこそ出来た事だ。

 最初からこの手は使えない、もっと僕自身が強くならないと。


 「もう一回お願いします!」


 すぐさま始めた二戦目では、調子に乗ったのか数秒でデコピンを食らう羽目になったのであった。


 ――――


 いつもの初心者の為の魔法受業。

 魔力を感じる事が出来なければ、そもそも魔法は発動しない。

 そんな基礎の基礎とも呼べる受業の中、シアとラニが良く分からない会話をしているのが聞こえた。


 「ネコさんは感覚で感じろというより、胃袋で感じろと言った方が早いかもしれませんね」


 「なるほど、じゃぁちょっとこのおやつに魔力を流して……はいクロエ! 食べて! 魔力が抜け落ちる前にこのクッキーを食べるのよ!」


 そうして口に押しこまれたクッキー。

 非常に美味であった。

 しかしなんだろう、食道を通り胃に到達した瞬間。


 「ん? このクッキー何か香辛料でも入れました? やけに胃が温かいんですけど」


 「「シャァァァァ!」」


 何か良く分からないが、この日はクッキーをひたすら食べさせられた。


 ――――


 「いいですよクロエ様。 いつもよりベースが早いです、このまま行きましょう!」


 眼の前を華麗に舞い踊るメイド服。

 そう、眼の前なのだ。

 驚くほど、彼女と距離が離れない。

 現在、ストロング王国内の建物の上を爆走中。


 「次はネコさんなら飛び越えられます! その次は左の建物を三角蹴りしてベランダへ、着地した後は正面に飛べば階段があります!」


 上から先の状況を見ているのだろう。

 ラニが僕から見えない建物の構造を伝えてくる。

 いかんせん反則技な気がするが、いざ“逃げる”という事を前提に走るならばこんなに有利な状況はない。


 「はい全力跳び! 少しでもビビったら落ちますよ!」


 その掛け声と共に、僕は全力で建物の間を跳んだ。

 どんな変化があったのか、彼女は全力で僕のサポートをして来る。

 今までもかなり助けてもらっている事は確かだが、今の彼女は明らかに“全力サポート”だ。

 ゲームのナビゲート以上に、正確で詳細な内容を教えてくれる。


 「クロエ様、スピード上げますよ! 付いて来てくださいね!」


 「行きましょう! 絶対あのメイドを追い抜いてやります!」


 そのやる気は一体どこから来たのだろうか。

 そんな風に思ってしまうくらいに、彼女は僕の事をサポートしてくれた。

 なんというか、彼女の姿が危うく見えるのは気のせいだろうか?

 まるで生き急いでいるようで……何となく不安になる。


 「クロエ様! 集中!」


 「ネコさん! 今踏み外しそうでしたよ!? しっかり見て!」


 二人からの叱咤を受けて、改めて気を引き締める。

 今は余計な事を考えていられる状況じゃない。

 いち早く“スキル”を手に入れなければ、次の戦争で死ぬ事になるのは僕だ。

 そして中途半端な力で生き残れたとしても、多分誰かを殺す事になる。

 それだけは絶対に避けたい。


 「すみません、一気に走り抜けます。 ラニ、案内を」


 「了解です!」


 本来こういう形は良くないのだろう。

 誰かに頼り、依存する形。

 でも、そうした方が即戦力になれる。

 そんな葛藤を胸に抱きながら僕は走った、ストロング王国の建物の上を。

 とんでもなく入り組んでいるし、一つ一つ形も違う。

 そんな中を、真っ黒い衣装の僕とメイドが駆け巡る。


 「次の建物は遮蔽物が少ないですから、なるべく姿勢を低く! 地面を這うように!」


 言われた通り姿勢を低くしたまま走り抜ければ、空中で半回転しながら拍手するルシュフさんの姿が。


 「凄い、凄いです! さっきの走り方を体で覚えれば、相当な斥候になれますよ!」


 なんというか、コレは喜んでいいのだろうか?


 ――――


 「「うだぁぁぁぁぁ!」」


 ラニと二人して、ベッドに飛び込んだ。

 疲れた、疲れました。

 これ以上体を動かすのは無理です。

 道場に居た30名程の先輩達と当たり稽古をした気分です。

 膝が立たないとは、多分こういう時に使う言葉なのだろう。


 「ラニ、お疲れ様です。 今日は助かりました」


 そう言って顔を横に向ければ、僕と同じ体制でベッドに寝転ぶだらしない妖精の姿が視界に入った。


 「いえいえー、ラニはネコさんの専属妖精なので。 一緒に頑張りましょー」


 「え? つまり今まではサボっていたという事ですか?」


 「違いますー、ここまでサポートする妖精自体が少ないですから。 身を粉にして頑張ったラニに、心からのお礼を言ってください」


 「ありゃりゃしたー」


 「こいつ……」


 そんな会話をしながら枕に顔面を突っ伏していると、良い勢いで扉が開いた音がした。

 残念ながら、今日はまだ終わりではないらしい。

首をそちらに向ける気力はないが。


 「クロエ! いろいろ忙しく調査が後になってしまったが、明日は第一倉庫へ来てくれ! 新しい武器もあるし、良い知らせも……って、あれ? クロエ? 生きているか? おーい、お前の今後に関わる内容だぞ? おーい」


 などという声を聞きながら、僕の眠気は限界に達した。

 もうね、無理。

 一日の間に4時間程度全力で体を動かし、その後2時間の魔法のお勉強。

 そしてその後ノルマをクリアするまで4時間程度走らされるのだ。

 コレ、平然とクリアできる人って相当鍛えられているよ。

 スキルガン積み勇者だったらまた違うのかもしれない。

 え? 僕なんかしちゃいました? とか言いながら平然とやってのけるかもしれない。

 でも僕には無理だった、普通に力尽きた。

 無念。


兎に角鍛える為の修練。

 コレがあとどれくらいの間続くのか分からない。

 でも今日は、いつもよりちょっとだけ早く帰ってこられたのだ。

 ならば、寝るしかない。


 「すみません、また明日……お聞きしま……」


 「クロエー!? お疲れなんだな!? 寝るのはいいが、かなり重要な要件なんだー! 起きろー! せめて聞いてから寝てくれー!」


 そんな声を聞きながら、ゆっくりと思考は闇の中へと落ちていった。

 無理、今聞いても絶対覚えられない。

 学校のテストでさえ平均点取るのがやっとだった僕には、これ以上の脳みそリソースは割けない……グゥ。

 人間の三大欲求に勝てるはずもなく、僕は瞼を閉じた。

 やけにうるさい声が徐々に遠くなり、やがて思考が暗闇に染まっていく。

 眠ろう、僕の体には休息が必要だ。

 そんな風に感じる中、暗闇の向こうから見えて来た光景は……


 『おかえり猫、学校はどうだった?』


 『今ご飯にするからね、先に着替えてきちゃいなさい』


 かつての家族皆で過ごす、平和なリビングが見えて来たのであった。

 足元には紅ショウガが居て、パソコンの前に座る父。

 キッチンからは母親が顔を出し、そして皆の後ろには。


 『彼らに触れる価値が、お前にはあるのか?』


 角の生えた黒髪の魔族が、こちらを睨んでいた。

 アイツは、敵だ。


 「変身!」


 ドンッ! と大きな音を立てて、体に衝撃を受けた。

 一体何が起きた? またアイツに鎧を強制解除させられたのか?

なんて事を考えて、慌てて回りを見回せば。


 「ネコさん……何やってるんですか」


 砕けたベッドに、心底驚いた顔を浮かべているラニ。

 そして何故かキラキラした眼差しを向けてくるキノコ頭が映った。

 これは……アレだ。

 僕、何かやっちゃいました? どころではない。

 まさにやっちゃいました、だ。


 「クロエ様! どうされましたか!?」


 慌てて部屋に飛び込んで来たルシュフさんとクラウスさん。

 二人共凄い形相で、明らかに“構えながら”入室してきた。


 「本当に、すみませんでした。 ベッド壊しました、ごめんなさい」


 そう言って頭を下げるが、色々と装甲が邪魔だ。

 どうにか頑張って土下座するものの、極めてシュールな出来栄えになってしまった。

 もう良い訳とかそんなの出来る状況じゃない。

 悪夢にうなされて、思わず“黒鎧”使いましたとか……馬鹿なのかな?

 隣で寝てたラニが無事だったからまだいいものの、普通に事故が起きるわ。

 今度から“鎧”のケースは手の届かない所へ置いて寝よう。


 「素晴らしい! やはりそういう事だったか! そのケースには、取り付けた装備をも収納する機能があるんだな!」


 やけにテンションの高いキノコを無視しながら、ベッドの残骸の中で僕は土下座を続けたのであった。


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