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弓の勇者


 「タミィ、説明せよ」


 踏ん反りかえって座る父上に、思わずため息が零れそうになる。

 とはいえここは我慢だ。

 一応こんなでも私の父であり、この国の王なのだ。

 金稼ぎの才能だけは相当なモノなので、一概に無能とは言えないのだが。


 「説明と言っても、大した物はありませんよ? ただの新兵器開発、そのテスト行ったまでです」


 「では何故あの“無能の勇者”が門の前で目撃されているのかしら?」


 もはや定位置なんだろうか?

 父上の隣に立つアンヌが冷たい視線をこちらに送っている。

 なんともまぁタイミングの悪い。

 何故今日に限って城に残っているのか、いつも通り男漁りにでも行けばいいものを。


 「クロエには私の研究の手伝いをしてもらっていますから、今回も試作品の回収をお願いしたまでです。 あの“鎧”であれば、すぐさま試作品を回収できますからな」


 適当な嘘を並べながら、昼間の事を思いだす。

 結局腰に付けたロケットブースターは回収できなかった。

 まぁ使い捨てとして作ったので、それは別に構わないのだが。

 問題は肩に取りつけた追加ブースターの方だ。

 門の前で彼女は力尽き、“黒鎧”は解除された。

 だと言うのに、件のブースターが見つからないのだ。

 途中で捨てて来たとは考えにくい、最後の会話で壊れたという報告も受けていない。

 そしてあの長時間……といっても40分程度だが。

 彼女の活動限界を超えてまで動き続けていた事から考えれば、肩のブースターはしっかりと動いていたのだろう。

 だとしたら、その本体はどこへ?

 バラバラになった黒鎧の破片は時間と共に消失する。

 まさかそれと一緒に消えてしまったのだろうか?

 だとすると、単純に消えてしまったのか、それとも“黒鎧”の一部としてあのケースに保管されているのか。

 是非とも調べたい。

 もしも追加装備ごと収納できるのであれば、様々な装備を手にしたまま鎧を解除すればいつでもどこでも完全武装の“黒鎧”が出現するのだ。

 なんというロマン。

 敵地に彼女を送り込み、完全武装で急に出現する。

 それはもう抑止力としては最高のモノになるだろう。

 あぁ、早く目覚めてくれクロエ。

 そして答えを私に教えてくれ。


 「タミィ……儂と話している時に考え事は止めよ。 悪い顔になっておるぞ」


 おっと、今は考え事をするには適さない場所だった。

 改めて顔を引き締め、父上へと視線を向ける。


 「お前は本当に昔から……勇者の持ち込んだ技術に手を加えるのが好きだな。 お前ならイムプレッザも直せるのではないか?」


 スミノ兄様が破壊したイムプレッザ。

 アレは良い物だった。

 他の魔導馬車より力強いし、今後の参考になりそうな部位が幾つもあった。

 その残骸はこちらで回収し、今は倉庫に眠って居る。

 と、言う事になっている。


 「あそこまで壊れてしまっていては無理ですね。 今後の研究材料として使わせていただきます」


 「そうか……」


 がっくりと肩を落とす父上には申し訳ないが、返すつもりはない。

 直して好き放題イジって満足してから、クロエが奴隷を解放された時に旅の足にでもくれてやろう。

 たまに帰ってきて黒鎧弄らせて、とでも一言付けたして。


 「そんな事は良いとして、貴方いい加減その研究癖止めたらどうかしら? 王族だというのにいつまでもあんな汚い倉庫に籠って、そんなんじゃ妻の一人も見つからないでしょうに。 そもそも技術なんて異世界から持って来ればいいだけの事、わざわざ私達が頭を悩ませる必要なんてないのよ」


 アンヌ、私の姉。

 コイツもコイツで、かなりの無能だと私は思っている。

 魔法に関して確かに膨大な知識を持っているが、彼女はソレをブランド品の様にひけらかすだけだ。

 活用しようとしない。

 そんなモノに、どれほどの意味があるのか。

 そして人の恋路がどうこう言う前に、あれだけ男漁りを続けて未だに結婚できないのかお前は。

 なんて事を言った日には、お得意の魔法で消し炭にされてしまうのだろうが。


 「異世界人全てがしっかりとした技術を身に着け、知識を保有しているとは限りません。 なので我々も日々研究し、理解していく努力は欠かすべきではないかと」


 そう返せば、アンヌは「まぁあんな出来損ない勇者がいるくらいだしね」何て言いながらつまらなそうに鼻を鳴らした。

 こういうタイプは、言って聞かせても駄目だ。

 言った所で、そもそも理解しようとしない。

 自分の価値観を変えない。

 コレが国のトップに一番近い立場というのだから、世も末というものだ。


 「それよりも開発中の兵器とやらは、次の戦争で役に立つのだろうな? 間に合いませんでしたでは済まされんぞ」


 イムプレッザのショックから立ち直ったのか、父上が再び偉そうな言葉を投げかけてくる。


 「えぇもちろん。 次は何と言ってもあの“勇者”が居る国ですからね、しっかりと準備をしておかないと」


 「ならば良い、あまり時間はないからな。 あの“出来損ない”も、短時間であれば役に立つ。 それをお前に預けたのだ、何としても吉報を持ち帰れ」


 「はっ」


 まさに丸投げ、これで王だというのだから凄い。

 とはいえこの人に任せれば、正面から全勢力を向かわせるだけの消耗戦になるだろうから、今回ばかりはこれでいい。

 魔獣相手ならまだそれでも何とかなるが、人間相手ではそう簡単にはいかないのだから。

 兵も民も、そしてクロエも。

 決して無駄に使っていい道理はない。

 一人でも犠牲を少なくするために動かなければ、我々は負ける。

 今回は、そういう相手なのだ。


 「では、私はこれにて……」


 「まて」


 立ち去ろうとした所で、父上が一枚の紙を差し出してきた。

 はて、と首を傾げながら受け取って見れば。


 「これは……クロエの奴隷契約書?」


 最後まで渋って渡さない事も覚悟していたのに、意外な事もある物だ。

 とはいえ、こちらとしてはありがたい話だが。


 「もちろん勝手に開放することは許さぬ、追加条件として新たな勇者を我が国に招く事と記しておいた。 上手くやれ、そうすればアイツはお前のモノだ。 それから……最近スミノの奴が何度も訪ねてくる様になってな。 いくばしかの金を持ってきては、アイツの解放金を支払っているらしい。 そっちの相手もお前に任せる」


 あぁなるほど。

 契約書を持っている人間にその都度連絡が行くものだから、面倒になった訳だ。

 こんな事でさえ面倒に思うのなら、初めから解放してしまえば良かったのに。

 しかし、スミノ兄様を元気でやっているのか。

 今度来た時にはラボに招いてやろう。


 「確かに頂戴いたしました」


 「うむ。 間違っても次の勇者が手に入るまで手放すでないぞ」


 威厳というもの履き違えたとしか思えない態度で王は踏ん反り返り、その隣で王女が笑うのであった。


 ――――


 「全軍、すすめぇ!」


 拡声器や魔法の類も使っていないのに、隊長さんの声は良く響く。

 その声に従って各隊の隊長が命令を伝達していく訳だが、もう彼の声が届いている為あまり意味はなしていない気がする。

 私が“隊長さん”と呼ぶ彼はとても偉い人で、戦地において全員の指示を出す立場の人らしい。

 軍事関係には詳しくないので、役職名とかはちょっと分からないが。


 「気を引き締めろよぉ! 相手はあのストロングだ!」


 ガッハッハと盛大に笑い声を上げながら、彼もまた馬に跨る。

 ガタイが良く、背の高い彼が馬に跨れば、そりゃもう首が痛くなる程見上げないといけなくなってしまう。

 そんな彼が、ニカッと笑いながら手を差し伸べて来た。


 「アズサ嬢は馬に乗った事ないだろう? 向こうの国に着くまではまだまだ時間があっからな、試しに乗って見ろ。 魔導馬車は良いが、馬も悪くねぇぞ?」


 「……うん」


 その手を掴めば、ヒョイっと簡単に持ち上げられてしまった。

 隊長さんに抱っこされる形で前に座る。

 初めて跨る馬の背中、いつもよりずっと高い目線。

 でもちょっとお尻が痛くなりそう。


 「コレ、リガルド。 老人から楽しみを奪うでない。 ただでさえ魔導馬車の移動というのは退屈なんじゃ、楽ではあるがのぉ。 アズサ、今からでも魔導馬車に来んか? 馬は尻が痛くなるぞ?」


 隣に立っていたお爺ちゃん、というかこの国の王様なんだけど。

 彼もまたフォッフォッフォと楽しそうに笑っている。

 これから戦争しに行くと言うのに、皆の顔に不安はなかった。


 「王様、今は馬がいい。 お尻痛くなったら、そっちに乗る」


 「そうかそうか。 すぐ近くにおるから、何かあったら声を掛けるんじゃぞ」


 そう言って、彼は魔導馬車に乗り込んだ。

 というかミニバンに乗り込んだ。

 王様自ら戦場に立つなんて、“向こう”じゃ考えられなかったけど“こっち側”では違うらしい。

 なんでも王様は支援魔法の達人で、いつも戦地に付いてくる。

 お城には子供も孫も居るから、例え自分が死んでも大丈夫だって言っていたが……私がこの国に来てから毎回無事に帰っている。

 そんな訳で、兵隊さん達の士気も高い。

 お偉いさんは現場を知らない、なんて言葉はこの国では通用しないのだ。


 「んじゃ俺達も出発するぞ、ちゃんと捕まっておけよ?」


 「うん、よろしく。 馬」


 「俺じゃなくて馬かよ……ちなみにコイツはアイボリーってんだ。 俺の相棒だぞ?」


 自慢げに言い放ちながら、真っ黒い毛並みをベシベシ叩く隊長さん。

 真っ黒な馬なのに、アイボリーとはこれいかに。

 まあ考えても仕方ないか。


 「よろしく、アイボリー」


 そう言って頭を撫でれば、ブルルルっと肯定なのか威嚇なのか良く分からない返事が返って来た。

 でもまぁ、ゆっくりとあまり揺らさず歩き始めてくれたので、嫌がられては居ないのだろう。


 「今度の国は、どんな人が居るの?」


 ウチの国は、非常に戦争が多い。

 しかしそれは攻め込まれる回数が多いからこそ戦っているに過ぎない。

 比較的小さい国だからこそ攻めやすと思われるのと、私という“勇者”の存在が狙われるのが原因だという。

 今の所全部返り討ちにしてやっているが。

 そんな訳で基本的に防衛戦。

 だと言うのに、今回はこちらから打って出るというのだ。

 やはり気になってしまう。


 「今度のは……一言で言えば金稼ぎの国だな。 無駄にデカい、人も兵も腐るほど居る。 そんな所の王様が、少し前に大人しく領土を差し出せとか言って来てな。 元々調子に乗っている国だったんだが、勇者が二人いっぺんに召喚されたんだと。 それで拍車がかかったって訳だ」


 私と同じ“勇者”。

 “こちら側”ではありえないとされる程のスキルを元々持っていて、尚且つ妖精と接触していれば“勇者武器”を持っている可能性が高い。

 そんなのが、二人。

 これまでも勇者との戦闘は経験したが、誰も彼も強かった。

 私は勇者としてハズレの部類に入るらしく、スキルの数も50程しかない。

 それでもここまで生きてこられたのは、武器のおかげ。

 妖精から貰った、私の唯一無二の最強兵器。

 右太ももに固定され、ホルスターに収まった真っ白い拳銃を静かに撫でる。


 「ハッ! どんな相手だろうと、何人いようとアズサには叶わないわよ! なんたって、最強の“弓の勇者”なんだから!」


 そう言って飛び出してきた妖精が、私の肩にとまる。

 彼女はエミィ。

この世界に来た私と、最初に友達になってくれた大切な妖精。

余談ではあるがこの世界に“銃”はない。

銃の形をしていても、ボウガンやクロスボウ? って奴だったりする。

そんな訳で、私の持っているリボルバーは“弓”として扱われていた。

石弓とか言うし、そういう感覚なのだろう。


 「ハッハッハ! たしかにな! “弓の勇者”に敵う勇者が居るのなら見てみたいもんだ! ちなみに今回のは“鎧の勇者”だそうだ」


 「はぁ!? 鎧? あんなの雑魚じゃん! 相当良いスキルでも引いてない限り、攻撃手段がないもん。 自分は守れても、国は守れないよ。 こりゃ余裕だね」


 仲良さそうに笑う二人を見ながら、ちょっとだけ不安がよぎる。

 彼女は今“自分は守れても”と言っていた。

 つまりそれは、私の攻撃さえも防ぎきってしまう可能性があるんじゃないか?

 私は遠距離から攻撃することしか出来ない。

 もしも接近されてしまったら……

 そう考えると、思わず背筋が冷たくなった。


 「こらアズサ! アンタまたネガティブになってるでしょ! 大丈夫だって、いつも通り遠距離からズドン。 それで終わり!」


 簡単に言ってくれる妖精に思わず苦笑いを浮かべてしまうが、いくら考えたって私の手数が増える訳では無いのは確かだ。

 いつも通り私が最初に攻撃して、残りを兵隊さん達に任せる。

 ソレが必勝法なのだ。

 なんて事を考えながら一人納得しようとしていた私の耳に、隊長さんは少し低い声で言い放つ。


 「確かにアズサは強い勇者だ、だが慢心はいかん。 それに今回の二人は既に二つ名を持つ程の実力者らしいからな。 “月光の騎士”、そして“黒い死神”。 それが今回の相手だ」


 対極的とも言える二つ名。

 どっちも何かヤバそうだよ。

 前者はスキルガン積みの主人公みたいな匂いがするし、後者不穏な匂いしかしないよ。

 しかも二つ名が付くって事は、かなりの戦果を挙げて来たのだろう。

 そんな二人が居る国へ、今から攻め込むのだと考えるとお腹が痛くなって来た。

 どうしよ、もう魔導馬車に移動しようかな……


 「ふん! 二つ名が何よ! 結局使っているのは“鎧”なんでしょ!? だったら武器としてのアドバンテージは私達にあるわ。 アズサ、気にせず打ち抜いちゃいなさい! こっちだって二つ名持ち何だから!」


 「う、うん。 頑張るね、エミィ」


 青い顔をしながら、何とか笑顔で返した。

 二つ名と言えば、私も一応貰っている。

 あまりにも酷い名前で、ちょっと名乗りたくはないが。


 「期待しているぞ、“国殺しの弓兵”」


 そういって、隊長さんがニカッと笑った。

 なんでこう、こっちの人は名付けがアレなんだろうか。

 中学生男子が思いつきそうな名前を、平然と人に押し付けてくるのか。

 もうね、言われるたびに顔が熱くなります。


 「さっさと終わらせて、すぐ国に帰りたい……」


 色んな意味でため息を溢しつつ、私は青い空を見上げたのであった。


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