実験
訓練開始から1週間。
少しは上達した、と思いたい。
「フッ……!」
小さい呼吸を漏らしながら、足音を立てない様にして全力疾走。
色々と矛盾しまくっている事を言っている気がするが、言葉通りなのだ。
全力疾走中でも足音を立てず、相手の意識の外を移動する。
はっきり言おう、滅茶苦茶だこの技。
足音を立てない様にと意識するだけでいろんな所の筋力を余分に使うし、相手の意識外の移動となればあちこち動き回りながら接近することになる。
まるで最高難易度のメタ〇ギアを、自身の技術込みでプレイしているような感覚だ。
少しでも音がすれば相手は反応する。
限界まで集中して音を小さく抑え、例え音が発生したとしても次の瞬間に別の場所へと移動していればバレることは無い。
とか言うだけなら簡単なんだけどね、もう色々と無理ゲーである。
完全にバレないならソレが一番良いが、気配やら少しの物音でソレはほぼ無理。
ならば静かなまま常に移動し続けて、“相手に気づかせない”ではなく、“位置を特定させない技術”と捕えてみた。
そして実践してみているのだが……これがなかなかどうして、良い調子である。
ただしめっちゃ疲れる。
周囲に忙しく視線を動かすクラウスさんに対して、僕はその視野外に居る。
コレはもしかして、今日は一本取れちゃったりするんじゃないか?
なんて事を考えながら口元を吊り上げ、一気に接近すると……
「悪くはありませんが、畳み掛けるなら相手が反応できない速度で決めてください。 最後の気配で気づかれてしまいますよ?」
背面から攻めたのに、クラウスさんが体を捻ったかと思えばすぐさまデコピンが僕の額を貫いた。
滅茶苦茶痛い……
「ですが随分と良くなって来ています。 捉え方としては悪くありませんよ」
フワッとした誉め言葉を頂けたが、額が物凄く痛いです。
これ本当にクラウスさんから一本取れる日なんてくるの?
この一週間ひたすらいろんな戦法で攻めたけど、未だに僕の拳が届く距離まで踏み込めないんだけど。
良くはなっているらしいが、いまいち強くなっている気がしない。
他のスキルがん積み勇者達ならこんな努力要らなかったのかもしれないが。
「さて、それではもう一度……という訳にもいきませんね。 お客様の様です」
そう言ってから腰を折るクラウスさん。
彼の頭を下げる方向へと視線を向ければ、変態キノコ頭メカニックがとてもいい笑顔で手を振っていた。
「クロエ! 今日の鍛錬は終わりだ! 今すぐ第二倉庫へ来てくれ!」
その言葉を聞いた瞬間、うへぇ……と思わず苦い顔で息が漏れた。
以前、といっても数日前だが。
一度黒鎧を彼に見せた事があった。
あの時も、街はずれの第二倉庫だった。
ちなみに第一倉庫は武器開発をしているらしい。
そして件の倉庫で何が起きたかと言えば、ひたすら直立したまま調べられた。
特にブースターは入念に調べられ、両手と両盾を広げた状態で男性達にあちこち弄り回されてしまったのだ。
僕という本体は胸の甲殻の中に納まっているとしても、感覚はあるのだ。
弄り回されればくすぐったいし恥ずかしい。
嫁入り前の女子としては色々と酷い経験になってしまったのであった。
「本体の魔力供給は未だに良く分からんが、ブースターは何とかなりそうだ! 一度装備してみてくれ!」
あぁ、なんかもう嫌な予感しかしない。
――――
「タミィ王子、装備完了致しました」
一人の作業員、というか軍人みたいな態度の男性が綺麗な敬礼をしているのが見える。
普段よりずっと高い視線から彼らの事を見下ろしていれば、タミィ王子は「うむ」と一つ頷くとこちらに鋭い視線を投げた。
「いざという時は今の工程を自身でやってもらう事になるかもしれない。 装備の手順は覚えたか? かなり簡単に脱着できるようにはしたつもりなんだが」
「い、一応……」
そう答えながら振り返れば、両肩の後ろに着いたでっかいタンクと、追加のブースター。
盾よりか小さいが、十二分にデカいしゴツイ。
それとは別に、背中辺りにはもう一個使い切りのブースターを取り付けたそうな。
これアレだよね、背中の物に関しては宇宙に飛び立ちそうなロケットだよね。
「では、追加のブースターだけで飛んでみてくれ。 一応魔導回路とリンクする仕組みにしては見たが、駄目そうなら腰辺りから出ているスティックで操作してくれ」
もう絶対駄目なヤツだ。
そんな感想を抱いている内に、目の前の扉が開いた。
視界の先にあるのは明らかに滑走路。
先端は妙な形で上へと向かっており、完全に上空へと放つ意図を感じ取れる。
おかしいな、いつから僕は人型ロボットみたいな扱いを受け始めたのだろう。
これ、一応“鎧”だよね?
ガン〇ムじゃないよね?
なんて事を思っている内に、背後では分厚い鉄板が床から生えて来た。
いかにも飛べと言われている気がする。
「では、ブースター点火!」
「……うっす」
背中にくっ付いたブースターを使うイメージをすれば、ちゃんと起動しているのが分かる。
魔導回路がどうとか難しい事は良く分からないが、イメージ通りにメカメカしい音を立てながら羽が動いている。
今の所問題はない。
ないのだが、逆にソレが問題な気がする。
見た目がアレなのだ、フ〇ム的な。
音速を平然と越えるアレっぽいのだ。
コ〇マ粒子にやられた皆さまならすぐさま予想出来るだろう。
ホワイト・グ〇ントとか名前が付いている機体が装備していたアレが、僕の背中に付いているのだ。
もう、絶望しかない。
「いけクロエ! 鳥になってこい!」
「それちげぇ作品だからなぁ!?」
一応文句だけ言ってから、ブースターを作動させる。
シュゴォォォォ! と戦闘機みたいな音を立てながら、体が徐々に前に押し出されるのがわかった。
「クロエ! 違う! そっちじゃない! 追加ブースターだと言っただろう!? そっちは使い捨てのロケットブースターだ!」
「え?」
何か良くない声が聞こえた瞬間、背面のソレが、ドッ! と一瞬を音を立てた気がした。
次の瞬間、僕は鳥になった……なんて言えれば、ライト兄弟も万歳して喜んでくれるんだろうが。
残念なことに僕は鳥ではなく砲弾と化した。
「痛い痛い痛い! 肩と腰と首が痛い! 風圧で折れる!」
空へと向かって飛び出した僕は、完全にロケットの先っぽにくっ付いた異物でしかなかった。
無理無理、絶対無理。
いくら黒鎧だとしても、こんな衝撃にいつまでも耐えられる訳……
――ベギョッ!
「……あ」
嫌な音が聞こえてきて、次の瞬間には背面についていた筈のブースターが外れた。
僕を押しのける様に弾き飛ばし、空高くミサイルの様に飛んで行った姿が視線の隅っこに映る。
アカン奴や。
更に言えば、僕自身もかなりの速度で飛ばされている訳でして。
ぎゅんぎゅん回りながら地面へと向かって一直線。
「のわぁぁぁっぁぁ!」
叫び声を上げながらも盾と追加のブースターを点火させ、何とか勢いを殺そうとした所で……顔面から大地にダイブした。
うん、普通に対処が遅かったね。
「……痛い」
むしろ痛いで済むんだから黒鎧凄い。
市販品の鎧なんて来ていたら、多分大地に赤い花が咲いていた事だろう。
それくらいの衝撃だった。
顔を上げればまたクレーターだし。
ちょっと“こっち側”に来てから大地に喧嘩売り過ぎじゃないかな。
毎度毎度隕石みたくならなくてもいいのに。
『クロエ、聞こえるか。 クロエ、応答しろ』
「え?」
なんか変態メカ王子の声が聞こえるんだけど、どこから聞こえてくるんだろう?
キョロキョロと視線を動かしても当然姿なんかないし、クレーターの外に出ても草原しか見えないし。
というか国の外まで飛んできていたのか。
街中とかに落ちなくて良かったけどさ。
『ブースターと一緒に無線機も付けておいた。 どうだ、凄いだろう?』
いや、うん普通に凄いけどさ。
こっちにもあるんだ無線機。
『随分と遠くまで飛んで行った様に見えたが、今どこにいる? 途中で何か落としたが、装甲でも外れたか?』
いえ、その落ちたのが本体です。
まさか飛んで行ったアレ回収して来いとか言わないよな、もうどこ行ったか分かんないぞ。
「どこかの草原に不時着しました。 あとブースター飛んで行っちゃいました」
事実だけ伝えると、向こうからは嫌な沈黙が帰って来た。
あ、やっぱ放置したら不味いヤツかな。
あんな物体Xでも、この国の技術力の結晶なんだろうし。
『まぁ、そんな事もあるさ。 帰りはもう一方のブースターのテストでもしながら――』
『あんな鉄屑なんてどうでもいいんですよ! クロエ! クロエ無事ですの!? 怪我していませんか!? 物凄い勢いで倉庫から何かが打ち出されたって、城中大騒ぎですのよ!?』
どうやらシアも居るようだ。
随分と慌てた様子で、タミィ王子の倍くらいの大声が耳元から響く。
そして王子、貴方の試作品鉄屑呼ばわりされてますけど。
「えっと、一応大丈夫です。 派手に墜落してクレーターが出来ちゃいましたけど、中身は無事です」
『ク、クレーターって……すぐ帰ってきなさい! 怪我がないか見てあげるから! あ、でも高く飛んじゃ駄目よ!? 空中で時間切れになったりしたら今度は本当に死んじゃうからね!?』
言われて見れば確かにその通りだ。
黒鎧を使い始めてから15分以上は経過していると思うのだが、今の所強制解除はされていない。
やっぱり外付けの装備しか使っていなければ、僕自身の消費魔力が少ないのだろうか。
とは言えシアの言う通り、いつ限界が来てもおかしくない。
言われて気づいたが、空中分解したら相当不味いよね。
死亡確定&街中だったら爆撃機みたいになってしまう。
『ではなるべく低空で、試作品を使いながら帰って来てくれ。 信号弾を打ち上げられる様にしてあるから、それも忘れずにな。 こちらからも迎えを出そう』
そんなものまで着いていたのか。
何処に付いているかも分からないので「信号弾ーでろー」みたいな念じていると、首の両隣についていた追加装甲がカパッと開いた。
見た目的にはガン〇ムWのバルカンが入ってる所みたいな形をしている。
「これかな? なんか開きました」
『うむ、では発射してくれ』
なんかもう黒鎧が色々別の兵器になって来ている気がする。
気にしたら負けなんだろうけどさ。
気を取り直して、“発射”と念じれば……
ポポポポッ! と少し間抜けな音がして、4発の信号弾が上空に飛んで行った。
そして上空でピカー! と派手な色に輝いておられる。
4つもあると凄く眩しい。
いっぺんにこんなに撃っちゃって良かったのかな?
ヘリとかがチャフ使う時みたいになっちゃったけど。
『うむ、確認した。 しかし次からは一つでいいぞ? しばらく移動してからもう一つ、という感じに使ってくれ』
「……うっす」
やはり違ったらしい。
説明を受けていないと、道具なんて上手く使えないね。
色々と反省しながら、追加ブースターでホバリングして帰りましたとさ。
――――
「一時は何事かと思ったが……またタミィ王子の兵器開発か……事前に連絡してほしいよな」
「あぁ全くだぜ……門番としちゃ、判断に困るのなんの。 今度は一体何を作ったのやら……はい次の人ー」
ブツブツと文句を溢しながら、彼らは仕事を熟していた。
鎧を着て腰に剣などぶら下げてはいるが、こちとら下っ端も下っ端。
一応兵士という仕事に就いてはいるものの、やっているのは身分証のチェックと積み荷の確認作業。
いざという時には戦闘行為をしなければいけない立場である事は間違いないのだが……今の所そんなトラブルは起きたことが無い。
ここはストロング王国。
ただでさえバカデカい土地を持ち、厳しすぎる法律によって国民を守っている国。
金の回りが良く、儲けたい人間はこの国を訪れる。
だからこそ色んな場所から人が集まり、その分犯罪も増える……はずなのだが。
犯罪歴を持っている人間は門前払いだし、例え国内に入ってから犯罪を犯そうとも、中には腐るほどの兵士たちが常に警備しているのだ。
そんな国に、正門で喧嘩を売る馬鹿は居ない。
なのでまぁ、楽な仕事だった。
言い方を変えれば、退屈な仕事だとも言えるが。
「はい、いいですよー。 次の人」
たまに文句を言って来たり、身分証のない人間も居たりするが。
それでも問題を起こせばすぐさま兵士達が集まってくるし、身分証のない人間は金を払えば通す事になっている。
それもまた、随分な金額な訳だが。
「はい、次の――」
「うあああぁぁぁぁ!」
今日も退屈な仕事だとばかり思っていた矢先、入国待ちの列から悲鳴が上がった。
その声は伝染するかのように、どんどんと広がっていく。
なんだ? 何が起きた?
まさかこんな所に魔獣でも出たのか?
そんな馬鹿な。
魔獣避けの魔法だって使っている上、付近の魔獣は冒険者達が常に駆逐しているはずだ。
だとしたら……これは一体?
「お、おい! 門を閉めろ!」
「お、おう!」
相棒の声で我に返り、急いで手元のレバーを下げた。
普段は使わない緊急用のソレを下げれば、開いた門はそのままに、上から分厚い鉄の扉がスライドする様にして降りてくる。
こちらに逃げて来た入国待ちの人々が、真っ青な顔でその扉を見上げている。
背後から迫る何かが未だ分からないが、彼らにとって唯一の退路が断たれたのだ、無理もあるまい。
「お、おい! 入れてくれ! 本当にヤバいんだよ! 俺達を殺す気か!」
「は、はやく開けて! 殺される!」
口々に叫ぶ彼等を押しとどめながら、必死に叫ぶ。
「落ち着け! この状態では国に入れる事など出来ない! 一体何が来たというのだ!? 見たモノは居るか!? 話して見ろ!」
この門が締まればすぐさま中にいる兵士達や、緊急性があれば騎士達も集まってくるだろう。
だから余り心配はしていないのだが……どうにも彼らの様子が尋常じゃない。
普通の魔獣程度なら、一人二人が慌てて門番に伝えに来る程度なのだが。
「巨人だ! 真っ黒い鎧を身にまとった巨人だよ!」
「あんなの見た事ねぇ! オーガとだって平然とやり合いそうな真っ黒な悪魔がすぐそこまで来てるんだよ!」
なんだそれは。
まるでイメージが湧かない。
オーガと言えば騎士や凄腕の冒険者でも、一体に付き複数のチームで討伐する様な大物だ。
それと同程度? もしくはそれ以上の脅威とは。
そして巨人、更には鎧?
一体何を言っているんだコイツらは。
「なんという魔獣か分かるモノはいないのか? それだけでは流石に――」
言いかけたその時、人の群れの後ろから黒い何かが姿を現した。
皆が言う様に、鎧を着た巨体。
恐ろしい程に巨大な盾を肩に背負い、人間など一握りで潰してしまいそうな腕。
逃げ惑う人々の後ろに立ち、鋭い眼光を向けるその存在は、圧倒的な“死”を匂わせていた。
「きたぁ! おい、早く入れろ! お前らだって磨り潰されちまうぞ!」
近くの男が、顔中から体液を垂れ流しながら叫んでいた。
その気持ちも分からなくもない。
あんなもの、見たことが無い。
「な、な……」
ろくに思考が纏まらず、間抜けな声ばかりが口から洩れる。
見たことは無い、が。
もしかしたら聞いた事はあるかもしれない。
ここ最近、魔族との戦争時に現れる“黒い鎧”。
それはものの数分で相手を殲滅し、いつの間にか姿を消すらしい。
確か、その呼び名は――
「“黒い死神”……か?」
その名を呼ばれた事に気づいたのか、“ソレ”はこちらに視線を投げた。
ただ見られただけ。
だというのに一瞬で背筋が凍り、膝が震え始めた。
戦場で暴れまわり、死をまき散らす存在が今目の前に立っているのだ。
何故?
まさかこの国に牙を向くつもりじゃ……
そんな事になれば、国中の戦力を使っても倒しきれるかどうか。
なんたって戦争を数分で終わらせる様な化け物だ。
俺達がいくら束になったところで勝てる訳が――
「あのー……」
こんな時に、緊張感の無い若い女の声が聞こえて来た。
馬鹿なのか?
周りの大人たちでさえ、黒い死神を前に震え上がっているというのに。
下手に声を上げて、もしも標的にでもなってしまえば一体どうなってしまう事か。
「あの、すみません。 訳あって鎧が脱げないんで、このまま通して欲しいんですけど」
気のせいだろうか。
この声、鎧から聞こえて来てないか?
というか、今なんて言った?
「いやホント申し訳ないんですけど、なるべく早めに通して頂けると……あっ」
言葉の途中で、ガラガラと崩れる黒鎧。
理解の範疇を超える出来事を前に、皆一様に動けずにいると……そこには一人の少女が横たわっている光景だけが残った。
いや、ホント。
え?
なにこれ?
事態に思考が追い付かぬまま、唖然として少女を眺めていると。
「開門!」
背後にある鉄の扉が、ゆっくりと開き始めたのだった。




