動物虐待の依頼を受けたんですけど、いいんでしょうか?
「ではこちらに必要事項を記入してください。 文字が読めないようでしたらこちらで記入しますので、受け答えして頂くだけでも構いませんよ」
「はいはいっとぉ、ご丁寧にどうもー」
上品な笑顔で容姿を差し出してくる受付さんに対して、先生は子供の様に嬉しそうな顔で返事を返した。
美人が笑顔を向けてくれるのが余程嬉しかったのだろう。
普段から引きつった顔でしか接客されない様な、見てくれ化け物はやはり格が違う。
「すみません、もう一枚貰っていいですか? 僕も登録をお願いします」
え、この子も? みたいな目で見てくるの止めてもらえませんかね?
困り顔のお姉さんが、眉を顰めながら僕の全身を眺める。
「えっとね、お嬢さん。 冒険者っていうのは15歳、つまり成人してないとなれない職業なの」
ほぉ、15で成人なのか。
つまりこっちの世界なら僕もお酒とか飲んじゃっていいのだろうか?
「お嬢さん今年齢は? こっちの人との関係は……親子でいいのかな? お父さんだけずるいって思うかもしれないけど、もう何年か経ってからでも遅く――」
「一応親子関係ですけど、保護者ってだけですからこの人。 それから僕は18です」
確かに身長は低いよ、でも流石に15歳以下に見られるのはちょっと心外なのだが。
なんて恨みの籠った視線を向けると、嘘でしょ? とばかりに見開いた目を先生の方へ向けた。
「ちっこくはあるが、コイツ本当に18だぞ?」
先生からの言葉でなんとか信じてくれたのか、受付嬢はしぶしぶと同じ用紙をもう一枚取り出した。
もしかしてアレかね、肉主体の食生活とかで皆成長が早いみたいな。
こっちに来てから食事をしてないので、皆がどんなものを食べているのか分からないが、日本人と海外の人くらいの差があるのかもしれない。
目の前のお姉さんも実は同い年です、とか言わないよね?
だとしたらちょっと泣けてくるんだが。
「私の一個下だったんですね……」
泣けるぜ。
どうも、とだけ返しながら必死に悔し涙を引っ込める。
ちくしょう、僕もあと一年でこの人くらい成長しないかな。
「それはちょっと無理なのでは……」
うるさい妖精を一睨みした後改めて用紙に視線を落せば、なんて事はないただのエントリーシートみたいな項目が並んでいた。
名前と職業の経歴、年齢や出身地。
使用する武器や特技、そして魔物の討伐歴という謎の項目などが並んでいた。
あれ? というか見たことない文字が並んでいるのに普通に読めるんだけど。
試しに自分の名前を記入してみると、日本語で書いてるつもりが良く分からん文字をスラスラと指が勝手に描いていく。
うっわ、なにこれ気持ち悪っ!
「安心安全の召喚初心者パック、その内の一つ“言語理解”です。 その内慣れますよー」
気軽に言ってくれるが、とんでもなく気持ち悪いぞコレ。
どういう原理? 寝ている間に頭の中弄られた?
日本語を思いっきり意識しながら手を動かせば書けない事はなさそうだが、手癖でスラスラ書くと無意識にこっちの文字書いている。
ちょっとコレは慣れる気が全くしないんだが……
「いやぁ、コレは楽でいいな。 英語覚えるのとかも苦手だったから、異世界語とかマジで無理だったし」
相変わらず「便利」だけで済ませて、スラスラとシートを記入していく先生。
この人はもう少しその身に起きたことを警戒するべきだと思うんだけどな。
なんて事を思っている内に必要事項は記入し終わり、受付の人に用紙を返した。
これで無事“冒険者”というやつになれたと思うのだが……彼女は再び眉を顰めながらカウンターの奥に引っ込んだ。
なんだろう、何か不味い点があったのかな。
「ラニ、今記入した内容で不味い所とかありました? 何かやけに警戒されているみたいでしたが」
「いやぁ……どうでしょ? ラニから見れば普通だったと思いますけど。 使用する武器の欄に、“素手”って書いた事でしょうか。 でも格闘家はこっちでもいますし……」
肩にとまった妖精と話している内に、受付のお姉さんが帰って来た。
その手に鉄のプレートを二枚持って。
「色々と聞いたことのない地名とか名称とか書いてありましたけど、まずはこちらを。 それから、登録された冒険者は全員国に報告されます。 コレは国際指名手配犯などが紛れ込まない様にする処置ですが、問題ありませんね? では最後にこちらをプレートに嵌めてください」
そう言いながら、お姉さんは二枚のプレートとBB弾くらいのガラス玉? を差し出してきた。
『カラスマ モリオ』『クロエ ネコ』と刻印されている金属っぽいプレートをそれぞれが受け取る。
こまごまとその他の情報も書いてあるが、さっき記入した内容と同じものだった。
冒険者というくらいだからドッグタグみたいなのを想像していたのが、渡されたのは免許証くらいのサイズのカード。
何とも味気ないが、これが登録証って事でいいんだろうか?
そして渡された謎のビー玉。
手に持った瞬間色が変わった気がするが、見る角度によって変わる的なアレかな?
更にプレートの角には小さな穴が一つ。
ストラップでも通して落とさない様にするのかと思えば、この玉っころをくっ付ける穴だったのか。
「え!? あの、国に報告ってどういうことですか!? 昔はそんな事なかったのに!」
「えっと……私がギルドに勤め始めた頃には、もうそういう決まりになっていましたが……」
ラニとお姉さんが何やら慌ただしく話しておられるが、まあいいか。
このBB弾を無くさない内に、さっさとくっ付けてしまおう。
「ここにスポッと……む、意外と固いですね」
ぐぐぐっと力を入れて押し込めば、パチッと綺麗にパーツが嵌った音がして、しっかりと固定された。
やったぜ、免許証? ゲット。
隣にいる先生も難なく球体をセットした様で、プラプラと揺すりながら球体が落ちないか確認している。
わかるわかる、何か取れちゃいそうな見た目してるもんねこのBB弾。
なんてやっている内に、ラニを相手していた受付さんはこちらを振り替えり笑顔を向ける。
「あ、終わりましたか? 内容に変化はなし、裏面も問題なし……あっ、偽名や犯罪歴などがあった場合はカードに変化が訪れるんですが、二人共特に何もありませんね。 これで後は登録料をお支払い頂ければ冒険者登録は終了となります、お疲れさまでした」
色々と突っ込みたい謎技術があったんだが、そんな事よりもっと重要な内容が告げられた。
これやっぱりお金いるんですね、ですよね。
慈善活動じゃないですもんね。
でも、出来れば最初に言って頂きたかったです。
チラッとラニへと視線を向ければ、彼女は盛大にため息をつきながらカウンターの上に銀色の硬貨数枚を叩きつけた。
「これも妖精の務めです……でもちゃんと返してもらいますからね! さっきの入国料も含め、返金してもらいますからね! ラニのポケットマネーはもうすっからかんです! 色々急ぐ理由も出来たので、すぐに依頼を受けましょう!」
何やら凄い形相で睨む妖精に対して「お、おう」みたいな曖昧な返事を返した所で、僕達の登録は完了した。
こちらのお金の単価とかが分からないので、すぐすぐ返せるかどうかは分からないがちゃんと覚えておこう。
「ではご説明しますね。 まず第一に、それは貴女方の身分証となります。 国に入る時や出る時、そしてその他多くの場所で提示することが出来ます。 冒険者に限らず、その他の職業でも似たような身分証を持ち歩くことになりますね。 その利点としては通行税の免除、または減税といった扱いが受けられます。 お二人はこの国でご登録いただいたので、この国の通行税は掛かりません」
最初街に入る時に、ラニが払ってくれたアレがタダになるわけか。
確かにお仕事で外に行く度にお金取られたらたまらない。
下手すれば街から出られなくなる可能性だってあるじゃないか。
「ちなみに、この身分証って持っていない人っているんですか? 聞いた感じだと仕事してれば誰でも持ってそうに聞こえましたけど。 逆に次の仕事に就いたときはどうすればいいんですか?」
ついさっきまで持っていなかった僕達がいう台詞じゃないかもしれないが、むしろコレが無いと怪しまれるどころの話じゃない気がするんだが。
簡単に言えば職質された時に免許も保険証も持っていない、みたいな。
「国の中で言えば、仕事をしている人間は皆所持しています。 持っていない人となりますと……浮浪者もしくは子供、または国の外に住んでいる“村人”ですかね。 そう言った方々は身分証を発行してもらえませんので。 あ、でも村人の商人なんかは持ってますよ?」
ふむふむ、要は社会保険の保険証みたいなものだろうか?
聞いている感じだと国保みたいなモノがあるとは思えないし、マジで“働かざる者食うべからず”って事なのか。
そして村人ってのはココみたいなでっかい街に住んでない人達で、彼らは自給自足で勝手にやってくれって事なのかな?
更に街の中の人間でも、次の仕事を決めないまま退職した人間は自然と身分証が無くなる事になる。
それは生きていく上で相当なデメリットになる訳か、履歴書なしに雇ってくれと頼むようなモノだ。
うわーきっつ。
というかさっきから“国”ってやたら連呼しているけど、遠目からこの街を見た時はそんなに大きく感じなかったような……見える範囲だから何ともいえないけど。
「あの、この“国”って外周をグルっと回ろうとしたらどれくらい掛かりますかね? 徒歩で」
「この国は結構広いですからね、徒歩だと外周だけでも3~4日かかりますよ? もちろん出来る限り無駄なく歩いての話ですけど」
うわ、せっま。
無駄なく歩いてって事は、睡眠時間とか休憩も含まれている訳だよね?
それで長くて4日で一周できるって、国っていうより県じゃん。
むしろ県の方が広いよ、場所によるけど。
詰まる話、各所にこういう壁に守られた町があって、そこは“国”として名乗っている。
通行税云々はもちろんの事、下手すれば国ごとに法律も違うって事なのだろうか。
うわぁ……こりゃ面倒くさいぞ。
ある程度ベースとなる法律や、金銭の感覚なんかが統一されていればいいが。
多分期待は薄いだろう。
最初の街で売っていた“ヒノキの木刀”が、次の街だと倍額になっているかもしれない。
そこは需要と供給にもよるだろうが、不味い事になれば日本車と外車くらいの差が出るかもしれない。
だって起きた所野原だったし、周りなんも無かったし。
商人が居るって事は、通貨やら価値観はほぼ一緒だと信じたいけど……多分異なってくるだろう。
日本全国どこでも同じ値段で販売するチェーン店は、実に偉大だ。
「何か良く分かんねぇけど、このポイントカードみたいなのを持ってれば外に出られるんだな」
今しがた貰ったカードをプラプラと弄んだ先生が、そんな事を言いながら僕の方にソレを差し出してくる。
いつもの事なので受け取ってポケットにしまうと、ラニと受付さんから変な目で見られてしまった。
何かおかしい事をしただろうか?
「何をしているんですか? それは本人が持ってないと駄目なモノなんですけど……」
周りを鬱陶しく飛び回っていた筈の秋の虫が、困り顔で声を掛けて来た。
あぁなるほど、確かに本来なら他人が持っていていい筈がない。
免許証を他人に渡したまま車を運転する人なんていないもんね。
「先生は電車の切符でさえ無くす人ですからね、基本こういうモノは僕が預かっているんです。 免許証は2桁以上紛失して、警察からガチギレされる馬鹿なんです、この人」
「色々問題があるような気がしますが……でも本人が持っていないと実績に反映されませんよ?」
「実績?」
また訳の分からない事例が発生した所で、ゴホンっとカウンターの向こうにいる受付嬢が咳払いと同時に人差し指を立て、僕の方へと笑顔を向けた。
「まず第一に、それは身分証となります。 それは先程言いましたね、ちなみに犯罪歴が付くと、点数によって剥奪されちゃいますから悪い事はしないようにして下さいね?」
マジで免許証。
そしてさっきラニが言っていた実績ってやつに反映されるのだとしたら、持っているだけで監視される訳だ。
何かしら悪質な経歴が残れば一発で免停、もしくは免取りもあり得ると。
近所だからと言って毎朝一時停止無視するお爺ちゃんなんかは、すぐさま点数がかさんで身分が無くなってしまう。
「第二に、ソレは貴方達のお財布代わりになります。 大体どこの店も身分証払いが可能で、口座からお金は引き落とされます。 発行と共にギルドでお二人の口座は作られますのでご心配なく。 そして人の身分証を盗んでも、当人しか使えない様になっておりますのでご安心を。 無くしたら有料ですが、再発行が出来ます」
やっぱりクレカだった。
身分証兼クレカ、めっちゃ便利じゃん。
ポイントとか溜まるのかな?
「そして第三に、その身分証は冒険者ギルド特製の物です。 ソレを所持した状態で魔物を倒せば、倒した種類や数。 そして状況、日時なども記録されます。 その記録を見て、私達は依頼を達成できたかどうかを判断しています。 もちろん、人を殺した場合も一緒です。 それが犯罪行為であると分かった瞬間、すぐさま憲兵に引き渡します。 もちろん本人が所持していた時間、手放していた時間も記録されていますので可能な限り本人が持ち歩いてください。 無用な疑いの種になり得ますので」
なにそれスゴイ。
めちゃくちゃ便利な上に、防犯意識の高いカードだ。
裏を返せば、これさえ持っていれば無用なトラブルに巻き込まれても、身の潔白が証明できる訳だ。
凄いぞ異世界、現代日本より便利なクレカをゲットした。
「他に質問はありますか? あ、ついでに言いますと喧嘩程度のトラブルも記録されますので、悪い事はしない様心がけて下さいね?」
はーい! と今さっき何とかのスロウさんをぶっ飛ばした男が、元気よく手を上げた。
職員も何も言わない所から見るに、アレくらいなら大した問題にはならないのだろうか?
「まぁ、いいです。 それより、少しばかり急ぎでお金が欲しいのですが、何かお仕事はありますか? 短時間で済ませられる物であれば、肉体労働でもなんでもいいので」
そう言って身を乗り出せば、受付さんは困った様に目尻を下げた。
やはり無茶な注文だっただろうか、登録を済ませたばかりの奴らに任せられる仕事なんて、正直高が知れているだろう。
ラニのお財布でどうにか出来るのなら喜んで寄生させて頂くが、登録料を払った辺りでお財布を逆さまにして泣いていたので、もうアテには出来ないだろう。
ていうかお前は現金払いなのな。
「あるにはあるんですけど……すぐ稼げるとなると近くの討伐系になりますよ? 見た所武器などを持ち合わせていないようですが……先ずは武器を揃えてからの方が……」
「問題ナッシング」
「え?」
隣に立つ男が、急に上着とTシャツを脱いで、上半身裸になった。
おい止めろ恥ずかしいだろ。
「ふんっっ!」
短い掛け声と共に、なんとかチェストと呼ばれるマッスルポーズかました馬鹿が、ドヤッとばかりに受付のお姉さんに向けて笑顔を向ける。
「凄く、立派ですね……」
文字列だけ見れば呆れた様にしか聞こえない台詞だったが、目の前の彼女は顔を赤らめながら口に手を当て、潤んだ目で彼を見ていた。
そして周りの職員からも、ごくりと唾を飲む音が聞こえる。
なんだお前ら、欲求不満?
ゴリマッチョなら他にも沢山いるだろうに。
なんて周りを見渡してみれば、さっきまでお酒を飲んでいた男性達も、息を飲んで馬鹿野郎の筋肉に見入っていた。
すげぇ、なんだあれ……とか、武器が必要ないくらいに身体を鍛えたって事か? 嘘だろ……? みたいなぼんくら達の声が聞こえてくる。
頼む、冷静に判断してくれ。
こいつはただのタンパク質だ、君らが腰にぶら下げている鉄の剣やらナイフやらで刺されれば穴が空くのだ。
「どうやら、無用な心配だったようですね。 こちらが貴方達が受けられる最も高額なクエストです。 内容はシャドーウルフを5匹以上討伐。 より多く倒せば追加報酬も出ますし、素材を持ちかえれば買い取ることも出来ます。 如何でしょうか?」
「じゃあそれで!」
良い笑顔でマッスルが即答する。
僕たちはその何とかワンちゃんの姿形も知らないんだ。
頼むからもう少し色々と……
「シャドーウルフならラニが知っているので心配ありませんよ? 行きましょう! 勇者のお二人ならきっと難なく熟す筈です!」
どこからそんな自信が沸いてくるのか知らないが、30センチの羽虫がガッツポーツを取りながら依頼を勝手に受けてしまう。
さっきからお金を借りまくっている事もあって、強く反発出来ない事が悲しい。
何故か異世界に島流しされた挙句、良く分からない羽虫に付きまとわれ。
そしてソイツに借金してまでお国に入ってみれば、いきなり動物虐待してこいと来たもんだ。
なんだこれ。
そういう小説を読んでいた時はもう少しナチュラルに物語が進んでいるイメージがあったが、実際は休む暇さえないのか?
いやまぁ、”ラニ”が居て説明してくれるだけまだマシなのかもしれないが、それでも……なんかなぁという感想が出てきてしまう。
だって実際、話を読むのは好きだが自分が行って見たいとかは思ってなかった訳だし。
しかもなんか中途半端に現代技術盛り込まれてるし。
「ラニが居てくれて助かるだなんて、ネコさんもやっと素直に——」
「——そろそろナビゲーターもいらないか、よし潰そう」
「嘘です調子に乗りました、お願いですから両手をパーにして近づいてこないで下さい」
そんな慌ただしい事情の中、初の”冒険者”活動が開始された。
何とかワンコの討伐、果たしてどうなる事やら。
半分諦めた気持ちで、僕は盛大にため息をもらした。




