鍛錬
先日は色々あった。
何故か王子来訪した上に勧誘して来たり、第二王女に呼び捨てを要求されたり。
そして私自身のレベリングをする為に様々な人に特訓してもらうことになったりと、本当に色々あった訳だ。
なんて言ってみたりするものの、この世界にレベル概念など存在しないけど。
何をするかと言えば、“スキル”を伝授してくれるらしい。
スキルというモノは、先天的なモノと後天的なモノがあるとの事。
先天的なモノは今更望んでも仕方ないので無視するが、肝心なのは後天的の方。
つまり頑張れば身に付く方を練習するらしい。
ではどうやって取得すればいいのかというと……ひたすら練習あるのみ。
スキルを覚えたければひたすら体で覚え、魔法を使いたければ勉強と実技をひたすら反復練習。
というのが“こちら側”の常識という事らしいのだ。
ゲームみたいに何かの条件があって、それをクリアすればある日突然に使える様になる……なんて事は絶対にない。
この世界において特別なものを除けば、“向こう側”と同じくスキルとは自身の出来る事の名称に過ぎないらしい。
しかしまぁ、ソレが問題だった。
考えても見てほしい、スキルに“忍び足”というものがあるとしよう。
それの取得条件が“足音を立てず、相手に悟られず移動する事が出来る”だったとしよう。
つまり“忍び足”が出来る事が、“忍び足”というスキル取得の条件という訳だ。
これ、スキル名とか付ける必要ってある?
こんなのってないよ。
これはゲームみたいなスキル云々ではなく、単純に技術だよ。
元々“スキル”という言葉は、“自身が行える能力”の事であるからして間違っては居ないのだが……なんか納得いかない。
異世界もへったくれもないじゃないか。
とまぁ生まれ持った特殊スキル以外は、出来るようになるまで身を削って特訓するしかない。
体に覚え込ませ、当然の様にソレが出来る様になって初めて「はい合格」と言わんばかりにスキル一覧とやらに記載されるそうだ。
あの免許証モドキに。
詰まる話、履歴書の資格欄みたいなものだ。
ソコに記載されるようになって、ようやっと“スキル”がまともに使えると認められるらしい。
「――のわぁっ!?」
「クロエ様、見えていますよ」
急に眼の前に接近したクラウスさんに、デコピンをもらってしまった。
現在例のスキル、“忍び足”とやらの特訓中。
なにこれ、スパルタ。
そもそも“音を立てるな、相手の死角を常に移動しろ”。
“気配を殺して視覚と聴覚を騙せ”ってどういう事?
僕忍者じゃないんですけど。
これって一般人が出来る事なの?
「集中です。 相手の動作、視線、呼吸。 全てに意識を向けるのです」
「あいたぁっ!?」
デコピン、再び。
そしてこのデコピンが痛いのなんの。
まあそれはいい。
話を戻すが、続いて魔術だ。
はっきり言おう、こればっかりは一般人には無理だと宣言する。
指先から炎が出るイメージをしろと言われれば、多分アニメや漫画を見たことある人物なら簡単に想像できるだろう。
炎が何故発生するかを頭に浮かべろ、なんて言われてもきっと色々難しい事を考える事が出来る人は居ると思う。
だがしかし、この世界の魔法とやらは一筋縄ではいかなかった。
「うーん……まだ難しい? 周囲の魔力を感じて? ゆっくりでいいわ、貴女の回りには魔力が満ち溢れているの。 まずはそれを取り込む事から」
「スゥゥゥゥー、ハァァァァー……酸素しか感じられません。 あ、いえ酸素オンリーという訳では無く――」
「窒素やら何やらでしょ? そうじゃなくて魔力を感じなさい」
「うっす」
これ、出来る人居る?
いくら想像しても魔法のマの字も発動しないし、感じろと言われても今日ちょっと寒いな、くらいしかわからないんだが。
もしかして魔法に強い人は「あ、今呼吸の何パーセント魔力だったわ」みたいに分かるモノなのだろうか?
考えるな、感じろ。
とか何処かの映画の人が言っていたが、そもそも普段から感じられるものなら既に感じ取ってるわ。
試しにシアに直接魔力を流してもらったが、「わー指きれー」くらいの感想で終わってしまった。
雑念がいけないのかな?
いざ、無心で修行を……
「こら、思考を止めない。 魔力を感じるという事は理解するという事よ。 全身魔力で構成されている存在じゃないんだから、考える事を止めたら例え“感じられるモノ”があっても“理解”出来ないわ」
「……お、おう?」
魔法ってすげぇ。
スマホとか何も考えず使っていたけど、コレってアプリを起動するのにプログラムから何から理解してないと起動すらしない……みたいなものなんだろうか?
異世界知識チート、みたいな話も良く読んでいたけど確かに0から何かを作るって大変だよね。
ググる事も出来ない状況で、物語の主人公たちは良くやっていたよ。
「コラ、集中」
「あい」
そんな感じで体と頭を使い、ようやく昼食。
一息付けたとばかりにお腹いっぱいに食べれば、満足そうなルシュフさんが良い笑顔で残酷な言葉を紡いできた。
「午後は体力作りと、柔軟な動きに対応する訓練になります。 こちらは私が担当する事になりましたので、よろしくお願いします」
溢れんばかりの笑顔で頭を下げるメイドさんに、僕は何て返せばいいと思う?
「え? あ、はい」なんて答えてしまったが最後、日が暮れるまでパルクールをやらされました。
しかし納得がいかない。
メイド服を着ていて、明らかに動きづらそうなルシュフさんに全く追い付かないのだ。
皆特別なスキルとかは使ってないよ! みたいな事を言っていたので、全員が全員素面……というか素の能力のみで僕の相手をしてくれているのだろう。
なにこれ、異世界ヤバすぎ。
勇者とか要らなくない?
あ、僕が弱すぎるだけか。
ぜぇぜぇ言いながら屋上まで登ると、困った顔のルシュフさんが水筒を差し出してくれた。
「す、すみません……」
受け取ってからすぐにがぶ飲みして、最後の一滴まで水分を味わう。
でも、明らかに足りない。
疲れた体が、もっと水分を寄越せと叫んでいる。
しかし。
「では、折り返し頑張りましょうか! あと半分です!」
「……は?」
そう言って、彼女は街中……というか屋上を走っていく。
え? まだ走るの?
という疑問は、帰るんだから当たり前だろうという思考に塗りつぶされる。
が。
「もう一回同じ距離走るの?」
街中をグルグル回っているモノだと思っていた。
あっちに飛び、こっちに飛び。
いつの間にか方向感覚も狂っていたのだろう。
彼女のいう限り、ほぼ直線的にこの場に来たようだ。
詰まる話、戻る距離も同じな訳で……
「嘘でしょ?」
言っている内にメイド服の背中が遠のいていったので、慌てて後を追った。
何でも彼女は“逃走”に関して相当なスキル持ちらしい。
その技術も、いざという時にも役立つという事で一日のルーティンに組み込まれた訳だが……コレ、“向こう”の生活より厳しいんですけど。
「ここを三角飛びして、こっちは全力跳び。 それからこっちは……アレ?」
一日で街の構造を覚えられるはずもなく、見事に足を踏み外した。
あっさりと建物の間に落下していく。
あ、コレやばい。
とか思う事が出来るくらいに、頭は冷静であるらしい。
つまり今こそ、スキルや魔法の使い処だ!
来たれ、肉体強化ぁぁぁ!
「クロエ様、気を抜かないで下さいまし。 常に視界で足場を捜す事は基本ですから、立ち止まったり落ちたりすれば、その分追手を巻くのは厳しくなります。 なので常に集中、ですよ!」
「……うっす」
凄く前に居た気がするルシュフさんに、地面スレスレでキャッチされてしまった。
どういうことなの、瞬間移動でもしたの?
なんて思うくらいに、彼女は自然体だった。
息切れ一つせず、先程まで壁を蹴って走っていたとも感じさせぬ笑顔で。
「すみません。 もう一回、頑張ります」
「クロエ様、一緒に頑張りましょう!」
結局その日帰って来たのは、完全に日が落ちた時間帯であった。
――――
「うだぁぁぁぁ!」
良く分からない叫び声を上げつつ、ベッドに頭から突っ込んだ。
ヤバイ、色々疲れた。
初日……と言うか発案日から二日目だと言うのに、体がバラバラになりそうな勢いで悲鳴を上げている。
右脳と左脳も好き勝手に飛んでいきそうな勢いで頭も疲れている。
「お疲れ様です、ネコさん」
枕元に腰を下ろしたラニが、困った顔で笑いかけて来た。
コイツ……他人事だと思いやがって。
「まぁ確かに文字通りなら他人事ではありますけどね、ラニにだって意思はあります。 カラスさんの想い、ネコさんの頑張り。 色々思う所はあるのですよ。 なので、こんなものを用意しました」
じゃーん! と声に出しながら差し出されるのは、透明などんぐりみたいな物体X。
これをどうしろと言うのかね?
食べればいいのか? 胃の中に収めればいいのか?
「そしたら数時間後には体の外には出てしまうので、出来れば身に着けて頂きたいかと……」
そう言いながら、ラニはため息交じりにクリスタルどんぐりの穴に紐を通し、僕の首に結び始める。
おい止めろ、良く分からないモノはもうこりごりだ。
なんて事を思っているとラニは大きなため息をつき、ネックレスの様に結んだ紐をベシベシと叩いた。
「これは“妖精の涙”と呼ばれる結晶で、中々手に入らないんですよ? なんでも時魔法に長ける妖精の魔力結晶で、死に至った場合指定した過去に戻れる。 なんて言われている凄い代物なんですから!」
「つまり、実証できない疑わしい品だと」
「そういう所だけ口に出さなくて結構ですよ?」
何やら不満そうに頬を膨らませるラニを見ながら、顔面を枕に押し付ける。
フカフカの枕、そしてベッド。
疲れ切った頭と体には、これほどの誘惑など他にないだろう。
早い話、めっちゃ眠い。
「まったく……こんな品物、どこで……手に入れて……」
昼間の特訓のせいでどんどんと遠のく意識。
その視界の中で、ラニは目を細めてこちらを見ていた。
「言ったじゃないですか、妖精の涙だって。 これはラニが作ったアイテムです。 一生に一個だけしか作れない、貴重な物なんですよ? だから有意義に……って、おーい。 ネコさーん? きいてますかー?」
普段よりボリューム低めなその声に、僕の眠気はマックスに到達したのであった。
――――
「横になった瞬間寝落ちとか、随分とお疲れだったんですね……」
はぁとため息を溢すものの、こればかりは仕方がないと諦めて首を振る。
必死こいて布団を彼女の体にかけ、一息ついた頃には息が上がっていた。
力尽きたパートナーに布団一つ掛けるだけでもこの調子なのだ。
今彼女がやろうとしている事に比べると、どれだけ自身が甘ったれた存在なのかという事が身に染みる。
ラニはこの世界で“妖精族”として生まれ、そして他の種族よりも多くの情報を持っている。
長い寿命、相手の記憶さえも覗く圧倒的な情報収集能力。
身体の特徴や、転移の魔法にも平気で耐えられる特性を考えれば圧倒的に“こちら側”を生き抜く事に長けていると言えるだろう。
そんな中、目の前の彼女はどうだろう。
魔力適正も低く、スキルもろくに……というか人族の基本スキルしか持っていない。
その彼女が、こちら側で特別視される“勇者”として選ばれてしまったのだ。
生半可な覚悟と努力では、まるで成果を見せないだろう。
でも、それを彼女はやろうとしている。
普通の“勇者”なら最初からスキルを2桁か3桁近く持っている者だっているのだ。
圧倒的に不利な条件、強力ではあるがデメリットの多すぎる“黒鎧”という武装。
それでも、この小さな少女はこの世界に抗おうとしているのだ。
そんな彼女に比べて、自身はどうだろうか?
少し手を貸そうとするだけでこの有様、この程度なのだ。
人間同士なら、布団を掛けてあげるぐらい何でも無いだろう。
ご飯だって作ってあげられるかもしれない、いざという時は彼女の盾になる事だって出来たのかもしれない。
でも妖精である自分には、その全てが出来ない。
何でもない手助けが、この小さな体では何一つ満足に出来ないのだ。
だからこそ用意した、“妖精の涙”。
こんな小さな存在に出来る、精いっぱいの手助け。
そしてカラスさんから託された、“ネコさんと共に居る事”というお願いに、最大限貢献できる力添え。
彼女にも説明した通り、コレは“タイムリープ”出来ると言われている代物だ。
簡単に言えば自身の寿命を相手に与え、与えた分の時間を自由に移動できる……と言われている。
妖精が最初から持っている先天性スキルの一つ。
先程言ったように妖精の寿命は長い。
エルフ程とは行かなくても、長生きなら300年程は生きるだろう。
その寿命を、“相手と合わせる”というこのスキル。
もしネコさんが100歳まで生きたとして、彼女の死後ラニがあと100年生きられたとしよう。
その残った100年という時間を彼女に与えた事になるのだ。
与えるといっても、その分長生きできる訳では無いが。
ようは命が尽きた時、与えられ分の時間を一回限り行き来できるようになるという事。
生まれた瞬間からでもやり直せるのだ。
“向こう側”に帰れるかどうかまではわからない。
もしかしたら召喚された初日に戻るだけかもしれない。
でも、ネコさんに何かあるよりずっといい。
とまぁラニの寿命はこの結晶を作り出した瞬間、ネコさんの寿命とイコールになってしまった訳だ。
この寿命というモノがどういう定義なのか、実際の所良く分かっていない。
何事も無く過ごした場合なのか、それとも突然死んでしまったりする瞬間までなのか。
そんな定義も何もあやふやな代物だが、間違いなく彼女の“保険”になる事は確かだ。
そしてカラスさんの様に、勇者召喚の魔法陣に影響が出るかどうかは正直分からない。
分からないが、何もしないで泣くよりかはずっといいだろう。
だって、もうこの世界にネコさんの事を捨て身で守ってくれる存在が居ないのだから。
「もし、帰れなくなっちゃったら……ネコさんはラニを恨みますかね」
なんて言いながらも、後悔の念は浮かばない。
もしも上手く行って、彼女が無事帰れるのならば“妖精の涙”は無用の産物となる。
だがもしも使用する機会があったとするなら、それは彼女が“死んでしまった”場合なのだから。
そんな事態に陥るくらいなら、例え帰れなくなったとしても生きていて欲しい。
そう思ってしまったのだ。
「これも、カラスさんの記憶を見た影響なんでしょうけどね……」
独り言を溢しながら、彼女の髪を指ですくう。
ビックリするくらいサラサラで、妖精でさえ羨ましいと思えるくらい綺麗な細い黒髪。
例え自身の寿命を大幅に削る事になっても、この子を助けたい。
そんな風に思ってしまった自分に、正直驚いている。
同種が嫌いだ、この世界が嫌いだ。
そんな風に感じていたというのに、カラスさんの記憶を見て、実際にネコさんを見て。
ラニという妖精は、この人達の傍に居る為に生まれて来たんだと感じてしまった。
今この時が全てだ。
長い寿命なんて要らない、この人達と一緒に居たい。
今の妖精らしくもない考えが、この胸に宿ってしまった。
だからこそこんな古臭い術式の、普通の妖精なら絶対使わないスキルを使ってしまったのだ。
「一度きりしか使えませんから……無駄にはしないで下さいね?」
もし使用した場合、彼女がどれ程の時間を遡るのか。
そしてその結果、“向こう側”に帰る事にどう影響するのか。
色々気になる事はあるが、とりあえず使う機会がない事を祈るばかりだ。
「どんな結果になろうと、ラニは一緒に居ますから。 “こっち側”でも一人じゃないですよ、ネコさん」
それだけ言って、彼女の頭の隣に寝転がった。
こんな時、まともに魔法が使える妖精なら疲れを癒したり、安眠させてあげる事も出来るのだろうが。
生憎とそんな事が出来ないラニは、彼女にくっついて静かに頭を撫でるくらいしか出来ないのであった。
どうか、私の勇者様が悲しい結末を迎えませんように。
最高のエンディグを望むには厳しいこの世界、だからこそ。
せめて、この“勇者様”が泣きながら絶望してしまう様な未来は訪れませんように。
そんな願いを込めて、彼女の共に眠りに落ちていくのであった。




