二つ名
「まず先に言っておこう、私は君の自由を奪うつもりはない。 対等な関係として協力を求めたいと考えている、これだけは知っておいてくれ」
それだけ言って、薬品キノコが眼鏡を押し上げた。
いや、まあうん。
それだけ言って全て信用してくれるのは、きっとRPGの主人公だけだと思います。
勇者よ! この世界の危機をうんたらかんたら!
はい!
みたいな会話、実際出来ると思う?
無理でしょ。
「要点から話していこう。 まず君は、このままでは解放される事はないだろう。 それは王の対応からして、ある程度は察しているかと思うが……その辺りの認識は?」
「えぇまぁ、僕程度でも“勇者”なんぞという肩書が付けば他の国へのアピールになる。 だからこそここに置いている。 そしてみすみす手放すつもりはないが、期待はされていない。 で、あってますよね?」
「うんうん。 理解していても、自分の立場に絶望してもいない。 とてもいいよ、君は」
そりゃどうも、と言いたくなるが今は我慢だ。
あくまでも相手は王族、下手に受け答えすれば悪い結果に繋がりかねない。
今ですら適当な言葉で返しているのだ。
あまり変な事を言うと、また不敬罪とか言って罪を重くされてしまう。
「聞いた話ではあるんだが、たまに居るんだよ。 状況も理解できずに我儘言い放題、金銭を際限りなく使い尽くしたり、国中から若い女性を求めたりする大馬鹿者の勇者が。 あ、君の場合は女性だから求めるのは男になるのかもしれないが。 そして逆に、立場に絶望して、部屋に引きこもって出てこないとかね。 だからこそ私は、勇者は自由であるべきだと思う訳だが、なかなか国はそう一枚岩では――」
「兄様、お話が長い上に失礼です。 言いましたよね? クロエに偉そうな態度を取るなと。 彼女は年端も行かぬ女性であり、愚痴を漏らす対象でもありません。 発言には注意してくださいまし」
長くなりそうだった言葉を、シアがピシャリと一言で止める。
非常にありがたい。
ありがたいのだが、年端も行かない女性ってのは訂正してくれ。
少なくとも君よりかは年上だ。
「すまない、普段話す相手が少なくてね……少し興奮してしまった。 許してくれ」
許そうじゃないか、ぼっちは味方だ。
分かる分かる、聞いてくれると分かったら楽しくなっちゃったんだよね?
勢いに乗って喋りすぎちゃったんだよね?
そういう経験、僕もあ――
「普段なら専属のメイドか、学校に滞在していた時の友人達に聞いてもらっていたのだが。 こんな所で話す内容ではなかった、本当にすまない」
OK、こいつは敵だ。
全然ボッチじゃない、むしろ普通にリア充の部類だ。
殴っていいかな? いいよね?
「あぁすまない、まずやっておくべき事があったな。 “王家のモノとして奴隷に命ずる、この場に置いての罵詈雑言。 または暴力行為、そして不敬罪に当たる行為を全て容認する。 それらは全て罪に問わない事を、タミィ・フル・ストロングが誓う”。 これで好きに喋って問題ないぞ?」
「……は?」
この人、実は馬鹿なのだろうか?
今の言い方だと、この塔の中であれば僕は王族に手を上げられるんだが。
しかも暴力行為の許可から、不敬罪に当たるものまで全て許可されてしまった。
流石に殺人ともなれば話は変わってくるかもしれないが、半殺しどころ9割殺しくらいにして、塔の外へ放り出せば僕は罪に問われないのでは?
まぁそんな事をすれば、この国の法律でどうにかされてしまいそうだが。
でも少なくとも、今この場で王族を殴った所で問題は無くなってしまった。
やらないけど。
「さて、話を戻す前に少し確認させてくれ。 今君は、王からの出撃命令があった場合のみ戦争に参加している。 そして活動出来る時間が少ない為、最初からは戦闘に参加する事が出来ない。 更に活動時間が過ぎれば君自身が行動不能になる。 ここまでの認識に間違いはあるか?」
「あってますね」
短時間しか活動出来ない上、戦場で限界を迎えてしまえば確実に役立たずになる勇者。
だからこそ扱いづらい“出来損ない”と呼ばれているのだろう。
まあ確かに、15分足らずしか動けない兵器とか使い処に困るよね。
しかも戦場に置いてきちゃうと、ウチの国には勇者居ますよアピール出来なくなっちゃうし。
一発限りの大砲で、しかも弾頭を拾いに行かないといけない欠陥品みたいなもんだ。
「まずはその問題をどうにかしないとな……ちなみに短時間しか動けない理由はなんだ? 勇者専用の武器自体が、そういう仕様なのか?」
首を傾げながら呟くタミィ王子。
そんな事僕に聞かれても分かる訳がない。
こっちの世界の事なんてほとんど知らないんだ、そういうのは詳しいヤツに聞いてくれ。
なんて事を思いながらチラッと右肩に視線を向ければ、ラニが頷いてからタミィ王子の方へ視線をむけた。
「仕様という訳ではありません。 単純に言えばネコさんが溜めておける魔力量が少ないのと、黒鎧が必要とする魔力が多すぎるのが原因です。 ブースターなどを使わなければもう少し動いていられるとは思いますが……それでは移動に時間が掛かり過ぎます。 何と言ってもあの巨体ですからね。 しかも黒鎧使用時のみ、ネコさんは“肉体強化”のスキルを使用しているみたいです。 恐らく鎧の挙動に肉体を追い付かせる為無意識的に、なんでしょうけど」
普段は魔法もスキルもからっきしです、ポンコツだぜ。
詰まる話、僕という燃料タンクが黒鎧に対しては量が少なすぎる上に、スキル無しで鎧を使うと体がもたないからそっちでも魔力を使う。
更にさらに、特徴でもあるロケットブースターさんは燃料食いまくりの燃費最悪なお品物。
もうね、ダメじゃん。
相性最悪じゃん僕と黒鎧。
ラニエモン、今からでも道具変えてくれないかな。
「つまり黒鎧に関しては魔力がもっと多ければいい、というだけの話なのだな?」
「まぁそうですけど。 ネコさん魔力適正ほとんどないですから、その……」
おい、哀れなモノを見る眼でこっちを見るな。
悪かったな異世界向きの体質してなくて。
こっちだって好きで来たんじゃないやい。
などと視線のやり取りをしていると、タミィ王子が「ふむ」と声を上げてシアの方へと視線をやった。
「アレクシア、お前は魔法が得意だったな」
「お姉さま程じゃありませんけどね。 まぁ、一応」
少しだけ気まずそうにしながら、シアが小さく呟く。
まだ兄妹居るんだ、しかもシアより魔法凄いんだ。
第二王女って言ってたんだから、姉が居るのは当たり前か。
「ではお前が魔法の基礎をクロエに教えてやればいい、そうすれば少しは変わるんじゃないか?」
「あの、お言葉ですが王子……ネコさんの魔力適正を考えると、かなり長い目で見ないと……」
再び王子とラニで「この子本当に才能無くて……すみません」みたいな会話が繰り広げられてしまった。
とても悲しい。
せめて本人の居ない所で話し合ってくれないかな。
はぁ……とため息を溢した所で、タミィ王子がニヤリと悪い顔をしながら人差指を立てた。
「妖精は勇者の武器に関して詳しくとも、“こちら側”の技術進化には疎いと見える。 まず一つ、魔力量を底上げ装備やアクセサリーと言った代物は既に開発されている。 二つ目、長い目で見るといっても、そもそも始めなければ変わる事などありえない。 そして三つ、まだ私は鎧その物を見ていないから断言は出来ないが、魔導馬車の様に専用の魔力タンクを作ってしまえば良いのではないか?」
これまた、タミィ王子が凄い事言い始めたぞ?
確かにその全てが実現すれば、僕はもっと長い間戦えるだろう。
でもそれはつまり、より長く、そしてもっと多くの敵を屠る事に他ならない。
活動時間が延びれば命の保証が厚くなると考えるべきか、それともより戦場に立たされる時間が増えると考えるべきか。
コレばかりは、タミィ王子が僕をどう使おうとしているのかにもよる所だが。
「そう怖い顔をしてくれるな。 最初に言っただろう? 私は勇者には自由があるべきだと。 君を自由にするためにも、まずは力が必要なんだ。 そもそもの問題として、勇者が飼いならせると思っている事が問題なんだ。 そう思わせない為の力が、君には必要だ」
随分と簡単に言ってくる。
確かに僕自身が国の脅威として認められれば一番手っ取り早いのかもしれないが、僕は他の勇者の様に“圧倒的な存在”にはなり得ない。
制限時間約15分。
黒鎧を使えば城の一つくらいは確かに落とせるかもしれない。
だがたった一人でも相手を残してしまえば、確実に負けるのが僕という存在なのだ。
僕が暴れだしたと報告が上がれば、絶対にどこかに隠れてしまうだろう。
そして相手は僕の時間切れを待てば良いだけ。
それでは絶対の脅威にはなり得ないし、そもそも力を付けて長く戦えるようになれば“王”は余計に僕を手放そうとは思わない筈。
しかも決定的なのは奴隷の首輪だ。
コレがある限り、僕は逆らう事が出来ない。
「言いたい事は大体分かるさ、だからこそ要点だけを伝えよう。 君は“出来損ない”という認識のままで居てもらう必要がある。 だからこそ表立って“有能さ”をアピールされると逆に困る。 あくまでも秘密裏に強くなり、王の評価を変えない必要があるという事だ」
「はぁ……」
秘密裏といっても、こっそりシアに魔法の事を教えてもらうくらいしか出来ない気がするのだが。
他の案で言っていた魔道具や、カスタムパーツは王の目に触れない様に用意出来るモノなんだろうか?
いくら何でも、お膝元の工房で新製品を拵えていれば誰でも気づくと思うのだが。
相当な無能で無い限りは。
「そこでだ、私の指揮下に入らないかね? 私はこれでも結構自由に動ける立場にあってね、部下に至っても戦場の大筋とは別に配置する事も出来る。 当然彼らの武器や防具を作る為の工房だってある上、そして日々新しい武具を作る為に、パッと見ても“良く分からないであろう”代物が大量に転がっている訳だ」
そう言いながら、彼は再び眼鏡をクイッと押し上げた。
自信に満ちた表情で、ニヤッと悪い顔でこちらに微笑みかけてくる。
「そして更に、君に変わる“勇者”でも手に入れられれば、王は喜んで公表している勇者の名を切り替えるだろう。 “出来損ない”などと思っている者より、こちらの世界で名を上げた勇者を取り込めれば、当然そちらを看板にするだろう?」
「そう、上手く行くものなんですかね。 そもそも名の知れた勇者なんて、どこで捕まえてくる気ですか? それに僕の代わりにこの国の奴隷になれ、というのはちょっと――」
流石に話が旨すぎる。
現実はそう都合の良いモノではないはずだ。
例え代わりの勇者が見つかったとしても、王様が予備として僕を囲ったり。
というかそもそも、そんな相手がすぐさま見つかるとは到底思えないんだが……
「相手に君の様に奴隷になってもらう必要はない、ただ協力を求めるだけさ。 そして、ソレを望んでいる相手を見つければいいだけの話。 幸いと言っていいのか、もう次の戦争は決まったも同然でね。 その国が使っている勇者は、この条件にぴったりと当てはまるのさ。 だからこそ、君には彼女に“勝って”もらう必要がある」
「えぇと?」
「つまり、君に興味を持たせないまま王へ僕が条件を出す。 『僕の部隊にクロエを入れ、代わりの勇者が見つかれば、クロエの奴隷解放、もしくは僕の支配下に置く』とでも条件を付けてね」
詰まる話今より良い勇者さえ捕まえてくれば、王様はすぐさま乗り換える。
だからこそ今の内に旨い条件の契約を交わしておいて、例え戦果を挙げても後の祭り。
終わった時には僕はタミィ王子の所有物になっている、みたいな感じだろうか。
でも僕の解放を前提に話しているが、これってタミィ王子に何の得があるんだ?
「そして次の戦争になると思われるのは、人間の国だ。 これまでの魔獣と違って、君は人間を相手する事になる。 その国に居る勇者が、今回の捕縛対象。 とんでもない戦闘狂という話でね、向こうの国より報酬が高く戦争が多いとなれば、すぐさま食いつくだろう」
淡々と説明するタミィ王子。
だが、今何といった?
今度の相手は人間?
勇者が居るって言っているのだから当然かもしれないが、その相手を僕にしろと言っているのか?
いや、ちょっとそれは……
前回の大会とは違うのだ、本気の殺し合いなのだ。
「私が今回君に求めているのは、敵国の勇者に打ち勝つだけの“力”と、人を“殺す”覚悟。 その二つを手に入れられれば、君は自由になれる……かもしれない。 少なくとも私の部隊に入る事で、今の様な息苦しい生活をしなくて済む」
淡々と語ってくれるのはいいが、色々待って欲しい。
僕に理解できるように言葉を選んでくれていた様だが、それでも人を殺す事は確定として伝えてきている。
その覚悟があるかと聞かれれば、僕は間違いなくNOと答えるだろう。
今まで相手にして来たのは魔獣や魔族。
例え人に近い形をしていても、ソレは人ではない。
そう言い聞かせて来たのだ。
しかし、この世界においてソレは詭弁以外の何物でもないのだろう。
頭では分かっているんだ、でも言い聞かせないと心が付いて来ない。
この世界は、人もそれ以外も非常に命の価値が“軽い”。
こちら側の感覚に、未だ僕は馴染めずにいる。
「随分と悩んでいる様なので、一つ良い事を教えておこう」
いつの間にか下がっていた視線が、言葉と同時に再び彼の姿を捕らえた。
「君が悩んでいるのは、“自らの手で人を殺す”という事だな? それを回避する方法が一つだけある」
「……はい?」
いや、流石にそれは無理だと思うんですけど。
戦争ですよ? 殺気立った方々と集団戦ですよ?
一対一ならまだしも、大群に挑むのだから手加減なんてしていたらこっちがやられてしまう。
「言いたい事は分かる、だが方法はある。 例え戦場であったとしても、少なくとも君自身が手を下さずにすむ方法がな」
戦場なのだから当然死人は出る、でも自らの手を汚すのは嫌だ。
そんな甘えた考えを見透かしたように、タミィ王子は僕の瞳をジッと見つめながらニヤリと口元を吊り上げる。
「戦場において不殺をやってのけた者に教えを乞えば良い。 例え集団戦であろうと、戦争であろうと、誰一人殺さずに目標を掻っ攫ってくる強者がこの場にはいるのだからな」
はい?
技でどうにかなる状況じゃないでしょ、戦場なんて。
とか思う訳だけど、やってのけた人がいるの? マジで?
なんて事を考えながら部屋の中に居る人物を見回せば……
シアは首を横に振り、ルシュフさんも同様。
当然ラニな訳がないし、目の前の王子は未だにニヤけ面。
残る最後の一人は、優雅に微笑みながら紅茶を注いでいた。
「あの、クラウスさんって二つ名があるって聞いたんですけど。 参考までに何て言うんですか?」
僕の質問に、クラウスさんはハッハッハと笑いながら「そんな大したものではありませんよ」なんて言いながら新しい紅茶を差し出してくる。
これ絶対ヤバイ名前が付いているやつだ。
執事最強説だ。
あくまで、執事ですからとか言い始めたりしないよね?
前半の平仮名を違う意味の漢字に変換しちゃうよ?
「昔私が呼ばれていたのは『殺せぬ暗殺者』、もしくは『腰抜けの斥候』でしたかな」
あれ? なんか想像していたのと違う名前が出て来た。
このパターンだったら絶対中二病ちっくなヤバイヤツが出てくるかと思ったんだけど。
聞こえは確かにアレだが、どちらも危険な感じはしないのだが……
はて? と首を傾げていれば、タミィ王子が僕の疑問に答えてくれた。
「あくまで自国では、な。 相手国からは『忍び寄る影』やら『戦場の人攫い』なんて呼ばれていたよ。 今でこそ優良奴隷の監視係などやっているが、この男は戦場に立てば速やかに敵の大将を無力化してくる程の斥候だ。 今は訳あって兵士として戦場に立つ事が無いのが残念だが……どうだクロエ、彼の技を身に付ければ殺さずに済むだろう?」
また訳の分からない単語が飛び出してきたぞ。
斥候ってのは分かる。
確か相手の事やら地形やらを調べてくる人の事だよね?
だからこそ身を隠す術とかには長けてそうだなぁってのは分かるが……
王子から聞いた話だと、調査どころではなく重要人物を誰にも気づかれずに攫ってくるって聞こえるんですけど。
そんな事って可能なの? 戦場にどれくらいの人数がいると思っているのよ。
リアルビッ〇ボスじゃん。
ステルスミッションのプロフェッショナルじゃん。
しかも初手でノンキル、ノーアラート。
もはや廃人のレベルである。
「猶予はない、なので今日から始めよう。 王の返答や敵国の動きなどは速やかに君に知らせよう、これも君の自由の為の一歩だ。 なので……やってくれるね? クロエ」
ズイッと顔をこっちに寄せるタミィ王子。
余りにも突拍子もない会話ばかりであんまり理解出来ていないが、とりあえず頷いてみせた。
これは僕にとっても条件がいい。
不殺のまま戦場を生き抜く術を教えてもらえる上に、今までほとんど触れる事の無かった魔術の勉強。
そしてなにより、僕の奴隷解放に付き合ってくれると言っているのだ。
僕にしか得が無いように思えて、非常に薄気味悪いが……
更に言えば、全て上手く行けばという条件付きだが。
「そうか、協力してくれるか! ならば私も全力で挑まなければな! あぁ、“黒い死神”と呼ばれた黒鎧がついに我が手元に……やはりメカだよメカ! 色々調べさせてもらうぞ? そうじゃないと装備が作れないからな。 あぁもう、今から楽しみで仕方がない!」
ワキワキと指を動かすタミィ王子は、とても興奮した様子で鼻息を荒くしておられる。
あぁ、これアレだ。
メカオタクだ。
戦場がどうとか勇者の待遇がどうとか言っていたけど、僕がヴィンセントみたいな“剣の勇者”とかだったら微塵も興味を示さなかった事だろう。
つまりコイツもまた、スミノ王子とは違う部類の“変態”なのだ。
まぁ、今回は僕にもメリットがあるみたいだから良いけどさぁ……
「あれ? ていうか今何て言いました? タミィ王子、“黒い死神”って言いましたよね?」
色々聞き捨てならない単語を聞いた気がする。
いつかは探したい、出会ってみたいと思っていた“死神”を名乗る勇者。
是非ご対面して、目の前でプークスクスして上げたかったのだが……
何故だろうか、非常に嫌な汗が流れ始めた。
「ん? 君は自分の呼ばれている二つ名も知らないのか? 『黒い死神』、または『死を呼ぶ黒鎧』なんて呼ばれているぞ?」
その一言に色々と思考がぶっ飛んだ。
中二病男子はやっぱり面白いなぁ、なんて思ってごめんなさい。
どうやら僕が最高出力の中二病名やっていたみたいです。
黒い死神って、死を呼ぶ黒鎧って。
名前の最初と最後に十字架とかついちゃう?
普段真っ黒い衣装とか身にまとっちゃってる?
はい、支給された奴隷服が真っ黒でした。
「ウソダ〇ンドコドーン!」
思わず頭を抱え、思わず叫んでしまった。
「ク、クロエ!? どうしたの!?」
「クロエ様!? お気を確かに!」
シアとルシュフさんが慌てて僕に寄り添ってくる状況が発生し、右肩に乗ったラニだけは薄笑いを浮かべていた。
「いやぁ、いつ気付くかなぁって思っていましたけど。 意外と平和に解決しましたね? ネコさんがせせら笑っていた死神さんは、ネコさん自身だったという訳ですね。 いやぁ人生とはままならないモノですねぇ、死神さん? あ、でも人が勝手に呼んでいるだけですからお気になさらず、黒い死神さん」
まさにプークスクス! という感じで、ラニが非常に楽しそうに言葉を紡いでおられる。
コイツ、絶対知っていて黙ってやがったな?
よし潰そう、今すぐ潰そう。
「ホラネコさん! 今は今後の話です! 死神がどうか気にしている場合じゃありません! 諦めて“黒い死神”の二つ名を受け入れてください!」
「うっさい! 死ね! お前なんか嫌いだ!」
王族が目の前に居ると言うのに、僕達は応接室を駆け巡った。
ひたすら虫を潰すようパンパン手を叩く僕と、逃げ回るラニによる決戦がしばらく続いたのであった。




