金色のキノコの様なタケノコ
「おはようございます、クロエ様」
「おはようございま……す」
重たい瞼をこじ開けると、ベッドの隣にはルシュフさんが立っていた。
何故か土鍋を持って。
「あの……それは?」
「お粥です、それからこちらはスポーツドリンクと二日酔いのお薬になります。 お辛いでしょうから、今日はここでお食事に致しましょう。 無理せず、食べられるだけで構いません」
「あぁそういう……なんというか、気を使わせてしまってすみません」
昨日黒鎧を使ったせいで、相も変わらずぶっ倒れた僕。
その後の後遺症も当然知られているので、こうして用意してもらったという訳か。
本当に、至れり尽くせりである。
とはいえ今回は――
「いつもより顔色がよろしいですね? 魔力を残した状態で鎧を解除なされたのですか?」
ルシュフさんも違いに気づいたらしく、僕の顔を覗き込んで来た。
彼女の言ったように、前に比べてずっと気分がいい。
そして魔力を残したのかと聞かれれば……正直わからん。
いつもの様に「あ、無理」ってなって強制解除させられたのだが、今日はそこまで酷くない。
ちょっと頭痛が残ってるかなぁってくらいで、普段通りの生活が送れそうな体調である。
「魔力の事は良く分からないですけど、前よりずっと気分がいいですね。 体が慣れたんですかね?」
あはは、と乾いた笑いを漏らしながらお粥を受け取ろうと腕を伸ばす。
が、ひょいっと避けられてしまった。
あれ? と思って避けた先の土鍋へもう一度手を伸ばすと、これまた避けられる。
何故。
「クロエ様、無理は良くありません」
「い、いえ。 別に無理はしていませんけど……」
なんて事を話している内に、ベッド脇のテーブルへ土鍋を下ろし食事の準備を進めるルシュフさん。
そして僕の体に腕を回すと、よいしょっと声を上げながらベッドの背もたれの部分へと移動させられてしまった。
「ではクロエ様、あーん」
「自分で食べられますよ? 今日はそこまで二日酔い残ってませんし」
「あーん」
どうやら聞いてくれないらしい。
ルシュフさんが完全に介護体制だ。
ここまで来ると問答するのも時間の無駄になってしまいそうなので、大人しく口を開けた。
「少し冷ましてはありますが、熱かったら言ってくださいね?」
そう言ってから、木製のスプーンに乗ったお粥が口の中に侵入してくる。
煮詰めた野菜の甘味と、しっかりとダシの聞いたお米。
うん、いつも通り文句なしに美味しい。
ただちょっと一口ずつ「あーん」されるのは慣れないが。
「美味しいです」
「それは良かった、無理しない程度に食べましょうね」
そう言ってほほ笑むルシュフさん。
これはアレだ、介護ではなく子ども扱いだ。
「あの……自分で食べられますけど」
「はい、あーん」
「……あーん」
聞き入れてくれない、悲しい。
凄くいい笑顔なので断りにくいし。
なんていうやり取りをしながら食事を続けていると、閉まっていた扉がガチャリと音を立ててぎこちなく開いた。
まるで小さな子供背伸びしてドアノブを捻ったみたいに、ガチャガチャとノブは異音を立てて扉がゆっくりと開いていく。
そして。
「わんっ!」
「紅ショウガ!」
扉の向こうから、愛犬の姿が飛び出してきた。
世にも珍しい異世界ワンコを調べる為に、王様の元へと送られていた筈なのだが。
もう検査が終わって返却されたという事なのだろうか?
とにかく久々に再会出来た紅ショウガが、うれしそうに僕の膝の上に飛び乗って来た。
相変わらずのホフホフっぷり。
昔に比べれば少しは成長した……かな?
なんて思ってはいるのだが、多分コレ太っただけだ。
全長という意味ではあんまり変わっていない。
「ネコさん起きましたか! 御覧の通り紅ショウガが帰って来た報告と、もう一件緊急の報告があります!」
声の方へ視線を向ければ、ドアノブにへばりついたラニの姿が。
なるほど、ノブを彼女が回して紅ショウガが扉を開けたのか。
非情に真面目な顔して喋っているが、態勢が凄い事になっているのでとても間抜けだ。
「ラニ様、紅ショウガ。 今クロエ様はお食事中です、もう少しお静かにお願いいたします」
ルシュフさんがピシャリと言い放てば、紅ショウガは彼女の足元に降り立ち「くぅーん」と悲しそうな声を上げながらお座りし始めた。
紅ショウガ、出来る子。
だと言うのに、もう一方は無遠慮にこちらに向かって飛んでくる始末だ。
「いや、それどころじゃ……とりあえず食べながらでも良いので聞いてください! ネコさんこのままじゃ不味いです! この国の王族は変態ばかり――」
「クロエ様、あーん」
「あーん」
「一旦食べるの止めてくれませんかね!?」
さっき食べながらで良いって言ったばかりだというのに、忙しい奴だ。
やれやれと呆れた視線を向けていると、ラニは僕の肩に飛んできてガシガシと髪の毛を引っ張り始めた。
それ地味に痛いから止めて?
右のもみあげだけ無くなっちゃったらどうするの?
「もみあげの心配よりご自身の安全を気にしてください! とにかく今日はこの部屋から一刻も早く――」
「あーん」
「ん」
「食事をやめろぉぉ!」
相も変わらず騒がしい妖精を肩に乗せながらお粥をパクついていると、再び扉が開いた。
今度はスパーン! と音を立てて、凄い勢いで。
「クロエ! 来たわよ!」
「あ、どうもシア様」
「遅かったぁぁぁ!」
良く分からないが、随分と賑やかになってしまった。
マイペースを貫いてひたすら「あーん」してくるルシュフさんに、その足元で僕を見上げている紅ショウガ。
一瞬ルシュフさんの足を齧っている様にも見えたが、今の様子を見ると見間違いだったようだ。
今では静かにお座りの態勢で、こちらを見上げている。
そして僕の肩で悶絶している煩い妖精に、昨日に引き続き突入してきて物凄い笑顔を向けてくるシア様。
なんだろう、朝からここまで賑やかなのは初めてだ。
とはいえ、悪い気はしない。
友人と呼べる人たちに朝から囲まれるなんて、僕の人生経験ではありえない事だったのだ。
なんかもう、このままピクニックとか行きたい。
「そんな呑気な事言っている場合じゃないですよ! ネコさん騙されないで下さい! アレは変態です!」
言ってないよ、考えてるだけだよ。
「なっ!? 相変わらず失礼な妖精ね! 私のどこを見れば変態という言葉が出てくるのかしら!? あ、それからクロエ。 “様”とかいらないから、シアって呼んで」
「どこを見ればって、そりゃ頭の中を見ればに決まってますよ! 何ですかその脳内百合畑は! 全部収穫してから会いに来てください!」
なんか良く分からないけど、凄い盛り上がっている。
いいなぁ、というかラニはいつシア様と仲良くなったんだろう。
あ、様はいらないって言ってるし“シア”って呼んだ方がいいのかな。
「クロエ様、あーん」
「あ、はい」
こっちもこっちで我関せずだし。
というか仮にもお姫様が来ているのに、無視っていいのだろうか。
なんて事を考えていると、開けっ放しの扉のノックする音が響く。
しかしこちらからは腕しか見えず、相手は室内に入ってこようとはしない。
なんだろう、ていうか誰。
入ってくればいいのに。
昨日もいたブルーノっていう従者さんかな? それともクラウスさんが来たのかな。
「朝から失礼クロエ殿、急な来訪を謝罪しよう。 まずは自己紹介を……と言いたい所だが、顔を合わせてからの方が良いだろう。 応接室で待たせてもらうので、準備が終わったら来てもらってよろしいか? 流石に寝間着姿の女性の部屋に入る程、無礼者にはなりなくない」
それだけ言ってから、足音が遠のいていく。
聞いた事ない男の人の声だった、本当に誰。
というか言われて気づいたけど、僕まだ寝起きなんだよね。
どうやら気を使わせてしまったらしい。
そして寝間着姿って断言したって事は、既に見られてしまったらしい。
寝ぐせとか、立ってなければいいなぁ……
「クロエ様」
「あ、はい。 あーん」
朝から色々忙しくなってしまったが、とりあえず僕は朝食を続けたのであった。
――――
「お待たせしました」
そう声を掛けながら応接室に入れば、先程の男性? にクラウスさんが給仕を行っていた。
僕が入って来た瞬間、ニコリと小さく微笑むクラウスさんは今日もナイスガイ。
そして給仕を受けている相手はと言えば……一言で表すなら、タケノコ?
見た瞬間吹き出しそうになってしまった。
だって髪型がタケノコなのだ。
どういう美的センスをしていればそのヘアスタイルをチョイスするのか、ちょっと僕には理解できない。
ピンと天を向いた金髪のヘヤーが、一つにまとめて固められている。
スーパーサ〇ヤ人の髪型の、枝分かれした部分を全て庭師が剪定したような髪型だった。
つまり髪が一つにまとめられ天を仰いでいる。
この人に脳天から頭突きされたら刺さりそう。
「うむ、あぁいや。 気にしないでくれ、私が急に押し掛けた訳だからな。 謝罪は不要だ。 むしろこちらが謝罪するべきだろう、すまなかった」
そう言って立ち上がるスーパータケノコ頭が、ペコリと腰を追って切っ先をこちらに向けてくる。
謝っているのだか威嚇しているのだか分かったもんじゃない。
今すぐその尖った部位を他所へ向けてくれ。
「お、お兄様!? 何ですかその髪型は! あれ程失礼が無いように申し上げましたのに、何を考えているのですか!? 今すぐそのふざけた凶器を天に向けて下さいまし!」
後から入って来たシアが、目を丸くして叫んだ。
あぁ良かった、僕の感覚がおかしい訳じゃないのか。
こんな人が街中にいっぱい繁殖していたら、異世界に色んな意味で絶望を覚える所だった。
「む? これはダメか? 最近は髪を逆立てるのが流行っていると聞いたのでな、思い切って見たのだが。 仕方ない、普段通りに戻そう」
「今すぐ戻してください、刺さりそうです」
どうやらシアのお兄さんらしい彼が、ため息を溢しながら指をパッチン。
するとあら不思議。
なんという事でしょう、さっきまで尖りに尖っていたタケノコが、今ではサラサラのキノコ頭に変貌したではありませんか。
これも魔法なのだろうか。
とても下らない上に、キノコタケノコ戦争において両者に喧嘩を売った様な人物だ。
今では黒ぶち眼鏡をクイクイしておられるが、夜道には気を付けた方がいいだろう。
「改めまして、私は第二王子……今は第一と言われているが。 タミィ・フル・ストロング。 以後お見知りおきを」
そう言って再び頭を下げる。
今度はキノコ、脅威は感じない。
というか名前が凄い。
コイツ、劇薬だ。
詰まる話毒キノコか。
間違った使い方をしたり、人によっては適量でも幻影とか見ちゃうヤツだ。
……いや、今は置いておこう。
「って、え? 今王子って言いました? つまりスミノ王子の弟さん?」
そう言い放つ僕の肩に、ルシュフさんが手を添え首を横に振った。
彼女を見て、あっと思わず声を上げてしまう。
あの人は僕を迎えに? 救いに? 来た後王様に激怒され、身分を剥奪されてしまったのだった。
ソフィーとアイリは無事解放されたみたいだけど、スミノ王子も無事にやっているかな。
ちょっとだけ、心残りだ。
無事に元気でやっていた場合、また「僕を殴ってくれ!」とか言ってきそうで怖いが。
「あぁ、今ではそう公言する事も許されていないが、ここでは構わないだろう。 第一王子スミノ王子の弟、そしてそこに居るアレクシアの兄、第一王女であるアドレアンヌの弟にあたる。 以後お見知りおきを、クロエ殿」
王族にしてはやけに低姿勢な薬品キノコさんに、思わず頬が引きつるのを感じた。
あぁもう、絶対面倒くさい事になるやつじゃんコレ。




