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王族


 「それで、報告は以上か?」


 偉そうに踏ん反り返る父さまの声が、失望の色を含んで投げかけられる。

 この人はいちいち人の事を見下さないと生きていけないのだろうか?

 話せば話す程に疲れてくる。


 「はい、私が街で見たモノは以上です」


 そう言って頭を垂れ、このまま撤退しようかと思った所で場違いな高笑いが響き渡った。

 最悪だ、まさかこの人に見つかるなんて。


 「いつもの我儘で護衛も付けずに街に出た挙句、魔獣に襲われ勇者に尻ぬぐいをさせた。その上、件の魔獣の出所も分からなければ、特殊個体のワイルドモンキーを挽肉に変えただけ。 全く、我が妹ながら情けない限りですね。 アクレシア」


 やけに化粧の濃い上、どこから仕入れて来たのかと言いたくなる程フリルモリモリ宝石モリモリのドレスを来た馬鹿女が登場した。

 私の姉、アドレアンヌ第一王女。

 皆からはアンヌと呼ばれているケバい人、くらいの印象しか残っていない。

 家族とはいえほとんど私と接する事も無ければ、話した事もほとんどない。

 なんでもお茶会やら何やらでずっと忙しいらしい。

 全く持ってどうでもいいが、針金でも入っているんじゃないかというブロンドの縦ロールが、今日も元気に揺れておられる。


 「せめてどこの誰がそんなものを引き入れたのかくらい調査すべきでなくて? あぁでも、あの“出来損ない”と一緒じゃそこまでの余裕もなかったのかしらね。 駄目ね、ポンコツとポンコツを組み合わせても、ろくな仕事が出来ないわ」


 そう言って演技がかった動作のまま盛大なため息吐くアンヌ王女。

 お前みたいに男の気を引く活動ばかり続けていれば、そりゃこんな事態には巻き込まれませんよね。

 いっつもダース単位で護衛を連れて、城とお招きされたお家にしか出かけませんものね。

 なんて言えれば良かったのだが、立場上そんな事は口が裂けても言えない。

 これでもこの人はストロング家の第一王女であり、“あんな見た目”でも優秀な魔法使いなのだ。


 「申し訳ございませんでした、アドレアンヌ王女様。 しかし、クロエを出来損ない呼ばわりは止めてくださいまし。 彼女は私を守り、特殊個体でさえ軽々と討伐してみせたのですから」


 「あら、私に口答えとは珍しい。 貴女は素直に言う事を聞いているのが長所だったのではなくて?」


 余りにも見下した態度。

 あの歪んだ顔を外で一瞬でも出せば、姉に対する求婚なんてピタッと止まってくれるだろうに。

 そしたら少しくらい悔しがる顔を見られた事であろうに、彼女は外っ面がとんでもなく良いのだ。

 悔しい事に。


 「止めないかアンヌ。 確かに半刻も持たない勇者には改めて失望したが、それはシアのせいではない。 あまり妹を責めてやるな」


 「あら、お父様はお優しいのですわね? 剣も魔法も中途半端なシアの事なんて、この際放っておけばいいのに」


 「そうは言うが、私の娘なのだ。 例え出来が悪くとも、な」


 本当に、一言多い。

 間に入るにしても、もう少し言い方と言うモノがあるだろうに。

 これでは私を陥れる茶番にしか見えない。

 まぁ実際その通りなのかもしれないが。

 父上は、どう足掻いても実力主義者なのだから。

 しかもどれ程金を生み出せるか、その一点しか考えていない王なのだ。


 「その辺にしたらどうですか? 父上も、アンヌ姉さまも。 シアがどうこうの前に、聞いていて耳障りです。 一国の王ともあろうお方が、人の悪口をベラベラ喋っているなど」


 そう言って登場したのは、私の兄である第二王子。

 タミィ・フル・ストロング。

 いや、今は第一王子か。

 この人は常に厳しい言葉も言いづらい事もズバズバ言ってのける。

 そしてスミノお兄様の次に、信用のおける相手でもあるのだ。


 「あらあら、口が過ぎますよタミィ。 仮にも王子ともあろう人が、お父様にその様な口の利き方。 やはり戦略関係に頭が回るだけで、自身に才能がない子というのは皆こうなのかしら?」


 それでも効かないアンヌ王女は色々ともう凄いと思う。

 主に悪い意味で。

 そしてこの二人は昔から犬猿の仲。

 最近は私が顔を合わせない位にアンヌ王女が出掛けているので被害はなかったが、昔はよくアンヌ王女が言い負かされて魔法をぶっ放していたものだ。


 「事実を言ったまでです。 そして父上、そこまで“出来損ない”と仰るならもう解放してしまってもよろしいのでは? 半刻以下しか動けない勇者などと情報が洩れれば、それこそ一大事でしょう」


 コイツもクロエを悪く言うのか。

 ギリッと奥歯を噛みしめながらタミィ王子を睨めば、チラッとこちらに見た後ウインクされた。

 え、何?


 「とはいえ今我が国には他の勇者がおらん。 建前だけでも用意しておかなければ――」


 「では、“他の勇者”が居ればよろしいのですね?」


 何か話の雲行きがおかしくなり始めたのだが。

 タミィ王子は戦略家……というか、単純に人望が厚い。

 自身の持つ戦力を如何に失わせず戦うかという作戦を常に考え、彼の下に着く騎士や兵士は基本的に士気が高いのだ。

 だが、他の事にほとんど興味を示さない事で有名だ。

 その彼が、何故“クロエを解放する事”に食いついているのか。

 一体何を考えているのだろう。


 「そうじゃな……もう少し使える者であれば良いのだが」


 「後は解放金を支払われない限り、解放は出来ないと」


 「まぁその通りだ。 だがあの勇者の解放金は恐ろしい程の金額を設定しておる。 そう易々と自由になれる事など――」


 「でしょうね。 なので他の勇者を用意した場合、彼女の身柄は私に預けてもらいたいのです。 僕とて王族、あの奴隷を所持する権利はあるでしょう?」


 「ふむ……それは構わんが、珍しいな」


 おい、待て。

 何がどうなっている?

 今の話だとタミィ兄さまの戦略で戦果を上げ、相手国の勇者を捕獲できればクロエは兄さまの物、という風に聞こえるんだが。

 この人の事だ、新しい無所属勇者を拾ってくるなんて甘い考えではないのだろう。

 だってクロエ達が召喚されたのがごく最近なのだ。

 次の勇者召喚の義だって、早々行えるものではない。


 「では、そう言う事で。 シア、お前は私と来なさい。 説教だ」


 「は、はぁ……」


 何やら良く分からない状況のまま事態は終わり、私は玉座の間から退室する流れとなった。

 その際後ろから「半端者通し仲良くねぇ」なんて頭に来る声が聞こえて来たが、とりあえず無視して扉の外へと歩み出た。

 そして。


 「シア、私にクロエ殿を紹介してくれ」


 「あの、本当に意味がわからないんですけど?」


 父上とアンヌ王女の目が無くなった瞬間、タミィ兄さまに詰め寄られてしまった。

 非情に目が怖い。

 眼鏡の奥で光る眼差しに、女性受けしないだろうと思われるおかっぱヘアスタイル。

 そんな彼が鼻息荒げて、私に詰め寄って来たのだ。


 「その代わり、クロエ殿を自由にする手助けをする。 大丈夫だ、私の予想では近々戦争が起こる。 人間同士のな」


 「あの、言っている意味が良く……というかクロエを解放するなんて、私言いましたっけ?」


 非情に鼻息が荒い。

 普段との豹変ぶりにドン引きし、思わず壁際まで後退してしまった。

 なるほど確かに。

 堅物のタミィ王子は女に興味がないなんて言われているが、興味を持った兄さまも気持ちが悪い。

 これでは誰も嫁になど来てくれない事だろう。


 「では逆に聞くが、お前は“友人”をいつまでも奴隷として近くに縛っておくつもりか?」


 「なっ!?」


 「追跡の魔術で見せて貰った、随分と仲良さそう……というか楽しそうだったじゃないか。 お前にしては珍しい」


 「なぁっ!? はぁ!?」


 このストーカー野郎!

 なんて叫びたくなったが、それをやっては色々と不味い。

 グッと堪え、タミィ王子を睨みつけた。


 「スミノ兄様の居ない今、父上とアンヌはやりたい放題だ。 しかし、それでは崩れる。 騎士達なんて特に、父上直属の者以外は皆兄様を慕っていたからな。 だからこそ、このままでは……次の戦争で負ける。 私の予想では、父上は派手にやりすぎた。 周辺国を安く見過ぎたのだ」


 キリッとばかりに眼鏡を押し上げるモテない戦術オタクは、そう言って白い歯を見せた。


 「私は瞬発的だったとしても驚異的な火力が出せる彼女が欲しい。 人間同士の戦争というのは、魔獣以上に“恐怖の対象”が必要なのだ」


 「は、はぁ……」


 何か凄く語られているんだが、私はどうすればいいのだろうか。

 私自身次にクロエに会いに行く時どんな顔をすればいいのか分からないというのに。

 本日しでかした失敗の謝罪と、救ってくれた事のお礼。

 それから……友人になる事の申し込みと、雰囲気さえ良ければ更にその先へ。

 今思い出しても頬が熱くなる。

 あの鋭い眼差しに、幼さが残る顔立ち。

 そんな彼女が笑った時なんてもう、もうね。

 更に彼女はあの“黒鎧”なのだ。

 色々ヤバイ。

 スミノ兄様が惚れ込んだ理由も分かるというものだ。

 圧倒的な力、ピンチに駆けつけるという運命的な力。

 そこに彼女のたどたどしい言葉がセットなのだ。

 もはや全てがボーナスステージだ。


 「シア、大丈夫か? とても気持ち悪い顔をしているが」


 「し、失礼ですね! 気持ち悪い顔などしていません!」


 「いや、なんというか……まるでスミノ兄様の様な顔を」


 「それは不味いですわね……」


 これはちょっと、気を引き締めないと。

 スミノお兄様の様になっては、私も後を追いかねませんし。


 「と、とにかく紹介の件は了解しましたわ。 明日にでも話してみましょう、ただ手土産と交渉材料はお忘れなく」


 「ほぉ、そこまでか?」


 「当然ですわ、あの方は私の騎士として正式に任命したいほどの逸材。 だと言うのに心を閉ざして奴隷という楔に繋がれ、今もなお泣いておられるのですよ? そんな所にタミィ兄さまの様な男性が訪れて、警戒しないと思われますか?」


 あぁ、可哀そうなクロエ。

 私が絶対にその籠から解き放ってあげますからね。

 その暁には、私と共に……ぐへへ。


 「うむ……とにかく了解した、明日までに身なりを整えておこう。 して、彼女の好物を教えてもらっていいか?」


 「……それは私も調べている最中ですわ」


 「そうか……なるほど確かに。 スミノ兄様を虜にしておいて放置しただけあって、難攻不落という訳だ。 よし、明日は様子見がてら質の良いモノを用意しておこう。 反応を見て、次の機会に生かせば良いだけの話だ」


 「ですね、私の方でも色々探ってみますわ」


 そんな会話を繰り広げ、私達はガシッと強く握手を交わした。

 クロエを解放する。

 それを大前提に私は彼女の好意を引き、タミィ兄さまは彼女の協力を求める。

 ここに、クロエ同盟が誕生した。


 「間違っても高圧的な態度など取らぬようにお願いします」


 「分かっているさ、むしろ私はそう言うのが苦手だ。 フランクに、親しみやすいように接すると誓おう」


 クックックと悪い笑みを浮かべる二人は、窓辺で眺めている存在が居る事に気が付かなかった。

 普通の人間サイズであれば、かなり怪しい行動を取っていた人物であったのだが、幸い全長が小さいため目立たずに済んだのであろう。


 「不味い、不味いです。 ネコさんがまた変態に狙われています。 早く教えてあげないと……」


 こうして、ストロング王国の長い一日は終わった。

 王女が城を勝手に抜け出したり、密入した魔物が街中で暴れたり。

 はたまた第二王女と第二王子が結託したりと、かなり忙しい日になった訳だが。

 騒ぎの中心とも言える人物は、現在魔力切れによりぶっ倒れ、床に伏せって居る。

 なんだろう、本来もう少し主人公というものは活発に動き回るものではないのか。

 そんな事を思いながら、妖精は窓からいつもの部屋へと飛び立ったのであった。

 明日はきっと二日酔いだろう。

ならせめて厨房の人にお薬の調達と胃に優しい物でもお願いしておこう。

 そんな事を思いながら妖精は城内を飛び回り、パートナーの元へと帰るのであった。


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