我儘姫
「えーっと……はい、まずはどちら様でしょう?」
13~15歳くらいに見える絶世の美少女、とでも言えばいいだろうか?
顔の輪郭とか雰囲気は大人っぽいんだけど、身長が僕と同じぐらいだ。
とはいえ人の年齢を当てるのって得意じゃないので、全くの見当はずれかもしれないが。
こっちの人はね、日本人と違って全体的に大人っぽいから余計ね。
特に胸部が強い、結構な割合で皆強い。
きっと肉だよ肉、いっつもいいお肉食べてるんだ。
環境も見た目も僕とは大違いだよ。
なんて事を思いながら、彼女の一部に視線を送って居ると。
「喜びなさい! 私が直々に来てあげたのよ!」
「あ、はい。 どうも?」
ズイッと胸を張る銀髪少女。
跳ねた、今跳ねたよ。
どうやったらあんなにおっきくなるの?
「あんまり嬉しそうじゃないわね……」
「そんなことない、ですかね?」
よく分からないが、この子は身分が高いのだろう。
私を知らないの? これだから田舎者は……みたいな悪役令嬢的な顔をされている。
とはいえ、とてつもなく可愛い。
目つきとか鋭いけど、身長低いのに巨乳だし。
髪めっちゃ綺麗な上サラサラロングだし。
遊びに来たみたいに言っていたけど、僕同じ空間に居ていいんですかね?
なんてよく分からない感想を浮かべながら、両手を上げて大げさに喜びを表現するが……これでは脅されて両手を上げている様にしか見えないかもしれない。
どうしようか、この空気。
なんかちょっと面倒くさくなって来たぞ?
「貴女も……やっぱり私に遜るの?」
「はい?」
どういう意味合いだろうか。
お前は駄目な人間なのか? と聞かれているなら間違いなくイエスと答えるだろうが。
一人になった瞬間何していいか分からなくなっちゃったし、誰かに助けてもらわないと生きていけないし。
たまに鎧を使って暴れまわるだけのダメ人間なのは間違いないだろう。
とは言え、この事態をどうしたものか……
「クロエ様」
落ち着いた声が、開けっ放しの扉の方から聞こえて来た。
いつの間に登場したのか、部屋の前でルシュフさんが静かに頭を下げていた。
足音とかしたかな? 全然気づかなかった。
「こちらはストロング王国の第二王女、アレクシア・フル・ストロング様でございます」
へぇ、つまりお姫様?
プリンセスとか初めて見た。
というかあの強欲爺の遺伝子からこんな可愛い子が生まれるんだ。
「つまり、偉い人って事ですかね。 どうも、黒江です」
ペコッと頭を下げてみれば、彼女の後ろに居た男性が青筋を立てながら近寄って来た。
「貴様、無礼にも程があるだろうが! いつまでベッドに座っている!? さっさと跪け!」
あーアレかな? 片膝ついてペコッてするヤツ。
あっちの方が良かったのか、というか貴族の礼儀とか知らないし。
今の所教えてもらったのテーブルマナーだけだし、まぁぶっちゃけどうでもいいけど。
あの王様が僕をそう言う場に呼ぶとも思えないので。
「ブルーノ、止めなさい。 私はそういうのが一番嫌いだと、何度言ったら分かるんですか?」
「しかし!」
何やらお姫様の後ろに立っていたガタイのいい男性とモメ始めてしまった。
そういうのは他所でやってくれ。
権力がどうとか、立場がどうだとか、そういうのもうお腹いっぱいなので。
なんて事を思いながら、一つため息を溢すと。
「ねぇクロエ、貴女今日暇かしら?」
「は? えっと、まぁ特に命令は来てませんので……」
「じゃぁ決まりね!」
彼女の中で何かが決定したらしい。
何させられるの? テラスでお茶会とかさせられたり?
ちょっとご勘弁願いたい所なんだが。
「ブルーノ、馬車を準備しなさい! 街に繰り出すわよ!」
はい?
「お、お待ちください! いきなりそんな事を仰られても……というか、優良奴隷とはいえ、外出には許可が必要でして――」
「あぁ貴方はいつも融通が利かないわね! そこのメイド! 代わりに申請を出してきなさい! 私が大いに我儘を言った結果という報告で良いからいち早く!」
「……かしこまりました」
何やら良く分からない展開になって来た。
とりあえず目の前のお嬢様が偉く我儘というか、お転婆なのは分かったが……ルシュフさんが大人しく従っている事から、姫様って事には間違いないんだろうけど。
というか今回も音もなくルシュフさん消えたよね、何なのあのメイドは。
やっぱりメイド最強設定なの?
「さぁ! 行くわよクロエ!」
そう言いながら差し出された手を思わず掴むと、良い勢いで引っ張り上げられた。
結構力強いし、本当にお姫様?
「えっと、どこへ?」
珍しく同じくらいの身長の相手に、正面から見つめてみれば……彼女は悪役令嬢御用達の悪い笑みを浮かべる。
「決まっているじゃない、街と言えば……遊ぶのよ! 私と二人で楽しみましょう!」
「……はい?」
全くもって乗り気がしないが、どうやら僕は……人生で初めてデートのお誘いを受けてしまった様だ。
女同士だけど。
――――
結果から言えば許可は出た。
出たのだが……
「言ったでしょ? 二人でって」
そんな彼女の発言の元、準備中だった馬車と護衛の目を避ける様に、僕は城の外へ引っ張って行かれた。
いいのかな、コレ。
やけに活発なお姫様に手を引かれたまま走っていると、路地を曲がったところに深いお辞儀をしたクラウスさんとエンカウント。
「うっ……流石ですわね。 もう捕まってしまうとは……」
なにやら意味深な発言をクラウスさんは笑顔で受け流し、こちらに向かって歩み寄り小さな袋を差し出してきた。
「クロエ様、お忘れ物ですよ? 本日のお小遣いです、コレを使い切らない程度にお楽しみください。 では、私は失礼いたします」
それだけ言って、彼は城の方へと静かに去っていく。
完全に子供扱いだった、というか孫にお小遣いをあげるお爺ちゃんみたいな顔してた。
いいのかコレ、貰っちゃっていいのか。
確かに今は身分証もまた預けちゃって、僕はお支払い出来ない立場にある訳だが。
というかもうね、“使い切らない程度に”って所が完全に子供のお小遣いよね。
「ふふ、流石は二つ名持ち。 話が分かるじゃない」
「え? クラウスさんって、二つ名があるんですか? 執事なのに?」
キョトンとしながら彼女の方を振り返れば、やれやれと言ったため息をつきながらこちらを向き直って来た。
「そんな事まで教えてないなんて……本当に貴女に情報を与えたくないのね、父上は」
「なんかすみません」
「貴女が謝ってどうするの! 悪いのは国と権力者。 まぁ私もその一人だからあんまり大きな口はきけないんだけどね。 これから分からない事は何でも私に聞きなさい!」
「えぇっと、はい……」
まぁいいや! とばかりにニカッと笑った姫様は再び僕の腕を引っ張り始める。
実に楽しそうに生き生きと走る彼女を見て、何となく羨ましいと感じてしまった。
“向こう側”でも、僕はこんな風に生きたことはない。
友達と一緒に、笑いながらお出かけをする。
そんな小さな願いさえ叶えられなかった僕が、まさか“こっち側”でそれっぽい経験をするとは思ってもみなかった。
なんとも、人生とはままならいものだ。
「クロエ、何難しい顔してるのよ?」
不思議そうな顔を浮かべ、姫様は首を傾げながらこちらを振り返った。
身分がどうとか、そういうものを気にしなければ僕たちは“そういう関係”になれるのだろうか?
いや、流石に無理か。
この人は僕の事を知らないからこうして付き合ってくれているだけで、女性らしい一面の一つも持っていないと分かれば、きっと離れて行ってしまうのだろう。
「いえ、なんでもありません」
だからこそ、僕は無理にでも笑った。
別に気に入られたかった訳ではないが、お姫様のご機嫌ぐらい取っておいた方がいいだろう。
そんな事を考えながら、微笑みを浮かべたのだが。
「その顔、嫌」
ブニッと両頬を引っ張られてしまった。
痛い。
というか顔は純正品から変更不能なので、嫌といわれても困ってしまうのだが。
「いきなり心を許せとは言わないわ。 でも無理に笑顔を作らないで、そういうの嫌いなの。 つまらないとか、困ったというならそれを表に出してちょうだい。 身分を気にしていちいちお伺い立てられると、私も疲れるのよ。 貴女異世界人でしょ? なら身分とか気にしなくていいわ!」
鋭い目つきのまま、ドヤッとばかりに胸をはるお姫様。
何というか偉いというのも苦労するものなんだな、と。
「それに、王族だからと言っても私が凄い訳ではないもの。 親が凄いだけ。 だから私に敬意を払う必要なんてないわ! 同じくらいの年齢のお友達だと思って普通に接してちょうだい! って、いきなり言われても困るかしら。 今までもそうだったし、やっぱり肩書って気にしちゃうわよね」
あははっと困り顔で笑う彼女を見て、何となく共感してしまった。
普通とは違う自分という存在、それは周りも馴染めないし理解してもくれない。
だからこそ、孤立してしまう。
彼女の場合本当の意味で孤立した訳ではないのだろうが、それでも心境としては似たような物だろう。
“特別”という言葉の呪い、とでも言えばいいのか。
彼女からは、そんな匂いがした。
僕とは全く逆の、どこか似たその雰囲気。
「今までもそうだったのよね、皆媚を売ってくるみたいな接し方で。 中には友達面して、色々と聞き出そうとする奴も居たくらい。 そういう奴らを片っ端から責めたれば、世にいう『我儘姫』の出来上がりって訳。 全く嫌になっちゃうわよね、まるで私が機嫌を損ねると友達すら罰するみたいな言われ方で」
そんな事を呟く彼女の顔は再び困り顔で笑みを溢していたが、まるで今にも泣きそうな程脆く見えた。
もう諦めている。
だというのに僅かな希望に縋るようなその瞳は、毎日の様に鏡で見て来たどこかの大馬鹿者とよく似ていた気がする。
「だったらこの世界の外側から来た人になら、そういう事も関係なしに仲良くなれるんじゃないかって、そう思ったの。 それが貴女の所へ行った理由……あはは、やっぱり迷惑だったかしら?」
最初の勢いは何処へ行ったのやら、美しい銀色の少女は今にも泣きそうな表情を浮かべて笑っている。
考えていなかった訳ではないが、こちら側でもやはり“人の悩み”なんてものはそう“向こう側”と変わりないらしい。
そう思えば、不思議と笑みがこぼれた。
「いえ、そんな事ないです。 それじゃあ……僕はこの国に詳しくないので、まずは軽食を取れる場所にでも案内していただけませんか? アレクシア様」
キザっぽく片手を差し出してみれば、彼女は嬉しそうに僕の片手を握り返してきたのだった。
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