メイドは悩む
カチャカチャと、食器とシルバーのぶつかる小さな音だけが室内に響く。
室内には一緒に食事を楽しんでくれる人も居ない、非常に退屈で味気ないモノだ。
人が居ない訳ではない。
僕の左隣にはルシュフさんが待機している。
一緒の食事に誘っても、「メイドですので」と断られてしまったが。
そんな訳で、もくもくと一人で食べる。
見るからに上物のステーキが目の前にあるというのに、コレといって感想も浮かばないまま口の中に押しこんでいく。
口に入れれば味はする、普通においしい。
でも食事を楽しむというよりかは、栄養を取る為の行為という感覚に陥ってしまっていた。
「みんなで焼肉とか食べたいな……」
ボソッと呟けば、後ろの居たルシュフさんが心配そうな顔で覗き込んで来た。
「お口に合いませんでしたか? 焼肉の類もありますから、ご希望とあればお持ちしますが……」
「あ、いえ。 とてもおいしいので大丈夫です」
そう言えって笑えば、少しだけ俯いたルシュルさんが元の位置へと戻っていく。
ここの所、彼女はこんな風に遠慮した態度ばかり取る。
何か言いたい事があれば言って欲しいのに、「メイドだから」と言って何も答えてはくれない。
その行為が、余計に孤独感を増長させた。
昔は、“向こう側”に居たことはこんな風にゆっくり食事をする機会なんて少なかった。
それこそ学校の昼食くらいしか、こうして静かに食べた記憶はない。
朝ごはんは先生と取り合う様に食事をして、夕飯は結構な頻度で道場の人たちとも食事の席を共にした。
学校では生活環境や道場の事、そして僕自身の性格のせいで友達と呼べる者が居なかったし。
だから自然と道場の仲間達と触れあう機会も多かったのだ。
彼等彼女らは、はっきり言って危険人物ばかり。
容赦なく人の急所、しかも死ぬんじゃないかと思える場所ばかり全力で狙ってくる。
男の人はストリー〇ファイターに出てきそうなガタイしてるし、女の人は雌ゴリラだ。
そんな彼らでもご飯の時は優しかった。
皆して「お前は一番ちっこいんだから、いっぱい食べろ」とか言って、色んなものを僕に寄越してくる。
大体は食べ放題のお店だったが、それでも楽しかった。
色んな人に囲まれながら、ワイワイ騒ぎながら、安物だと分かり切っている食べ放題でも凄く美味しく感じられたのだ。
また……あんな風に。
「ごちそうさまでした」
「あの、もうよろしいんですか?」
「はい、お腹いっぱいです」
考え事をしている間に完食してしまい、席を立とうとした所でルシュフさんに声をかけられた。
笑顔で返事をしたつもりだったのに、また曇った顔をされてしまったが。
別に食べ物を残した訳でもないし、教わったテーブルマナーもしっかり守ったつもりだったんだが……やはり何か不味い事をやってしまったのだろうか。
「かしこまりました。 お下げしますね」
そう言って、彼女は無表情に戻って仕事を再開した。
「すみません、お願いします」
いつも通りひと声をかけてから、自室に戻る。
後片付けを全て彼女に任せるのは心苦しいが、手伝うと言っても拒否される事は確認済みだ。
なので大人しく与えられた部屋に戻り、支給されているブーツを脱ぎ捨てた。
「はぁ……」
ため息を溢しながらベッドに寝転がり、ここ最近で見慣れた豪華な天井を見上げる。
もうアレからどれくらい時間が経っただろう?
毎日こうしてベッドに転がり、王様から呼び出しが掛かれば戦地に向かう。
そんな事を何度も繰り返して、今僕は生きている。
「生きている……生かされている、の間違いですかね……」
誰が聞いている訳でもないので、最近独り言が増えた。
一人暮らしになるとこの現象に陥るって聞いた事があったが、どうやら本当だったらしい。
そんなどうでもいい事を考えながら、閉じた瞼に腕を乗せた。
「こんな豪勢な所に居るのに、昔よりずっと一人ですね。 僕は」
今は城の一角、といっていいんだろうか?
離れの塔の様な場所の住居を与えられ、周りには誰もいない。
お城と言われると色んな人が住み込みで働いているイメージが強かったのだが、どうやらこの塔は違うらしい。
中は自由に歩き回っていいとは言われているが、塔を抜け出そうとすれば嫌な顔をされるのでほとんど行った事が無い。
なのでここ最近、使用人として当てられた二人と顔を合わせるだけで、それ以外の人とはめっきり会う事がなくなってしまった。
その二人というのがクラウスさんとルシュフさん。
とはいえ人付き合いとか苦手だったし、引き籠っているだけでご飯が出てくる。
普通に考えればVIP待遇だ。
喜ぶべき環境なのかもしれないが、今の僕の心には何の喜びも浮かんでこなかった。
「つまらないなぁ……異世界」
もっと胸躍るモノかと、ちょっと期待していたのに。
とはいえ、先生と一緒に居た頃は退屈なんてする暇がなかった。
色んな所に引っ張りまわされ、トラブルに巻き込まれ、休みを寄越せとずっと思っていた。
だというのに一人になった途端これだ。
やはり異世界とはいえ、自分で行動しなければ変化は乏しいのか。
ここ最近はずっとこんな調子だ。
「紅ショウガ、元気かなぁ……」
この国に戻って来てすぐ、“こちら側”では珍しい紅ショウガは回収されてしまった。
危害は絶対に加えないと言っていたから、多分調べ終えたら帰ってくるとは思うのだが……
それにあの時現れた魔王が連れ去った異世界人。
あれは紛れもなく僕の両親だった。
二人の事も気になるが、奴隷一人で収集できる情報などほぼ無いと言っていいだろう。
例え奴隷でなかった場合も怪しいが。
そして相手は、あの“黒鎧”を一撃で破壊する様な化け物なのだ。
とてもじゃないが、勝てる未来が見えてこない。
「僕はどうすればいいんですかねぇ……先生」
答えてくれる筈のない人物に問いかけながら、ゆっくりと意識を手放そうとしたその時。
ズバンッ! と大きな音を立てて部屋の扉が開かれた。
誰だろう、クラウスさんやルシュフさんならこんな開け方しないし……
そんな事を思いながら気怠い体を起こせば、そこには見知らぬ二人の顔があった。
「貴女がクロエ?」
「えぇ、まぁ。 どちら様でしょうか?」
そこに居たのは銀色に近いブロンド……って言ったらいいのだろうか?
光の当たり方では銀髪に見える、けど日陰とかに入ればブロンドヘヤーに見える……みたいな?
こういう髪色を何ていうのか僕には分からないが、兎に角綺麗な髪色の少女が仁王立ちしている。
豪華なドレス、明らかに金のかかっていそうな装飾。
そして何よりも、平民では絶対あり得ないだろう綺麗な真っ白な肌と、艶のある癖のない髪を揺らしていた。
というか、この場所に居るんだから平民はそもそもあり得ないが。
ここ、お城の一角だし。
そしてその後ろには背の高い無言の男性が一人。
「喜びなさい! 異世界の勇者を私自ら見に来たわ!」
こいつはまた、とんでもない電波さんがご来場した模様だ。
――――
クロエ様が食事を終え、残された食器を片付けていく。
とても綺麗に食べる方だ。
少し前にテーブルマナーを教わったばかりだというのに、今では貴族の中に混じっても違和感のない程だろう。
むしろそれ以上だ。
米の一粒、スープの具材の欠片、ソースの一滴までも残すものかとばかりに食事を終える。
コレだけ聞けば貪欲というか、飢えた人間の様に聞こえるが……作った側としては気持ちのいいものだ。
そして多くの場合、貴族というのはそういった事を気にしたりはしない。
残そうが、食い散らかそうが、その日の気分で使用人に料理を下げさせる。
ほとんど手を付けていない料理なども、平気で捨てろと命じてくるのだ。
この料理一つあれば、私の様な人間がどれほど救われた事か……そんな風に考えながら、私はゴミ箱に残った料理を投げ捨てる。
そんな毎日だった筈なのに。
「今日も……一人分でしたか」
綺麗に食べ終えた皿の数々を眺めながら、そんな感想が漏れる。
最初に彼女の食事風景を見た時は、貴族の様に食材が無駄になると思った。
あの体では入り切らない量を注文し、浮かれていた。
とはいえ見るからに子供だ、おいしそうな料理を前に欲張ったんだろうなんて思っていたのだが……
途中ボケ王子の邪魔が入るも、彼女は話を聞きながら全ての品を平らげたのだ。
それも今の様に、米粒一つ残さずに。
優良奴隷はただでさえ貴族が多い。
だから彼女もきっと、なんて思っていた私の考えはあっさりと覆された。
とても幸せそうに、おいしそうに。
私の作った料理を全て食べてくれた。
作り手として、これほどうれしい事は無いだろう。
だというのに……
「おかわり……してくれない。 あんまり美味しそうに食べてくれない……」
ここ最近の私の悩みだ。
理由なんて分かり切っている。
一緒に召喚された御父上が、先に戻ってしまった事。
一人残された不安もあるだろう、恐怖もあるだろう。
そんな状況で、食が進まないのも分かる。
だから私は、せめて美味しいモノを食べてもらおうと頑張っているのだ。
でも、前みたいにいっぱい食べてくれない。
私は子供が好きだ。
親を無くしたり、捨てられたりするスラムで育った私は、小さな子供の面倒を見る事なんて当たり前の日常だった。
そして彼等彼女等から慕われ、頼ってくれるのが何よりうれしかった。
だからこそ、あの子にも笑って欲しい。
そんな風に考えて、私なりに頑張っているのだが……どうにもうまくいかない。
やはり貧民上がりの私では、あの子を満足させる事は出来ないのだろうか。
なんて事を考えながらため息を溢した瞬間、扉が開いた。
「……おや? クロエ様はもうお食事が御済ですか? やはり最近は食欲が無いようですね」
白髪をオールバックに固めた、初老とも言える執事が入って来た。
クラウスさん、私を貧民街から拾い上げてくれたその人だ。
「本日も、一人分は召し上がっていただきました。 ですがやはり、前のクロエ様と比べると……」
報告の途中で、クラウスさんは手に持ったリードをチョイチョイっと軽く引く。
ん? あれはなんだ?
などと思っている内に、何か小さい物体が室内に侵入し、それが入ると同時に扉を閉めた。
「ルシュフ、無理をするものではありませんよ」
色々気になる事はあるが、もはや限界だった。
私は思わず彼の胸に飛び込み、そして……
「クラウスざぁぁん! クロエ様あんまり食べてくれないぃぃ! うわぁぁぁ、今日のは自信作だったのに! あんまり美味しそうな顔しないぃぃぃ!」
「とはいえしっかりと一人分は食事を取っているご様子……しかし心配になるのも仕方ありませんね。 彼女も心に傷を負っているのです。 ソレを癒し、傍に居るのが我々の務めでしょう? しっかりしなさい、我々が先に挫けてはクロエ様も心を開きませんよ?」
クロエ様には見せられない、というか周りのメイドたちにも見せられない醜態を晒しながら、私はクラウスさんに泣きついた。
二人っきりというか、昔の顔を知る人の前でだけ私は“素”を晒しだせる。
「でもさ、今日は食事中に“焼肉が食べたい”って言われちゃったんだよ。 メニュー間違ったかな!?」
「どうでしょうね……それはクロエ様にしか分かりませんが、もしかしたら別の意味があるかもしれませんよ?」
なんて会話をしている内に、私たちの隣で行儀よく座っている魔獣に気づいた。
何だコイツ。
ウルフタイプの魔獣だとは思うが、見たことない模様をしている。
それにちっこい。
「あぁ、この子はクロエ様の魔獣です。 名を“紅ショウガ”と。 調べ事も終わったそうなので、本日返還されました。 とても頭のいい魔獣の様ですよ?」
「わんっ!」
一鳴きして、魔獣がクラウスさんに視線を向けている。
愛らしい見た目、ブンブンと振り回す尻尾。
そして、何故か私を見た瞬間に「へっ」と言葉が聞こえてきそうな程に歪めた表情。
「クラウスさん、コイツは危険な魔獣です。 ポイしましょうポイ」
「……はい?」
そう言うと「グルルル!」と聞こえてきそうな程歯をむき出しにしたが、クラウスさんが視線を向けた瞬間パッと愛らしい表情に変わりやがった。
たしかに、こいつは御利口だ。
可愛い見た目をしながら、完全にクラウスさんに取りいってやがる。
そして何故か私は嫌われてしまった様だ。
なんてやり取りをしている時だった、遠くの部屋からその声が聞こえて来たのは。
『――! ――――!』
その声が聞こえた瞬間私もクラウスさんもゾッとした表情を浮かべ、視線を交差させる。
不味い、予想外の展開が起きてしまった様だ。
「今の声、聞きましたね?」
「はい、間違いなく」
間違いなく、緊急事態だ。
バッ! とクラウスさんから身を離し、声の聞えた方を二人して睨む。
「私がいきますので、ルシュフはこの子を。 あの方が来ては不味い事に……」
険しい顔を浮かべながら、片手に持っていたリードを差し出してくる。
しかしその先では“紅ショウガ”? が、ガルルルと声を出さずに牙をむいているんだが。
「あ、いえ。 私が行きます」
「しかし、あの方はかなりの気分屋という話です。 ルシュフでは判断に困る事も……」
「た、多分大丈夫だと思います! それに早くしないとクロエ様が!」
正直、このまま目の前の魔獣を預かった方が被害が大きい気がする。
なんて口が裂けても言えないが、どうしてもこの“紅ショウガ”とは相いれない気がするので、選択肢など元から存在しない。
「申し訳ありませんクラウス様。 こちらのお仕事を引き継いでもよろしいでしょうか? 私はクロエ様の元へと向かいます」
気を取り直して仕事モードの口調で語り掛ければ、彼は渋い顔をしながらも頷いてくれた。
「くれぐれも、くれぐれも失礼の無いように。 お相手は、分かっているでしょう?」
「はい」
そう言って、優雅にスカートの端を持ち上げる。
大丈夫、とは言い切れないが。
私は早足に退出し、周囲に人目が無い事を確認した後、思いっきり走り出した。
床すれすれを這うように、風の様な速さで彼女の部屋へと向かう。
「どうかお願い、何事もない様に……」
その言葉は誰の耳にも届かず、人の居ない廊下にとけて消えるのであった。




