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黒鎧


 「ふざけんな! こんな状況でもまだ耐えろってか!? 目の前まで魔獣の大群が来てるんだぞ!?  俺らに死ねっていってんのか!?」


 戦場に立つ冒険者の一人が、王からの命令を知らせた兵士に食って掛かった。

 それもそのはず、目の前の戦場はどう見ても劣勢。

 ここ最近の戦争はおかしい。

 魔族側はポンポンと転移魔法を使ってくるし、数も異常だ。

 まるで国を落すことに躍起になっているみたいに、あり得ない頻度で攻めてくる。


 「もう少しだ! もう少し耐えてくれ! そしたら増援と“勇者”が来る!」


 「“勇者”なんて言っても、ウチの国に居るのは“出来損ない”なんだろ!? そんなヤツが来て、この状況がどうにかなるのかよ!?」


 兵士と叫びあっている内にも、相手は迫ってくる。

 仲間達が何人消えていったのか分かったもんじゃない。

 攻め込んだ冒険者と国の兵士達。

 その多くの者はもはや肉塊と化し、残った僅かな人間が弱々しい抵抗でどうにか押しとどめている。

 兵士に掴みかかっている冒険者は、この国に大規模な組織を持つリーダーだった。


 冒険者の集まり、“レギオン”。

 それはパーティを超える多くの人間が集まり、組織として動く冒険者たち。

 そこにはレギオンごとに規律があり、法がある。

 それぞれの集団が目的と規律を持って、主の目標に向かって活動する。

 本来自由気ままな冒険者だが、レギオンに属せばそれだけで拍が付くという理由で属するものも少なくない。

 とはいえ、レギオンリーダーからすれば彼らは部下。

 人によっては家族と言う者だっているくらいだ。

 彼らを守る責任があり、義務がある。

 だというのに今回の戦場では、そんな仲間達の多くを失ってしまったのは確実だろう。


 「ふざけんな! これ以上は無理だ! 俺達は退かせてもらうぞ!」


 「待ってくれ! 今君たちが抑えなければ、前線は崩壊し敵が雪崩れ込んでくるんだぞ!?」


 「うるせぇ! いつ来るか、役に立つかもわからねぇ“勇者”なんぞに任せるよりか逃げた方がマシだ! おいてめぇら! 撤退だ、各隊に撤退命令を――」


 男が叫んだ瞬間、突風が彼らを襲った。

 思わず体制を崩し、尻餅を付いてしまいそうな程の風圧。

 もはや衝撃といっても過言ではないソレが、彼らの真上を“通り過ぎた”。


 「は?」


 「え?」


 二人がそう呟いた時には、敵陣の奥で悲鳴が上がっていた。

 遠目でも分かるほどの巨大なクレーター、そして真っ黒い姿の“ナニ”か。

 ソレは急加速しながら両腕を振り回し、周囲の魔獣達を瞬く間に殲滅していった。

 まるで羽虫をはらうみたいに、今まで苦しめられていた筈の魔獣があっけなく数を減らしていく。

 無慈悲に、無感情に。

 真っ黒いソレは両腕を振るう。

 嘆き、逃げていく魔獣にも容赦なく拳を浴びせ肉塊に変えていく。

 なんだ、アレは何だ?

 まさかアレが勇者? あんなの、どう見たって……


 「如何でしょう、我が国の勇者は。 あの光景を見ても、“出来損ない”だと罵られますか? あの方が、役に立たないと切り捨てますか?」


 いつの間にか、すぐ近くに執事とメイドが立っていた。

 戦場に居るはずのない二人を目に、思わず思考が止まってしまう。


 「クラウス様、これ以上は時間の無駄かと。 こんな間抜け面を拝む為に、私たちは戦場に足を運んだ訳ではありません。 それに、そろそろ時間です」


 メイドが静かに言い放つと、初老の執事が静かに頷いた。

 こいつらは、一体何なんだ?


 「失礼、我々は彼女を迎えに行かなければなりませんので。 後の事はよろしくお願いいたします」


 「か、彼女……?」


 思わず聞き返してみれば、彼は静かに戦場で暴れまわっている黒い鎧を指さした。


 「彼女を守る事、連れ帰るのが私たちの仕事ですので。 残党はそちらでお願いします」


 それだけ言って、二人は姿を消した。

 消えた、そう表現するしかなかった。

 一瞬にして眼の前からいなくなり、次の瞬間には周囲に気配すら感じられない。

 まるで幽霊の類でも見ていたのではないかと勘違いしてしまう程、彼らは痕跡の一つ残さずこの場を去った。

 本当に、なんだったんだ?

 そんな疑問に答えてくれる人間はこの場に居ない。

 呆けた顔をしながら、未だ戦場で暴れまわっている黒い鎧へと視線を向ける。


 「あれが、この国が抱えてる勇者?」


 彼は勇者という存在を自身の目で見たことが無かった。

 想像していたのはおとぎ話に出てくるような、力強い神々しい存在。

 だというのに、視線の先に居る“アレ”はなんだ?

 まるで獣、本能のままに蹂躙し食い散らかす。

 これは戦闘でも戦争でもない、アイツの餌場でしかないのではないか?

 そんな事を思ってしまう程、圧倒的で残酷な光景だった。

 これじゃまるで、勇者というよりも……


 「死神……」


 隣で一緒に尻餅をついていた兵士が、声を震わせながらそんな事を呟いた。

 あぁ、確かにその通りだ。

 彼の言う通り、アイツは死神にしか見えない。

 恐ろしく高い戦闘力、目で追うのがやっとな程早い移動速度。

 戦場であんなモノに敵として遭遇すれば、俺たちは訳も分からないまま命を落とすことになっていだろう。

 というより、あんな化け物が“出来損ない”?

 最初からアレに出てもらえば、仲間達だって命を落とさずに済んだであろうに。

 一体何を考えているんだ? 王様は、あの死神は。

 ギリッと奥歯を噛みしめながら、未だ戦場を駆ける黒鎧を睨みつけた。


 「黒い死神……チッ! 俺達が死ぬのを今まで黙って見てたのかよ、アイツにとっちゃ俺らの命なんてどうでもいいってか」


 八つ当たりとも言えるその言葉を、彼らはソレに向けて紡いだ。

 誰しも黒鎧に助けられた事は分かっている、だが納得がいかなかった。

 何故出し惜しむのか、何故もっと早く助けに来てくれなかったのか。

 そんな事ばかりを考える彼等を嘲笑うかのように、黒鎧はたった一人で敵陣を壊滅させた。

 甚大な被害を受けたと判断したのか、相手方も引いていく。

 そんな魔獣達に向かって黒鎧は拳を構え、背中剣の様な装飾が開き、そこから青い光が漏れる。

 そして……


 ドッ! という音が、視界に映る映像から少しだけ遅れて聞こえて来た。

 目に映るのは、逃亡する敵陣のど真ん中に拳を叩き込んだ死神の姿。

 たったそれだけ。

 たったの一撃で、逃亡中の魔獣達は半数以上が衝撃に呑まれ絶命した。

 大地を砕くほどの威力で、目にも見えぬ速度。

 逃げ惑う魔獣達さえも、アレは蹂躙してみせた。

 もはや笑うしかなかった。

 化物だ、あんなのに勝てる訳がない。

 味方なのだから戦う必要はないかもしれないが、例え味方であってもあんなモノが居るというだけで恐ろしいと感じられる。

 それくらいに、アレは常識という枠組みの外に居る存在だった。


 ――――


 べったりと全身に血液がこびり付いて気持悪い。

 そんな事を考えながら、未だ残っている残党を眺める。

 あっちも倒した方がいいのかな? でももう、面倒だな。


 「クロエ様、お時間です」


 そんな声が背後から聞こえて来た。


 「もう、いいですか? まだ残っているみたいですけど」


 「えぇ、アレらはもう戦闘の意志はないでしょう。 無理に今潰す必要はありません、帰りましょう」


 そう言って、彼は綺麗なお辞儀を見せる。

 そっか、今回はもういいのか。


 「今回、僕は役に立ちましたか? 誰かを助けられましたか?」


 「えぇ、もちろんです。 防衛班の方々は皆クロエ様に感謝している事でしょう」


 「そう……ですか。 よかった、です……」


 言葉を紡ぎながら、黒鎧が崩れていく。

 ガラガラと音を立て、体が浮遊感を覚えた。

 だがすぐに誰かの腕に抱かれ、ぐったりと身を預ける。

 これももう、随分と慣れた。

 遠くなっていく意識の中、見上げるとよく知るメイドの顔がクシャクシャに歪んでいた。

 まるで、何かを我慢しているかのように。


 「前に先生と話してたんですよ、ヒーローになるって……だから……」


 「はい、存じております。 今はどうか、ゆっくりとお休みくださいませ」


 その声と共に、意識が途切れた。

 あぁ、お腹減ったな……



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