違う未来
妖精とは勇者様について、世界を案内する役目にある。
なんて言われたりするが、実は義務でも何でもなかったりする。
実際妖精よりも先にどこかの国に拾われたり、妖精を拒否したりする異世界人だって多くいるのだ。
最初の異世界人と、一番最初に出会ったのが妖精というだけ。
その異世界人の“スキル”で数多く生み出された道具や武器の数々。
簡単に言ってしまえば、妖精はそう言った異世界の知識や力を欲している。
だからこそその後も異世界召喚の魔法が使われると、いち早く現場に向かい取り入ろうとする。
最初の異世界人が作った武器をチラつかせ、信用を得る。
そしてパートナーとして認めてもらい、彼らからの協力を得る。
こんな世の中だ、妖精の国だっていつ攻め込まれるかわかったもんじゃない。
妖精も、人間たちと同じように“異世界人”というモノを道具として扱っているという訳だ。
というのが妖精の歴史。
もちろん他種族にこんな話をする事は禁忌であり、妖精とは心優しく無欲な生き物であると思わせろ、と口を酸っぱくして教え込まれるのだ。
そんな考え方が嫌い、なんて変わりモノもいる。
そういう妖精は追い出され“はぐれ”になるか、表には出さずに裏で愚痴るかのどちらかだろう。
自身もまた、そのタイプだった。
「ラニ、貴女ストロング王国へ行きなさい。 異世界召喚の魔法が確認されました」
「えっと……大妖精様。 お言葉ですがあの国はちょっと、ラニには荷が重い様な気が……」
美しく輝くロングヘアーを揺らしながら、大妖精と呼ばれる少女はキッと目を吊り上げた。
「だからこそ、です。 貴女が妖精族の考え方を良く思っていない事は分かっています」
「いや、そんな。 ラニは別に――」
「言い訳は結構。 今回も失敗した場合、貴女は“はぐれ”になってもらいます。 いい加減成果を出しなさい」
ぴしゃりと言い訳を許さない強い言葉で言われてしまえば、黙ってうなずくしかない。
彼女の声に集まって来た妖精たちが、周りでクスクスと笑い声をあげているのが聞こえた。
「あの子また怒られてるの? ほんっとどんくさいわねぇ」
「前の異世界人には何を渡したんだっけ? 手袋か何かだっけ? ほんっとハズレばっかり渡すよね。 そりゃ向こうから関係を切られちゃうのもわかるわ」
「流石は“ハズレ妖精”ね、つっかえない」
こんなことを言われるのはいつもの事だ。
いつもの事だが……腹が立たないわけではない。
ラニは妖精の国の考え方が嫌いです。
今まで出会った人族の方も、勇者様も皆良い人でした。
でもそれらの人々を騙している様な真似をする自分も嫌いです。
妖精は幸せの象徴だとか、見ただけで幸運が訪れるとか言われますが、そんなの嘘っぱちです。
中身は醜くて、気分屋で、すぐ相手の事のバカにします。
ラニは、妖精が嫌いです。
――――
「多分、この辺りだと思うんですけど……」
言われた通り、ストロング王国の近くまでやって来た。
妖精の間でもこの国は難易度が高いってもっぱらの噂なのに、本当にツイてない。
とにかくルールが厳しいのだ。
そして難癖をつけて国にお金を取られたり、奴隷に堕とされたりするらしい。
早い所勇者様を見つけて、この地を離れよう。
でも相手は異世界からいきなり飛ばされてくるのだ、多分準備も何も揃ってない。
すぐに長距離移動できない様なら、国に入る必要があるが……なるべく早く終わらせてさっさと旅に出てもらおう。
そんな事を思っている時だった。
「ラニ、やっと来たか」
急にそんな言葉を掛けられた。
え? と声を漏らしながら振り返れば、そこには背の高い男性が立っていた。
誰だろう? 知り合いにはこんな人居なかった。
でも名前呼ばれたし……というか着ている服からして、今回の勇者様?
「えっと、初めまして! ラニはラニっていいます、妖精です! それでですね、貴方はなんと――」
「あぁいや、俺に説明はいらん。 もう知ってる」
「はい?」
どういう事だろう?
もしかして他の妖精に会った?
既に事情を説明済みとか、そういう事だろうか。
「急にこんなこと言っても信じられないだろうが……まぁお前なら記憶を読めるから、ソレが証拠になんだろ。 俺はよ、2周目なんだ」
「は、はい?」
何を言い出すんだこの人は、ちょっとおかしな人を引き当てちゃったのかな?
なんて事を思いながらも、彼に言われた通り心の中を覗かせて頂く。
覗くと言っても相手の本音や、思っている事が聞こえてくるだけなんだが。
「俺に直接触れりゃ、記憶だって覗けるはずだろ。 ホレ、遠慮すんな」
そんな事を言いながら、彼は額を差し出してきた。
本当になんだろうこの人。
なんでそんな事まで知っているのだろうか。
過去覗くという行為は、かなり抵抗がある。
見られたくないだろう記憶や、辛い思い出なんかも平気で見えてしまう為、あまり好きじゃない。
「で、では……」
とはいえ今回は相手から催促されているので、仕方がないか。
恐る恐る彼の額に触り、眼を閉じる。
頭の中に流れ込んで来た映像の数々、彼の記憶。
妖精たちは彼らの記憶を見せてもらい、映像を補完する術を持っている。
その為過去を覗く事に抵抗が無い妖精は、彼らから日本のアニメや漫画。
映画やドラマなんかの記憶を頂き、国に帰って放映するというとんでもない事しでかす輩まで居るくらいだ。
それくらいに、“見えてしまう”。
「えっと、どの辺りを見れば……」
「1~2年分見れば分かるんじゃねぇか?」
言われた通りここ数年の記憶を探り、再生する。
記憶を覗くなんて表現をする事が多いが、実際には記憶をコピーしてこちらに移すと言った方が正しい。
その為数年分の記憶を見るのに、そこまで時間を必要とすることは無い。
自身の見て来た物を思い出す、に近いのだから。
そして……
「あれ? これって、“こちら側”ですよね? 貴方は今回召喚された勇者という訳ではないのですか?」
「いいから、そのまま見ろ」
「はぁ」
記憶に映るのは今目の前に広がる草原と同じもの。
そして眠って居る女の子が一人。
12~3歳くらいだろうか。
間違いなく“向こう側”の人、恰好からしてこっちの人じゃない。
その子を手荒に叩き起こす、記憶の持ち主。
彼女が目を開けて、困惑気味に周りを見渡すと……
「え? これって……ラニ、ですよね?」
そこに現れたのは、まごう事なき自分自身の姿。
どういうことだ? 自分は今この地に着いたばかり。
まるで未来の映像でも見せられている気分だ。
「とにかくそのまま見てってくれ」
映像は続く。
二人は“鎧”を手に入れ、ストロング王国に立ち寄り冒険者になる。
そして依頼を熟しお金を溜め、各地を回る旅に出たようだ。
コレと言って問題なく進む冒険、功績を上げる二人の勇者。
そんな二人は、とある国で初めて戦争に携わる事になる。
そこで現れたのは黒い髪の少女の姿をした魔王。
彼女の元までたどり着いた二人だったが、記憶の持ち主の彼は相手の姿に抵抗を覚えて満足に戦えない様子だった。
代わりに“黒い鎧”の少女が前に立ち、その姿を変える。
最初からかなり凶悪な見た目の黒い鎧は、更に歪に、そして巨大な物へと姿を変えた。
まるで獣だ。
四足で大地を駆け、黒髪の少女と互角以上に戦っていた。
勝負が決まる、そう思えた時。
彼女達の前に二人の人族と、別の魔族が姿を現した。
人族はどちらも奴隷の首輪を嵌め、魔族に従えられている。
「あの……この方々は」
「後で説明する」
その二人の姿を見た時、黒い獣は一直線に彼らの元まで走り始めた。
泣き叫ぶように、その咆哮を轟かせながら。
そしてそんな黒い鎧に対して、少女の魔王が背後から襲い掛かる。
正面からも魔族たちに攻撃され、板挟みになった黒鎧。
それでも彼女は止まらなかった。
装甲が剥がれ、手足が捥げても、地を這ってまで二人の元までたどり着こうともがいていた。
そして……
『終わりだ』
少女の姿の魔王が、ボロボロになった黒鎧を切り刻んだ。
バラバラと崩れていく黒鎧。
その一部から、血まみれの少女が転がりだす。
ピクリとも動かず、周囲に赤い水たまりを作っていく姿は、どう見てもこと切れている様に見えた。
『――――!』
ガリッと音を立てて、一瞬映像が乱れる。
辛い過去、衝撃的な事があった時に見られる記憶の欠損。
彼にとって、コレがどういう出来事だったのか。
それは聞かなくても分かる。
その後記憶は飛び、目の前に広がるのは酒場。
いくつも飲み干した酒瓶が転がっていて、店員が怖い顔をしながら何かを喋っている。
しかし彼の耳には何も入ってこなかった。
無音、無臭、無味。
視界は霧がかかった様に霞み、ただただアルコールだけを体に感じていた。
そんな映像が数週間分続いた。
やがて店に入れてもらえなくなり、露天で買った酒を呷り、道端で誰かと殴り合う。
とんでもない転落人生だ。
こんなはずじゃなかった、あの時死ぬべきだったのは俺だったと口癖のように呟く彼は、全てのモノに絶望している様だった。
もう全てがどうでもいい、疲れた。
彼は酒瓶を片手に、彼女の死んだ場所へと足を向ける。
生きる意味を失い、自らの命を断とうと決めて。
だが例の場所に、先客が居た。
フードを目深にかぶり、一凛の花をその場に添えている。
「やぁ、来たね」
男は顔を晒そうともせず、気軽い様子で話しかけて来た。
「“月光の騎士”なんて呼ばれた男が、随分と酷い有様じゃないか」
こちらが返事を返さなくても、彼は喋り続けた。
いつもの、というより最近の酒に溺れた状態だったら、まず喧嘩になって居ただろう。
しかしこの時ばかりは、まるでそんな感情が湧かなかった。
どこかで聞いた事のある声、感じたことのある雰囲気。
だがアルコールに浸かった脳みそでは、彼が誰だったのか思い出せない。
「説明は……今の状態じゃ言っても分からなそうだから、大事な事だけ伝えよう」
男は人差し指を立てて、彼に近づいて来た。
「一つ目、私は占い師だ。 そして以前君たちと一緒にこの戦場に立った者だ」
ふーんとだけ返事をしたが、あまり興味が無い。
もはや戦争がどうとか、職業がどうとかどうでもいい。
勝手にやってくれとしか思えない。
相手はその態度を気にした様子もなく、もう一本指を立てた。
「二つ目、君はまだ戦える。 私の占いでは、まだ君はやり直せるそうだ」
あっそ、それこそ興味ない。
今更もう一度戦って、“向こう側”に帰ったところで何にもやる事が無いのだ。
やる気も、生きる意味すら失った彼は、ただただ乾いた瞳で目の前の人物を眺めていた。
「三つ目、君のスキルについてだ。 ユニークスキルというモノを知っているかな? それは特殊な魔道具で鑑定しないと、発見すら出来ないらしい。 そして君は、そのユニークスキルを所持している」
三つ目を聞いた瞬間、ぴくりと眉が動いた。
今まで肉体強化のみだと思っていたが、他にも何かあるらしい。
とはいえ、今更何の足しにもならないが。
なんて思った所で、男はこちらの心を見透かしたように笑い。
ビー玉くらいのサイズの水晶? をこちらに差し出してきた。
「過去に戻るつもりはないか?」
「は?」
意味が分からなかった。
とはいえ、それは俺が一番望んだ事。
もしも過去が変えられるなら、もしもあの時死んだのが俺だったなら。
そんな事ばかり考えて生きて来た。
普通ならあり得ないと笑う所だが、この異世界なら不思議な事の一つや二つあったっていいじゃないか。
というか、あってほしかった。
それを叶える何かを、コイツは知っているのだろうか。
「コレはユニークスキルさえ鑑定できる魔道具。 たった一度しか使えないが、この時の為にダンジョンから探し出してきたモノだ。 私の占い通りなら、君には過去へ戻るスキルがあるはずなんだ」
そんな事を言いながら、彼は水晶を無理やり握らせてきた。
ぼんやりと光る水晶。
引き込まれそうになる程美しいソレに視界を奪われつつ、俺は疑問を口にした。
「一回切りだってのに、なんで俺に使わせる? お前の占いとやらが外れた場合、無駄にするだけなんじゃねぇのか? そもそも過去に戻るスキルなんて、存在すら聞いた事ねぇぞ」
本当にそんな力があるのなら、間違いなく使う。
でもこんな魔法に溢れた世界でも、“時間”という概念に基づく魔法はかなり少ない。
体感速度を上げる、下げるなどの魔法や転移。
そう言ったものなら聞いた事はあるが、過去に戻る事が出来るスキルなんて聞いた事もない。
しかも、その根拠が占いと来たもんだ。
「君だけのユニークスキルだ、他に存在している筈がない……はずだ。 それも鑑定してみれば分かる事だろう? そして俺の占いは、100%当たる。 戦えない私が、ここまで生きてこれたのが証拠だよ。 まぁ使ってみれば分かるさ、それに私だってタダでやるとは言っていない」
正直、ここに来て本性現しやがった……としか思えなかった。
コイツを使ったら一体何を請求されるんだか。
まぁこれ以上失って困るモノなんて持ってないから、ぶっちゃけどうでもいいが。
「んで? お前は何が欲しいんだ? 金か? あんまり持ってねぇぞ」
呆れた様に言い放てば、彼は静かに首を横に振った。
「金が欲しければその魔道具を売ればいいだけの話だよ。 私が欲しいのは、過去の改変とその結果だ」
「あん?」
彼の言葉に、少しだけ憎しみとも取れる感情が混じった気がする。
「私はね、過去に冒険者をやっていたんだ。 “キリン”というパーティでね、ここで起きた戦場に参加していたんだ。 そして、ここで仲間全員を失った。 その過去を、君に改変してほしい。 “月光の騎士”と“黒い死神”。 二人共、ここに居ただろう?」
「……つまり、お前らを助けろって事か?」
過去にこの地で起きた戦場。
確かに俺達以外にも先行していたパーティがいくつかあったはずだ。
その中に、この男と仲間達も居たって事なのだろうか。
「魔王が現れる前だ。 少しの間でいい、私たちの元へ来てはくれないだろうか? 上位の魔獣さえ屠ってくれれば、あとは私達だけで何とかなる。 もしもこの条件が飲めるなら、その魔道具を使ってくれ」
一見落ち着いている様に見えるが、彼の声には絶望と焦燥。
そして深い後悔が伝わってくる様だった。
過去に戻って誰かを助けたい。
その気持ちは俺と一緒だが、この男には手段がない。
だからこそこの魔道具を、俺に託してきたのだろう。
「……どうなるかは知らんが、使わせてもう」
「……恩に着る。 とはいえ、過去の私には礼の一つも出来ないだろうが」
構わねぇよ、とだけ呟いてから手に持った魔道具に魔力を送る。
覗き込んでみれば、そこには。
『カラスマ モリオ』
種族 『異世界人』
スキル『肉体強化』
ユニークスキル『時間逆行』
※ユニークスキル使用条件と内容。
戻りたい過去を指定した後、命を落とす必要がある。
また“時間逆行”を使用出来るのは一度のみ。
ユニークスキルを使用した場合、勇者召喚の魔法陣に影響を及ぼす。
無事に戻れる保証、元の場所に戻れる保証などの一切が失われる。
そんな文字が空中に浮かび上がって来た。
おぉ、こっちに来てから初めてそれっぽい演出だ……なんて感心していると、掌の上に乗った水晶が砂の様に崩れていく。
どうやら使用が一度切りというのは本当だったらしい。
「それで、どうだった?」
占いは100%当たるなんて言っておきながら、男は少しだけ焦った様子で食って掛かった。
なるほど、さっき目の前に現れた文字列は相手には見えていないのか。
「あぁ、お前が言う通り俺は過去に戻れるらしい。 ただし、いろいろ条件があるみたいだがな」
その言葉に男は胸を撫でおろし、安心したかのように息を吐いた。
「それで、条件とは?」
「あーその、なんだ。 お前刃物とか縄とか持ってるか?」
俺の言葉に、彼は首を傾げながら「解体用のナイフくらいなら……」といって、小さな刃物を差し出してきた。
さて、それじゃいっちょやってみますか。
「戻る場所は召喚初日、ストロング王国周辺の草原だ。 そっから俺はやり直す」
そう宣言すれば、体の中で何かが“変わった”のが分かった。
まるで肉体強化を使った時の様な感覚だが、これでタイムリープとやらは使用可能になったらしい。
「お前の依頼、ちゃんと覚えた。 ついでにはなるが、助けてやるよ」
「恩に着る。 頼むぞ、銀鎧」
「おうよ、それじゃちょっくら行ってくるわ」
それだけ言って、彼から預かったナイフを喉元に構えた。
「お、おい。 お前一体何を……」
戸惑いの声が聞こえてくるが、今は構っていられない。
待ってろよ、黒江。
今度はぜってぇ守ってやるからな。
「すぐ行くからな。 今度は、間違わねぇ」
宣言してから、自身の首にナイフを思いっきり突き立てた。
溢れ出す血液の温度を感じながら、何度も何度もナイフを首に突き立てる。
痛みはある。
助けてくれと叫びたくなるくらい、とんでもなく痛い。
味わった事の無い痛みに悶絶しそうになるも、どうにか気合いで悲鳴を喉の奥に押しこんだ。
もう一度やり直せる、あの頃に戻れる。
それだけを考え、ひたすらにナイフを突き刺した。
「――! ……――、――!」
男の叫び声を薄っすらと聞きながら、俺の意識は闇の中へと落ちていった。
――――
「え、コワ。 それで戻って来た、と。 よくあそこまで容赦なく自殺出来ましたね」
「下手に手加減して、死ねなかったら本末転倒だからな」
もはや何とコメントしていいのか分からず、呆れとも関心とも思えるため息を溢すしかなかった。
だってそうでしょう。
普通に生きてたら、こんなビックリ現象お目に掛かれませんし。
「ま、そう言う訳だ。 また改めてよろしくな、ラニ」
「ラニにとっては初対面なんですけどね……えっと、カラスマさん。 んー、カラスさんで良いですか?」
「おう、昔もそうだったしな」
そう言ってから、彼の記憶通りの場所に寝転がっている少女に目を向けた。
本当に子供みたいに、スヤスヤと気持ちよさそうに眠って居る。
この二人が、私が一緒に旅をする勇者様。
見せてもらった記憶にもあったが、この二人と一緒に世界を回るんだ。
そう考えると、思わず頬が緩む。
「という訳で、俺から頼みがある。 お前は基本的にあっちについてやってくれ、俺はそれなりに知ってるが、猫は本当に初めての世界だからよ。 あと、この話は猫には言うなよ? 約束な」
「でも、伝えておいた方が上手く進むかもしれませんよ?」
ラニの言葉を受けて、勇者さ……カラスさんは盛大に笑った。
「無理無理、絶対アイツ信じねぇし。 もし信じたとしても、アイツの重荷になっちまうからな。 魔王を倒したら消えるかもしれねぇってのに、魔王を倒す勇者なんかやるなって怒られちまう」
そう言って、再び彼は笑った。
その笑顔の裏にどんな覚悟を背負っているのか、とてもじゃないが想像できるものではない。
それくらい強い意思を持って、彼は“戻って”来たのだろう。
勇者を手助けし、常に隣にいる妖精。
妖精は無欲で、常に隣人の幸せを望んでいる。
そんなのはおとぎ話だ。
でもそのおとぎ話の妖精の様になれたら、どれほど幸せだろう。
きっと大好きな人の幸せを願える妖精は、本人だって幸せなはずだ。
彼みたいに、自分の未来を捨ててまで大好きな相手の元へと戻ってくる人だって居るんだ。
故郷に帰るという本来の目的を捨て、もう一度舞い戻って来たこの人。
再び会えた相手の顔見て笑う彼は、どこまでも優しいモノに感じられた。
「ラニも、カラスさんみたいになれますかね。 純粋で、真っすぐで。 透き通るくらい綺麗な魂の妖精に」
ヘッと笑い飛ばした彼は、優しい笑顔をこちらに向けながら言葉を紡いだ。
「俺の知ってるラニは、俺なんかよりずっと真っすぐだったぞ。 どんな時でも傍にいてくれて、猫の事も可愛がって。 強くて優しい妖精だった、それこそおとぎ話みたいにな」
恥ずかしそうに笑う彼を見て、“私”は決めた。
妖精の国を追放されたっていい、いくら悪口を言われたってかまわない。
私は、“ラニ”という妖精は、誰よりもおとぎ話の様な妖精になろう。
勇者の隣で役目を終えるまで、彼ら彼女らの力になろう。
上手くできるかなんてわからないが、私なりに精いっぱいやるんだ。
隣人の、二人の幸せを願って。
「分かりました、約束します。 ラニは、ずっとネコさんの傍に居ます。 だからカラスさんもどうか、報われる道筋を捜してください。 前よりもずっと良いエンディングを、皆で迎えましょう」
「おう、よろしくな。 ラニ」
「はい! カラスさん」
彼の記憶を見た私は既に、彼の事を他人だとは思えなくなっていた。
今度は成功させる、絶対上手くやってみせる。
なんて事を考えながら、彼とハイタッチを交わした。
そんな時、眠って居たもう一人の勇者様が目を覚ました。
うーん……と呻き声を上げているが、どんな登場の仕方が良いだろう。
そうだ、カラスさんも何も知らない! って感じで行くみたいだし、私もそれに便乗して、テンション高めに行ってみよう。
多分彼女も、その方が馴染みやすい。
「あ、起きましたか? 気分の方はどうでしょうか?」
「どちら様でしょう? もしかして僕を誘拐した方ですかね。 身代金要求なら、値段によっては応じますので。 多分10万くらいまでは出せると思います」
「随分とお安い自己評価なのですね……」
記憶では見せてもらっていたが、やはり癖の強いお嬢さんの様で。
微妙に頬を引きつらせながら、どうにか笑顔を作って会話を続けていく。
「ではでは……貴方達は何と! かの有名な”異世界召喚”されました。 そしてなんと”勇者”に選ばれたのです!」
「チェンジ」
「酷くないですかね!?」
こうして、ラニ達の冒険は始まったのでした。
記憶を見た以上、2周目と言ってもいいかもしれない冒険が。
今度は失敗しない。
いつの間にか、それはラニにとっても目標になっていたのでした。
これにて一章は終了となります。
次回からは現地民との絡みメインになりますが、よろしければお付き合いください。
評価、ブクマ、感想など頂けると嬉しいです。
よろしくお願いします。




