昔無くしたもの、みつけちゃった?
夕方に差し掛かる時間。
真っ赤に染まる会場に、第四回戦の相手が現れた。
今回は5人。
最大人数には1人足りない構成だったが、彼らの様子を見てまず間違いなく手練れだという事が分かる。
そもそもここまで勝ち残ってくるメンバーだ、半端な連中な訳がない。
正面には剣を構える戦士。
盾は持っていない様なので、攻撃特化と考えるべきか?
その隣に大楯を片手に、槍を構えるフルプレートが一人。
そしてその後ろには修道服女子、魔法使いっぽい女の子。
更に後ろには、水晶を片手に持ったフード男が居た。
最後の彼は一体なんだろう? 魔法使いの一種なのだろうか?
『これよりパーティ“キリン”対、“妖精焼肉”の試合を行います! 両者準備はよろしいですか!?』
キリンさんが好きです、でもゾウさんの方がもーっと好きですっていう“キリン”なんだろうか。
それともやはりアルコールにちなんだ方のキリンなのか。
まあどっちでもいいけど。
『それでは! はじめ!』
レフェリーが腕を振り下ろすと同時に、両者が動き……出さなかった。
こちらは「どう動くか見てみるかぁ」などという先生の言葉に従った訳だが……なにやら相手方の様子がおかしい。
大盾の後ろに全員で身を顰め、ジリジリとこちらに向かって少しずつ進んでくる。
なんだろうこの試合、ギャラリーとしては相当な不評が出そうなモノだが。
「あ、あの!」
しばらくしてちゃんと声の届く位置まで接近した彼らのリーダー? が、急に声を上げ始めた。
なんだ? 対話から始めるタイプなのだろうか。
「こういう事を聞くのも無粋だとは分かって居るんですが、今日はあの“鎧”は使いますでしょうか?」
う、うーんと?
これはどう答えるべきだろう。
当然不味い状況になれば使うだろうけど、僕個人としては使いたくはない。
一度着たら気絶するまで脱げない欠陥品の使用などごめん被る。
というか相手は手の内を晒せと言っているのだ、正直に答える必要は微塵も感じないが……
どうしましょ? とばかりに先生に視線を向けてみれば、そっちはそっちで困惑した表情を浮かべていた。
「あーえっと、使うかもしれませんし使わないかもしれません。 状況次第です」
無難、というかはっきりしない答えを返してみれば、相手は明らかに警戒した様子でこちらを見ている。
おかしいな、そんなに怖がられる事例なんてあっただろうか?
もしかして昨日僕の記憶がない間に、あの鎧をつかってスプラッタショーでも繰り広げてしまったんだろうか?
そんなあり得ない想像をしてしまうくらい、彼らは怯えていた。
後ろにいる後衛組なんて、顔が真っ青を通り越してコンクリートみたいな色をしている。
見ているだけで昨日の自分を思い出して吐き気が込みあがってくるので、出来れば早く医務室に行ってほしい。
「いや、あの、その……えっと、アレです」
「いや、どれですか」
もごもごと喋る彼らに対し思わず反応してしまったが、それでも彼らはビクッと大げさな反応を返してくる。
なんというか、ここまでビビられると色々傷付くものがあるんだが。
そんなに酷かったのか? 昨日の僕の行いは。
先日の対戦相手無事だよね? 挽肉になってたりしないよね?
なんて色々を不安になって来た時、会場に異変が訪れた。
「ちょっとあの鎧の相手はしたくないので、降参――」
『いやはや、楽しそうですね。 我々も混ぜてくださいよ』
やけに楽し気な声を上げながら、頭上からゆっくりと何者かが降りて来た。
きっと彼の周りだけ重力がお仕事サボっているんだろうとしか思えない速度で、ゆるゆると会場に降り立つその人物。
件の彼の額からは、二本の角が生えていた。
ただし羊みないな角。
そういう場合ってこめかみとかに生えてるもんじゃないの?
邪魔じゃない? ソレ。
「こんばんわぁ皆さま。 本日はこのケノコ王国とノコ王国に対し、喧嘩を売りに参上致しましたぁ」
やけに語尾を伸ばすロン毛の魔族が、会場に突然出現した瞬間であった。
彼の真上にはいつか見た魔法陣。
逆利用しようとした結果こっちの地方に飛ばされたアレだ。
というか、そんなに簡単に入れちゃうの?
ファンタジーあるあるの、国の周りには結界がーみたいな設定とかないの?
あとその角邪魔じゃない? ちょっと目に被ってるよ?
『皆様! 避難を! 避難をお願いします! この会場に魔族が入り込みました! どうか皆様! 落ち着いて避難を――』
実況席から緊急避難警報が聞こえ、会場はパニックに陥った。
逃げ惑う人々、轟く悲鳴。
一瞬にして、この場は本物の“戦場”に早変わりしたらしい。
「あはははは! 無駄ですよ、今夜中にこの街は火の海に変わりますから。 しかし魔族一人が来た程度でこの混乱。 実に人種というのは愉快ですね! 聞くがいい、我が名は――」
「変身」
自己紹介中非常に申し訳ないとは思うが、会場が銀色の光に包まれる。
逃げ惑いながらも、呆気にとられた人々は会場を振り返った。
とは言えいつもの変身中の閃光で、ろくに見えたもんじゃないとは思うが。
「乱入は困る、手続きを済ませてから参加しやがれ」
呑気な台詞を吐きながら魔族に足払いをかまし、倒れたところを十字固め。
相手は何が起きたのか理解できないという表情を浮かべながらも、その痛みに叫び声を上げていた。
「いだだだだ! おい、待て! なんだお前!」
先程まで恐怖の対象であった筈の魔族。
だというのに、ソレは今会場の真ん中で悲鳴を上げている。
周りの皆様も理解が追い付かない様子で、ポカンとだらしなく口を開けているギャラリー達。
ついでに言えば空飛ぶ実況席の二人や、対戦相手までもが同じような顔をしていた。
「好き勝手出来ると思うなよ? こっちは金が掛かってんだ。 ここで大会中止になんかされたら、誰が俺たちに金を払ってくれるんだ? お前払ってくれる? 俺たちの全財産倍にして返してくれる?」
欲望丸出しのセリフを吐きながら、先生は更に彼の腕を捻り上げた。
悲鳴のボリュームは上がり、会場全体に響き渡るのではないかと思う程にデカい声を上げる魔族。
ちょっと曲がってはいけない方向に曲がり始めている右手は、見るに堪えないくらい痛々しい。
「お、お前! 人間ごときが我々魔族に――」
「種族が変わろうと骨格が一緒なら似た様なもんだろ? 安心しろ、人間の骨は数百本程で構成されている、その内一本や二本……問題ないだろ?」
どっかで聞いたなその台詞。
「腕の骨が折れた!」って台詞の後なら百点満点だったのだが。
とはいえこのままじゃ試合も続行できないだろうし、どうすればいいんだろうこの人。
このまま固めておけば衛兵さん達が逮捕しにきたりする?
それとも意識刈り取っちゃった方がいいのか?
「あー、えっと。 実況席の方、すみません。 コレどうしたらいいで――」
聞えるかどうか分からないが、空飛ぶ実況席に声を掛けた瞬間。
僕の言葉を遮って、誰かが叫び声をあげた。
「エクスカリーカリヴァーァァァァ!」
良く分からない掛け声、そして技名。
普段そんな声を聞けば、生暖かい目で振り返っていた所だろう。
だというのに、この時聞こえたクソダサい……じゃなかった、無駄に強そうな技名を叫ぶ背後の気配に、ゾッと背筋が冷たくなった気がした。
「先生、回避! ラニ! 早くこっちに来なさい!」
叫ぶと同時にラニを無理やり掴んで体を横にずらせば、今さっき僕の居た場所を含め、魔族の彼に向かって金色の光が伸びていった。
「なんだこりゃ!」
叫びながら急いで飛びのいた先生だったが、元々の体制が災いしてかわずかに回避が間に合わず、その右腕が光に包まれた。
明らかに危険だと肌で感じる事の出来る金色。
この光に触れれば一体どうなるのか、容易に想像できてしまう程の熱量を間近に感じた。
そしてこの攻撃を、先生は右腕で受けてしまったのだ。
最悪の想像が脳裏に過る。
「ちくしょぉぉぉ! 持って行かれたぁぁ!」
金色の光が止み、残っているのは右腕を抱くようにして悶える銀鎧が一人。
押さえつけていたはずの魔族は、いつの間にか姿を消している。
会場は抉れ、魔族の彼の姿はどこにも見当たらない。
それほどまでの熱量を受け、彼の右腕は……
「く、黒江。 俺の、俺の右腕が」
フラフラと立ち上がった先生は、その腕を僕の方へ向け……
「焦げた……」
見事に焦げていた。
美しい銀鎧は、ものの見事に煤に塗れていた。
上手に焼けましたね、うん。
「なんか“持って行かれた”って台詞を吐いてる時点で無事だとは思っていましたけど……」
「心臓に悪いです……カラスさんに鎧を渡せた事を、今ほど良かったと思った事はありませんよ」
緊張が解けたのか、ヘナヘナと地上に落下していくラニ。
しかしまだ事態が収拾した訳ではないので、その途中でつかみ取りフードの中に放り込んだ。
「さて、どういうつもりで乱入してきたのか説明してもらいましょうか? 剣の勇者さん?」
振り返って拳を構えれば、会場の外側に彼は立っていた。
金色のロングソードを片手で構えながら、こちらを睨むように見据えている。
妖精ラミから“剣”を貰った異世界召喚者、田中吉ろ……じゃなかった、ヴィンセントさん。
随分殺気立った目をしておられるが、彼にそんな恨みを抱かれる覚えはないのだが。
もしかして、本名ばらしちゃったことがそんなに嫌だった?
「君たちこそどういうつもりだ! 相手は魔族なんだぞ、すぐに対処しなければ手遅れになる!」
「いやだから対処していたでしょうに……」
今さっきまで先生が抑えてましたよね? ちゃんと見てました?
ちょっかい出すから相手がどこに行ったか分からなくなっちゃったじゃないですか。
などと思っていたら、頭上から探している人の声が聞こえて来た。
「ふざけるな、ふざけるなよ人間共!」
そのまま奇襲でもすればいいのに、わざわざ大声を上げる彼はきっとお馬鹿さんなのだろう。
そんな彼は片腕が根元から無くなり、鬱陶しいロンゲは所々焦げてアフロに侵食されていた。
彼に向かって再び剣を構える田中さんの元に、彼のパーティーメンバーの女性陣が駆け寄ってくる。
すぐさま陣形を整え、臨戦態勢に入るその姿はまさに勇者ご一行。
頑張れー、ファイトー。
「ネコさん……他人事みたいに見てますけど、こっちは何かしなくていいんですか……」
フードから顔を出したラニがそんな事を言ってくるが、僕たちに出来る事とかある?
だって相手空飛んでるし、剣の勇者は金色のビーム飛ばすし。
もう任せちゃっていいんじゃないかな。
「ネコさんも飛べるじゃないですか……」
「鎧を使えば、です。 今の僕は飛べません」
そう言いながら“キリン”の皆様の元まで歩き、リーダーらしき剣士の近くでしゃがみこんだ。
その際にビクッ! と大げさに反応されたのはちょっとショックだが、まあ今はいいか。
「あの、こんな状況ですけどどうしますか? 戦います? それとも降参してくれますか?」
問いかけた彼らは、ポカンと口を開けたまま首を傾げてしまった。
まあ状況が状況だし、仕方ないのはわかるんだけど。
ここで試合がうやむやになってしまうと、僕達明日からホームレスなんですよね。
なのできっちりと勝敗を決めておきたい所なのだが……
「こ、降参する。 だからそんなに脅かさないでくれ……おいレフェリー! 俺たちは降参した! 早く勝利宣言を!」
じーっと見つめていただけなのに、ガクガク震え始めた彼は空飛ぶ実況席に向かって叫び始めた。
その際後ろではやけに派手な爆発音や、さっきの金色の光が飛び交っていたが。
『しょ、勝者妖精焼肉! あ、ちょ、ちょっと今かすった! クロエ選手カラスマ選手! 出来れば早く“勇者”の援護を! 今は魔族の殲滅が先……』
やれやれ、忙しい限りだ。
勝利宣言は頂いたが、実況席はさっきから高速で飛び回っている。
魔族と“剣の勇者”の攻撃に巻き込まれまいと必死なのは分かるが、アレでは乗っているだけで乗り物酔いしそうだ。
「ネコさん。 あの人が持っているの、“光剣”って呼ばれている遠距離専用武器です」
フードから再びラニが顔を出し、急にこれまた意味深な言葉を放ってくる。
え、なにどういうこと?
今さっきファンタジー斬撃を食らったばかりなので、遠くても攻撃出来る事は分かってるけど……遠距離専用?
「勇者の武器にも色々あるんです。 ネコさんとカラスさんが同じ“鎧”でも違いがある様に、“剣”も数種類存在します。 そしてあの人が持っているのは、魔力量によっては視界に映る全てが射程範囲になりうる遠距離武器。 剣その物はなまくらどころか飾り物でしかありませんが、放たれる光は全てを焼き尽くす太陽の剣……なんて言われてたりします」
「なにそれ、それこそチートじゃないですか。 視界全てが射程範囲って……って待ってください。 そんな物使っておいて、あの人未だに空飛ぶロンゲを撃墜出来てないんですか?」
「あーえっと……まぁ使いこなせるかどうかは本人次第でして。 それにカラスさんの鎧を見れば分かると思いますけど、勇者武器は進化します。 形が変わり、能力が変わる。 どこまでも使用者に合わせて成長していく武具なんです。 なので“剣の勇者”はまぁ……そういう事なのでしょう」
確かに先生の鎧はマントが付いたり、ちょっと肩の鎧がゴツくなったりと、少しずつ変化している。
なるほど、どんどん変わっていくのかこの鎧。
でも出来れば黒い方は変わらないでいただきたい。
これ以上デカくなったらどうなるんだ? 最終的に戦艦にでもなってしまうのか?
「まぁそういう訳なので、この戦闘は彼に任せてもいいかもしれませんが、明日の決勝戦はかなり不味いです。 お二人共遠距離に対して何も武装がありませんし、何より相手も勇者武器です。 一撃でカラスさんの腕を焦がす程の攻撃となると、連発されたら打つ手が……」
既に明日の事を考えているこの妖精も結構良い性格している気がする。
魔族が攻め込んできて、民衆はパニックに陥っているというのに。
もはやロンゲ羊ホーンな彼は、アウトオブ眼中の様だ。
「というか先生! 今更ですけど腕大丈夫ですか!?」
普通に忘れていたが、彼は“剣の勇者”の一撃を食らったのだ。
防御力のみの鎧と言われるソレを焦がす程の熱量。
そんな物を食らっては、中身に影響だって――
「あん? おう、平気」
いつの間に僕の近くで胡坐をかき、自分のマントで焦げた右腕をゴシゴシしていた。
削ぎ落した汚れの下から見えるのは、変わらぬ美しい銀鎧。
もはや心配するのがバカバカしい、もう帰っていいかな。
「ちょっとアンタ達! 仮にも勇者ならこっち手伝いなさいよ! 使えない武器貰ったからって、人任せでいいと思ってる訳!?」
そんな罵倒が背後から響いた。
振り返ってみれば、空中と地上で魔法を打ち合っている魔族と勇者一行。
その内の一人、魔法使いの女の子が凄い形相でこちらを睨んでいた。
え、まだ仕留めてなかったの?
とかいったら、怒られちゃうかな。
でも君らの勇者遠距離型なんでしょ? 早く撃ち落とせばいいのに。
「くそっ! ちょこまかと!」
「くはははっ! 勇者とはその程度ですか? 同じ攻撃を何度された所で、当たる訳がないでしょう!」
ブンブンと素振りする様に剣を振る勇者。
イメージとしては斬撃が飛んでいく感じなんだろうか?
金色の光は確かに早いが、魔族は平然と避け続けている。
なんだろうコレ……攻撃は派手なのに、随分と地味だ。
「あの小僧は何やってるんだ? パフォーマンスにしては面白くないんだが……」
ついに先生からも駄目だしを食らってしまった。
それくらいにつまらない戦闘になっている。
「あ、あのー……突きとかだとその斬撃って出ないんですか? その方が相手も避けにくいと思うんですが」
思わずひと声かけてみると、「その手があったか!」とばかりに剣を突き出し始める馬鹿が一人。
空中に向かって剣をツンツンし始める、黒歴史の塊が爆誕した。
「クッ……これは少し、キツイですね!」
「どうだ! これが剣の勇者の力だ!」
実に楽しそうである。
もう放っておいてよくない? きっとこのまま激闘(笑)を繰り広げて、満足したら終わってくれるって。
「おかしいですね、ネコさんやカラスさんばかり見ていたからでしょうか……とてつもなくショボい戦いに見えます。 でもこれ、勇者と強力な魔族の戦いなんですよね……」
「言葉にしない事も優しさですよラニ。 現にほら、みんな必死じゃないですか」
ツンツンしている勇者と、仲間が魔法を空中に放ち、魔族は避けながらたまに反撃。
縦シューティングみたいになって来ているが、お互いに真剣な表情だ。
エフェクトだけは派手なので、周りの観衆も息を呑んで見守っている。
「くっ、流石は勇者といった所ですか……ですが、これだけでは終わりませんよ」
「なにっ!? まさか貴様、まだ何か奥の手が!?」
あ、何か始まった。
先生の隣に腰を下ろし、完全に傍観体制に入ったあたりで状況が変化した。
ふははははーと笑う魔族の後ろで、再び魔法陣が輝き始める。
もう覚えた、アレは転移の魔法陣だ。
今度は何が出てくる? ボマーが出てきたらすぐさま鎧を装備する所なのだが……
「見るがいい! 我が国の魔王様からお預かりしてきた魔獣! その名も“ケルベロス”!!」
「な、なんだと!?」
寸劇の様な会話を繰り返す二人は良いとして、後ろの魔法陣から徐々に姿を現す巨大な魔獣。
鋭い牙、分厚い爪。
瞳は敵を食い殺さんとばかりに鋭く、大きな口からは低い唸り声が響く。
4~5メートルはありそうなその巨体は魔法陣から完全に姿を現し、こちらを見下ろしてきた。
その名はケルベロス、地獄の番犬と言われたその魔獣はまさしく――
「柴犬だな」
「柴犬ですね」
「なんかもう、ラニは慣れてきちゃいました」
各々感想を洩らしたところで、巨大な柴犬は「ワオーン!」とデカい声で鳴いた。
実に可愛らしい、昔僕が飼っていたのも柴犬だった。
もっと小さくて、豆シバかというくらいに成長が遅かったが。
そうそう、あの子は頭のてっぺんに変な模様があったのだ。
牛丼に乗せた紅ショウガを思い出させるような、変な模様が。
それが面白くて、可愛くて。
目の前の柴犬の頭にあるような、あんな柄が……
「ん? アレ?」
「どうした? 黒江」
「ネコさん?」
二人して僕の顔を覗き込んでくるが、今はそんな事どうでもいい。
あの額の柄、そして体の模様。
そして愛らしいあの表情。
体は随分と大きいが、よく見れば随分と特徴は似ている。
「紅……ショウガ?」
「ネコさんついに頭がおかしくなりました? 紅ショウガはここにはありませんよ?」
失礼極まりない事を言い放つ妖精を無視して、僕は立ち上がった。
そして巨大な柴犬も、こちらをジッと見つめている。
「おいケルベロス! どこを見ていやがる! 相手はあっちだ、勇者だろ!?」
羊ロンゲが柴犬の顔に蹴りを入れるが、巨大わんこはビクともしない。
こちらをジッと見つめたまま、お座りしていた。
「くそっ、こんな隠し玉を……食らえ!」
剣の勇者が剣を横なぎに払おうと構えている。
不味い、今のまま動かなかったら首が飛んでしまう。
「紅ショウガ! 伏せ!!」
「わんっ!!」
バッとその場に伏せて、金色の斬撃を避ける巨大柴犬。
「なっ!? 躱した!?」
どっかでバカの声が聞こえるが、今はどうでもいい。
フラフラと柴犬に歩み寄り、僕よりずっと大きなその体を見上げる。
「紅ショウガ?」
「わんっ!」
「本当に紅ショウガなの?」
「わんっ!!」
その返事をもらって、僕はその獣に全身で突っこんだ。
もふもふフカフカ。
間違いない、僕の知っている紅ショウガだ。
「何を訳の分かんねぇ事を!!」
動かぬ魔獣に痺れを切らしたのか、叫び声をあげる魔族。
そんな彼の顔面に、次の瞬間銀鎧の踵が突き刺さった。
「ちっと静かにしてろ、ワンコと飼い主の感動の再会なんだからよ」
「紅ショウガって名前だったんですね。 色々ともう……あぁいいです、ラニはもう何も言いません」
二人の声が、唖然とする多くの人の耳に響き渡ったのであった。




