勇者様のお名前はやはり皆ヤバイんですかね?
毎度誤字脱字報告ありがとうございます。
非常に助かります。
ぐおおおぉぉぉと苦しみを声で表しながら、僕はベッドの上で悶えていた。
別に羞恥心がどうとか、過去の黒歴史がどうとかで悶えている訳ではない。
単純に頭が割れそうなくらいに痛い、ガンガンと頭の中で鐘が鳴っているのではないか思うくらい痛い。
頭痛が痛い、ついでに言えば気持ち悪い。
「頭痛が痛いって……語彙力まで低下していますよネコさん」
呆れ顔の妖精が、耳元で何かつぶやいている。
今はコイツの声でさえ頭に響くのだ、出来れば大人しくしていて頂きたい。
だというのに、相も変わらず喋り続ける秋の虫。
お前人の心読めるんでしょ? だったら少し空気を呼んで静かにしていておくれよ。
「まぁ昨日のは不幸な事故の結果だったとしても、何も考え無し“鎧”を使ったネコさんのせいでもあるんですかね? 二日酔い確定のベロベロ状態に、更に魔力まで引っ張り出したんですから。 お酒は飲んでも飲まれるなっていいますよね? あれと一緒ですよ」
うるさい、非常にうるさい。
お小言を言ってくる姑みたいに、ネチネチネチネチとさっきから。
こっちは頭が痛いんだ、割れそうなのだ。
今の状況でお説教かまさなくてもいいじゃないか。
むしろ昨日の事とか覚えてないよ。
食堂あたりから記憶が綺麗さっぱり吹っ飛んでるよ。
「おーい、起きてるかぁ? 飯と酔い覚まし貰ってきたぞ。 ちゃんと二日酔いにも効くヤツらしい」
未だラニのお小言が続く雰囲気があったが、先生の登場で何とか収まったらしい。
でかした! と褒めてやりたいところだが、生憎と体調不良の為動けない。
というか彼が抱えている紙袋から脂っこい匂いが漂ってきて、思わず「うっ」と言って口を押えた。
「あーこりゃ随分ひでぇな。 飯の匂いですら気持ち悪いか」
「わー何か状況を知らなければ妊婦か何かに見えますね。 おめでとうございますネコさん」
昨日酔っぱらった僕はそこまで酷い醜態を晒したのか、ラニが妙に虐めてくる。
覚えてろよ……後で絶対仕返ししてやる。
なんて睨みつけていたが、気持ち悪さから涙目になっている僕は相当酷い顔をしていたのだろう。
二人から「本当に大丈夫?」みたいな目で見られてしまった。
「ま、とにかく貰って来た特性ドリンクを試してみっか。 それでも直らなきゃ、無理にでも飯食って薬飲めとさ。 まぁ試合は夜からみたいだし、なんとか間にあうだろ」
「今日……僕、お休みで……」
「ダメですよ。 負傷が直らなかったとか、意識が戻らない場合を除いてメンバーの変更、欠員は基本的に認められていません。 受付時のメンバーが全員揃っている事も参加条件なんです。 数人だけ強い人を雇って、後のメンバーは不参加。 しかし賞金や名声は得る、みたいな不正を防止する策みたいですよ? お金はパーティ全員に支払われますからね」
「そんなぁ……」
泣き言を漏らしている内に上半身だけ起こされ、鼻を洗濯ばさみでつままれた。
ん? 待て、この洗濯ばさみは何だ。
更には口に漏斗の様な物……というか完全に漏斗を差し込まれ、上を向かされた。
普段ならすぐにでもこれらを取り去って一発殴っている所だが、今は頭がクラクラしていて愚痴の一つも言えたもんじゃない。
「よし、黒江。 何も考えるな、いいな?」
不安しか残らない台詞を吐きながら彼が取り出したのは、一本の黒い瓶。
横目で確認する限り、瓶が着色されている訳ではなさそうだ。
単純に中身がどす黒いのだ、しかもドロドロしている様にも見える。
キュポッと音を立ててコルク栓を抜けば、周囲に漂う劇的な悪臭。
鼻をつままれているというのに、それでも平然と嗅ぎ分けられるこの悪臭は不味い。
それは絶対人に対して使ってはいけないナニかだ。
手に持った物体Xを一体どうしようと言うのか……なんて、口に突っ込まれた漏斗を見れば答えは分かり切っているのだろう。
「んがああぁぁぁ! んんっ! んー!!」
必死で抵抗を示すものの、先生から抑えられ耳元ではラニが叫び、もれなく頭がガンガンする非常事態。
いや、ホント、マジで止めてください。
死んでしまいます、死ぬからやめろって言って――
「よし、頑張って飲め。 これで直る、筈だ」
笑顔のまま命令してくるコイツの顔を、今ほど殴りたいと思った事はない。
イヤイヤと首を振る僕に対して、彼は容赦なく物体Xを流し込んだ。
「んんんんっっ!!!」
ドロリ……と口の中に流れ込んで来たソレから感じるのは、やはり悪臭。
そして青臭さと苦みが混じり……次に口の中が焼けたのではないのかという程の辛さが、舌先から伝わって来た。
やばい、コレは吐き出さないと死ぬヤツだ。
全身から嫌な汗が噴き出したが、液体は容赦なく追加されていき、吐き出すよりも先に喉の奥へと流れ込んでいった。
「ぶふっ! がっ! ごほっ!」
かなりむせ込みながらも、喉の奥へ奥へと流れ込んでいく物体X。
通った場所が鮮明に分かる程、猛烈な辛さが喉から食道へと進んでいく。
更にそれは進み、やがて胃袋にたどり着いた……と思った途端、カッと胃袋が熱くなった。
胃が爆発でもしたんじゃないですかね、なんて思えてしまう程にお腹の中が熱い。
そして脈拍が速くなり、体中から滝の様な汗が出てくる。
あ、コレ死んだかも……
「全部飲んだか? よく頑張ったな。 何かすっげぇ汗かくし、一回目は腹も壊れるらしいが。 一回出しちまえば回復するってよ。 ドワーフにも効く強力なヤツだぜ! って酒場のオヤジが言ってた」
お腹壊して一回出すとか、年頃の女の子に言っていいセリフなんですかねソレは。
なんて事を言いたくはあったが、生憎とそれどころではない。
内臓という内臓が燃えるように暑いし、汗も全く止まる気配がない。
パクパクと金魚の様に口を開閉するだけで、声だってあがりゃしない。
再びベッドに転がり、芋虫の様にモゾモゾと動き回るのが精いっぱいだった。
「あーでもカラスさん? これはちょっと効きすぎの様な……というか脱水症状になりそうですよ? それ本当はドワーフ用って事は無いですよね? あの種族肝臓が物凄く強いですから、その二日酔いさえ飛ばすとなるとかなりの劇薬な気が……」
なにやらラニが偉く不安になる事を口にしている気がするが、そういうのはもっと早く言ってくれ。
やけにボーッとする頭でそんな事を考えるが、相変わらず口はパクパクと動くだけ。
あかん、体が熱い。
「おう、ちゃんと人用だって言ってたぞ? あんまり若いからって深酒すんなよって笑って注意されたくらいだし」
「……カラスさん、ソレちゃんとネコさんに使うって言いました? 十代で、しかも体の小さい女の子に使うって、ちゃんと説明しました?」
「……あ」
しばらく、不穏な静寂が部屋の中を包み込んだ。
おい、待て。
本当に大丈夫なんだよな? 僕このままぽっくり逝ったりしないよな?
「馬鹿ああぁぁぁ! それ完全にカラスさんが使うモノだと思って配合されてますよ! そりゃその図体ですから、量だって多くなりますよ!」
「ぬぁぁぁ! マジかぁぁぁ!」
「と、とにかく水! 水! それからギルドか何処かでポーション! むしろヒーラーを連れて来た方が早いかも!? ネコさーん! 意識をしっかり保ってー!」
慌てふためく二人を、どこか霞んだ意識の中で眺めている。
先生は窓から飛び立ち、ラニは宿の人でも呼びに行ったのだろう。
騒がしい二人が居なくなった部屋の中は、さっきまでの空気が嘘みたいに静かになっていた。
あ、ダメだ。
一気に汗をかいたからなのか、全身気怠いし物凄く眠い。
ゆっくりと瞼を下ろしながら、視界が暗闇に覆われる。
そんな中、グ~~と間抜けな音だけが室内に響いた。
あぁ……お腹すいたなぁ……
頭痛やら吐き気が一気に吹き飛んで楽になった途端に、正直な僕の胃袋は食事を求めて唸りだしたのであった。
――――
どれくらい眠って居ただろうか?
ゆっくりと意識が覚醒していき、全身の気怠さが戻ってくる。
目を開ければ、必死な様子で僕の汗を拭いてくれるおばちゃんが一人。
更には水を少しずつ飲ませてくれる、修道服の女性が二人。
なんだろうこの状況、僕は今なぜ介護されているのだろう。
「目が覚めたかい!? 大丈夫!? 体におかしい所はない!?」
僕が目覚めた事に気が付いたのか、おばちゃんがえらく慌てた様子でこちらを覗き込んで来た。
まさに必死、大怪我を負った人間の手当てでもしていたかの様な真剣な眼差し。
マジで何だこの状況。
「えっと、あの?」
声を上げれば、両脇に居たシスターさん達が涙ぐみながら「良かった……本当に良かった……」なんて呟きながら祈り始めてしまった。
誰か、お願い誰か。
状況説明を切に願う。
ラニ、おいラニ、どこへ行った。
早く説明しろ、そういうのお前の仕事だろ。
いつも鬱陶しいくらいに煩い妖精に、心の中で呼びかけてみたが無反応。
というか先生も居ないし、アイツら何処へ行った。
混乱しながら視線を動かして二人の姿を捜してみれば……すぐ近くにいた。
片方は地面に、もう片方は椅子の上で地に額を擦り付けていた。
何をやっているんだろう、新しい宗教にでも加入したのだろうか?
「「 本当に申し訳ございませんでしたぁぁぁ! 」」
急に二人して大きな声を上げ始めた。
普通にビビるわ、なにそれ? 新しいドッキリ?
なんて困惑している内に、おばちゃんが二人を睨みつけながら先程の声に負けないくらいデカい声で叫んだ。
「アンタ達自分が何したか本当にわかってんのかい! ありゃ大の男が飲んでもひっくり返る様なゲテモノだよ!? こんな小さい子に呑ませたらどうなるかくらい想像も出来ないのかい! いくら奴隷だからって、そんな扱いをするくらいなら今すぐ売っちまいな! アンタの所にいるより数倍マシな扱いになるだろうさ!」
耳の奥がキンキン鳴り響く程の大声をあげたおばちゃん。
本気で怒っている様で、地面に伏せたままの彼の頭の上で怒鳴り続けている。
「あーえっと? 本人たちも“二日酔いを治す薬”とだけ聞いて使ったみたいですし。 そのへんで……」
「間違えた、だけで済むなら衛兵はいらないよ! アンタ自身も分かってるのかい!? 随分と体が丈夫だったから良かったものを、普通の12~3歳くらいの女の子ならポックリ逝っていたところだよ! アレに使われてるのは、そこらで調味料として使われる香辛料の数十倍も辛いって言われる物を丸々一個使って作られてるんだ! 子供になんか飲ませたら脳みそが溶け出しちまうくらい発熱するだろうさ」
うっわ、何それこっわ。
というかすみません、僕18です。
まあそれはいいとして、なんて物飲ませやがったんだコイツら。
むしろアレか? あのドリンクを呑んだらとんでもない汗をかいてアルコールは吹っ飛ぶが、またソレを飲まされる事を恐れて酒の量を控えるようになる……的な?
たまにある罰ゲームドリンクって事か?
「本当に、貴女が丈夫な体で良かった……内臓に影響が出たり、体が毒だと判断してくれれば私達の祈りも届くのですが。 貴女の場合はソレが無くて……いくらヒールやキュアを掛けてもまるで効果が無く……本当に神に祈るばかりでした……」
そんな事を涙ながらに語る両脇のシスターさん達。
さっきから丈夫だなんだと凄い評価だな、元気な男の子ですよみたいに言われても反応に困るんだが。
というかアレか、聞く限り僕の体は“あんなもの”でさえ食べ物として処理したのか。
むしろ内臓に影響出てなかった? 本当に?
体が物凄く熱くなったし、妙な痙攣も出てたんですけど?
あんな状態でも、僕の体は正常に胃袋の中身を消化していたのか。
凄い、確かに丈夫だ。
そして今ではすっかり元気だ。
「とにかく、これに懲りたらおかしな物小さい子に飲ませるんじゃ――」
グゥゥゥ……と、大きな音がおばさんの言葉を遮った。
偉い剣幕で怒っていたというのに、驚いた顔でこちらに振り返る彼女。
そしてベッド脇に居たシスターも目を丸くして僕を見ている。
ちょっと恥ずかしいので、出来ればそんなに見ないでいただきたい。
「あの、とりあえずご飯食べてからでいいですかね? お腹すいちゃって」
おずおずと手を上げた僕を、三人は信じられないモノを見る眼で眺めている。
あの、どうかそんな目で見ないで下さい。
生理現象というか、生物的本能なもので。
「はぁ……わかった、今何か持ってくるよ。 だからしばらく大人しく寝てな」
そう言ってから、おばちゃんが扉に向かって歩いていく。
もしかしてこの宿の人だったんだろうか?
しかも料理を作ってくれるのか。
応急処置? もしてくれたし、物凄くいい人だったようだ。
凄い当たり宿だ、この国にいる間はこの宿で過ごそう。
なんて事を考えながら、どんな料理が出てくるのかソワソワしている僕の耳に、彼女のため息交じりの呟きが僅かながらに届いた。
「全く、黒い死神ってのはとんでもないね……どこの勇者様なんだか」
そう言いながら扉の向こうへ消える彼女に対して、僕は肩を震わせた。
え、何……“黒い死神”って。
ウケるんですけど、そんな名前名乗っちゃってる人居るの?
絶対日本人でしょ、おまけに名前の左右に十字架マークとかつけちゃってるんでしょ?
プークスクス!
そんな人まで居るのこの国!? めっちゃ見てみたいわ!
ヴィンセント(笑)さんといい、黒い死神さんといい、皆凄いな。
異世界楽しんでるな、いろいろと尊敬するわ。
「ネコさん……」
ラニが妙な声を上げた気がしたが、今はそれどころではない。
次はどんな“勇者様”に合えるのか、実に楽しみだ。
期待に胸を躍らせ、ニマニマしながらベッドに横になる。
あー早く会えないかな、黒い死神さん。
きっと全身黒い服着て、上着とか風にパタパタ揺らしちゃってるんだろうなぁ。
想像するだけで笑えて来る。
絶対見た瞬間爆笑する自信がある、その人だけは必ずラニに本名を探り出してもらおう。
むしろさっきのおばちゃんの料理を食べたら、試合までその死神さんを探すのも悪くないかもしれない。
あぁもう、今から楽しみだ。
クックック、人の黒歴史ほど楽しいものはない。
「クロエ、ネコ……」
なんか急に土下座妖精がフルネームで呼んできたんだが、この子はどこか壊れちゃったのかな?
まあいいや、今は料理と死神さん(笑)の事だけ考えよう。
悪くない、悪くないじゃないか異世界。
色んな所にお楽しみ要素が隠されている。
待ってろ死神さん、絶対見つけ出してお顔を拝見してやるんだからな。
十数分後に戻って来たおばちゃんは、何故かお粥をもって登場した。
「胃に優しいものにしたからね……」と言いながらフーフーした上でアーンまでのオプション付き。
完全に子ども扱いである。
そしてやけに時間が掛かる食事を終え、身支度を整え。
土下座スタイルの二人が顔を上げた頃には、既に試合開始の時刻となってしまった。
死神さんを見つけに行くことが出来なかったのは色々不満が残るが、まあ仕方ない。
今は目の前の試合に集中しよう。
そんな事を考えながら、僕は手持ちの“黒いジャケット”を羽織り、“黒いズボン”を履き、“黒いグローブ”をその手に嵌めたのであった。




