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お酒は二十歳になってから?


 結果から言おう、次の試合も勝った。

 ついでに言えば、お腹も膨れた。

 そしてその次の日、僕らは3回戦のゴングを待ちながら食堂で待機している。


 「ネコさん、雑です。 回想が雑です」


 回想いうな、思い耽っていると言え。

 ジロリと右肩の妖精に目をやれば、何故か大きなため息を溢されてしまった。

 まあいい、少し昨日の話を……あぁ違う。

 話をしよう……あれは今から……


 「そういうのいいですから。 大丈夫だ、問題ない」


 ノリが良いのか悪いのか分からない妖精である。

 あの後僕らは“ジョレー・ヌー”という、最初と最後に一文字ずつ足すとコンビニでも売っていそうなワインみたいな相手と戦った。

 構成はムキムキ5、スマート1。

 だがしかし、男性4人に女性2人のパーティだった。

 後衛一人はとにかく強化や防御の魔法を仲間に使用し、前衛五人は肉弾戦を挑んでくる野蛮人達。


 「どの口が言うか……」


 ヒャッハー! とばかりに突っ込んでくる彼らに、お腹を空かせて機嫌が悪かったらしい野獣が一匹、彼らを食い散らかしてしまったのである。


 「正確には二匹ですね」


 最後の一人は可哀そうなくらい怯えた修道服を着た少女だったので、スカート部分だけをひっくり返すだけに留め、会場の外へとポイする事で無事僕たちは昨日の試合を乗り切る事が出来た。


 「穢されたって言って泣いてましたね」


 無事勝利報酬と掛け金の回収が出来てホクホクだった僕らに、なんと更に驚くべき事態が。

 会場で見ていた観客の皆様が「明日も頑張れよ!」「次はお前らに賭けるからな!」なんて言いながら、食事だ酒だと大盤振る舞い。

 中には「明日は是非下を脱がせる方針で……」とか、「今度の相手の衣服はぎ取って来てくれたら言い値で買うから! な!?」といいながら金銭を渡してくる方々までいらっしゃった。

 欲望丸出しである。

 流石はお祭りの国、皆様騒ぎたいし飲みたいしで大盛り上がりだった。

 おかげで昨日の夜は一銭も使う事無くお腹いっぱいになったのであった。


 「そして匂いだけで二日酔いになった人が、ここに一人っと」


 そしてラニが確認した結果、どうやら後2回勝てば決勝にたどり着くらしい。

 何やら“勇者ヴィンセント”が出場したことにより、随分と皆さま参加を辞退されたそうな。

 ちなみに勝ち進んだ場合勇者様(笑)とは決勝で当たる事となる。

 つまり3戦目だ。

 はたしてどんな“武器”を使ってくるのか……“剣”とは言っていたが、ただの剣ではないだろう。

 とはいえ決勝戦は賭けがおこなわれないので適当にぶっ飛ばすか、もしくは負けてもいっか、てな具合ではあるが。

 今のまま行けば、準決勝までで相当稼げそうだ。

 大会優勝賞金は惜しいが、それでも十分懐は潤う事だろう。


 「などと言ってはいるが、ネコさんは知らなかった。 賭けた所で大した金額にならない事を」


 「……それは、どういう」


 意味深なラニの言葉に小声で振り返れば、ニマァと笑いながら妖精さんは呟いた。


 「昨日人気を集め過ぎましたね。 “剣の勇者”側のブロックならまだしも、こちらのブロックでは随分と期待されているみたいですよ? 今全財産賭けても、倍にはならないでしょうねぇ」


 「なっ!? そんな馬鹿なっ……ってウェ……頭痛い」


 二日酔い、ダメ絶対。

 昨日飲んだわけでもないのに、とてつもなく気分が悪い。

 空気中に広がったアルコールだけでもここまでの効果があるとは……


 「めちゃくちゃお酒に弱い体質なんでしょうねぇ。 あ、“鎧”を着れば直るかもしれませんよ? あれ状態異常を受け付けない付与も付いてますから。 元から付いてる状態異常も、中からじんわり直してくれる、もとい跳ね除けてくれるかもしれません」


 「ふざけないでください。 未だに“鎧”の脱ぎ方がわからないんですから、下手に使用すれば戦闘前にぶっ倒れます……うぅ、キモチワルイ」


 なんか吐きそうなのに吐けないという状況のまま試合時間まで待っていると、目の前にドンッ! と音を立てて料理とお酒? が運ばれてきた。

 頼んだ覚えはないのだが、料理を持ってきた恰幅の良いおばちゃんはウインクすると、そのまま厨房に去って行く。


 「あー黒江? 水飲んどけ、な? そっちの酒は俺が貰うから」


 そう言って先生が僕の目の前のお酒を手に持った瞬間、彼の体にもたれかかる様にして声を掛けて来た馬鹿が一人。


 「お前ら昨日暴れまわった“妖精焼肉”だろ!? 聞いてくれよ、俺の知り合いがお前に似た銀鎧を前に見たって――」


 「あ」


 「あぁ……」


 先生が手に持った杯が宙に舞い、そして逆さまになった状態で着地する。

 ただし残念な事に地面に落ちた訳ではなく、結果として最悪の場所に落ちた訳だが。


 「黒江? その、大丈夫か?」


 「衛生兵ぇぇ! じゃなかった。 女将さん! 水! 大量の水を持ってきてください!」


 二人が何か喋っている中、意識がぼんやりと霞んでいく。

 何の不幸か、お酒の入った杯は僕の頭の上に見事着陸した。

 中身はドボドボである、僕もビシャビシャである。

 そしてその匂いは、いつか先生が飲んでいた“泡盛”みたいな匂いがした。

 漂っている空気を吸うだけで酔いそうな、そんな強烈なアルコールの匂い。

 そしてペロリと唇をなめれば、喉が焼けそうな強烈な味。

 というか何故舐めた、馬鹿なのか僕は。

 そんな事を考えながら、僕の視界は完全にブラックアウトしたのだった。


 ――――


 大会二日目、今は既に夜に差し掛かっている時間。

 我々の前の試合が長引き、こんな時間になってしまった様だ。

1回戦どころから2回戦まで終わり、今日集まっているのは本当の強者達。

 胸が高鳴る。

 強者と戦いたい、そういう気持ちもあるが他の要因の方も強い様な気がする。

 期待と不安、そんな感情に心躍らせながら金色の長い髪を弄り回していた。


 「リーゼロッテ様。 入場のお時間が参りました」


 「……分かりました。 各員! 戦闘準備!」


 声を上げれば一斉に剣を引き抜き、眼前に己の剣を掲げる仲間たち。

 人数制限もあってこれだけしか連れてこられなかったが、彼らは選び抜かれた戦士たちだ。

 貴族の位に属し、そして優秀な師範の元鍛え上げられた騎士。

 そして私自身婿入りより剣を取り、ここまで自身を鍛え上げて来た令嬢なのだ。

 こんな彼らを連ねる私が、そこらの冒険者などに負けるなどあり得ない。

 むしろ負けるようなことがあれば、家からはすぐさま帰ってこいと言われてしまうかもしれない。

 今まではそんな事まるで心配していなかった。

 魔獣を駆逐し、時には魔族さえも相手にしたこともある。

 そんな私達が、野蛮な冒険者などに……

 そう思っていたのに、昨日の試合を見て私の自信は砕かれた。

 人間とは思えぬ怪力、そしてあの美しい銀鎧。

 堂々と佇むその姿はまるで、貴重な絵画の様にこの瞳に映り込んだ。

 あの姿を、あの雄姿をもう一度見たい。

 そんな風に思ってしまう程に、美しく猛々しかった。


 そして今日の相手は“その”銀鎧の殿方。

 あの姿をもう一度見たい。

 でも“ソレ”が降臨なされれば、私達は地に伏せる事になるだろう。

 そんな予感めいたモノが、私の中に渦巻いていた。


 「リーゼロッテ様?」


 騎士の一人が、私の変化に気づいて声を掛けてくる。

 いけない、こんな所で不安になっていては。

 私は勝つ、何をしても勝つ。

 その為に、私達は今この場に居るのだから。


 「何でもありません。 皆、入場しますよ。 作戦はいつも通り、しかし“銀鎧”の彼をまず先に狙う様に。 後は雑魚です、どうとでもなるでしょう。 もしも“銀鎧”が出てきたら……その時は私が直々にお相手致します。 皆の拳闘を願いますわ」


 それだけ言って、私達は会場へと進んだ。

 ザッザッ! と耳馴染みよく、綺麗に揃った足並み。

 他のパーティでは、まず見ることが出来ない光景だろう。

 見るがいい、慄くがいい。

 これが私達“スパークリング”だ。

 野蛮人の中に紛れ込もうとも、他の面々とは違う“色”をもったパーティだ。

 これがお前たちと、私達の違いだ。

 刮目せよ、我は大いなる力を持った者なり。

 この国に“勇者”など不要ということを、この私が知らしめてやるのだ!


 「視界がぁ、ゆれるーえへへへ」


 「おーい黒江―? 大丈夫かー? 起きろー?」


 「ネコさーん、酔っぱらっている場合じゃないですよー? 今から戦闘ですよー?」


 会場に上った瞬間、間抜けな光景が目に入った。

 うん、うん?

 間違いなく昨日見たメンバー。

 ただ、なんというか雰囲気がほわほわしている。

 なんだろう、特に女の子がぽわぽわゆらゆら。

 ちょっと可愛い、じゃなくて。


 『これより第三試合、“スパークリング”対、“妖精焼肉”の試合を開始する!』


 レフェリーが力強い声を上げ、頭上に片手を振り上げた。

 いよいよだ、いよいよ……なのだが。


 「スパークリングって……ひっく……ワインか何かですかね? 皆お酒好きですねぇー」


 あの子、本当に大丈夫だろうか?

 ふらふらふにゃふにゃしてるし、今では“銀鎧”の彼に背中を預けながら眠そうに目をこすっている。

 えーっと、どうしよう。

 とりあえずスキル“伝達”を使用し、メンバーに声を掛けた。


 『どう思う?』


 『あーえーっと、あの子は無視でいいのでは? 何か酷く酔っぱらっている様子ですし』


 『……はい、私もそう思います。 幼子に刃を向けるのも心苦しいですが、更にあの状態では……』


 『恐らく、昨日の様な脅威とはならないでしょう。 下手すれば試合開始直後に眠ってしまいそうな様子ですぞ?』


 “伝達”により繋がった仲間たちからの声が聞こえてくる。

 本来はリーダーから一方的に指示を出すスキルだが、レベル……もとい熟練値とでもいうべきだろうか。

 そういったモノが強化されれば、こうして会話が出来るようになるのだ。


 『で、ではあの少女には手を出さぬ方針でいきましょう。 妖精の方は何かしら魔法を使ってくるかもしれん。 十分に注意しながら、“彼”を倒す。 異論はありませんね?』


 『『『 了解 』』』


 皆からの了承を得て、私は強く頷いた。

 むしろ好都合、直接相手すべき前衛が一人しか居ない状況なのだから。

 私は勝つ、あの銀鎧に。

 そして勝った末に、私は彼を――


 『試合開始!』


 レフェリーが手を下げると同時に、顔の赤い幼子が“ナニか”をこちらに向かって突き出した。

 ん? なんだ?

 全員の視線が注目する中、彼女はゆらゆらと体を揺らしながら口を開いた。


 「へーん……しん?」


 「ちょ、ネコさん!? 何やって――」


 妖精が叫び終わる前に、会場は闇に包まれた。

 彼女が手に持っていた“ナニか”が口を開き、黒煙を噴出したのだ。


 『り、リーゼロッテ様!』


 『慌てるな! 防御陣形! 何が来るかわからん、この黒い霧が晴れるまで防御に専念せよ!』


 一瞬取り乱したが、流石は私の騎士たちだ。

 指令を聞くと同時に身を固め、全員で盾を構える姿勢に移行する。

 さて、この闇の中どう攻めてくる?

 なんて事を警戒しながら十数秒。

 鎧のこすれる音が周囲に響き渡るだけで、悲鳴の一つ、報告の一つも飛んでこない。

 一体、どういうことだ?


 『っ!? リーゼロッテ様! 正面、正面を!』


 『なに?』


 一人の騎士の声が聞こえたと同時に、黒い霧が晴れていく。

 やがて現れたのは、漆黒の巨大な鎧。

 頭や胴体に比べれば大きすぎる手足、そして羽の様に生えた背中の剣の様な何か。

 そしてなによりも、両肩に添えられている大盾。

 あれは本当に守る為に添えられた物なのだろうか?

 とてもじゃないが、アレは守るというよりも……押しつぶす為の武装に見え――


 「それじゃー……ヒック、いきますねー?」


 気の抜けた声が聞こえたかと思えば、黒鎧は拳を振り上げた。

 その拳は、私の体の大きさなどゆうに超えている。

 むしろ成人男性より大きのでは? なんて思える巨大な拳を、“ソレ”は持ち上げた。

 直撃すれば死ぬどころか、“潰れる”。

 馬車に轢かれた蛙のように、体液をまき散らしながら惨めな姿を晒すことになるだろう。

 それだけは、令嬢としてのプライドが許さなかった。

 どうせ死ぬなら、美しく逝きたい。

 そんな事を思い浮かべた瞬間、私は泣き叫んでいた。


 「降参、降参する! 待て! 止めろ!」


 その声を聴いたからなのか、黒鎧の拳は私の横を通り過ぎ地面を砕いた。

 ゾッとした。

 恐ろしい重量を持った拳が、眼にも見えぬ速さですぐ隣を通り過ぎたのだ。

 拳が地面に触れた瞬間、振動で体が跳ね上がった。

 それ程までの衝撃を与える拳を、目の前の黒鎧は私に向かって放って来ていた。

 負けを認めていなかった場合、これが私に直撃していたのか?

 考えるだけで恐ろしい。

 こんなものを食らえば、原型など留めぬ程の肉塊に変わる事だろう。

 轢かれた蛙どころではない、その場に赤い水たまりが出来るだけだ。

 そんな事を想像した瞬間、股の間が温かくなった。

 一瞬何が起きたのかと理解出来なかったが、理解してしまえばカッと顔が熱くなる。

 こんな大勢の前で、粗相をしてしまった。

 貴族である私が、こんなにも多くの民の前でこんな醜態を……なんて、思えたのは一瞬だった。


 「あれぇ? 外しちゃった。 それじゃ、もーいっかい……」


 再び、“黒鎧”は拳を振り上げたのだ。

 終わった。

 本能がそう告げた。

 勝てる勝てないの話ではない、コレには抗ってはいけない。

 既に剣を捨て、盾を捨て、更には両手を上げているというのに。

 それでも“コレ”は止まらないらしい。

 まるで死神だ。

 それを前にした瞬間、何をしようが迎える結末は決まっている。

 そこには死があるだけ。

 潰されようが、首を切られようが、磨り潰されて苦しみながら悶えようが。

 結局は“終わり”にたどり着く。

 そんな“死”を無理やりにでも叩きつけるのが、この死神。

 背後からも嗚咽を漏らす声や、息を呑む声が聞こえてくる。

 きっと私の騎士たちも、無様な私と同じような状況なのだろう。

 全員が武器を捨て、両手を上げ、許しを乞うても。

 “ソレ”は許してはくれない。

 出会ったら最後、命を刈り取るのが“コレ”の指名なのだから。


 「いっくよー?」


 美しい満月を背に、振り上げた拳に力を入れる“黒鎧”。

 もう、ダメだ。

 そんな風に思った時、背後の満月に影が落ちた。

 影というには余りにも煌びやかで、美しいその姿。

 銀色に輝き、まるで月の使者だとでも言わんばかりのソレは、空中で回転しながら足を振り上げていた。

 あれは、一体――


 「ダメ絶対、お酒は二十歳になってからぁぁぁ!」


 「いけぇカラスさん!」


 謎の掛け声と共に銀色の彼の踵が、“黒鎧”の頭に直撃した。

 ガインッ! と固い音を立てながらも、その振動は“黒鎧”の全身に響き渡ったようで体を震わせてから動きを止めた。

 そして……


 「キモチワルイ……」


 そんな声を漏らした“黒鎧”が膝をつき、バラバラと崩れ落ちていく。

 まるで中身など無いのではないかと言う程豪快に崩壊し、やがて胸部から先程の女の子がズルリと落ちて来た。

 彼女が“黒鎧”? もとい、さっきまでの“黒い死神”の正体?

 唖然と彼女を眺めている私を他所に、“銀鎧”は眠っている彼女を抱き上げレフェリーを睨む。

 フルプレートの為顔は見えないが、威圧感が半端じゃない。


 「おい、こいつらは降参したぞ? 俺たちの勝ちって事でいいんだよな?」


 何故か両手を上げたレフェリーが、青い顔で何度も首を下げた。

 しかしその気持ちも分かる。

 “あんなモノ”がステージ上に現れたのだ、巻き込まれない様にするだけで精いっぱいだったのだろう。

 そして救世主とも呼べる銀鎧からもこんな視線を向けられる始末、この試合の判定を担う為にここに居る彼は、相当運が悪かったと見える。


 『しょ、勝者! “妖精焼肉”!』


 メインの実況席からその声が上がったと同時に、私達は緊張感から解放された。

 思わず固まっていた腕を下ろし、安堵の息を漏らしてしまう程に。

 民衆に醜態をさらした事実は変わりないが、それでも生きている。

 助かったのだ、それを実感する度に両方の目から涙がこぼれた。


 「あーその、悪かったな。 ウチの娘が暴走した、すまなかった。 金はあんまりねぇけど、力になれる事があれば頼ってくれ。 体でなんて言ったら聞こえは悪いが、労働力としては返せる。 とはいえ旅人紛いな奴に言われても、あんまり嬉しくないとは思うがよ」


 そう言って銀鎧は幼子を抱いたまま去っていく。

 その肩に妖精を乗せて。


 「なぁ皆、こんな状況でアレなんだが……」


 「は、はい。 リーゼロッテ様……」


 声を掛ければ、奥歯をガチガチと揺らしながら返ってくる声の数々。

 皆相当怖い思いをしたのだろう、本当に申し訳ない事をしてしまった。

 だが、今この場で皆の意見を聞きたい。

 我儘は百も承知だが、私はその意思をつきとおした。


 「“アレ”を見て……“銀鎧”を見てどう思った? 圧倒的な強さ、“死神”にさえも立ち向かう勇気。 そして、肩に乗せた妖精。 まるでおとぎ話の様に月夜に輝く彼を見て、一言で表すなら……皆は何と答える?」


 しばし皆口を閉じてしまった。

 当然だろう、下手な発言をすれば首が飛ぶ。

 それが貴族社会というものだ。

 そんな中、一人の男が口を開いた。


 「私には……その、“勇者”に見えました。 召喚された、選ばれた……などの言葉は必要ない。 彼は本物の“勇者”なのだと、そう感じました。 今までとは違う、本物だと」


 彼の言葉を風切りに、他の者も口を開く。


 「月の使者、または“月光の騎士”。 と言った所でしょうか? 太陽の様に強く照らす事なく、柔らかな光で守る。 言葉遣いは荒くとも、我々を気遣うような最後の言葉。 仲間に欲しいところですが……」


 「確かに“攻める”というより、“守る”騎士。 という雰囲気ですね。 あの“死神”……としか言えないモノに関して言えば、色々と言いたい事はありますが。 中から出て来た幼子を胸に抱く彼は、誰がどう見ても姫を守る騎士の様でしたな」


 各々感想を告げながら、彼の去って行った方へと視線を向けていた。

 会場の上に呆然と突っ立っている私達は、相当間抜けに見えているだろう。

 剣や盾を捨て、相手を前にして失禁する騎士など民が望むはずもない。

 嘲笑い、罵詈雑言を浴びせ、私達を追放する。

 それくらいあってもいいはずなのに。

 不思議な事に会場からは歓声も罵声も、何一つ声という声が聞こえてこない。

 もしかしたら皆、私達と同じような気持ちなのかもしれない。

 そんな風に考えるのは、多分傲慢なのだろうが。


 「“月光の騎士”か……後でしっかりと名前を聞かなくてはな。 あの“銀鎧”、もしかすると英雄とまで言われる存在に上り詰めるかもしれん。 そして私は、やはり彼が欲しい」


 醜態ばかり晒したはずなのに、随分と清々しい気持ちで彼らを見送る事が出来た。

 これも彼の人徳なのか、それとも我々が状況に酔いしれているだけなのか。

 その答えを知る物は、今の所この場には存在しなかった。


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