全財産、賭けちゃいましたよ?
とにかく広いこの大会の会場。
その一角に、俺たちは視線を向けていた。
「ヴィンセント、やっぱりあいつらが気になるの?」
パーティメンバーの一人が、不安そうな声を上げる。
彼女を安心させるようにその肩を抱き、こちらに引き寄せる。
顔を赤く染めながらも、彼女は抵抗らしい抵抗も見せず体を寄せて来た。
ぴったりとくっつく彼女の体、その体温を感じながら微笑みを漏らす。
「大丈夫だよ。 あんなパーティに苦戦しているくらいだ、俺らの敵じゃないさ」
そういいながらも、視線は例の会場から離れてくれない。
当初の予想では、開幕直後から勇者の武器を展開すると思っていたのだが……今の所さっぱり使っていない。
やはり“鎧”というのは使うにも値しないハズレなのか、それとも俺たちに手の内を見せないように警戒しているのか……
まぁどちらでもいいが。
素の状態でもこんな所で苦戦していれば、俺たちのパーティにたどり着くことはないだろう。
あんな相手、俺達と戦えば一振りで終わってしまうような弱者なのだから。
『おぉっとこれは意外な展開! 幼女……じゃなかったクロエ選手! 妖精を捕まえようとしていた相手を盾にして、相手からの攻撃を完全に防ぎ切ったぁ!』
『いいですねぇ、あの容赦ない様子。 戦いに来てるんだから自己責任だろ? とでも言いたげな余裕な表情もなかなか。 我々の予想に反して、彼女は立派な戦力という訳ですね』
幼子が活躍している事で、実況席は妙に盛り上がっている。
予想外の展開、思いもしなかった伏兵たる実力者。
だが、俺の感想は変わらなかった。
「戦闘に長けた奴隷を買ったか、本当にクズだな」
彼女が何の為の奴隷なのかは知る由もない。
確かの奴隷の種類としてはいくつかに分かれていた筈だが、さらにその中でもいくつもの区分があるという事を聞いた事がある。
一般的なのは労働、戦闘、家事、介護、そして愛玩奴隷。
人によっては他の用途もあるらしいが、彼の場合は戦闘奴隷を買ったのだろう。
何とも浅ましい。
自分が強くないからと言って、彼女の様な小さい女の子を好き放題使うなんて。
正直、俺には理解できない。
彼女の様な存在は守るべきモノであって、戦わせる道具になどするべきではない。
この世界の常識がどうであれ、俺はそう思っている。
『おぉっとぉ!? クロエ選手や妖精に気を取られている間に、前衛組にも動きがあったぁ! これは……これはなんだぁ!? ドラフトの前衛二人に絡みつき、動きを封じている様にも見えるが……絞められている二人はとにかく苦しそうだ! あの状態では早めに降参してほしいというのが本音だが、果たして二人はどうでる! どう動く!? しかぁし……うごけなぁい! 二人とも、完全に動けません! 真っ青な顔をしたまま、自由に動かせる関節もなくプルプルしているぅ!!』
見る限り、彼は向こうの世界で体術のプロか何かだったのだろうか?
そこまで詳しい訳ではないが、見たところプロレスや空手、それに見たこともない体術を使っているように見える。
「へぇ、対人戦だとそれなりに出来る……って所なのかしら?」
肩に座っているラミが意外そうに彼らを見ている。
少しだけ感心した様子を見せているが、やはりそこまでの興味はないのか他のステージと同じように流し見ている様子だ。
あの様子ではきっと勝ち上がれないだろうと、彼女の中で結論が出ている様だ。
それに関しては、俺自身も同意見だが……
『クロエ選手! ここに来て逃げの一手だぁ! 先程までの勢いは何処へ行ってしまったのか、懸命に走り回っているぅ!』
問題はあの子だ、どうにかして解放してあげられないものか。
現に今も、相手から飛んでくる魔法攻撃になすすべなく逃げ回っている。
あの調子では、いずれ大怪我どころでは済まなくなってしまいそうだ。
彼女は必死で攻撃を避けながら、身軽さを生かしてステージ上を転げまわっている。
本当にギリギリの所で何とか攻撃を避け続けているが、相手も彼女が魔法攻撃を防ぐ手段を持っていないと判断したのか、今まで以上に手数を増やしながら範囲魔法の準備を始めていた。
「決まったわね」
「だねぇ、やっぱり無能妖精と鎧じゃあんなもんなのかなぁ」
パーティメンバーとラミがそれぞれ声を上げ、呆れた様にため息をもらした。
「もう見る必要もないんじゃない? 行きましょう、私達も次の試合の準備をしないと」
「そうだね……」
出来る事ならこの手で助けてあげたかったが、そう言う訳にもいかない。
大怪我にならない事を祈りながら、俺たちは会場に背中を向けた。
その時。
「“変身”!!」
ドデカい声が響き渡り、背後から強い光が発せられた。
なんだ!? と振り返った先には、大量の魔法が“何か”に直撃し煙が立ち上っている。
普通の人間ならあの量の魔法攻撃を受ければただでは済まない。
防御系のスキルや魔法、もしくは打ち消す為の策を講じなければ肉片すら残らない可能性だってある。
そして彼らには、その類の術は無かったように見えたのだが……
『直撃ぃぃ! クロエ選手がカラスマ選手の背後に隠れた瞬間、全ての魔法が彼に直撃したぁぁ! 何やら叫んでいた様子だったが、果たして彼は無事なのかぁ!?』
もはやあのステージの上空ばかり飛んでいる実況者達が、身を乗り出すようにして会場を覗き込んでいる。
そんな中立ち上った煙は風に流され、徐々に会場の様子が映し出された。
端に居る術者2名と、剣を握った弓使いの少女。
そして対面する位置には……銀色の鎧が立っていた。
『あれはカラスマ選手なのか!? いつの間にかフルプレートの鎧を着こんでいます! そしてクロエ選手と妖精も無事な様だ!』
『彼が盾になったという事ですかね、ついでに足元に転がっているドラフト前衛二人も無事……おや、カラスマ選手によって会場の外に放り出されましたね』
随分と派手なパフォーマンスに、会場から地鳴りの様な声援が上がる。
誰も彼も、会場に居る彼に向かって声を上げている。
まるで、英雄でも称えるかのように。
「あれが、“鎧”の勇者……」
無意識の内に、ギリッと奥歯を噛みしめた。
俺の試合だって、こんな声援は上がらなかった。
見た目も、武器も、英雄としての要素だってこちらの方が上だ。
だというのに、アイツっ……!
「ま、まぁ固いだけが取り柄な装備だから、これでもう手詰まりよ。 なんたって武器がない――」
ラミの言葉が終わる前に、銀鎧は動き始めた。
予想を遥かに超える速度で、まるで銀色の光の様に。
――――
「ネコさんネコさんネコさぁぁぁん! どうするんですかこれ! 集中砲火ですよ! でも弾幕から逃げれば双剣使いが来ますよ!」
耳元でぎゃんぎゃん騒ぐラニに眉をしかめながら、会場の上を走り回る。
言われなくても分かっている、普通に近づけない。
一つ一つの火球の速度がそこまででもないので、何とか避けられてはいるが如何せん数が多い。
当たらなければどうという事はない! なんて言ってやろうかと思っていたが、当たらないようにするだけで精一杯だ。
雰囲気としては1対10くらいでドッジボールしてる気分。
ただし10人全員が一斉に投げてくる上リロード可、みたいな。
マジ無理、魔法使い舐めてた。
「一つだけ策があります」
「じゃあそれで行きましょう!」
早いな、即決か。
とはいえ接近できない上一人ウロチョロしている子もいるので、下手に突っ込むのは自殺行為。
ならば活路、もとい逃げ道は一つ。
「全力後退!」
「ちょっとぉぉぉ!?」
一瞬逃げ遅れたラニが火球に焼かれそうになりながらも、必死でこちらについてくる。
もう一回ピカーッてやってもらって逃げるか殴るか、なんて事も考えたが多分効果は薄いだろう。
追っかけてくるお姉さん一番最初に視界復活してたし。
しかもラニの方へ顔を向けるときは必ず片目瞑ってるし。
うん、無理。
という事で、向かうは後方。
いざ、我らが盾の元へ。
「先生! 鎧使って! あと匿ってください!」
何故か二人まとめて締め落している筋肉に向かって叫び、ついでに前衛さんが持っていたヒビの入った盾を拝借。
そんな僕らと背面に広がる地獄絵図を見て察してくれたのか、彼は十分すぎる程締め落した二人を放り出し、例のケースを正面に掲げた。
戦闘においては察しが良くて非常に助かるわ、この人。
なんて事考えながら彼の後ろに回り込み、ついでに拾い物の盾を翳して蹲った。
「しまった、今度こそ変身ポーズ取ろうと思ったのに」
「んな事どうでもいいですから早く!」
「仕方ないか……んじゃ、“変身”!!」
叫ぶと同時ケースが開き、中から光が溢れ……出している途中に魔法攻撃直撃した様に見えたけど、大丈夫かな?
変身中は攻撃しちゃダメって教わらなかった? 常識だよ?
「あわわわ! カラスさん!? 大丈夫ですか!? カラスさーん!」
随分と慌てた様子のラニが身を乗り出そうとするが、爆風と煙に押し返された彼女は僕の元まで帰って来た。
生身でアレ全部食らったら相当ヤバイ気はする……もうちょっと早めに声かけた方がよかったかな。
なんて事を思っている内に煙は晴れ、バタバタと風に揺れる赤いマントが視界に飛び込んできた。
ん? アレ、マント? そんなの付いてたっけ、あの鎧。
「カラスさん無事ですか!?」
ラニが悲痛な叫び声を上げれば、振り返った銀鎧はグッと親指を持ち上げた。
「何発か貰ったが問題ない。 ちょっと熱かったが、やっぱプロテインは最高だな」
何言ってんだコイツ。
こっちの世界にプロテインなんてあったの? というかいつ飲んだの。
「カラスさん……それはプロテインではなく、“肉体強化”です」
「あ、そうだっけ。 まぁいいや、覚えやすい方で」
わっはっはと豪快に笑いながら、足元に転がっていた二人会場の外へと放り投げる先生。
何やら実況席と観客が盛り上がっている声が聞こえるが、この人の馬鹿っぷりまで実況してもらっては困る。
さっさと反撃しよう。
「先生、その状態なら魔法耐えられます? 大丈夫そうなら後ろの二人お願いします。 後方支援が無ければ、もう一人は僕でも何とかなると思いますので」
「あいよ、遠い方をやればいい訳だな」
そう言って、彼は走り出した。
とんでもない速さで加速し、銀色の光を残して真っすぐ相手に突っ込んでいく。
そして影響はそれだけに収まらなかった。
踏み込んだ先の床が砕け、いくつもの石の欠片が僕らに向かって飛んできたのである。
まさかのフレンドリーファイヤ。
「あっぶな……コレ顔面に当たってたら大惨事ですよ。 あとで言っておかないと……」
「平然と盾で防ぐネコさんもネコさんだと思いますけどねぇ……」
などと会話をしている内に、置いてきぼりを食らった元弓兵さんが目を見開きながらこちらに向かって突っ込んで来た。
「余裕ぶっこいてるけど、これ以上好きにはさせないよ!」
あら怖い、大ぶりの刃物持って殺人鬼みたいな顔したお姉さんが走ってくる、警察呼ばなきゃ。
「本当になんで余裕ぶっこいてるんですか! 早く何とかしないと、ラニ達やられちゃいますよ!?」
頭の横でまたうるさく怒鳴り散らしているラニが、人の髪の毛をグイグイ引っ張ってくる。
2対1になったんだから、むしろお前はもう少し余裕もとうよ。
「無理です!」
無理だったらしい、困った奴だ。
「いいですかラニ。 後方支援がない今、僕達は彼女一人を押さえればいいだけです。 そして彼女は女性です、しかもかなり可愛いと来てます。 ならばやるべき事は一つでしょう」
「だから何なんですか! 男性でも女性でも武器持ってれば一緒ですよ! ラニにとっては脅威ですよ!」
全く、本当に分かってない。
これだから秋の虫なんだ。
これは試合であり大会みたいなもの、そして周りには観客がわんさかいる訳だ。
試合を盛り上げれば僕らは注目され、もしかしたら支援される事だってあるのかもしれない。
むしろそう仕向けたい。
格闘技選手の控室に、ファンからの贈り物が届くアレだ。
ルール上観客から差し入れを貰ってはいけないとか、個人的に支援を頂く事をしてはいけないとは書いてなかったし。
という事は、僕のやる事は二つ。
彼女を行動不能にする事と、観客にアピールする事だ。
そして目の前にいるのは、誰が見ても美しいと思われる女性。
詰まる話、僕がやられて嫌だと思う事、そして観客が喜びそうな事をやってやればいい訳だ。
彼女には申し訳ないが、盛大に目立っていただこうではないか。
「こういう事です!」
手に持っていた半壊した大楯を彼女に向かって放り投げ、その影に隠れる様にして走り始める。
腰に戻していたナイフと抜き去り、逆手に構える。
どっちから来る、右か、左か。
「くそっ!」
その呟きが聞こえた瞬間、僕は盾の右側から飛び出した。
同じタイミングで同じ方向に回避したらしい彼女は、すぐ目の前に現れた僕に向かって驚愕の表情を浮かべながら、慌てて剣を構える。
でもこっちの方が速い。
なんたって先を読んで行動した上、こっちはナイフだ。
容赦なく彼女の“上着とインナー”に向かって刃を横なぎに振るう。
彼女がぴっちりした服とか来ていなくてよかった、もしそうだったら中身も一緒に切ってしまう所だった。
「え? 外した?」
訳が分からないという表情を浮かべながらもチャンスだと思ったのか、彼女は気持ちを切り替え剣を振り下ろしてきた。
「先に謝っておきますね、ごめんなさい」
それだけ言ってから、雑に振り下ろされた片方の剣を避けながら背後に回る。
そして彼女の服を掴んで、思いっきり“引っ張った”。
「は?」
ラニが間抜けな声を上げる中、ビリビリビリっ! と大きな音を立てながら、彼女の上半身に纏っていた服が裂けた。
というか破きながら引っぺがした。
元々上着とかボロい……ではなく使い込んでいた様子だし、インナーも何か安物っぽかったし。
頑丈そうな所だけぶった切ってあげれば、無理やりイケるかなぁなんて思ってやって見た訳だが。
結果は大成功だ、彼女の服を奪い取ってやったぜ。
上半身だけだけど。
「とったどぉぉぉ!」
『ウオォォォォォ!』
彼女の服を頭上に掲げながら声を上げれば、観客から地が割れんばかりの声が返ってくる。
アピールとしてはばっちりだ。
やはりこういう暑苦しい祭りに必要なのはお金、酒。
そしてなにより、露出の多い女の子だ。
「ネコさん……鬼」
「な、な、なっ!?」
服を破る&引っぺがされた彼女は地面にスッ転び、胸元を両手が隠しながら立ち上がった。
上半身はほぼ裸、とは言えブラまでは奪ってないのでまだ健全だ。
大丈夫だ、問題ない。
ちなみに古着の様な恰好をしていた割に、中身は随分可愛らしいフリルの付いたピンク色だったが。
そんな彼女に向かって満面の笑みを作りながら、半壊した服を差し出した。
「降参してくれれば、服返してあげますよ?」
「なぁっ!?」
「ネコさん……」
返せ! と叫びながら、こちらに飛び掛かってくる彼女をひょいっと避けながら奪った服をクルクルと回して弄ぶ。
羞恥や混乱なども含め動きがだいぶ雑になっている上、片手の剣は胸元を隠すために既に投げ捨てられている。
結果的に、もう片方だけをブンブンと振り回してくるだけの見るに堪えないモノだった。
とても単調、というかとにかく振っているだけなので非常に簡単に避けられる。
まるで怒った子供のような動作だ。
こちとら道場の人たちから散々武器の回避方法を叩き込まれている。
槍を掴めば避けられる様になるまで突っつかれ、木刀を持てば武装解除できるまで鬼の形相で襲ってくるヤツばっかりだったのだ。
ちなみに素手の時は、胴着なんて着ていればすぐに引っぺがされ、防がない限りは裸にされるのではないかと戦々恐々とした試合もあった。
いずれもゴリラみたいな見た目の女性が対戦相手だったが。
とにかく今の彼女の攻撃はとてもじゃないが当たる気はしない……しないが、このまま振り回されても面倒くさい。
なので。
「おっと。 あぁーやってしまいましたねぇ?」
彼女の剣に、わざと振り回していた服を当ててやる。
サクッと綺麗な音を立てながら、彼女の上着は更にボロ布に一歩近づいてしまった。
仕方ないよね、自分で切り裂いちゃったんだもの。
更に切れ味のいい刃物持っていた自分が悪いね、こっちは避けていただけだし。
ふふんっと笑ってやると彼女は涙目に、ラニは引き気味の嫌悪感丸出しの視線をこちらに向けてくる。
「うぅぅぅ!」
「ネコさん……そろそろ止めてあげてはいかがでしょう」
一方は唸り、一方は敵の肩を持ち始めた。
困った奴らだ。
大怪我をする事も、下手すれば死ぬ事だってあるはずの試合、もとい戦争中に何を甘い事を言っているのだか。
そもそもこの試合には僕たちの全財産が掛かっているのだ、鬼にも鬼畜にもなるってもんさ。
「だってこれ、“戦争”ですもんね? 貴女は服が破れたら戦えないのでしょう? なら負けを認めるしかありませんよね? 死んでも文句言えないって状況で、生かしてもらえるチャンスが巡って来たんですよ? 普通なら殺されてもおかしくないのに、むしろ普通の戦場なら慰み者になってもおかしくないのに、負けを認めれば綺麗な身のまま帰れるんです。 お得じゃありません?」
偉そうに語っているけど、実際戦場なんてろくに見たことがない。
小説とかゲームとかの知識がほとんどだけどね。
むしろ以前の戦場ではとんでもなく情けない姿晒しちゃってるけどね。
でも今はそんな事関係ねぇ。
過去のなんたら、相手に対しての情。
そして正義感や、価値観の違い。
そんなものでは、お腹は膨れないのですよ。
なんたって、全財産賭けちゃってるからね!
「ネコさん……ほんともう、ラニは恥ずかしいです……」
「うるさいよ、お前もそのお金でご飯食べてるんだから同罪だよ」
「あぁ、なんかそう言われると食欲が無くなってきました……」
そんなやり取りをしている間にも、対戦相手は半泣きを通り越して泣き叫ぶ一歩手前くらいになっている気がする。
大粒の涙をその瞳に溜めながら、悔しそうに奥歯を噛みしめ、それはもう見事な“ぐぬぬ”であった。
ごめんね? ここで負けると僕たち明日からホームレスなんだ。
「うぅぅぅ! わかりました! 負けを認めるので、服返して下さい!!」
「よろしい、とはいえ着られる状態かはわかりませんが」
そういってから彼女の服を投げて返すと、ソレを胸元に押し当てながら彼女は全力で会場の外へと走って行ってしまった。
ふむ、少しやりすぎたか?
とはいえ、双剣振り回して来る相手に対してコレで済ませたんだ。
お釣りが来るくらいに譲歩したと思っておこう。
「ネコさん……女の敵ですね」
「何を言ってやがりますか、僕だって女ですよ?」
ひとまず決着がついた、という所で歓声が鳴り響く。
こんな戦闘でも最後まで見てくれたのか、感謝感謝。
なんて思っていたら、背後からドスンッという重い音と振動が。
何事かと振り返ってみれば、本当に何事かという状況だった。
「「キャァァァァァ!」」
「秘儀! 畳返しぃ!」
後衛組二人の居た位置は会場の端っこ。
その場所を中心とした会場の5分の1くらい? の床を無理やり引きはがし、ステージの切れ端、もとい陸の孤島と化した一部をひっくり返している銀鎧が一人。
あれか、可愛い女の子達を殴るのに抵抗があったか。
だから会場ごと外に放り出してしまえ、と。
返された畳、ではなく床を直角に近い角度に立てた辺りで、女の子二人が会場の外へとペチッと落ちた。
それを確認した彼は、満足そうにうなずいて床を元の位置へ戻すという荒業を行っている。
ついでに床をそれっぽく戻し、最後に踏みつけてから「ヨシッ」と声を上げてからこちらへ戻ってくる。
ヨシッじゃねぇよ。
「ネコさんもアレくらい“肉体強化”使いこなせたら楽になりますよぉ……」
死んだ魚みたいな目で、ラニがぼそりと呟いた。
お前は見たいのか、二人して会場をひっくり返す化け物の姿が。
「絶対いやですねぇ……」
『試合終了ぉぉぉ! 勝ち残ったのは“妖精焼肉”パーティ! 誰が予想できたことか、倍の人数相手になんと誰も脱落する事なく勝ち残ったぁぁぁ! そして“ドラフト”はここでまさかの敗退。 今日の試合彼らに賭けていた皆さまはご愁傷様です! まさかまさかのダークホース、“妖精焼肉”の姿を我々はその瞳に焼き付けたぁぁ! この後の試合もドキのムネムネが止まりません! 異常なまでの怪力男、銀鎧の“カラスマ選手”! 今度の試合では誰を脱がすのか!? 見た目は幼女、中身は強制ストリッパークロエ選手! そして神々しく輝きながら全ての瞳を焼き尽くす、敵も味方も関係ない! ラニ選手! この後の試合も目が離せない!!』
『お、落ち着いてください。 えぇー次の試合は、あ、いえ会場の整備が先ですね。 こちらの会場はしばらく整備が必要となりますので――』
何か好き放題言われている気がする。
よし、あの実況席落としてやろう。
いけ、ラニエモン。
君に決めた。
「いかないです落とせないですラニエモンってなんですか」
「お前らお疲れー、とりあえず第一試合の報酬と掛け金受け取りにいこうぜぇ」
何はともあれ、今日は勝ち残った。
これだけ目立ったのだ、明日から賭けの倍率がどうなるかちょっと気になるが、それでも今日はがっぽり稼げたことだろう。
そのお金で良い物食べて、明日に備えなければ。
「へ? ネコさん何言ってるんですか?」
「ん?」
別に何も喋っていないが、妖精さんが不思議そうに首を傾げておられる。
何か認識の間違いというか、そういうものがあっただろうか?
「この大会、兎に角参加人数が多いので第一試合が一番時間が掛かります。 ですが回転が速いんですよ、“二つ名”持ちも多いので」
「ふむ?」
二つ名持ちとやらは良く分からないけど、強弱がはっきりしていてすぐすぐ試合が終わる事が多いって事でOK?
ていうかそれって、あえてそうなるように運営側が仕組んでるよね?
いいの? ねぇ、それいいの?
「まぁともかく、それなので大会日数が長引きすぎない様調整される訳なんですが……多分今日、二回戦目ありますよ?」
「え、じゃぁ掛け金は?」
「当然、“今日の”勝つ組を予想しての賭けなので、今は受け取れません。 勝利報酬でいくらかは貰えるでしょうが、一回戦ですからね。 大した金額ではないんじゃないですか?」
嘘だぁぁぁぁ!
全財産賭けちゃったよ? お財布も口座もすっからかんだよ?
ちょっとしたお金で僕らの、というか目の前の筋肉鎧のお腹が膨れると思うの!?
ダメだよ! お腹がすいて力が出ない状態だよ!
「だぁから言ったのに、大人しく二人共軽食で我慢してください」
歓声が鳴り響く中、試合に勝ったはずの僕たちはトボトボと控室に戻っていった。
一体次の試合が何時間後になるのか、そして僕らは食事にありつけるのか。
そんな事ばかりを考えながら、次の対戦相手も調べぬまま時間だけが過ぎていったのであった。




