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大会に参加しようとしたら、変なのが来たんですが?

 

「……ぅ、ん?」


 瞼を開けると、そこには知らない天井が広がっていた。

 あぁ、ついに僕も大人の階段を登ってしまったのか。

 これが世に言う”朝チュン”ってヤツなのだろう。

 お酒か何かに呑まれて、記憶がぶっ飛び、そして隣には……

 悲しきかな、誰も居なかった。


 「あ、起きましたかネコさん」


 そう言って秋の虫一号が目の前に飛び込んできた。

 コイツの高い声が頭に響く、これが二日酔いってやつか。

 ガンガンする頭を抑えながらゆっくりと体を起すと、呆れた顔のラニがやれやれと頭を振った。


 「魔力切れで気を失ったかと思えば、使い過ぎた影響で魔力酔いですか。 風の噂で、魔力酔いはお酒に酔った時と似ていると聞きました。 ネコさんは将来お酒飲まない方がいいですよ?」


 うるさいよ、前もって釘刺すんじゃないよ。

 これでもそれなりの年頃なんだから、お酒とか結構興味あるのに。

 飲む前から止められてしまったよ、僕の憧れを返せ。

 ジロリと睨んだところでラニは毛程も気にした様子はなく、呆れ顔のままもう一度ため息を溢されてしまった。

 まあいい、今は旗色が悪いので大人しくしておこう。


 「それで、先生はどこへ?」


 「あぁ、カラスさんでしたら――」


 ラニが何やら言いかけたところで、扉がとんでもない音を立てながら開いた。

 ここって借家だよね? 大丈夫今の音?

 なんて心配にもなるが扉を開けた本人は特に気にした風もなく、ニカッと笑いながら片手を上げた。


 「おぉ、黒江。 起きたか、飯買ってきたぞ!」


 そう言ってからもう一方の手に持っていた、紙の大袋を机の上に放り投げた。

 ドカッと大きな音を立てて机の上に着陸した荷物からは、なんとなくいい匂いがする。

 普段この人に食材調達頼むと肉しか買って来ないんが、大丈夫だろうか?

 野菜とかパンとかも入ってるといいな……なんて思ったところでお腹が鳴った。

 とにかく食べられればなんでもいいや。


 「その後どうなったとか、色々聞きたいところですけど……まずはご飯ですね、お腹すきました」


 「ぶっ倒れた後は飯に限るよな、わかるわかる」


 「ラニにはちょっと良く分からないんですけど……」


 そんな事を口にしたラニが、呆れ顔で先生の買ってきた袋を覗き込んでいる。

 倒れるくらい疲れたなら、食べて回復するというのは自然な流れに感じるのだが……違うのだろうか?


 「あ、それからこんなの貰ったぜ? 賞金も出るみたいだしいいんじゃないか?」


 そういって差し出される用紙……流石に日本の様に綺麗なA4用紙という訳ではなく、今や懐かしき藁半紙というか……薄汚れたような灰色の用紙だが。

 そこにはでかでかと『強者求む! 参加者大歓迎! 嫌いなアイツをぶっ飛ばすチャンスかも!?』などと物騒な事が書いてあるが、なんだろう。


 「なんかイベントがあるらしいぞ? トーナメントで殴りあうらしい」


 情報がざっくりしすぎてなんとも……とはいえまぁ、格闘大会みたいなものか。

 賞金は……こっちのお金の単位とか平均年収みたいなものがよくわからないが、とにかくゼロがいっぱいついている。

 多分高額なのだろう。

 今は先生の魔獣討伐報酬と、どこぞの王様からせしめたお金で何とかなっているが、今後も安泰とは限らない。

 となれば、ここらで一つ大金を稼いでおいた方が安心だろう。


 「いいですね、久々に普通の”試合”というのも楽しみたいですし、参加しましょうか」


 「お、話が早くて助かる。 んじゃ飯食ったら申し込みにいくか」


 やけに呆れた視線を送ってくるラニを無視しながら、僕たちは今後の予定を決めていったのであった。


 ――――


 「それではえっと……こちらの用紙にご記入ください」


 「黒江、頼むわ」


 「はいはい」


 その後さっそく申し込みに来たわけだが、周りには筋肉隆々といった男たちがウヨウヨしている。

 更に僕たちを奇異の目でジロジロ見てくる訳だが、なんだよ見るなよ照れるだろ。


 「あ、あの……個人戦の申し込みは来週以降になっているんですが……って、あれ? 参加者3名?」


 書き終えて受付さんに用紙を返せば、書かれた内容を何度も確認する様に読み返している。

 というか個人戦もあるのか、そっちも参加してみてもいいかもしれない。


 「ネコさん、ちょっとお待ちを。 今受付さんが3名って言った気がするんですけど? どういうことです? カラスさんとネコさん、それからもう一人って誰の名前を書いたんですか? ねぇねぇ誰を強制参加させたんですか?」


 やけに青い顔をしたラニが、僕の髪の毛を何度も引っ張りながら震え声を上げている。

 僕らの知り合いなんてこの町には居ないし、それくらい察してほしいものだが。


 「カラスマ様……というのがそちらの男性で。 クロエ様というのが、こちらのお嬢さん……? あ、奴隷の方なんですね。 とはいえ余りおすすめしませんよ? この試合はかなり激しいモノですから、奴隷の方の身が持つかどうか……それに最後のラニ様というのは、そちらの妖精の方ですよね? 妖精という種族は攻撃魔法などが使用出来なかったはずですが……回復要員とかですか?」


 受付さんの言葉を聞いた瞬間、僕の髪の毛をむしり取るんじゃないかという勢いで、ラニが色んな所を引っ張り始めた。

 とんでもない泣き声で、今までに見たこともない情けない顔をしながら。

 

 「ホラァ! やっぱりそういう事してる! 無理ですって、自慢じゃないですけどラニはほとんど魔法が使えないんですよ!? 出来る事って言ったらピカーって光るくらいです! 治癒魔法も満足に使えないんですよ!? 考え直しましょう!? ネコさん、聞いてますかネコさん!?」


 本当に自慢にならないなその話。

 でも光るのか、今度見せてもらう。

 というか緊急時には相手に向かってラニを投げつければ、目つぶしくらいにはなるって事じゃないか、良い事を聞いた。

 うんうんと納得していると、僕たちの様子を見ていた受付さんが不安そうな瞳を先生の方へ向ける。

 視線に気づいた先生側も、ヘラヘラ笑いながら「へーきへーき」みたに手を振っているだけで、受付さんはとてもじゃないが納得した様子はない。

 とはいえ仕事は仕事という事で、どこか諦めた雰囲気の受付さんは僕とラニに対して同情の瞳を向けてから先生と向き直った。


 「まぁこちらとしては参加を拒否する権限はありませんので、強くは言いませんが……とにかく、手続きはこれだけです。 大会は明日から始まります、参加人数や戦闘時間が長引けば長引くほど大会日数は伸びていきますので、そこはご了承ください。 では、これで――」


 「ちょっとまったぁぁ!」


 やっと手続きが終わったと思ったのに、背後から室内に響き渡るほどの大声が聞こえて来た。

 出来ればこういう所で大声を上げる人とは関わりたくない。

 いるんだなぁこっちの世界にも、DQNって。

 なんて事を考えていると、周りの人たちがガヤガヤと騒がしくなっていく。

 なんとかさんだ、とか。

 あいつは!? みたいな反応が多いみたいなので、多分有名人でも登場したのだろう。

 とはいえ、僕には関係ないが。


 「さて、受付も終わりましたし帰りましょうか先生。 どうせならその辺り見ながら帰りましょう」


 「そうだな、明日からお楽しみが続くわけだし、ちょっといいモノでも食って帰るか」


 そういいながら、背後に居る人達と視線を合わせないようにして通り過ぎようとしたところで、先生が肩をつかまれた。

 ここに来てテンプレイベントか、絡まれちゃったか。

 そんな事を思いながらため息を溢していると、やけに僕の頭にしがみついているラニ。

 まるで何かから隠れるみたいな姿勢だが……どうしたコイツは。

 などと考えている間にもイベントは進み、DQNは先生の胸倉をつかんで怒鳴り声を上げる。


 「待て! お前どういうつもりだ!?」


 声を荒げるその人は、なんというか……馴染みやすそうな顔をしている。

 いうならば、平たい顔族。

 こっちの世界にもそれっぽい顔の人も多かったのだが、こいつは特に。

 詰まる話、凄い日本人っぽい。


 「そんな小さな子をこの大会に出すつもりなのか!? 奴隷とはいえ彼女は人間だぞ! 道具の様に扱うなんて間違っている! 彼女を開放しろ!」


 やけに長ったらしい赤毛……多分染めたのだろうが。

 それを振り回しながら怒鳴りつけてくる彼。

 その後ろには三人の女の子が「そーだそーだ!」とばかりに声を上げている。

 これはあれだろうか、よくある異世界主人公のハーレムパーティってやつだろうか?

 そしてさらに、彼のセリフ。

 もはや返す言葉決まっているも同然だろう。

 先生も察してくれたのか、静かな顔でこちらに視線を送ってくる。

 「やっていいか?」と聞かれている気がしたので、僕は親指を立てておいた。

 すると先生は眉間に思いっきり皺を寄せ、彼に対して怒鳴りつける。


 「黙れ小僧! お前にサ〇が救えるか!?」


 やけにくぐもった声で、先生はどこかの狼の真似をしはじめた。


 「〇ンじゃねぇだろ! ネタ振ったわけじゃねぇよ!」


 はい、日本人発見。

 ラニから聞いた話だと結構召喚しているみたいだし、いつか会うかなぁなんて思っていたが意外と早かった。


 「とにかく! 彼女を開放しろ! 彼女は人間――」


 「黙れ小僧! お前にサ〇が……」


 「それはもういいよ!? それにお前勇者だろ! 妖精だって連れてるし! 奴隷に無理やり戦わせるなんて恥ずかしくないのか!?」


 彼の言葉に、頭に引っ付いたラニがビクッと震える。

 まさにその反応を待っていたとばかりに、赤毛の彼のフードから一匹の妖精が飛び出してきた。

 白い、兎に角白い妖精。

 肌も髪も服も真っ白。


 「久しぶりねぇ、ラニ?」


 そんな彼女の声を聴いて、ラニは恐る恐るといった様子で顔を出す。

 とはいえ半分以上は僕の頭に隠れている状態のままだった訳だが。


 「お、お久しぶりです。 ラミ」


 「さんを付けなさいよ、この出来損ない」


 「う、ラミ……さん」


 お、お? なんだこれ。

 妖精社会にも上下関係というか、先輩後輩みたいなのがあったりするんだろうか。

 ちょっと偉そうな態度を取っているラミと呼ばれた妖精が、口に手の甲を当てながらクスクスと笑っている。

 なんというか……ラニも大概変な妖精だが、コイツはちょっと嫌だな。

 相手を小馬鹿にした様な態度が癪に障る。

 ずっと傍に居られたら疲れそうだ。


 「ネコさん、そこはもうちょっとラニを認めている的な事を思って欲しかったです……それから小馬鹿にしている態度っていう意味では、ネコさんもあまり人の事言えないのでは……」


 「そういう所だぞ、秋の虫」


 「もうその呼び方止めましょうよぉ」


 いつもより弱弱しい反応を返してくるラニに少しだけ首を傾げながら再び正面を向いてみれば、ラミと呼ばれた白い妖精が無駄に接近してきていた。

 まるでラニの事を覗き込むようにして、相変わらずの笑みをうかべている。


 「フフフ、勇者様も大変ですね。 こんな外れがパートナーとなってしまっては、そりゃ奴隷でも使ってないとやって居られないでしょう」


 「というと?」


 なにやら意味深な発言が聞こえたので聞き返してみれば、僕の声が聞こえていないかのように自然に無視しながら先生の方へ飛んで行った。

 あ、僕コイツきらい。


 「この子は妖精の中でハズレもハズレ。 何故かこの子が勇者様に武器をお渡ししようとすると、ガラクタばかり出るという疫病神なんですよ。 だからこそ一番勇者の扱いが悪いあの国を任された訳ですけど。 ハズレ妖精を引いて、武器もハズレで、それで魔王を倒せなんて無茶振りも良い所でしょう。 そりゃぁ奴隷の一人でも飼ってないとやっていられませんよね? ご自分で戦わない様にするためにも、不満をぶつける相手と言う意味でも」


 なんか凄い言われようだ。

 そしてラニが反論しない所を見ると、本人も何か思う所はあるようだ。

 彼女から貰った勇者の為の武器。

 あのガチャっぽい何かで、毎回ラニが担当した人はハズレを引いたって事なのかね。

 確かに僕たちが貰ったのは防御力しかない“鎧”。

 なんて言われていたが……いざ使ってみると、アレってハズレなんですかね?

 二日酔いになるから使いたいとは思わないけど、結構なチートアイテムな気が。

 いや、もしかしたら他の武器はもっと凄いのかな。


 「俺達が貰ったのは“鎧”だ。 なんか文句あるか?」


 先生が無表情でそんな事を言い放てば、妖精はしばらくポカンと間抜けな顔をした後、耐えきれないとばかりに笑い声をもらした。


 「鎧? 鎧ってあの鎧!? ぷっ、あはははは! だってアレって防御力しかない欠陥品じゃないですか。 自分は守れても周りは守れない、勇者としては最低の装備ですよね? 戦場に立ったところで、大した活躍もできないじゃないですか。 あはははは! やっぱりラニ、貴女って欠陥品なのね!」


 腹を抱えて笑い始めた彼女を見て、何かブチッと来た。

 それは先生も同じだったようで、さっきとは違う意味で眉間に皺が寄って行く。


 「教えてあげる。 私が彼に与えたのは“剣”、しかもドラゴンさえ一太刀で切り伏せるレアモノよ? 対して貴方に付いているその妖精は、何人もの勇者にそんなどうしようもない装備を与えてきたの。 そして何人も退場していった、死亡した場合も元の世界に帰るなんて噂もあるけど、どこまで本当なのかしらね?」


 未だ堪え切れない笑いを溢しながら、眼に涙を浮かべながら笑い続ける妖精の言葉を聞いて、悔しそうに歯噛みする赤毛。


 「たしかにそれなら……他の者の力を借りたくなるのも分かる。 だが、勇者として自分が間違っている事くらい分かるだろう!? そんな幼女を使ってまで、君は生き残りたいのか!? 俺ならそんな恥ずかしい真似はしない! 弱いからと言って、更に弱者をこき使って何になる!? 少しは頭を使え!」


 おい今幼女って言ったかてめぇ、ぶっ飛ばすぞ。

 などと違う部分でもブチ切れそうになった僕を、先生がこちらに手を向けて制する。

 おいコラ筋肉、お前このまま黙って放置する気か?

 思わず先生を見上げると、彼は額に青筋を立てながら拳を振り上げていた。

 忘れてはいけない、この人は武闘家だ。

 こんなクソガキに面と向かって「貴方は雑魚です」と言われれば頭にくるだろう。

 さらに目の前の赤毛は貰った武器で俺TUEEを繰り返した挙句、自身の価値観をこちらに押し付けてきているのだ。

 頭に来ない方がおかしい。


 「先生ダメです、こいつは僕が殴ります」


 「いや俺が殴る」


 「なら一緒に殴りましょう、半分こです」


 「よし分かった」


 そういいながら二人して拳を振り上げて、全力の力を込めて彼に拳を放った。

 はずだったのだが……


 「お二人ともストーップ!」


 僕たちの拳の行く先に、両手を広げたラニが現れた。

 当然そのまま一緒に殴り飛ばすわけにもいかず、二人してギリギリの所で拳を止める。

 ビタリと止まった拳の先で、グッと瞳を閉じるラニが微かに震えているのが伝わって来た。

 その向こうには尻餅をついている赤毛の姿も見えるが。


 「ダメです、このまま暴力事件を起こしてはカラスさんにまで犯罪歴が付く可能性があります。 しかも相手は勇者です、彼を囲っている国から何を言われるか分かりません。 なのでここは引きましょう? 白黒つけたいなら試合でつければいいんです。 それに二人が本気で殴ったら、確実にこの人死んじゃいますよ?」


 「ちょ、ちょっとラニ!  私の勇者がアンタの所のボンクラより弱いっていうの!?」


 なにやら赤毛勇者と一緒に地面に墜落した妖精が、顔を真っ赤にして叫んでいる。

 なんともまぁ無様、というか妖精って腰が抜けると飛べないの? 羽も体もプルプルしながら震えているけど。

 そんな二人にラニは振り返り、グッと体に力を入れながら口を開いた。


 「このお二人はボンクラなんかじゃありません! あり得ないくらい強い勇者様達です! 普通じゃありません、はっきり言って異常です! もはや人間じゃありません! 確かにラニが渡せたのは“鎧”でしたが、二人ともそれを使って偉業を成し遂げてきました! それを否定するなら、大会でお二人に勝ってみて下さい。 多分、無理でしょうけどね!」


 そう言ってラニは二人から顔をそむけた。

 色々と貶された気がするが、今は突っ込むべき時ではないのだろう。

 後で覚えてろよお前?

 とはいえ、ラニの言い放った売り言葉はなかなかのモノだったと思う。

 お前たちが正しいというなら、結果で示せ。

 いいじゃないか、実にシンプルで分かりやすい。

 あれだけ散々言った勇者様だ、逃げられるはずもない。


 「二人? 勇者様……達?」


 困惑する妖精をよそに、勇者様とやらは立ち上がり先生の事を再び睨みつける。

 なかなか大したものじゃないか、元日本人だというのにこの鬼みたいな顔と体格をしている人に攻寄るのだから。


 「いいだろう、決着は大会で白黒つけよう。 俺が勝った暁には彼女を開放してもらうからな!」


 召喚された場所に帰れば開放してもらえる約束があるのですが……とは流石に言わない方がいいだろう。

 空気を読んで涼しい顔をしておこう。

 っていうかコイツ、暁にはって言った。

 初めて聞いたわそんな言葉、凄いね成り上がり主人公。

 口調から言葉遣いまでばっちりだぜ。


 「覚えておけ! 俺の名前はヴィンセント! 人呼んで、紅のヴィンセントだ!」


 流石に限界だった。

 その名前を聞いた瞬間、先生と僕は二人して吹き出してしまった。


 「何がおかしい!」


 顔を真っ赤にして反論する赤毛勇者様。

 だって、ヴィンセントですよ。

 赤毛で、確かに整った顔をしている事は認めよう。

 筋肉もりもりな先生より何倍も男前なのは認めよう、だがしかし。


 「その醤油顔でヴィンセントは無理があるんじゃないかと……ちょっと昔の本名教えてもらっていいですか?」


 「な!? ちょ、いや!? だから本名が……」


 彼がそう言った瞬間、ラニに視線をもっていく。

 それに気づいた彼女が、赤毛勇者を覗き込むようにジッと見据えていると、しばらくしてからため息をついてこちらを向いた。


 「田中吉郎さんだそうです」


 その一言で、僕たちは勝利を確信した。

 ニヤァと厭らしい笑みを浮かべながら、先生と一緒に彼に向かって満面の笑みを向ける。


 「明日以降の試合でお会いしましょう、ヴィンセン……あ、田中吉郎さん」


 「またな、田中……あ、すまん。 紅のヴィンセント吉郎」


 「やめろぉぉぉぉ!」


 彼の叫び声を聞きながら、僕たちは会場を後にした。

 きっとクリティカルなヒットを受けた彼の心は、相当ダメージを受けてしまっただろう。

 明日からの大会が楽しみで仕方がない。

 二人してクックックと暗い笑みを浮かべながら、すぐ近くの焼き肉屋へ入っていく。

 あ、三名様で。

 食べ放題お願いします。


 「いやおかしいおかしい! この流れで焼き肉屋に入るのおかしい!」


 そんなこんなで、僕たちは格闘大会幕を上げたのであった。


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