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止まらないんですけど不良品掴まされました?


 黒い霧が風に流されて薄くなっていく。

 先生の変身とは違い、僕のは黒煙が噴射するらしい。

 もういいよ、煙幕として使おうよコレ。

 そんな事を考えながら体中の違和感に襲われている時だった。


 「黒江……だよな? えっと、暴走とかしないよな?」


 何言ってんだコイツ、暴走って何やねん。

 こっちは恥ずかしさの余り穴に籠りたい状態だというのに、慰めの言葉一つ紡げないとは。

 これだから筋肉は駄目だ。


 「あぁーえっと、確かに黒い方の”鎧”が使われるのって……もしかしたら今回が初かもしれませんね。 多分大丈夫だと思うんですけど……ネコさーん? 聞こえますかー?」


 ラニは後でお話があります、何そんなよく分からないモノを他人様に寄越してるんですか。

 まぁそれはいいとして、色々おかしい。

 さっきから二人の声が下から聞こえてくるのだ。

 こんな事今まで在り得ない事だった。

 先生は百八十……いくつだっけ? とにかく190くらい身長があるし、ラニはいつも顔の近くを飛んでいたし。

 君らどこにいんの?


 「お姉ちゃん……本当は巨人?」


 愛しのエルフっ子が、妙に怯えた様な声を上げている。

 え、マジで何が起きたの。

 などとやっている内に完全に霧が晴れ、月明かりに僕の鎧が映し出された。

 体を見下ろした感想は、正直言ってずんぐりむっくり。

 手足ふっといし、やたらゴッツイ。

 両肩には胴体と同じくらいの大きさの盾らしき代物が……あっ、なんか似たようなの見た事ある。

 アレだ、昔の宇宙戦艦モノの劇場版に出ていた黒いアイツだ。

 ちょっと腕がデカすぎる気もするが、その他はあの黒いのを武骨にした感じだろうか。

 しかも、だ。

 身長とか明らかに2メートル超えちゃってるんだけど。

 視界が凄く高いのは気分がいいが、コレ僕の手足どうなってるの?

 伸びた? 伸びちゃった? ちゃんと指先まで感触あるんですけど。


 「あ、あの先生……顔とかどんな感じです? っていうか見た目どう思います?」


 恐る恐る声を上げると、先生は「うぉっ、黒江だ」なんて失礼なリアクションを取りながら、マジマジとこちらを見上げて来た。


 「アレだな、形は違うけど雰囲気はブラック〇レナ。 超懐かしい」


 「言うなや、直接的表現止めろ。 サ〇ナみたいに腕にバルカンとか付いてないわ」


 「でも尻尾も生えてますよネコさん……」


 マジか、生えちゃったか。

 おい何だよコレ、どこが”鎧”なんだよ。

 こんなのロボットだよ、”製造”の勇者何作ってくれちゃってんの?


 「ってそんな事はいいですから! また来ますよ!? 正面から大型ホブ数体!」


 「いけ黒江、ゲキ〇ンフレアだ」


 「あぁもう! 本当にどうにでもなれぇぇい!」


 右の拳を構えた瞬間、背中の方から嫌な音が聞えた。

 ガシャッと重い金属が動く音が聞えたかと思うと、キュィィィンと明らかに何かをチャージしてそうな嫌な音が聞えてくる。

 まって、止めて。


 「ラニ、今すぐ黒い方の”鎧”について知っている事を述べなさい」


 「えぇっと、ケース自体は色違いがーって話だったんですけど……その、黒い方は勇者様の遊び半分で道具だったとか……聞いた話では、全部盛りだけど攻撃できる装備は積んでないって……」


 「そりゃそうでしょうよ! コレその物が凶器ですからね! おかしい! 絶対頭おかし——」


 次の瞬間、僕は風になった。

 体感的にはどこかの遊園地にある、出発した瞬間からとんでもない速度のでるジェットコースターに乗った気分だ。

 出発してから秒も掛からず目の前に迫るホブゴブリン。

 当然構えた右腕を振るうことも出来ず、正面から追突した。

 こんなのは戦いじゃない、ついでに言えば攻撃でもない。

 まさしく交通事故だ。

 いいね? 鎧は急に止まれない。

 次からは覚えておいてくれ、ホブゴブリン。

 ちょっと肉塊になっちゃったから、次があるかは分からないけど。


 「っていうか! 止まらない! 止まらないからぁぁ!」


 右の拳を構えたまま突き進む黒い物体が、多くの命を轢き殺していく。

 もうどれくらい殺ってしまっただろうか?

 今ではスクランブル交差点に突っこんだランエボの気分を味わっている、あの映画とは違って轢きまくってるけど。


 「黒江! 必殺技でも出せば止まるんじゃねぇか!? 一発殴っとけ!」


 いつの間にか隣に並んだ先生が怒鳴っている。

 結構な速度が出てる気がするんだけど、何この人キモイ。

 普通に走って付いて来てる、しかもエルフっ子肩に乗せて。


 「何ですか必殺技って!? そんなものありませんよ!」


 「ゲキガ——」


 「それはもういいって!」


 マジでどうすればいいんだろう? さっきから色々突き抜けちゃってる上に、そろそろ黒い鎧じゃなくて赤い鎧に生まれ変わりそうなんだが。


 「ネコさん、前方に大物です! 多分ジェネラル級です、ぶっ飛ばしましょう!」


 銀鎧の兜に必死で捕まっているラニが、訳の分からない事を言っておられる。

 相手のボス見つけたのはいいが、とりあえずブレーキを教えてくれ。

 などという間もなく迫る、やけに体の大きいゴブリンさん。

 他とは違い鎧に身を包み、そりゃもう強そうな見た目をしていらっしゃる。

 だがしかし、止まれない。

 え? は? なんか来た、みたいな顔してるけど……許せ。


 「えぇぇぇい! これで止まらなかったら、ケース投げ捨てますからねぇぇぇ!」


 現状を理解しきれていないボスゴブリンに対して、僕は拳を振りぬいた。

 振りぬいてしまった。


 「あー、まぁそうなるか」


 「あちゃー」


 「お姉ちゃん……怖い……」


 パンッと水風船が割れるよな音が後ろから響き、僕の機体……鎧は一応止まった。

 背中からシュー……とか、煙が上がってそうな音が聞こえているが無視だ無視。

 見えないけどブースター的な何かがあるなら今回で壊れてしまえ。


 「やっと止まりましたか……」


 はあぁぁ、と大きくため息をついてから振り返ると、そこには下半身が立っていた。

 月の光に照らされながら、ピクリとも動かず。

 もう一度言おう、下半身が立っていた。

 皆と僕の間に、緑色した肌の下半身”だけ”が立っていたのだ。


 「ラニ、ラニお願い。 説明を……」


 「えっと、黒鎧の使い方は気を付けましょうって事で……」


 「解除ぉぉぉ! 鎧解除ぉぉぉ! もうこんなの着ない! 絶対着ないから!」


 悲しい叫びを上げながら、どうやって脱げばいいのか分からない鎧に対して、僕はジタバタと暴れる事しか出来なかったのである。


 ————


 綺麗な満月の輝く夜だった。

 ここ数年の時間を共にした仲間達と一緒に、”騙しの森”と呼ばれる山道をひた歩いていた。

 彼らは冒険者。

 もう中堅を超えたとも言える実力を認められ、少し前にBランクの称号をギルドから授かった。

 そんな彼等彼女達5人組が、今夜はここ”騙しの森”で異常発生しているというゴブリン退治にはせ参じた訳である。


 「ねぇ……流石に多くない? もう50は倒したと思うんだけど」


 魔法使いの少女が、不安げに声を上げた。

 この森に入ってから出会うのはゴブリンばかり。

 いつもなら金にならないと文句の一つでもいう所なのだが……この日はやけに遭遇率が高く、そんな小言をいう暇もなかった。

 元々異常発生しているという依頼なのだから多い事は予想していたが、今の事態はあまりにおかしい。

 ハザードと呼ばれるレベルに至る程なら、大群で群れをなしていてもおかしくないというのに、今夜出会うゴブリンたちはいずれも数体の群ればかり。

 倒すのに苦労はしないが、いつまでも終らない様に思える繰り返しで精神的にも参ってきている。


 「確かに……こんな事は今までなかったな……一度引いて立て直すか?」


 大きな盾と槍、フルプレートに身を包んだ男もまた、不安げな声を上げた。

 彼の盾は幾度となく続く戦闘によって、かなり消耗している。


 「でも、騙しの森をここまで突破できたのも初めての事ですし。 引き返すのは勿体ない気もしますね」


 修道服に身を包んだ女が、周囲を見渡しながら近くの木にナイフを突き立てる。

 彼女が手を離した瞬間ナイフの柄の部分が発光し、ポインターの役割を果たす。

 ここまで進んできた道のりにも同様に、いくつものナイフが突き立てられている。

 それが安価ではない上に消耗品である事から、安易に戻る選択が出来なくなっているのは確かであった。

 彼らは冒険者、赤字が数日続けば干上がってしまうのは目に見えているのだ。


 「もう少しだけ進もう。 今のままなら戦闘には苦労しないし、それにこのままじゃ赤字だ」


 リーダー格の男が忌々し気に目の前の森を睨みながら呟いた。

 ここは”騙しの森”と呼ばれている。

 魔術的な要因か、それとも環境的なものか。

 未だに理由ははっきりとわからないが、とにかく迷う。

 数週間彷徨った挙句、森を突破したと思ったら入り口だった。

 そんな冒険者の話を何度となく聞いて来た。

 しかも帰ろうと思って進めば、一切迷うことなく森の入り口に抜けられてしまうという訳の分からなさ。

 エルフの住まう森だとか噂もあるが、実際にお目にかかった事は無い。

 ある意味冒険者からしたジンクス的存在になっているこの森。

 だというのにこの依頼を受けたのは、森の突破ではなく”ゴブリン退治”だったからに他ならない。

 内容はホブゴブリン5体の討伐。

 平地で数体ずつなら不可能ではない、このパーティーなら2~3体同時でもいけるだろう。

 そう思ったからこそ、この仕事を受けたのだ。

 だというのに……


 「ホブなんか一匹も見ないわねぇ……」


 修道服の女は、文句を言いながらももう一本ナイフを木に突き立てた。

 そうなのだ、さっきから現れるのは普通のゴブリンばかり。

 しかも数体ずつ、休む間もなく現れるのだ。

 なんだこれは? 洞窟やダンジョンでもこんなことはなかった。

 まるで編隊を組んだゴブリンたちが、何度も俺達を襲ってきているような……


 「駄目だ……これ以上進んだら……」


 パーティーメンバーの最後の一人、”占い師”の彼が声を上げた。

 彼の様な存在をパーティーに入れている冒険者は少ない。

 占いは所詮占いであり、未来予知ではない。

 だからこそ彼の様な能力を持っている人間は、街の中で仕事をする事の方が多いのだが、このパーティーは違った。

 リーダーと幼馴染という事もあったが、彼の占いにより命が救われた事は一度や二度ではない。

 だからこそ誰も文句も言わず、彼をメンバーとして認めていたのであった。


 「どういうことだ? この先に何か居るのか?」


 「やっぱり戻った方が……」


 「占いうんぬんは抜きにしても盾の状態がなぁ……」


 それぞれ口にした所で、修道女の服を来た彼女が声を荒げて叫んだ。


 「ちょっと! 占いを信じてない訳じゃないけど、皆何怖気づいてるのよ! ゴブリンなのよ!? 勝てないはずないでしょ!? 不味い事が起きるってんなら、起きる前にさっさと済ませて帰りましょうよ! 今のまま帰ったら私達明日からどうするのよ……」


 目先の金に目を眩ませた、といえば彼女だけ悪役になるだろう。

 しかしこの場の全員が彼女の言葉を理解している。

 成果が無ければ、冒険者に金銭は支払われない。

 頑張ったからと言って、結果が無ければ収入は0なのだ。

 そして消耗品の類や、今夜の戦闘で摩耗した装備の数々。

 当然ながら、そういった物はタダではない。


 「確かにその通りだ、もう少し……もう少しだけ進もう」


 修道女に流された訳ではない、リーダーとしての決定だった。

 命を優先すべきなら確かに戻るべきかもしれない。

 だがこのまま戻っても報酬もなく、結局パーティーメンバーに負担を掛ける事になる。

 そしてさっきから現れるのはゴブリンばかり。

 今の所命の危険に晒される程の脅威は訪れていない、だからこそ彼はそう判断した筈だった。

 だと言うのに……


 「しっ……! なんかおかしい、地響き? 地震? これ……何の音だろう?」


 魔法使いの少女の言葉に、全員が静かに耳を澄ませる。

 なんだろう? 地響きもするが、同時に聞いた事のない高い音が聞えてくる。


 「こっちだ、確認してみるか。 進むにしても引くにしても、状況は確認しなきゃな」


 そういって先頭を進むフルプレートの彼も、少なからずその音に興味を引かれたのだろう。

 彼等は急ぎ音の元凶と思われる場所まで走り、そして信じられないモノを目の当たりにした。


 「なんだこれ……ゴブリンの大群?」


 「それだけじゃない。 ホブだって10や20どころじゃ済まない。 しかもこれだけの大群となると、それ以上の存在だって居るでしょうね……」


 視界を埋め尽くすほどのゴブリンの大群が目の前を移動している。

 もしもこれが街に向かったら……そう考えるだけで背筋が冷える思いだった。

 だがそのお陰で、リーダーである彼の頭は随分冷静になった。

 自分達のやるべきことは今この場で戦う事ではない、生きてこの情報を街のギルドへ持ち帰る事なのだ理解した。


 「全員、撤退するぞ。 絶対に気づかれるな、ギルドにこの情報を提供すれば少しくらい報酬が出る。 それにこいつ等が攻めて来る前に対策も——」


 「来る! 黒い死神が!」


 指示を出している途中で、占い師の男が悲鳴にも似た声を上げた。

 思わず彼の口を抑え、木陰に隠れようとしたその時だった。


 何か黒いモノが高速で前方を通り過ぎた。

 轟音と共に、一瞬で目の前に居た魔獣たちが肉塊に変わっていく。

 まき散らされる血液と肉片。

 そんな中黒い”何か”を追う様に、白銀の鎧を着た騎士が走り抜けていった。


 何が起きた?

 現実離れしたその光景を目の前に誰も声を上げることが出来ず、ポカンと口を開けたまま呆けていた。

 ”ナニか”がすぐ近くを通り過ぎたのだという痕跡だけ残して、その場には隠れた彼等と、血肉に変わり果てた魔獣達の死骸だけが残っていた。


 「ねぇ……今のって……」


 少し経った後、魔法使いの少女が震えながら声を上げる。

 彼女の声にパーティーメンバーの視線は、占い師の男に集まった。


 「アレには関わっちゃいけない……占いでは、とんでもなく悪い運命を齎す存在だと出ている……銀色の方は少し違うが、黒いのと似たような存在だ……」


 怯えた様に頭を抱え、男はガクガクと震えながら声を紡いだ。


 「結局何なのよアレ!  ゴブリンどころじゃ無くて、ホブだって含めた魔獣を一瞬で三桁近く屠ってない!? あんな化け物聞いた事ないわよ!」

 

 修道女の女が叫ぶと、占い師の男は顔を青くして答えた。


 「この状況を見てわからないか? あんな存在、”死神”以外にありえないだろ……」


 「黒い……死神か……」


 彼らが街に戻ってから数日後。

 その街では黒い死神と、それを追う白銀の騎士の噂話で持ちきりになったという。



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