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戦争、始めました(?)


 こちらの人員配置が完了した頃、視線先の草原に異変が起きた。

 地面が静かに揺れる感覚、周囲の人々に広がる緊張感。


 「きた……」


 そう呟いたのは一体誰だったろうか。


 「怖いですか? ネコさん」


 当然です、なんて答えようとしたが上手く口が動かなかった。

 唇が震えるばかりで、肺から上手く空気が抜けてこない。

 自分でもさっきまでの余裕がどこに行ったのかと突っこみたくなる程だ。

 思わず咳き込んだり座り込んでしまいそうになるが、周囲でそんな事をしている人間はいない。

 必死で拳を握って耐えていると、ラニが正面に回って頬をぺちぺち叩いて来た。


 「しっかり息を吸って下さい、このままでは始まる前に倒れちゃいます! いざとなれば鎧を使っていれば絶対助かりますから!」


 彼女の言った通り息を大きく吸い込むと、少しだけ視界が明るくなった気がした。

 そしてその視界に映るのは、ずっと向こうから徒歩でこちらに向かってくる大量の影。

 人影にも見えるが、近づいてくる程人とは違うモノだと認識できた。

 緑色の肌、茶色の肌、そして大小様々な体の大きさ。

 ゲームやアニメなんかで見た事がある様な、異形な見た目。

 多分ゴブリンとかオークとか呼ばれているソレだろう。 


 「すみません、ラニがもっと上手くやればこんな事にならず済んだのに……本当に、すみません」


 目の前を飛び続ける彼女は、いつの間にか泣きそうな顔でこちらを見ている。

 最初の頃とはえらい違いだ。

 元々あのテンションのまま、異世界冒険ツアーでも計画していたのだろう。

 今となっては、生きづらい上に血なまぐさいばかりの異世界生活となってしまったが。


 「まぁ、元はと言えば僕がやらかした訳ですからね。 今更恨み言を言ったりしませんよ」


 「ネコさん……ありがとうございます。 でも、まだラニは諦めませんからね! これが終れば解放されるんです、その後はいっぱい色んな所に連れて行きますからね! どっかの変態王子はあの国の勇者になるとか言っていましたけど、解放された瞬間に出国してやりましょう! いい気味です!」


 そんなやりとりをしている内に、少しだけ緊張が解れて来た。

 少しだけ口元を緩ませていると、どこからか叫び声が上がる。


 「全員! 戦闘準備!」


 そこら中で同じ様な声が上がり、皆武器を構える。

僕も両頬を叩いて気合を入れなおした。

 いつまでもうじうじしていては、助かるモノも助からない。

 最前線という訳じゃないんだ、こちらまで攻め込まれた時に気を抜かなければいい。

 さて、それじゃ頑張って生き残りますか!


 「魔術師隊、攻撃開始!」


 号令が響き渡ると同時に、味方の陣営からいくつもの光が飛んでいく。

 様々な色をしているが、あれはやはり属性とかそういうモノの影響なのだろうか?

 なんて事を考えていると、未だに演唱を行っているソフィーが視界の端に移る。

 他の人たちは敵地に向けて杖を構え、いくつもの光を飛ばしているというのに、彼女だけは地面に杖を突きたてたまま動いていない。

 え、もしかしてサボり……とか思った僕は、次の瞬間には後悔する事になった。


 「――っし、いくよ! 皆頭下げておきな! 殲滅爆撃魔法、“紅蓮”!」


 中二病要素はふんだんに使われているが、割とシンプルな名前を叫んだ彼女は杖を相手に向ける。

 どれ程ド派手な魔法が炸裂するのかと思えば、細く赤い光が敵陣にまで伸びていく。

 もしかしてあのレーザーがそのままスパッと切り裂いてくれるのか?

 などと興味深く眺めていた次の瞬間、遠く離れた敵の陣地から爆音が響いた。

 骨の髄まで響くとは、こういう事を言うのだろう。

 ドォォンという爆発音と共に、衝撃波が遅れてやってくる。

 思わず後ろに転びそうになったが、スミノ王子に支えられ転倒せずに済んだ。


 「流石だな、彼女は。 父上が放したがらない訳だ」


 涼しい顔をしながら、彼は慣れていますと言わんばかりの表情。

 周りを見てみれば、他の面々も同じような反応だった。

 え、コレマジで勇者とかいる?

 これ以上のモノとか求められても、絶対無理なんだけど。


 「正面はたいぶ崩れた! 今の内に攻め込むぞ! 皆の者、つづけぇぇ!」


 慣れた様子で、隊長っぽい人が剣を掲げながら馬を走らせる。

 それに続いて兵士も奴隷も、皆声を張り上げて走り出した。

 小競り合い程度とは聞いていたが、これは結構余裕なんじゃ?

 それこそ僕の出番なんて無いくらいに、こちらが優勢に見える。

 なんて思った、その時だった。

 皆が走り出した後方、つまり僕たちの真上で、”何か”が輝いた。


 「え?」


 見上げてみれば七色に輝く魔法陣。

 複雑に交差した模様が、空中に浮かんでいる。


 「あれは……転移の魔法陣!? ネコさん! 鎧を使って下さい!」


 え? 何? いきなりどうしたのコレ?

 混乱している内に、輝く陣からいくつもの個体が現れた。

 心臓に脊髄が引っ付いて、神経の様な何かをゆらゆらと揺らしているような見た目。

 キモイ、はっきり言ってキモイ。

 何コイツ、ビジュアル的に今まで見て来た獣たちの方が心に優しいんだが。

 悪態をついた瞬間、心臓の中心から眼球が飛び出してきてこちらを向いた。

 更にキモくなったぞ、なんだコイツ。


 「ボマーです! ネコさん伏せて!」


 叫ぶラニの声は聞こえたが、急な事態に身体がついてこない。

 思わずその眼球と見つめ合ってしまった結果、僕は立ち尽くしたままボマーと呼ばれるソレが膨れ上がるまで視界に留め続けてしまった。


 「クロエ! 私の後ろに!」


 「”障壁”!」


 「ホラ伏せろ馬鹿!」


 大盾を構えた王子とアイリが前に飛び出し、ソフィーに抱きかかえられるようにして地面に押し倒された。

 次の瞬間、ドッ! と大きな音が聞えたかと思えば耳鳴りが響き、酷い耳鳴りだけが残る。

 さっきソフィーが放った魔法を間近で聞いたら、多分こんな感じになるのだろう。

 なんて事を思いながら視線を上げれば、僕を抱えたソフィーが険しい顔で立ち上がった。


 「——! ——、……!」


 誰かの叫ぶ声、同じ様な大声がそこら中で響いている気がする。

 しかし何を言っているのかが聞き取れない。

 何が起きた? 皆はどうなった?


 身体を起して周囲を見回す。

 しかし目の前に広がる光景に、心が追い付かなかった。

 未だ音の無い世界、慌ただしく動く人影。

 そして周りに広がる真っ赤な大地と、人間のモノと思われる肉片。

 理解するよりも先に、思わずその場で胃の中の物をぶちまけてしまった。


 「——! ……さん! ネコさん! 大丈夫ですか!?」


 徐々に音が戻ってくると、すぐ近くからラニの声が聞えた。

 だが身体が痙攣して首さえも動かせない。

 なんだこれ、なんだこれ?

 人が死んだのか? こんなにいっぱい?

 スプラッタ映画どころじゃ無い、まるでミキサーにでも突っこまれたのではないかという肉片がそこら中に転がっているのだ。

 気持ち悪い、とにかく気持ち悪い。

 もしもあの時スミノ王子とアイリが守ってくれなかったら、”私”もその辺に転がる肉になっていたのだ。

 怖い怖い怖い、なんだコレ、何がどうなっているんだ。


 「あぁクソ! あいつ等転移魔法が使える位の魔族を連れてきてるって訳か!? 何がいつも通りだよふざけやがって! アイリ下がれ! 一旦魔法で押し返す!」


 普段以上に荒っぽい口調のソフィーが、立ち上がると同時に杖を構えた。

 目を閉じ、小声で何か言葉を発するたびに杖の先端が輝いていく。


 「クロエ! 大丈夫か!?」


 半分以上ドロドロに溶けた盾を持ったまま、王子がこちらを覗き込んできた。

 彼の持っている盾は、人一人すっぽり隠せるくらいの大きなものだった。

 だというのに、今では小盾くらいのサイズしか残ってない。

 それだけ強力な熱量だったのだろう、彼自身の鎧も所々焼け焦げている。

 今は兜も被っていて分からないが、鎧を脱いだら全身火傷くらいしていても不思議じゃない。


 「”魔力強化”!」


 少しだけ離れた場所で、アイリが詠唱中のソフィーに向かって杖を向ける。

 さっき爆風を防いでくれたのもそうだが、彼女は傷を癒すだけのシスターという訳では無さそうだ。

アイリが何かしらの魔法を使った後は、ソフィーの杖の輝きが一層増した気がする。

 そんな風に観察する頭は残っている、残っている筈なのに。

 今自分がどういう状況に居るのか、どうすればいいのかが全く分からなかった。

 少しでも視界を逸れせば、そこには肉の塊が転がっている光景が映る。

 こんな事経験に無い。

こんなの、どうすればいいか分かる訳がない。


 「なに……これ……」


 「ネコさん?」


 やっと喋れたと思えば、訳の分からない言葉が漏れた。

 もっという事があるだろうに。

 王子の怪我は大丈夫か? とか、二人は無理してないかとか。

 色々あっただろうに。

 だというのに、震える体を押さえつけて絞り出した言葉は、何とも情けないモノだった。


 「助けて……助けてよ……」


 頭では分かっている、コレが戦争というものなんだ。

 仲間が死に、相手も死ぬ。

 理解していると言うのに、身体が付いてこない。

 震えるばかりで、口からはビックリするくらい情けない台詞が漏れる。

 僕はこんなに弱かったのか? 何故強いと勘違いしていた?

 思考回路がめちゃくちゃになって来た頃、やけに落ち着いた声が上空から響いた。


 「中々どうして、戦果は上々のようですね」


 見上げてみれば、そこには先程の魔法陣から誰かが下りてきていた。

 角と尻尾、そして翼の生えた……それ以外はほとんど人間と変わらないソレ。

 そいつは満足気に笑いながら、僕たちを見下ろしていた。


 「くそ、いきなり魔族が乗り込んでくるなんて……全員迎撃体勢!」


 王子が叫ぶが、周りになんてろくに人影は残っていない。

 さっきの爆発でこの辺の人がほとんど吹き飛んでしまったのだから。

 それが分かっているからこそ相手も乗り込んできたのだろう。

 彼は三日月のように口元を歪め、楽しそうに両手を広げた。


 「さて、それでは。 勝たせてもらいますね?」


 その言葉を現実にするかの如く、彼の頭上で大きな黒い球体が発生した。

 あ、コレは終わった。

 なんて感想しか出てこないくらい圧倒的な差を……彼の力を大きさを肌で感じとった。

 今までどうやって人はコイツらと戦ってきたんだ思ってしまう程、恐ろしいまでの強弱の違い。

 誰もが言葉を失い、彼を見上げていた。

 当然だろう、あんなものどう見ても対抗できないし防ぎきれない。

 ここに居る皆、その人生はここで終わりを告げるのだ。

 それを理解しているからこそ、誰も声を上げない。

 ただただ魔族の彼を見上げ、呆けた様に立ちすくんでいる。


 そんな中ただ一人だけ。

 ”私”だけが、情けない事に叫び声を上げたのだ。


 「助けてよ……いつでも私を助けてくれるって、そう言ったじゃん。 父さん!」


 情けない、本当に情けない。

 周りのみんなは戦い、そして死を目の前に覚悟を決めているというのに。

 私だけが泣き叫び、子供みたいに喚いている。

 ここにいないあの人を呼んだところで、何一つ事態が変わらない事なんて分かり切っているというのに……


 「おう、任せろ」


 「え?」


 その声は、すぐ後ろから聞えて来た。


 「変身!」


 叫びながら彼は飛び上がり、目を焼く様な光に包まれながら空中に浮かぶ魔族の顔面をぶん殴った。


 「んなっ!?」


 妙な声を上げる魔族に対して、落下する前に踵落としを叩き込んだ彼が、件の魔族と一緒に地面に落ちてくる。

 墜落した彼等は土煙を上げ、一時姿が見えなくなった。

 行く末を誰もが見守る中、一人の男が立ち上がった。

 土煙の中でも輝く白銀の鎧を纏い、皆が恐怖した魔族を今まさに踏みつぶした男。

 彼の足元には血だまりが広がり、相手が生きていない事が明確に伝わってくる。

 極限まで責め立てられた状況を、一瞬で覆した銀鎧。

 その姿はまさに”勇者”そのものと言えるだろう。

 圧倒的な強者。

そして頼もしい味方が、今まさに到着したのだ。

 そして彼はこちらへ振り返ると、堂々と宣言した。


 「徒歩で来た!」


 マジか、色んな意味ですげぇなアンタ。

 戦争が始まって数分しか経っていない今。

 前方でも戦闘が始まっているというのに、生き残った後衛部隊は微妙な空気に包まれてしまったのだった。


 ————


 「カラスマ様ぁ! 困ります勝手に出撃されてはぁぁ!」


 後方から大声を上げて、王室で見た鎧を着た兵士たちが馬車に乗って迫ってくる。

 え、この人アレを振り切ってきたの? マジで?


 「うっせぇ知るか! 娘のピンチに出向かない親父なんかいねぇんだよバーカ!」


 語彙力の低さ、圧倒的な幼稚な暴言。

 喋らなければ格好良い銀鎧が、拳をプルップル震わせながら叫ぶ。

 なんだろう、さっきまで恐怖のどん底に居た気分なのに……今では締まらないなぁ、なんて感想しか出てこない。


 「おい黒江、準備はいいか?」


 「はい?」


 急にこちらに振り向いたかと思えば、これまた訳の分からない台詞。

 準備がいいかと聞かれれば全く良くないのだが。

 むしろさっきまでビビって吐いていた小娘一号な訳だが、何の同意を求めているんだろうかコイツは。


 「上にデカデカと光ってるアレ、テレポート的なヤツなんだろ? なら、やることは決まってるじゃねぇか」


 凄く、嫌な予感がする。

 一気に青ざめた僕を肩に担ぎ、筋肉馬鹿は足に力を入れ始めた。

 近くに居たラニも色々察したようで、僕の服に潜り込んでくる。


 「だったら逆に本陣まで攻め込んで、一気に解決! 大将を叩いて戦争終了! すぐさま帰れる様にしてやるからなぁ!!」


 「ちょ、ちょっと待って! 僕戦闘力皆無! 周り敵だらけの環境に突っこんで無事で居られる訳無いでしょう!?」


 「安心しろぉ! 俺の後ろが一番安全だ!」


 その自信はどこから出てくるんだこの馬鹿。

 なんてセリフを吐く前に、彼は飛び上がった。

 上空の魔法陣に向かって。


 「カラスさん! ストップ! 転移の魔法陣を逆に使おうとしても色々問題が——」


 やっとの思いで服の襟首から顔を出したラニが叫ぶが、もう彼は止まらない。

 凄く嫌な言葉が聞えた気がするが、もはや全てが遅かった。

 もう、七色に輝く魔法陣は目の前に迫っているのだから。


 「猫を泣かせた奴は、俺がぶっ潰してやるぜぇぇぇ!」


 「現状泣きそうなんですけどぉ!?」


 「カラスさんストォォォップ!」


 三者三葉に叫びながら、僕たちは魔法陣に突っこんだ。

 瞬間、硝子が砕ける様な音と共に目の前は真っ暗に染まる。

 あぁもう、嫌な予感しかしない。

 色々諦めた上で、さっきの魔族戦で死ぬよりかはマシかと結論を出し、僕はゆっくりと瞼を閉じた。

 もうどうにでもなれ、どうせこっちに来てからろくな事起きてないんだから。




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