僕を購入した主人が変態なんですが?
なんでこんな事になったんだろう。
昨日バカ王子が食堂で訳の分からない事を叫び散らした後、すぐさま馬車に放り込まれ戦地へと向かわされた。
聞いた話によると戦争とはいえ小競り合いの様な小規模なものらしく、しかも相手は人間ではないらしい。
魔族ってのが魔獣をいっぱい引きつれて、しかもちゃんと宣戦布告した後、予定まで公開した上で進軍していると聞いた。
魔族側も結構まっとうな感じらしく、戦争によって領土を広げ魔族の住める土地を増やしているとかなんとか。
向こうもやっぱりちゃんとした国が出来ている模様。
聞いてはいたが、やはり「ニンゲン、敵。 キ〇リは通さない」みたいな感じではないらしい。
実際魔族に会った事がないのでどんな見た目をしているのか分からないが、あんまり人っぽくないといいな……流石にワンコや熊のようにあっさり決心はつかないだろう。
「とまぁこんな所か。 他に聞きたい事はあるかい? クロエ」
向かいの席に座る金髪イケメンが、爽やかな笑みを浮かべながら微笑んだ。
ちょっとイラッとする。
「なんで僕を買ったんですかね? 貴方を殴った上に、ろくに話した訳でもない。 先生みたいな能力を求めているなら無駄ですよ? 僕は外れっぽいですし」
「何を言っているんだ、君は十分に強い。 だが私が君を欲した理由はそこではない」
「といいますと?」
フッと微笑を浮かべながらちょっとだけ間を置く王子。
そういう行動いらないから、さっさと話進めてくれると助かるんだが。
肩にとまるラニも、どこかげんなりした様子で彼の顔を眺めて居る。
「君の拳にホレたんだ、あの一撃……今でも忘れられない。 私をああも容赦なく殴る女性なんて今まで居なかったからね、雷に打たれたようだった……」
「うわぁ……」
流石のラニもドン引きした声を上げた。
いや、うん気持ちは分かる。
しかも思考を読めるラニなら、もっとえげつない言葉を聞いているのかもしれない。
「ラニ……この人の頭はどんな感じでしょう……」
「一応自分が強くなるために鍛錬の相手をしてほしいとか、ネコさんと肩を並べたいとかあるみたいですけど……後は聞かない方がいいかもしれませんね。 ちょっと年齢制限に引っかかる思考回路です」
出来れば前半だけで止まってほしかった。
ダメだこいつ、どうしてこうなるまで放っておいたんだ。
正真正銘のドM王子じゃないか、救いようがない。
「それよりネコさん、首輪大丈夫そうですか? 苦しかったりしないですか?」
そう言って僕の首に巻かれた金属っぽい真っ黒な首輪をぺちぺち叩く。
どうやら購入された奴隷は腕輪をはずされコッチになるらしい。
奴隷版身分証みたいなものだと言われた。
持ち主が誰なのか証明したり、奴隷がどこにいるのかを知らせる道具らしい。
くっ付いたり爆発したりはしないそうなので、腕輪よりずっと気は楽だが見た目がよろしくない。
もしも変態王子の性癖が逆方面だった場合、えらく大変な事になっていただろう。
「街に戻ったらすぐに奴隷解放の手続きをしよう、僕は君を奴隷として手元に置きたい訳じゃないからね。 約束する」
今までで一番まともな事を言われた気がするぞ、頑張れ王子! 何かちょっと死亡フラグが立った気がするけど!
「父上から出された条件は、この戦場に君を連れ出し実力を図る事。 それが済めば君は晴れて自由の身となり、この国の勇者として迎えられる。 そして毎日稽古をしよう、同意の上なら暴行罪にはならないからな! あの感覚が再び味わえると思うと……」
「うわぁ……」
やっぱり王子は王子だった。
なんて事をやっている内に馬車は止まり、扉が開かれた。
外に出てみれば視界に入るのは何もない広い草原。
最初こっちに来た時の事を思い出すが、どうやらまた別の場所みたいだ。
あーマジで戦争かぁ……なんてどんよりとした気持ちで草原を眺めて居ると、後ろから肩を叩かれる。
「クロエ、大丈夫?」
「え?」
予想外な人物の声が聞こえて慌てて振り返れば、そこにはアイリとソフィーの姿が。
二人とも普段着とは違い、今僕が着ているのと同じ様な黒い服を身に着けていた。
アイリは修道服を真っ黒にした感じ、所々に白いラインが入っていていかにもシスターさん。
ただ黒い、とても黒い。
イメージにある灰色とか白黒カラーではなく、漆黒と言った方が良いくらいに黒い。
そしてソフィーに関してはもう見た目からして魔女だ。
黒のロングドレスの様な格好に、頭には尖がり帽子。
魔女っ子じゃなくて魔女ですねこれは。
「どうして二人がここに?」
「何でってそりゃ私達も奴隷だからだよ、強制参加って説明しただろ?」
あ、確かにそんな話してたっけ。
彼女達の背後に視線をやれば、次から次へと馬車が到着し、ゾロゾロと腕輪をされた人達が降りてくる姿が見える。
もしかして僕が拉致られたすぐ後に、皆も現地に移動し始めたのだろうか。
にしても凄い人数……
「まぁクロエは王子の近くみたいだし、私達も後衛組だからそんなに離れる事はないかな。 頑張ろうね」
そういって笑うアイリは、随分と慣れている雰囲気だ。
天使の様な微笑みを浮かべているというのに、戦場慣れしているってのもちょっと怖い気がするが、ここはそういう世界なんだろう。
仕方のない事だとは言え、自身の考えの甘さが身に染みる。
「アイリ様、ソフィー様」
静かな声を上げながら、一人の男性が近づいてくる。
やや年配の白髪オールバック、周りにはメイドさんが複数。
「クラウスさん? なんでここに」
彼は奴隷という訳ではない筈だ。
でも国の仕事って言ったら良いのかな? そういうものに就いているから戦場に立つとか?
え、だとしたら国全体でドブラックだけど。
「私は優良奴隷の管理人ですからね、こうして現地に赴き腕輪を外して回るんですよ。 移動中は両手を自由にする訳にはいかない決まりなので」
悲しそうに笑った彼が、二人の腕輪にガラスの板みたいなものを翳す。
ピッという音と共に両手を開放された二人が、メイドさんから各々武器を受け取った。
ソフィーは背丈以上もありそうな曲がった黒い杖を、アイリは金色の装飾が映える白い杖を。
あれが二人の装備……実にそれっぽい。
ねぇねぇ誰か僕にも装備を下さい、素手は嫌です。
なんて事を思っていたのが顔に出たらしく、クラウスが困った様に笑う。
「クロエ様。 申し訳ありませんが奴隷が何か装備を使う場合には国に申請、登録が必要なのです。 なので……これは内緒にしておいてください」
そう言って彼がポケットから取り出したのは、真っ黒なグローブとナイフが一本。
「あ、ありがとうございます。 でもいいんですか?」
「えぇ、何もないよりずっと戦いやすくなるでしょう。 そのグローブは特殊な魔獣の皮で作られているので、そこら刃では貫く事は出来ないでしょう。 クロエ様ならコレだと思い、こっそり持ってきてしまいました。 私のお古で申し訳ありませんが、どうぞお使いください」
「意外ですね、規則には厳しい人なのかと思いました」
フフッと柔らかい笑顔浮かべたクラウスさんが、僕から視線を外して再び二人に向き直る。
アイリもソフィーも、彼と同じ様な笑顔で言葉を交わしている所を見ると、クラウスさんは優良奴隷の皆に同じ様な事をして回っているのかもしれない。
すげぇよクラウスさん、貴方はアルコール王国で唯一の水分だよ。
「ネコさんって本当に変な例え方しますよね……」
いいじゃないか別に。
貰ったグローブをその手に嵌めれば、やはりサイズが合わない。
クラウスさんのお古だと言っていたし、致し方ないか……なんて思っていたら、キュッという音と共に僕の手にフィットした。
何という事でしょう、ブカブカだったはずのグローブは丁度いいサイズに変わり、余った布は手首の方へと延びていった。
今ではロンググローブの様な形に変わってしまった驚きのビフォーアフター。
流石異世界、何でもありだ。
「うわぁ、ソレ結構な値打ちものですよ。 サイズ調整は珍しくありませんが、素材が明らかに高価なモノです。 良い魔道具を頂きましたねネコさん」
ラニが言うには、とんでもないモノを貰ってしまったらしい。
いつかお礼出来たらいいな、なんて考えながら貰ったナイフを鞘ごとベルトの間に挟む。
そんな事をしている内に話も終わったのか、クラウスさんが一歩引いて僕たちに全員に頭を下げてきた。
「それでは皆様、ご武運をお祈りしております。 どうかご無事で」
そう言って彼は、周囲のメイドさん達と共に馬車に戻っていった。
クラウスさんは戦う訳じゃないのか。
あの人雰囲気的にすんごく強そうな気がするんだけど。
日本のアニメ文化でセバスチャンは戦うモノ、みたいなイメージが付いてしまって、僕が勘違いしているだけだろうか?
「はてさて、それじゃ今回も稼ぎますかぁ」
草原へ向きなおったソフィーが、身体を伸ばしながらそんな事を呟いた。
不思議そうな顔を浮かべて居ると、隣のアイリが笑いながら説明してくれる。
「まだ説明が途中だったね、優良奴隷は自分で稼ぐ方法があるのよ。 それが戦争への参加、もちろん強制ではあるんだけど参加するだけでもお金が貰えるの。 そして活躍した者には上乗せした報酬が支払われるって訳」
なるほど、それで自分を買い直せ、と。
なんか凄くマッチポンプしてる気分なんだけど気のせい?
ちょっとこの国お金にがめつくない?
「正直人族の中だと一番お金にうるさい国だと聞いてますよ? その代わり一番の大国らしいですけど」
ラニがまた何か聞きたくない事言っている。
僕はもう少し穏やかな国の方が良かったな、なんでここに来ちゃったかな。
「大国ですからねぇ、その分召喚魔法も景気よくポンポン使っちゃったりする訳ですよ。 とは言え数年に一度のペースですが、それでも他の国と比べたら圧倒的です」
なんて奴らだ。
数年に一回誘拐してくるのか、滅んじゃえよそんな国。
などと説明を受けていると、離れた位置に居た変態王子が苦笑いを浮かべながら近寄ってきた。
「そればかりは申し訳ない、父は特に異世界人に拘っているんだよ。 だからこそ毎日の様にクロエの様な存在を探してるんだが……やり方が好まれなくてね、大体は召喚されても父に見つかる前に他所へ旅立ってしまうんだ」
「当然です、ラニだって一稼ぎしたら翌日にでも旅立つつもりでしたので。 これも妖精の間じゃまず最初にやる事、と教えられています」
「そうだね、それがいい。 王が変わるまでの間は、そうしてくれた方が私も助かる」
やけにトゲトゲした態度で反応するラニに、王子は笑顔で受け答えしている。
意外だな、てっきりこの人も王様と同じ考えなのかと思っていたが。
もしかすると王様以外はあんまり国の方針好きじゃ無かったり?
「まぁ、それはともかく。 今は準備を急がないとね、クロエはなるべく私の近くに居てくれ。 この人数だ、はぐれたら見つからない事もあるかもしれない」
その言葉に周りを見回せば、次から次へと集まってくる人がこちらに押し寄せてきていた。
「私達も配置に着くとしよう、おいでクロエ」
「ネコさんはラニが誘導しますから大丈夫です、その手を引っ込めてさっさと歩いてください」
差し出された王子の右手を、ラニがゲシゲシと蹴っ飛ばす。
いいなぁ妖精、そんな事しても犯罪歴とかつかないもんな。
というか身分証自体ないしね。
「じゃぁラニ、お願いしますね。 頼りにしてます」
「お任せ下さい!」
いつもだったら「ネコさんがやっと素直に!」なんて返ってきそうな会話だったが、本人は気にした風もなく僕の近くを飛んでいる。
初めての戦争、しかも異世界に来てから2日目で。
流石に不安になっているのが自分でも分かる、もし一人にされたら緊張で吐いていたかもしれない。
そんな心境がラニに伝わったのか、彼女は僕から離れようとせず常に声を掛けてきてくれたのだった。