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姉のものならなんでも欲しがる妹は、本当に欲しいものを手に入れられない

作者: 奥森 類

「お姉さまごめんなさい。わたくし、どうしてもほしいから頂きたいの」


 ノックの返事も待たずに入室して来た妹のシャルロッテは、淡いブラウンの瞳をいたずらっ子のように輝かせながら、甘く囁くような声でいつもの要求を始めた。


「あらあら、今度は何かしら。もうろくな物は残っておりませんのに」


 そう答えながら、改めて自分の部屋を見渡す。

 カーペットも敷かれていない上に棚すら「頂かれて」しまったので、勉強用の本はそのまま床に置かれている。

 書き物や勉強をする机は、百年以上前から放置されてたかのような木目が歪みささくれ立ったもの。

 衣類や装飾品に至っては最低限の物まで奪いつくされ、いつしか母が別の部屋で管理を始めてしまった。


 この部屋にあるのは勉強机、多数の本と庶民が使うような貧相な筆記用具、そして使用人も使わないような粗末なベッド、姉の膝の上に乗せられている人形のみである。


「ええ、もうこの部屋で頂ける物は何も残っていませんものね。なのでわたくしとても困ったのです」


 そう言いながら頬に手を沿え、小首を可愛らしくかしげながら、艶のあるブラウンの髪を揺らす。

 十四歳という、少女から女性へと変貌しつつあるその姿はなぜかとても色気を含んでいる。


「ですから、お姉さまの婚約者様を頂きますね」




 この王家は三百年の歴史を持つ。

 重要な航路の港を擁していた小国が現王家の始祖となる海賊によって支配されたことから始まり、近隣の小国を侵略しながら勢力を拡大していった。

 起源が海賊だからだろうか、始めは簒奪者でしかなかったのにもかかわらず強大な戦力を持つ国となり、田舎の荒くれ者と馬鹿にしてきた国々を脅しながら巧みに婚姻を結び確固たる王家を作り上げた。

 そして正統な王家の血を薄めることを嫌い、その婚姻は王家と縁の近しい公爵家と政略的に行われることが大半であった。


 そんな中、姉のクリスティーネは恋愛でその相手と婚約を交わした。

 伯爵家の嫡男なので王家から嫁ぐにはやや低い爵位ではあるが、領地は肥沃な土地と温暖な気候を活かし農業や観光産業に熱心で十分な税金を得られており、また今後の展望も明るい。

 出会いは学園在学中に妹に邪魔されずゆっくりと時間を過ごせる図書館で何度も逢瀬を重ねながら、互いの人となりを知り愛を深め合ったと言う、王族の割に陳腐なものではあるが。


 それでもクリスティーネは彼と過ごせる穏やかな時間を、何よりの癒しとしていた。

 恋物語のような胸を焦がす強い想いを体験したことはないのだが、彼の領地で二人で黄金に輝く小麦の畑を見たときに、この先もずっとこの景色を手を握りながら見てみたい。そう思った時に彼女の心は暖炉の熱を受けた時のように温かかった。




「まぁ、エドガー様はもう頂かれてしまったの?」

「いいえ、今日これからこちらにいらしていただくよう約束しましたのよ。だって、お姉さまのお部屋でお姉さまの婚約者と結ばれる、これって本当にお姉さまの大切なものを頂くという感じがして素敵だと思いません?」


 ――学力が全く足りていないのは仕方ないとして、私と同じように王族・貴族の女性が大切にすべきことは教わっているはずなのに、どうしてこの子はこうなってしまったんでしょう。


 姉は憂いを帯びた目で妹を観察するが、その顔は恍惚としており、瞳は爛々と輝いているのに何かを映しているようには見えず、唇は妖艶に弧を描く。


 周りの誰もが信じてくれないが、そんな妹を姉は愛している。

 無邪気に愛想を振りまいて、自分勝手に愛を強要し、思った通りの愛が返ってくると信じている妹が、本当に可愛らしい。

 胸を焦がすものでもない、暖炉の温かさでもない。直接肌に貼り付けてしまったカイロのような熱の愛。

 だから、お気に入りの猫脚のテーブルとチェアのセットも、意匠を凝らしたガラスペンも、父王が学生時代に使っていた勉強机も、妹の欲しがるものはなんでも譲ってきた。


 ――悲しいのは譲ったその時より、「欲しい」と要求してくる時の狂気の混じった時の方が可愛らしいことかしら。


「あら、これからいらっしゃるのね。では邪魔をしてはいけませんから、わたくしは王宮の客間に向かいますわ」


 そう言うと、姉は膝の上の人形を大切そうに抱きかかえてから立ち上がり、妹の近くまで歩み寄る。


「あ、お姉さま……そのお人形、とても素敵ね」

「ええ、これはシャルロッテにプレゼントしようと思って作らせたの。受け取って頂けるかしら?」

「もちろんです、本当に嬉しい」


 まるで赤子を受け取るように、妹は優しく人形を抱き上げた。

 そして、姉妹は鼻と鼻がぶつかりそうなくらい顔を寄せ、互いの瞳を見つめ合い、髪を撫で合い、囁き合う。


「かわいいかわいいシャルロッテ。わたくしはあなたを心から愛しています」

「わたくしも、なんでもくれるお姉さまが大好きですわ」


 それでは、と姉は軽やかに退室し、外鍵を掛けた。




 ◇ ◇ ◇


 クリスティーネが離宮から出ると、そこには婚約者が待っていた。


「まぁ、エドガー様いらしてたのね。王宮と同じ塀の中の離宮なのですから、お迎え頂かなくてもよろしかったのに」


 そう言いつつも、彼女の瞳は嬉しさで潤み、頬は温かさで赤みが差す。

 その変化に喜びを感じ、エドガーもまた満足そうに顔をほころばせた。


「明日は私達の結婚式ですからね、二人で過ごす最後の独身の時間なので、少し楽しみたかったんですよ」


 どちらからともなく指を絡め手を繋ぎ、ゆっくりと王宮へ向かって歩み出した。


「シャルロッテ様へのプレゼントは渡せましたか?」

「はい、あの子が本当に欲しいものを差し上げることはできませんから。代わりになればよろしいのですけれど」

「最後に欲しがるあなたの大切なものが、まさか私だとは思ってもいませんでしたよ」

「……ええ、そうですね」



 姉は知っている。

 妹が本当に欲しいものを。


 テーブルもチェアもペンも勉強机も、そして婚約者のエドガーでさえも、妹にとっては他のもので代替できるものでしかない。


 どうしても手に入れられない、姉クリスティーネの。

 王家の血統がにじみ出たプラチナブロンドの髪と、ブラウンを帯びた深いブルーの瞳。

 一度も欲しいと言われたことはないけれど、髪を撫でてくる時と見つめ合う時に毎度妹は「あの表情」をしていたことに、ずっと前から気付いていた。


 だから自分を模した、同じ髪色・瞳の人形を作らせて最後のプレゼントとしたのだった。



「あの人形が、あの子の癒しになってくれれば良いのですけど」


 大切に抱きかかえて、髪を撫で、瞳を見つめて欲しい。

 そうしていれば、きっとあの子はずっと「あの表情」をしてくれるはず。


 クリスティーネは絡めあった指の間から暖炉の温かさを感じつつ、明日の結婚式、そして黄金の小麦を眺める未来へと思いを馳せた。




 ◇ ◇ ◇


 三百年の間煮詰められた王家の血が、王族の身体的・精神的な疾患の原因と判明したのは、姉妹の父王がまだ若く、従姉妹を妻に迎えた頃のこと。

 その血を薄めるために、王太子は中位の貴族から妻を迎え、降嫁する際も中位や下位のみと自身の子供に命令しており、その後も血が濃くならないように王家の婚姻には様々な規定が加えられる。

 数代を経て疾患を持つ子供が生まれなくなった頃には王家の力も衰え、絶対王政から議会政治となっており、王族は儀式や式典、外遊が主な仕事となった。


 父王の子供達は全員十四歳で学力の試験を受けさせられ、下位貴族の学力に満たなかった子供、そして生活に支障のある身体的な問題がある者はそれぞれ離宮に入れられた。

 とは言え幼少の頃から子供達の身の回りの世話をしていた侍従が側についていたので、最期まで幸せに暮らせた者がほとんどだという記録が残っている。



 現在、国立の美術館には離宮の姫が生涯大切にしていた人形が展示されている。

 百年以上の時を経たとは思えないほど美しく保たれたその人形は、プラチナブロンドの髪にブラウンを帯びた深いブルーの瞳が輝く。

 離宮の姫の姉を模したものであり、姉姫は王家の特徴を色濃く宿した最後の姫らしいが、諸説あるため真実は未だ分かっていない。

人形を貰った時点で姉の婚約者のことなんて忘れてしまったので、多分みんなハッピーエンド

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― 新着の感想 ―
[良い点] 愛してると言った後、外鍵をかけるところ。 [一言] 大変好みなお話でした。 ぴりぴりめの姉妹愛。メリバかつハピエン。最高です。 生きて生活するのには普通の幸せも大事ですしね。
[一言] 代用て済んでハッピーだった。
[一言] 姉妹そろって気持ち悪い。
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