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残酷な表現がある回です。

 教会都市フローリアに着くと、ルーウィットはさっそく刺客たちの回収を手配した。

 エフィの魔法結界が有効となっているので、解除(キー)は渡してある。

 そして乗ってきた車と武器は証拠の品として教会本部に提出した。国内では所持を禁止されている銃の類だ。入手ルートから犯人の絞り込みができるだろう。

 教会上層部の中にも黒幕とつながっているものがいる恐れもある。複数人の目の前で証拠の受け渡しは行われた。


 司教という階級にありながら、ルーウィットの立場は特殊らしい。通常なら複数の教会の取りまとめをするはずだが、彼には受け持ちの地区というものがない。その代り、何か問題が発生すれば国内外問わず駆けつける。時には力ずくで解決することもあるようだ。

 だから戦う司教でなくてはいけない。


 留守中に発生していた諸問題の確認をしてくると言って、ルーウィットは出かけて行った。エフィはその間、ルーウィットの私室に閉じ込められていた。逃げ出すことのないように、何重にも鍵をかけて。


「信用ないなあ」


 いくらエフィでも、他人の物を盗んで売り払ったりはしない。

 そう主張したが、ルーウィットにはそういう問題ではないと叱られた。


 鍵のかかった扉を前にして、エフィは嘆息する。さすがのエフィもそう簡単には開錠できそうにない。魔法の鍵だけではなく、理論(ロジック)が必要な鍵もあった。

 鍵外しは時間つぶしにもってこいだったが、それよりもルーウィットの私室を漁るほうが面白そうだった。書斎を勝手に見る。


 ルーウィットの書斎には、いろんな国の歴史書や、言語書、それに論文の類が数多く置かれていた。その一つに目を止め、エフィは書棚から引っ張り出す。


『魔力過多症の治療法』。著者名はジーニアスと記されていた。


 ルーウィット自身が魔力過多症だったとランディが言っていた。魔力過多症の症状の一つに、体が風船のように膨らむとある。ルーウィットにその症状が見受けられないということは、治ったということか。


 かつて魔力過多症だったから、この論文を所持しているのか。それにしては魔力過多症について書かれている論文はこれ一つしかない。逆に、ジーニアスの論文はほかにあった。


『肥料における農作物増量法』『失った人体の再生法』『植物百科』『汚染魔力の浄化法』そのほか、多岐にわたる。分野がばらばらで、いったい何を主体で研究しているのかもわからない。


 エフィはとりあえず、『魔力過多症の治療法』をぱらぱらとめくった。

 治療法とは、何のことはない。たまった魔力を外に放出すればいいだけの話だ。今まで方法が確立していなかったのは、魔力にも種類があり、性質が一致するものにしか治療が行えなかったからだ。

 ジーニアスの論文で注目していたのは、魔力のたった一点、すべてに共通する箇所についてだった。魔力構造は複雑でほんの少し違うだけでも反発する。その中から共通項を見つけたのは、奇跡のようだと言われている。

 最近では薬で魔力放出ができるようになったらしい。


 ある程度内容を把握したエフィは所を棚に戻した。他の論文も気にはなったが、別の方向に目を向ける。

 書斎机は綺麗に片づけてあり、埃一つなかった。

 書き物をするためのペンさえ置いていないのに、机には一枚の写真が飾られている。


 好奇心をくすぐられたエフィは当然写真を見た。そこに映っているのは、一組の家族だった。それを見た瞬間、エフィの心臓が跳ね上がる。


 家族だとわかったのは、そこに映る人物に見覚えがあったからだ。知らなければ、家族だと判断する材料は何一つなかった。


 父親の方は薄茶の髪に緑がかった灰色の目をしている。母親は金髪に紫に近い目。

 二人ともほっそりとしていて、上品に笑っている。そして最も特徴的なのは娘だった。真っ黒で長い髪を、顔を隠すように体型を隠すように下ろしている。顔はパンパンにはれ上がり、目も唇も埋もれていて細くなっている。体も風船のように膨らんで、わずかに映っている手の指は今にもはち切れそうなほど太かった。


 写真では性別すらわからないほどだがエフィは彼女が娘なのを知っていた。

 心臓の近くを抑え、エフィは肩で呼吸を繰り返した。

 扉がガチャリと開く音がする。


「ルウ? 王都から戻ったと聞いたのだけど……」


 そういって書斎に入ってきたのは、中年の男だ。写真の男だが、かなり老けている。それが物語るのは、写真を撮ったのがつい最近ではないということ。


 写真の男と目が合う。


「エイシャ?」


 写真の男が、エフィに向かってそう呼び掛けた。

 エフィは否定するように首を横に振った。

 まさかこんなところで会うなんて。世界は広く、人も大勢いるというのに。


 男が書斎へ入ってきたということは、今は鍵が開いているということだと気づき、エフィは慌てて書斎から出ようとした。動揺のあまり、周囲が見えずにさらに誰かが書斎に入ってきたのが見えなかった。そのままぶつかる。


「エフィ? 部屋から出るなとあれほど……」


 ルーウィットだった。

 エフィを叱ろうとした彼は、様子がおかしいことにすぐに気が付いた。


「顔が青い。どうかしたのか?」


 心配そうにエフィの顔を覗き込んでいるが、それよりも後ろから写真の男が近づいてきているのが問題だった。


 間違いなく、あの子(エイシャ)の父親だ。

 エフィが殺してしまったエイシャの。

 足元から恐怖が這い上がってくる。犯してしまった罪が、エフィを責め立てる。

 恐怖に耐えられず、エフィは気を失った。


 *


 ――願いは、なに?


 ()()のその問いかけに、エイシャは言った。楽になりたいと。病が苦しいのだと。

 艶やかな黒い髪には魔力が渦巻いている。伸ばしているのは、顔をできるだけ隠したいからだ。

 上瞼も下瞼も腫れ上がり、ほとんど見えていない黒い目を()()に向けながら訴える。助けて、楽になりたい、と。


 体中が風船のようパンパンに腫れあがり、呼吸さえ苦しそうだ。

 体の奥にある魔力を生み出す核が暴走し、無限に魔力が生み出される。そして、それを十分外に出すことができず、体内に魔力がたまっていく。

 たまった魔力は風船のように体を膨らませていく。けれど人間の体が風船のようにゴムでできてはいない。膨らんでいく皮膚にも押しつぶされる内臓にも限界がある。


 楽になりたい。エイシャは泣いた。

 だから、楽を与えた。最も簡単で、最も残酷な手段で。


 エイシャの体がはじけ飛ぶさまを、()()は呆然と見ていた。

 殺すつもりはなかったのだ。ただただ一刻も早く、楽にしてあげたかった。人間はみな等しく、皆愛おしかったから。


 ()()は慌てて、エイシャの体をつなぎ合わせた。持てる力で再生した。人の体を作り上げるのは、造作もないことだった。知識と魔力さえあれば、容易にできる。


 よみがえったエイシャの体は、魔力で膨らむ前の状態に戻った。闇を吸い込むような髪と、魂を失って虚空を見つめる真黒の目は、美しかった。


 次は魂の再生だ。

 ()()は手を伸ばし、エイシャの魂を探った。けれどそこにはエイシャの魂はすでになかった。体が弾け飛ぶとともに、魂までも粉々に砕け散っていた。

 残っていたのは、魔力の核にあるほんのカケラだけ。そこにほんの少しだけエイシャの魂があった。


 ()()は結晶のように魂を育てようとした。けれど、それでは時間がかかりすぎる。よみがえった時には、エイシャの両親はもう死んでいるだろう。他の知人も寿命を迎えている。


 たった一人の世界に戻して、何の意味があるだろう。

 だが他に、魂を戻す方法がなかった。今は、まだ。


 ()()はエイシャがやってきた扉から、向こうの世界を覗いた。

 たった数十年で恐ろしい進化を遂げた人間社会が広がっている。あそこに行けば、もしかして魂を復活させる方法が見つかるのではないか。初めはなくとも、きっかけさえ与えれば、作りだすのではないか。

 誰かにこっそり知識の基をささやけばいい。


 だが、生身ではない()()は行ったところで人間に認識できるはずがない。

 それに、エイシャの体も魂が入っていなくては腐ってしまう。

 だから()()は考えた。

 魂を失ったエイシャの魔力の核に触れ、()()の存在そのものを混ぜ合わせていく。

 どうかどうか、愛しい子が救われますように。


 やがてエイシャと一つになった()()は、まず自分に名前を与えた。エイシャの意識がない自分が、その名を名乗るわけにもいかない。

 かといって、人間が()()に与えた「フィーリルフィア」を名乗るわけにもいかない。


「エイシャ・フィーリルフィアだからエフィ、かな」


 エフィとなった()()は、ゆっくりと神の庭から出る扉をくぐる。

 銀色のフラウリカが、むせかえるような香りでエフィを見送った。



 ーー十二年前のことである。


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