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 にぎやかな街を走った後、車は閑静な住宅街を抜け、街の外に出た。

 さすがにこのあたりになるとレンガの舗装はなくなり、土の道になる。この後目指すのは、王都の隣に作られた教会の街フローリアだ。教会本部がある。


 隣りとは言っても隣接するのではなく街道をたどった先にある。車は、草原が左右に広がる道を走っていく。


 いきなり、車が止まった。

 ルーウィットは目を細めて前方を睨みつけている。

 エフィも同じ方向に注意を払ってみた。

 対向車が一台、止まっていた。エンジントラブルを装って、魔道機構を確認している。同乗者は三人いるが、殺気が隠しきれていない。


「刺客ってやつですか?」

「だろうな」


 めんどくさそうにルーウィットは同意する。


「ベルトを締めろ。とりあえず何も見なかったことにして横を通り過ぎる。追いかけてくるようなら振り切る」

「戦う司教なのに戦わないんですか?」


 車に乗ると きに脱いだローブの下はシャツにズボンというラフな格好だった。防具はないが、動くには十分な服装だろう。司教であれば肉体強化の魔法の一つや二つ使えるだろうし、戦っても問題はないはずだ。

 とはいえ、しめろと言われたのだから、エフィは言われた通りにベルトで座席に体を固定する。


「無用な争いを吹っかけてどうする」


 言いながら、ルーウィットはパネルを操作して走行モードを切り替えた。グン! と体がシートに押し付けられたかと思うと、スピードが一気に上がる。


「おーーーぃ」


 通りかかった車、つまりエフィたちに助けを求めるふりをしようとしていた刺客たちの声があっという間に後方に消え去る。


 もし本当に魔道機構トラブルだったらどうするのだろう。せっかく恩を売りつけて稼ぐチャンスだったのにもったいない。

 

 そんなことをエフィが考えているのも束の間、サイドミラーで後ろを確認していたルーウィットは舌打ちをした。


「やっぱりそうだな」


 エフィも振り返って様子をうかがった。魔道機構を確認していた男が運転手席に乗り込んで、驚くほどのスピ―ドで追いかけてくる。


「明らかに向こうのほうが早いんですけど」


 視線を前方に戻しながらエフィは訴えた。逃げるこちらの速度もなかなかのものだが、向こうはそれをさらに上回る。


「だろうな。向こうは最新の型だ。こっちの魔力の方が上でもやっぱり車自体の性能には勝てないな」

「確認ですけど、実は狙いが私たちではない、ってこともあり得ますよね? 例えば、実はエンジントラブルを本当に起こしていて、それが治ったからあわてて教会に向かうんです。そうですね、理由は今日挙式を上げる花婿さんをどうしても送り届けなければいけないとか」


 パニックを起こしながら、エフィはわけのわからないことを述べた。

 あの勢いで追突されれば、古い車はぺしゃんこになってしまう。


「まあ、ありえないだろうな」

「少しくらいは現実逃避させてください!」

「攻撃系の魔法は使えないのか?」


 最速を維持しながら、ルーウィットはミラー越しに尋ねた。


「どこでそんなものを習う機会があるんですか! 基礎学校では生活魔法しか習いませんし、教会での修業はそもそも攻撃系は禁止です」

「そうだったな。ちょっと前に来てくれるか?」


 かなりスピードが出ているのに、後部座席から前方座席に移動しろというのか。

 ルーウィットの顔は、結果しか求めていなかった。つまり、どうしても移動しなくてはいけない。

 エフィはシートの間に体を滑りこませ、座席の移動をした。確かに追突されたときのことを考えると、前に座っていたほうが安全だ。


 ベルトを締めなおし、追ってくる車を確認する。まだぶつかるほどではない。


「あの、なにか武器のようなものを取り出してるんですけど」


 後ろの車の窓が開いたかと思うと、筒状の何かが出てきた。


「ようなものじゃなく、そのものだな。あと、しめたところ悪いが、ベルトは外しておいた方がいい」

「あれって銃系統ですよね。我が国(ウィード)では所持すら禁止されているじゃないですか!」


 冷静な反応をするルーウィットに対し、エフィは混乱状態に陥っている。戦争や武器に関しての知識はあっても、実際に見ることもましてや攻撃されることも人生においてそうあるものではない。


「ちょっとハンドルを持っていてもらえるか?」


 片手でハンドルを維持しながら、ルーウィットは車の窓を開けた。勢いよく風が流れ込んできてエフィの長い髪を巻き上げる。エフィは慌てて髪をまとめた。

 

「どういうことですか!?」


 風のせいで声が届きにくい。エフィは声を張り上げた。


「俺がハンドルから手を離すと、魔力供給がストップしてこの車も止まる。そうなるとおしまいだ」

「そうじゃなくて、私にハンドルを預けてどうするつもりですか?」

「こうする」


 そう言ったかと思うと、ルーウィットは窓の外に身を乗り出した。窓枠に腰を掛け、呪文とともに手の中の銃器を生み出す。銃口が大人の拳ほどもある銃だ。武器どころではなく、もはや兵器だ。


「早くハンドルを」


 がくりと落ちたスピードに、ルーウィットは鋭く言う。エフィは慌ててハンドルを握った。

 ベルトを外しておけというのはこういうことか。エフィは運転席に移り、改めてしっかりとハンドルを手の中に握りこむ。

 もちろん、車の運転などしたこともない。とりあえず分かったのは、握っているだけで進むということだ。落ちたスピードが元に戻る。


「あとで運転料金しっかり請求しますからね」


 聖職者としての職務にも入らないし、危険手当にも入らない。エフィは特別技術手当という項目でも作ろうと心に決める。

 ルーウィットのようにサイドミラーやバックミラーに気を配る余裕がない。

 視界に入るルーウィットのことはどうしても気になるので、ときおり視線を送る。 


 ルーウィットは何らかのレバーを引いていた。

 轟音を上げて、兵器から砲丸が飛び出る。あれが当たればまず間違いなく車は破損だろう。

 だがエフィの予測に反してフロントグラスに砲丸を浴びた敵の車は、虹色に変色しただけでびくともしなかった。二撃目、三撃目も同様だ。


 すぐに諦めたルーウィットが窓の外から車内に戻ってくる。エフィもハンドルから手を放して助手席に戻り、シートに身を預けた。どっと疲れが襲ってくる。


「防衛魔法もずば抜けてるな」


 ルーウィットは平然と言ってのけた。


「舌をかまないように口を閉じてろ」


 ルーウィットの忠告直後、後方から強い衝撃が来る。とうとう敵が追いついたのだ。何度も追突され、車体が傾く。

 ルーウィットの華麗なハンドルさばきで横転は何とか免れたものの、街道から大きくはみ出す。見えない場所に大きな石がごろごろと転がる草原へと車は落ちた。

 そのまま走り続ける。


 走りにくいことこの上ないが、だからといって車を捨てるわけにはいかない。人間と車の喧嘩など、結果が見えているのだから。それならば心もとなくとも、中にいたほうがまだいい。

 追いつかれていても、ルーウィットはまだ車を操作し続けていた。が、やはり性能差はどうしたって出る。最新の車が腹めがけて追突してきた。


 エフィたちの車はあっという間に横転し、何度かゴロゴロと転がる。やがて天井を下にして止まった。


 ゲホゲホとせき込むエフィ。ルーウィットは素早く車から降りると、むせるエフィを車体から引きずり出した。そして背後にエフィをかばいながら、車から降りてきた男たちに冷酷な視線を向ける。


「簡単に口を割るとは思わないが、貴様らの目的はなんだ?」

「簡単に口を割らないと思うなら、わざわざ聞くなよ」


 にやにやと下卑た笑みを浮かべながら、四人の男は近づいてきた。

 エフィはルーウィットの背後で息をつめる。


 ルーウィットがどれほど戦えるのかわからないが、一対四なんて、勝ち目がないのではないか。しかも相手が持っている武器は飛び道具だ。呪文の詠唱と引き金を引くのと、どちらが早いのだろう。



「ま、お前たちが死ぬのは確かだってことだ」


 四人が一斉に銃口を向けたのを合図に、エフィは地面をつま先でトンと叩いた。


「何っ!」


 刺客たちが驚愕の声を上げる。地面から草が一気に伸びて銃ごと刺客たちの腕を捕らえ上げた。銃を持った手だけではない。反対の腕にも、両足にも、草はツタのように刺客たちに絡みついた。


「すごいな。これはエフィが?」


 感心したようにルーウィットがエフィを振り返る。エフィは緊張でこわばっていた顔を少しだけ緩めた。

 タイミングがほんの少しでもずれていたら、エフィの腹に風穴があいていたかもしれない。


「私の能力(ギフト)は植物操作だと届けてあるはずです。この魔力使用分も上乗せしますから」


 そんな力を持っていなければ、願い花の販売も思いつかない。魔力さえ持っていれば使用可能な基礎魔法ならともかく、植物に魔力付与だなんて通常はできない。


「こんなにあっさりとらえることができるなら、勿体つけずにカーチェイスになった時点で使えばよかったんじゃないか?」


 拘束されてはいても、気を抜くことなくルーウィットは刺客たちに近づいた。武器を一つずつ奪っていく。


「高速移動時に植物を狙ったポイントに生やすなんて無理ですよ」


 今回はたまたま、刺客たちが車から降りてきたから助かったようなものだ。ルーウィットの実力も知りたいところだが、それよりも己の命のほうが大切だ。確実に相手の動きを封じられる方がいい。


 刺客たちは抜け出そうともがいているが、動けが動くほど植物は絡みついている。そのあたりに生えている雑草だが、強度を上げればそう簡単に千切れることはない。


「さて。誰が貴様らに依頼したのか口を待ってもらおうか」


 手に持った銃の外にも、上着の内側やズボンのポケット、ズボンの裾に隠してあった銃とナイフの類を回収してからルーウィットは聞いた。


「誰が言うか――イタイイタイやめろ!」


 正直に白状しそうにないので、エフィは植物を締め上げた。やめろと言われたからすぐにやめる。痛めつけたところで正直に吐くことはないと思っているが、こちらが優位な立場でいることを示すためだ。


「ちなみに、自白剤の材料となる植物もこのあたりに生えているはずです」


 単体では効果がないため、自生を放っておかれている花だ。エフィなら、主材料さえあれば、薬を作り出すことも可能だ。


「自白では証拠能力が乏しいな」


 顎に手を当てながらルーウィットは唸る。だがやめろとも言わなかった。


「裁判にかけるわけでもないんですから、証拠能力なんていりませんよ。問題なのは、私がすごく怖い思いをしたということです」


 エフィはおびえたように刺客たちに視線を向けた。もともとの顔立ちがよいのと持ち前の演技力で、刺客たちに罪悪感を植え付ける。


「ですから、慰謝料を請求しましょう。非正規で」


 そういって今度はエフィが刺客たちに近づく。刺客の一人がにやりと唇を歪めたのをエフィは見逃さなかった。


「ルーウェルさん、その男、まだ武器の類を隠し持っているみたいです。武器じゃなく、薬の類かもしれません。毒とか」


 エフィの指示でその男を確かめると、下着の中から紫色の液体が入った瓶が出てきた。

 エフィも用心深く刺客たちの懐を探り、金目の物を抜いていく。それを見て、さすがにルーウィットが眉を跳ね上げた。


「何をしているんだ?」

「正当な慰謝料だと思いませんか?」


 今となっては立場が逆転しているが、怖かったのは事実だ。しかも相手には後ろめたいことがあるから絶対に訴えない。金目の物を取り放題のチャンスだ。


「仮にも聖職者とあろうものが」


 ルーウィットは刺客たちに向けるのと同じような蔑みの目でエフィを見る。


「再修業の身ですけどね」


 エフィはもう開き直っていた。今更金好きなことを隠したところで、エフィがしんどいだけだ。


「なおのことたちが悪い。彼らに返せ」

「犯罪者ですよ」

「人はみな平等だ。罪人だからと、金品を奪っていい理由にはならない――聖女に返り咲くんだろう?」


 聖女の件を持ち出されてしまっては、エフィも引かざるを得ない。

 ただでさえ前科もちで一歩出遅れているというのに、がめついところを誰かに訴えられてしまうと、聖女に返り咲けなくなってしまうかもしれない。

 そうなると、ランディと約束をした報酬から遠のいてしまう。大事の前の小事だと自分に言い聞かせる。


「仕方ありませんね。諦めます」


 そうはいったものの、実入りのいい財布を手放すのは惜しい。嫌がらせに中身を全部出してから、男たちの足元にすべての金目のものを適当に積んだ。


「さて、こいつらのことは教会都市に戻ってから上層部に連絡を入れることにして。エフィ、一つ問題が生じたようだ」


 深刻そうな顔で、ルーウィットは言った。


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