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 ルーウィットの反応は上々だと、エフィは満足する。言葉をつづけた。


「幸い、詳しい方がいます」


 期待のまなざしを向けると、ルーウィットは眉間のしわを深くした。


「確かに一般に公開できるレベルの文章を入れたのは俺だが」


 ルーウィットから歯切れの悪い返事が返ってくる。


「じつは下準備は申してあるんですよ」


 エフィはそういうと、ランディの護衛に預けていた紙の束を受け取った。


「新しいテーマは、『魔力の流れから見つける病』なんて言うのはどうでしょう?」


 エフィの提案に、ルーウィットは呆けた顔をする。ランディにはすでに伝えているので驚きはしないが、やはり納得しきれない顔をしている。

 ルーウィットは目を閉じ、それなりの理論を組み立てたようだが、理解にまでは至らなかったようだ。目を開け、エフィを見据える。


「魔力の流れから病気を見つけられるのか?」

「まず前提ですが、どんな人間にも魔力が流れていることはご存知ですよね」

「確かに魔法を使えない人間にも魔力は流れているな」

「そして病を持っている箇所の魔力は滞りがちです」

「ああ、言われてみればそうかもしれないな。怪我を負ったりすると、目詰まりしたかのように流れは止まる」

「まず、そこが病の場所です。次に、滞った場所から魔力とは別の何かが流れ始めます。それを分析すれば病の元を特定できます」


 エフィは紙に図と魔法式を書き付けた。世界のすべては魔法式で表せる。病の原因が同じであれば、流れが滞った所から流れ始める魔力の澱も同じだ。後は特定のためにどのような魔法式を組み立てればいいかを判断するだけ。

 ある程度魔法式を学んでいるランディは途中までついてきた。だが半分ほどの理論説明で断念。後はルーウィットに任せてクッキーを頬張り始める。

 ジーニアスの論文を再構築できるほどの実力があるルーウィットは最後まで食いついてきた。


「なるほど。病の特定はこれが使えれば簡単にできそうだな。今までのような誤診がなくなりそうだ」

「病の種類が違っても同じ物質が出ることもあるので、あとは数値の大きさと症状での判断ですね。この辺りは経験が必要かと思います」

「病を特定して、さらに治療と一歩踏み込んだことになると、また違うんだろうな」

「変異物質を取り除くことによって治療をできる病なら可能ですが、変異物質除去が一時しのぎにしかならない病もありますからね。それは世の魔法医師に任せてみてもいいのでは?」

「それにしてもすごいな。魔力の流れから病を特定しようなんてよく思いついた」

「ああ。それは、信者たちの話を聞いていると、病気で悩んでいる方が多いんですよね。病気に限らず、ほんのちょっとしたこと、日常生活のあれこれしにくくなったというのが。そういう方はたいてい、魔力の流れに異常があったので、これを治せばいいんじゃないか? というところから」


 魔力の流れを一時的に正しても、また悪くなることがある。その原因を取り除くにはどうすればいいのか。観察をしていて気づいたので、それを今回のカマかけに利用すればいいのだと思った。


「では、ジーニアスが送ってきたかのように装うから、この紙に改めて理論を書いてくれないか?」


 そういってルーウィットは新たな紙をエフィに渡した。それらしく見えるように、と普段ジーニアスが使っていると思われるペンも渡す。

 エフィはまとめた紙を見ながら、新しい紙に写し取っていく。


「きれいな字だな」


 エフィが書く文字を見ていたルーウィットは何気なくそうこぼした。教科書に載ってもおかしくないくらいの整った字だった。


「はい。練習しました。地方に赴任すれば、子どもたちに文字を教えるのは私かもしれないと思っていたので」

「いくら地方でも、基礎学校くらいはあったと思うけど」


 ランディは驚く。


「教会には助祭すらいないと聞いていたもので。それくらいの田舎なら、教師もいないのかと。結果的に教師はおりましたので、私は教えませんでしたが」


 教師に医師、とりあえず最低限の人間はいた。助祭がいなかったのは、修道女がいれば事足りると教会が考えたのだ。そもそも教育療関係を管理しているのは国王で、教会は積極的には口を出さない分野だった。

 写経するような丁寧な気持ちで書いていると、不意にルーウィットの声が落ちてくる。


「そのスペル間違っている」

「え? どこですか?」


 間違いを指摘されるが、わからない。ルーウィットはある一点をとん、とさした。


「よく気づいたね、それ」


 エフィの手元を覗き込んでいたランディが感心したように言う。魔法陣を書いたりするものではないので、多少のスペル間違いは問題ない。意味は通じるので、このまま放置しておいてもよかったのだが、エフィは直すことにした。新たな紙を用意する。その手をルーウィットは止めた。


「いや、そのままでいい」

「どういうことですか?」

「おそらく、だれもその間違いに気づかない。エフィも殿下も気づかなかったように。ただ、証拠にはなる」

「どういうことですか?」


 エフィは手を止める。ランディは納得したようにポンと手をたたいた。


「ああ。つまり、これがキュアリス嬢のものじゃないということの証拠だね? これを上層部の誰かがキュアリス嬢に横流しするかもしれない。でもこちらがスペル間違いを知っていたら、それを指摘して向こうを追い詰められる」


 協力者が誰かわからない以上、用心しておくに越したことはない。予防線はいくらでも貼っておくべきということか。


「それもある……が、むしろそれが()()()()()()()()()()()だという証明になる、というのが正しいかな」

 ルーウィットは射抜くようにエフィを見た。

 エフィは息を飲み込む。


「君がジーニアスなんだろう、エフィ?」


 ルーウィットの目は真っすぐにエフィを見ている。すべてを見透かす目だ。


「ジーニアスの理論をすべて読み込んできたんだ。あの人の癖は知っている。癖がないことが癖のような字体。特定の単語を覚え間違いしているのもな」


 まさか、手本のような字体とたったひとつの単語の間違いから気づかれるとは思わなかった。

 ルーウィットはカマをかけているのではなく、確信をもってエフィに突き付けていた。

 ランディは目を見開いて硬直している。

 エフィは持っていたペンを机の上に転がし、ソファの背もたれによりかかかった。背負っていた重い荷物を一つ、降ろしたような気分になる。


「ここで発表しないで、匿名で送るべきでしたか?」

「殿下の護衛がつきっきりだから無理だったんだろ?」


 図星をさされて、エフィは肩をすくめた。


「なぜ、いままでの理論が自分のものだと主張しなかった? 莫大な財産を築けたのに」

「そうなんですか? それは知りませんでした。わあ、もったいないことをした」


 エフィはがっくりと項垂れる。論文が金になるなんて思ってもいなかった。


「エフィがジーニアス?」


 呆けた顔でランディが言う。エフィは力なくうなずいた。


「そうみたいですね。ルーウェルさんの書斎で本を見るまで、そんな名前が付けられていることなんて知りませんでしたが」


 ちなみに、教会あてに最初に送り付けた論文は『死者蘇生』と『魂再生』の理論だった。  

 何よりも早く、研究にとりかかってもらいたかった分野だ。たとえ、それが禁忌のものだったとしても。

 神殿での動きが見られなかったので、信用がなかったのかと思い、次に送ったのは人体の再生法と魔力過多症の治療法だ。その後、願い花を求めてくる者たちからヒントを得て、農業関係や精神疾患、男女間での思考の差異など、知識を広く必要としていると思って他の論文も送った。


「エフィ、君の目的は一体何なんだ? それだけの知識があれば、何にでもなれたはずだ」


 ルーウィットは探る目でエフィを見下ろす。エフィは唇の端を持ち上げた。


「私は何者にもなるつもりはありません。ただ法廷で証言したとおり、私には生き返らせたい人がいます。そのためには莫大な研究費用が必要なんです」

「どれほど資金があっても、死んだ人間を生き返らせるのは無理だ」


 ルーウィットは一刀両断する。

 とっくにわかっていたことだ。理論を与えたところで、欠損部位の再生すらままならなかった人間たちに、魂再生の理論を組み立てられるはずもない。


「ルーウェルさんでも?」


 それでもエフィは希望にすがるしかなかった。人間たちの持つ、奇跡の力に。


「すでにある理論を証明しろと言えばできるだろうが、死者を復活させる理論を新たに作り出すのは無理だ。現状、君より優れた学者は世界に存在しないと思うぞ。それこそ、神の庭にわたって女神にでも話をつけないと」


 その女神が行き詰っているのだから、話にならない。

 項垂れるエフィを見て、さすがのルーウィットも気遣うそぶりを見せた。


「人はいずれ死ぬものだ。残された者たちは、それが定めだったと受け入れるしかない。エフィがいつも言っていることだろう? 終わってしまったこと引きずるのではなく、その結果を踏まえてこの先どうするかで、いくらでも幸せになれるのだと」


 ルーウィットの言葉を聞きながら、エフィは膝に置いた手を握りしめた。巻き込まれたスカートにしわが寄る。

 彼の言葉はよくわかる。だがそれは、この世に生を受けた人間にこそ通じることだ。枠外のエフィには当てはまらない。エイシャの死を受け入れるわけにはいかない。現に、彼女の体はこうして生きている。かすかであっても、エフィの中で魂のカケラが生きている。


 砕けた当初よりも、エフィに守られ魂は癒され、元に戻りつつある。このまま二百何ほど待てばきっと完全に戻る。だが、それではだめだ。エイシャが戻ってきたとき、彼女を知る者は誰もいない。

 父も母も友人も、自分をだれ一人知ることのない世界に蘇るなど、何の意味がある?

 エフィが焦りを感じる理由はそれだ。


 誤算だったのは、人間の時の流れがあまりにも早すぎることだ。この十二年、あっという間に時間は過ぎた。

 がむしゃらに生きてきて気が付けば、子どもとしての大切な時期は過ぎていた。エフィはエイシャから、親子が幸せに生きる時間を奪ってしまった。

 これからエイシャは誰かと出会い、恋をして、幸せな家庭を築くだろう。それすらも奪ってしまうのだと思うと怖くなった。

 このままでは、エフィがエイシャの人生を歩んでしまう。

 決断するなら、今しかない。

 エフィは大きく息を吐き出した。


「持てる力を使って、特級聖女を目指します。キュアリス嬢の陣営が戦争を望んでいるというのなら、徹底的につぶしましょう。ですが――」


 エフィは先ほどから押し黙っているランディに視線を向けた。彼の翡翠の目は、悲しげに揺れていた。

 これからエフィが話すことは、彼を傷つけることになるかもしれない。それでもエフィの譲れない部分だから、包み隠さずに言う。


「ですがランディ殿下の婚約者は辞退させていただきます。私は女神のしもべ。生涯この身を女神に捧げます」


 ランディからの好意には気づいていた。

 エフィがもし、ただの聖女であればその手を取っていたかもしれない。だが肉体が他人のものである以上、勝手はできない。


 そして、エイシャを知る者たちが生きている間に魂を復活させられないというのなら、エフィがとる方法は一つ。

 史上最高の聖女としてエイシャの名を世に残すことだ。


 エイシャという少女がいた証を世界に刻むため。


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