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今回は怪我の描写があります

 ランディが現れて以降の大聖堂前の広間は大騒ぎだった。

 彼の配下がぼろぼろの子どもを教会奥に連れて行ったあとはなおのこと。

 フローリアの真黒聖女よりも、王太子見たさに人が集まってくる。祭りのように、参賀の時のように歓声が沸き上がった。


「静かにしてくれるとありがたいな。私は噂の聖女の奇跡を見たいんだ」


 ランディは唇に人差し指を当て、妖艶にほほ笑んだ。静かなのに艶やかな微笑に、周囲からはため息が漏れて空気が一斉に静けさをとり戻す。

 王太子も期待をかける聖女として、人々の好奇心がエフィに集まる。

 これは好機だった。世間にエフィの名を知らしめるための。


 エフィは改めて並ぶ者たちと向かい合った。

 片腕を失った男が立っていた。

 よりによってこのタイミングかよ、と心の中で舌打ちをする。


「失った右腕も戻せるのか。最近の研究で、欠損箇所が戻る理論が確立されたと聞いている。だが、今の技術では無理だともいわれた。あんたは聖女なんだろう? 奇跡を起こせるんだろう?」


 彼は心から右腕を取り戻したがっているようだった。

 観衆は固唾を飲んで成り行きを見守っている。

 エフィは唇を引き結び、男の目をまっすぐと見返した。聖女としての甘い視線ではなく、戦いを潜り抜けてきたような鋭い視線に、男は一瞬たじろぐ。


「奇跡を起こすのは私ではなく、あなたです。覚悟はよろしいですか」

「覚悟?」

「今の技術でなぜ、昔に失った体の再生をできないか。それは至極簡単なことです。患者側に覚悟がないから。体の一部を失っていることに慣れ切った頭が、体を取り戻した後を認識できないから。例えば神経がつながる痛み、例えば筋肉が反応する痛み、それに耐えられない。何より空白の数年を再構築する想像力。覚悟なさるなら、元通りにいたしましょう」

「耐えてみせる。俺は腕を取り戻し、妻を、子供を養わねばならない」


 残った左腕の拳を握りしめ、男は決意をあらわにした。

 エフィは視線を緩め、にっこりとほほ笑んだ。それから周囲に向けて警告する。


「これから凄惨な状態になるかと思います。気の弱い方はどうか目を閉じ、耳をふさぎください」


 そういうと男を椅子に座らせ、ふさがり切った傷口に触れた。古かった傷口がみるみる真新しくなり、血が滴り始める。あまりの痛みに男はうめくが、叫びはこらえた。額にびっしりと脂汗が浮かぶ。

 近くで並んでいた女性が、はっとしたように彼の額をハンカチで拭き始めた。


 傷口から、骨がちぎれた肉がむき出しになった。

 興味津々でのぞきこんでいた者たちの何人かが、思わず目をそらす。


「お気をしっかり。あなたならば耐えられます。諦めていた幸せをつかめます。この右腕で」


 エフィは男の耳元にささやき、さらに魔力を込めた。バキバキと音が響く。骨が生え、血管が伸び、筋肉が増殖して腕が作られていく。

 やがて再生した腕は、新しいものではなく、左腕と同じようになじんだものだった。

 再生された右腕を不思議そうに見ながら、男は拳を開け閉めする。


「手が戻っている」

「ええ。あなたの心の強さが生んだ奇跡です。あなたは痛みに耐え抜き、腕が戻っていることを受け入れた。通常、戻った腕をすぐに動かすことなんて不可能なんですよ」


 頭が、腕がなかったことに慣れ切ってしまっていて。

 エフィはそう付け加えた。


 目の前で起きた奇跡に、観衆がわく。

 今度はランディも止めることができなかった。静まれという言葉はかき消されてしまう。

 聖女万歳、誰かが言い始めた。


 魔力の使い過ぎで青ざめたエフィは静かに言う。


「どうかご静粛に。私に助けを求めてきている方はまだいます」


 弱々しい声だったが、エフィの真剣なまなざしに周囲は波が引いたように静まり返った。

 ランディが、連れてきた護衛に合図を送る。すでに並んでいた者たちを追い返すようなことはしなかったが、新たに来た者たちには後日改めてくるように言っていた。


 エフィは一人ひとり丁寧に、見て行った。

 腕を再生するほどの奇跡は起きなかったが、それでも満足しているようだった。

 その一人一人に、奇跡を起こすのはあなただと伝える。その言葉が、皆胸に響いているようだった。

 ランディの護衛が調整してくれていた列のすべての話を聞き終えた時、エフィは倒れた。




 目を開けた時、窓からは夕日が差し込んでいた。

 ゆっくりと体を起こすと、エフィはソファに寝かされていた。

 教会本部にあるルーウィットの私室だ。泊まり込むための設備ではないので、ベッドがなくてソファにしたようだ。


「前はアークさんの屋敷に運ばれたと思うんですけど」


 明かりもつけずに、書斎机で書き物をしているルーウィットに声をかける。ルーウィットはエフィにちらりと視線をよこし、ため息を吐き出した。


「あの騒ぎの中、連れていけるわけないだろう。エフィは今や、奇跡の聖女だぞ。女神の化身だとはしゃいでいる者もいる」


 書き物の手を止めて立ち上がり、場所を移動してエフィの隣に腰を下ろす。上を向かされ、目を覗き込まれた。


「魔力の欠乏ではないようだが……」

「何度も言いますけど、私の能力(ギフト)は植物操作なんです。基本的に植物を操作するときに制限はありませんが、他のことは不得意なんですよ」

「あれでか?」

「あれでです」


 もし治癒が得意であれば、あの程度で倒れはしない。


「もしかして自ら治療しないで治療院や薬師を紹介するのは、不得意だからか?」


 腕を生やした男以降にも、怪我を負った者たちはいた。エフィはそのこと如くに、得意な治療先を教えていた。


「いいえ。あの程度は全部治せますよ。でも、私がやっては意味がないでしょう?」

「どういうことだ?」

「私に頼りきりですと、魔医学はいつまでも発展しないということです。治療に必要なのは理論もそうですが、経験です。経験の積み重ねで精度は上がっていきますから。後は、多くの人が関わることにより多角的な視点から物を見ることができて、それがまた魔医学の発展につながります」


 エフィをじっと見ていたルーウィットは、納得したようにうなずいた。


「たしかに、知識と技術を持つものが多くいたほうがいいな。ジーニアスの論文を一読しただけでそれを実践できる天才はそういない。それを補うためには専門家が多くいて、経験をより多く積んでいたほうがいいな」


 ため息交じりにルーウィットは言葉を紡ぐ。呆れた声だったが、いったい何にあきれていたのか。

 ルーウィットはエフィをじっと見た。魔力探っていた時の感じともまた違う。


 窓から入る夕日のせいで、ルーウィットの青い目が紫がかって見えた。

 ルーウィットの手がエフィの頬にのびる。倒れた時に乱れたのか、結い上げていた髪がほどけていた。その一房を手に取り、エフィの耳にかけた。頬に指が触れそうになったが、触れることなくルーウィットは手を離した。


「あまり無茶はするな」

「ルーウェルさんらしからぬ言葉ですね」

「どういう意味だ?」

「女神のために身を粉にして働けというかと」


 エフィが笑みをこぼしながら言うと、ルーウィットは眉間にしわを寄せた。


「まさかいくら何でもそこまでひどいことは言わない」

「そうだよ」


 突然割り込んだ声に、エフィは虚を突かれた。いつからいるのか、ランディがルーウィットを睨みつけている。


「身を粉にしてもらっては困る。エフィは再び、私の婚約者候補に名を連ねたのだから」


 険しい顔から一転、きらきらと輝く笑みをエフィに向けたランディは、ソファからルーウィットを追い出し入れ替わりに座った。長い足を優雅に組む。


「思った以上に成果を上げてくれたね。私はとても嬉しく思うよ」


 そういってエフィの右手を持ち上げ、そっと口づけを落とす。


「私の愛しい人。君の起こした奇跡は、もう王都で広まっている。もちろん広めたのは私だが」


 手の甲に口をつけたまま、ランディはエフィに視線を向けた。エフィを見る目には、熱がこもっている。

 エフィの背をぞくりとしたものが駆け上がっていく。よく知る感情だが、向け慣れていないものに、どう反応を返せばいいのかわからなくなる。


 ランディはくすりと笑い、唇をエフィの手から離した。ただ、手は握ったままで。


「明日から奇跡を求める連中が殺到するだろう。だがまた今日みたいに倒れても困るので、君が信者を相手するのは昼までだ。教会の上にはもう話をつけている」

「それは構いませんが……」


 エフィの雇い主はランディだ。命令されれば断れない。


「そして、警備も厳重にする。私の配下に任せる。ルーウィット、今まで彼女を守ってくれてありがとう。君は通常業務に戻ってくれ」


 ランディは作り物めいた笑みをルーウィットに向ける。ピリピリとした空気が漂っていた。

 二人は協力者だったはずだ。なぜ、ランディがルーウィットに敵意を向けるのか、エフィにはわからなかった。今日の彼の行動に失態でもあっただろうか。


 ルーウィットは長い長い溜息を吐き出し、前髪をくしゃりとかいた。


「それはありがたい。そろそろ業務に支障が出始めていたんだ」


 ランディの手回しにより、ルーウィットとエフィの師弟関係に終止符が打たれた。


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