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「アーク・ヴィーヴィス男爵の娘、エフィ・ヴィーヴィスにございます」


 儀式の間に通されたエフィは、十二人の大司教を前に、スカートの裾を持ち上げて淑女の礼をした。完璧とはいいがたいが、おかしなところもない礼だった。


 アークは控えの間で待機している。紹介者ということで、ルーウィットはついてきているが、この場では頼れないと思えとくぎを刺されている。


 ルーウィットは呪文を唱えて結界を張った。エフィが魔力を暴走させて大司教たちに傷を負わせないためである。

 張られた結界を見上げ、エフィは眉を顰める。エフィが本気を出せばこんな結界はひとたまりもない。本気で大司教たちを守る気があるのか。あるいは、この結界を壊さないぎりぎりの魔力出力を求められているのか。


「まずはこちらに魔力を込めてください」


 大司教たちの後ろに控えていた小間使いが、背の高い器具が乗ったワゴンを押してきた。初めて見る機械にエフィは瞬きを繰り返す。以前魔力値を図った時は水晶を利用していた。が、今回準備されたものは水晶を思わせるところは一つもない。


 ワゴンも合わせると高さはエフィの身長の二倍ほどの円柱だ。円柱の直径は人間の胴ほどある。そして細かいメモリが記されていた。まるで身長計のようだと思うが、つまりこのメモリが魔力保有量を示すのだろう。


 台座の部分に手を置く場所がある。エフィはそこに手を置いて、魔力を込めた。

 メモリはどこまで上がれば及第点なのだろう。とりあえず八割は欲しいところかと思い、そこまでは一気に魔力を上げる。後は周りの反応を見て少しずつ加えていけばいいかと思っていた時、ざわめきがエフィの耳に入った。


 大司教たちが厳しい顔をして会話を交わしている。エフィはルーウィットの方を見たが、彼は項垂れて額に手を当てていた。


 もしかすると、一気に最大値まで上げるべきだったのか。メモリがあるのは実はフェイクで、測定器を満たせることが聖女の条件だったのか。水晶の時とは違い、どうすればいいのかわからないから困惑する。そうしている間にも、測定器はエフィの魔力を救い上げ数値を伸ばしていく。じわりじわりと九割を超える。


 エフィは大司教たちの会話に耳を傾けた。


「今まで測定した聖女の中には五割を超えたものはいない」

「やはり真黒色の持ち主だから、魔力が強いのか。そういえばあの装置で魔力過多症の人間の魔力を図ったことはなかったな」

「いや、一人だけいる。それを参考に作っているからな。あの彼でさえ九割だ。しかも、一気に上げたのは六割まで。そのあと限界値まで込めての九割」


 大司教たちの視線が一気に測定機に向く。手を離すなといわれていないので、測定器はいまだに魔力量を図り続けている。最大値まであとわずかだ。


「もう結構だ」


 真ん中にいる大司教がストップをかける。エフィは慌てて測定器から手を離した。


「なるほど。ルーウェルがぜひ聖女にと推すわけだ。だが魔力値が高くとも使いこなせなくては意味がない。一般的に魔力過多症人間は魔力排出が苦手と聞く。暴走させ、女神の民を危険にさらすわけにはいかない。何か魔法を使ってもらおう」

「なんでもよろしいのですか?」

「いや、これを咲かせてもらう」


 そういって次に用意させたのは手のひらほどの大きさの固い蕾をつけた花だった。

 エフィの背後で、ルーウィットが何か言いたそうに動く。だがそれを、右端に座る大司教が視線で鋭く制した。


 おそらく、ルーウィットはエフィに何かを伝えたかったのだろう。そうならば、この花を咲かせるというのはきっと間違いだ。


「……花を咲かせるのに、魔力が暴走することがあると?」

「魔力を注ぎすぎてもいけない、足りなくても咲かない花だ。魔力制御ができるか試すにはちょうど良い花だろう?」

「フラウリカに、そのような特色はなかったかと思いますが」


 試されているのかと思い、エフィは素直に言った。

 神の庭で慣れ親しんだ花だから、すぐにわかった。フラウリカは願いに反応して咲く花。魔力の強弱どころか、有無さえ関係ない。


 再び大司教たちがざわめいた。エフィはルーウィットを振り返って彼の様子を確認する。絶望したように青ざめた顔でエフィを見ていた。

 何をどう間違えたのは分からない。


「どう見てもこれはフラウリカで……」


 エフィはこの時、間違いに初めて気づいた。

 フラウリカが一般的に知れ渡っているのは咲いた状態で、蕾の状態を知っているのはごくわずかだ。それは例えば祭壇の最奥に花畑を持つ中央教会の上層部。あるいは、神の庭で実際に見たことがあるものだ。


「渡ったのか」


 中央に座る大司教が尋ねる。静かな声だが、力の強い声だった。偽りは許されない。

 渡る、とはつまり女神フィーリルフィアのいる神の庭に行くということだ。時折、何のいたずらか人間の世界と神の庭をつなぐ扉が開いて、人間が神の庭に足を踏み入れることがある。


「扉をくぐったことはあります」


 嘘を暴くための魔法が使われている。のしかかる圧力からそれを悟ったエフィは素直に告げた。中身は女神であっても体は人間。魔法の法則はエフィにも通用する。


「いつ?」

「十二年前。教会に保護される前です」

「そなたは、つい先日問題になった三級聖女のエフィだな」

「……はい」


 末端の出来事とはいえ、スキャンダルな事件だ。上層部が把握していないはずはなかった。エフィは大人しく認める。

 エフィを尋問していた大司教は、ルーウィットに視線を向けた。


「ルーウェル、隠し通せると思ったか?」

「もちろん、思っておりません。ですが、手放すには惜しい人材でしょう。魔力値は想定をはるかに超え、ましてや扉をくぐっているだなんて」


 感情のうかがえない声でルーウィットは告げた。

 エフィは、彼の声に憤りを感じた。彼が敬愛する女神の花で、私服を肥やそうとしていた者がじつは神の庭にいたことがあるのは、どれほど屈辱的であろう。だがエフィを認めないことには、戦争が始まってしまうかもしれないのだから、聖女にと推さないわけにはいかない。


 大司教は長い溜息をついた。エフィも共にため息を吐き出したかった。


「たしかに些末な罪で教会を追うのは違っているな。アーク・ヴィーヴィスの娘として聖女に迎えよう。ただ、そなたは初めて教会で女神の心を学ぶ者、ルーウィット・ルーウェルの下でとくと女神の心に触れるがよい。神の庭に渡った所業を奇跡とし、二級聖女に任ずる」


 つまり、かつての修道女としての過去は葬り去るということだ。そのうえで聖女と認めるのだという。


「そのお心、確かに承りました」


 エフィは深々と礼を返す。

 当初の予定とは違ったが、何とか聖女認定を受けられ、エフィはほっと息をついた。


「ところで」


 今まで黙っていた、左端の大司教が口を開いた。エフィは顔を上げる。茶の髪が艶やかな、大司教の地位に就いているには若そうな男だ。目の奥底に欲望の炎が揺らめいていた。


「審査は通ったが、物の試しということで花を咲かせてはくれまいか。もちろん咲かせられずとも、聖女の資格ははく奪されない」


 エフィはルーウィットを振り返った。好きにしろ、と合図が返ってくる。特級聖女を目指すのなら、これくらいは咲かせないといけないだろう。


 エフィは花に触れた。つぼみは徐々に膨らみ、やがて銀色の花弁をつけた大輪が開く。形はとても月下美人に似ていた。儀式の間が甘く清々しい香りに包まれる。


「植物操作が能力(ギフト)ですので」


 呆然とする大司教たちを残し、エフィは儀式の間から去った。





 控えの間に戻ると、エフィはその場に崩れた。


「緊張したー」


 耳元で心臓がバクバクと音をたて、手が震えている。

 緊張の理由は分かっている。嘘を調べる魔法がかけられていたからだ。いつ、エイシャのことがばれるかと、気が気ではなかった。


「その様子だと、無事認定を受けてようだね」


 読んでいた本から顔を上げてのんびりとアークは言う。まるで何一つ心配していなかったかのようだ。


「アーク、俺はこれからいろいろ手続きがあるから、いったん帰っていてもらえないか? エフィはこのままここに残って、手続きを手伝ってもらう」

「そうか。わかった。ルウも無理はしないようにな。薬を飲み忘れるなよ」


 暇つぶしにと持ってきて本を鞄にしまいながらアークは言った。

 薬の件についてくぎを刺すということは、やはりルーウィットの主治医なのか。それにしては、ルーウィット以外の患者を見かけない。


 アークが帰った後、エフィとルーウィットは彼の私室に移動した。

 ソファに腰を掛けた直後のルーウィットの第一声は非難めいたものだった。


「神の庭にわたっていただと? なぜ黙っていたんだ」

「言えば、完全に教会に囲われるじゃないですか。自由がなくなるんですよ」


 教会にとって重要な人物ということになる。よくて軟禁、ひどければ監禁だ。魂の再生法を探すどころではない。それにエイシャが戻ってきても、自由がないと意味がない。


「神の庭に行ったのは十二年前……」


 何かを探るようにルーウィットはつぶやく。


「君は本当にエイシャじゃないのか?」


 予定とは違ってアークを早めに帰したのはそういうことか。儀式の間でのやり取りをアークは知らない。余計な期待を持たせてはいけないと思ったのだ。


「エイシャは金に汚い子ではないのでしょ?」


 エフィは目を細めて返す。ルーウィットは平然とエフィを見た。


「十二年という時は、人を変える」

「前と言っていることが違いますよ」


 エフィはルーウィットから視線を外し、考え込んだ。先ほど大司教たちが使っていた嘘を暴く魔法を利用できないだろうか。


「嘘を暴く魔法は使えますか?」

「一応」


 眉根を寄せ、ルーウィットは答える。


「では今から言うことが嘘かどうか確かめてください」


 エフィは手を差し出した。ルーウィットはためらいがちにエフィの手のひらに、己の手を重ねた。嘘を暴く魔法の正式なやり方だ。嘘をつけば、電流が流れて嘘をついたほうの手が黒焦げになる。それなりに代償が大きいので、通常は犯罪者相手に使うくらいしかしない。


 大司教がかけた魔法は、空間全体にかかっていて希薄になっていたので、黒焦げにはならず全身痺れる程度で済んだだろう。結界を張っていたからできることでもある。


「私はルーウィットさんが思うよりずっと長く生きています。事情があって今はこんな姿だけど、これは偽りの姿。今この年齢なのは十二年前、神の庭から出てきた時から時間が動き出したからです」

「嘘じゃないようだ」


 信じられないものを見るように、ルーウィットはエフィを見た。

 エフィはにっこりと微笑を返す。


「たまには嘘をつきますが、本当のことも言いますよ。さすがに黒焦げにはなりたくないので」

「最後に確認だ。君は本当にエイシャじゃないんだな?」

「違います」


 最後の言葉の時だけ、指先がピリッとしびれた。



 アークを先に帰らせるために手続きをしなくてはいけないと言ったが、実際に必要だったので、ルーウィットはエフィを部屋に残して、必要な書類を調達していた。


 聖女を預かるためにはうんざりするほどの書類を作成しなくてはならない。まさかいきなり二級聖女に格上げされるとは思っていなかったから、追加書類が多い。

 申請書を書き所定の場所に必要なサインをもらいと、各部屋を渡り歩く。小間使いに頼めばいいのだが、できるだけ早く手続きを済ませたかったのでルーウィット自身が出向く。


 九階で最も重要なサインをもらうため大司教筆頭のもとへ向かう。

 その横を甘くて清々しいのに、どこか寒気のする香りが通り過ぎた。横目でちらりと確認すれば、赤みがかった金髪の女性が昇降機に向かっているところだった。いかにも貴族らしい服装に身を包んでいる。


 司教のルーウィットに挨拶をしないということは、もともと眼中にないのだろう。九階にいる大司教の客なら、なおのこと。

 見えたのが後ろ姿だけだったので、誰かわからなかったがあまりいい感じはしなかった。たぶん、漂ってきた香りが好きではないのだ。どこか、ねっとりと絡みつくような匂いが。


 意識がそれたのは一瞬のことで、ルーウィットはすぐに先ほどのことを考え出す。

 嘘を暴く魔法。最後の質問だけは妙な結果が出た。かすかに電流が流れた。でもそれだけ。嘘をつけば黒焦げになるはずだし、本当であれば何も起こらない。


 魔法を無効にするだけの力があるのではないかと思ったが、そうなら大司教たちに神の庭に渡ったことがあることを隠していただろう。自由が失われるのが嫌だと言った時のエフィは、心底いやそうな顔をしていたから。


 エフィの印象は最初から最悪なのに、どうしても気にかかってしまう。理由は分かっている。聖女としての力を持ちながら、それをまっとうに使わないからだ。

 もっと多くの人を救えるのに、なぜそれを適切に使わないのだ。

 しかも、自分の自由を優先させて神の庭に行ったことを秘匿している。考えれば考えるほど腹の中が熱くなった。


 なぜ、こんなにも彼女に潔癖を求めているのか。教会上層部には彼女以上に汚い奴はいる。それのなのに、苛立ちを覚えるのはエフィに対してだけだった。

 もやもやとする感情を押し殺し、ルーウィットは目的の扉をノックした。


「失礼します。署名をもらいに来ました」


 自分の心に気づくには、まだ早かった。


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