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慟哭

 桜の木々が揺らめく山沿いの街は、沢山の人で溢れかえっていた。

 この街は貿易拠点となっている為に商いが盛んに行われており、見世物や売買、飼われる物も沢山あった。

 そんな街の何処か奥深く、桜の木の下で胡座をかき笠を被る一人の男が居た。

 彼が何時からそこに座っているのかは、誰も知らない。

 彼が何故其処に座っているのか、何をしているのかは分からない。

 食事も取らず、水も飲まず、彼はそこに座り続けているだけなのだと商いをする者達は言う。

 ただ、時々彼に綺麗な石を手渡すと、彼はぽつりぽつりと自分の事を話してくれるのだという。


「……戦をしていたんだ。長い、長い戦だった。

 主と呼ぶ者はその中で倒れて死んだ。仲間も一人、また一人と、倒れていった。それでも、俺達は戦い続けた。その戦を、必ず勝たなくては行けない理由があったからだ。……それが何だったかはもう覚えがないんだが。それでも、勝たなくてはいけなかったんだ」


 その石を掌の上で転がしながら、戦の話をするだけの男だったという。

 彼は明くる日も明くる日も同じ体制で、同じ場所で、ただ座り続けている。

 何を待っているのか、何をしたいのか、何故此処に居るのか、それは全く話してくれない。

 それでも其処に、ただ居座り続けるだけだった。



 桜の木々が揺らめく山沿いの街は、段々と人通りが少なくなっていた。

 海近くに大きな城が建ち、城下町が出来た事で商人や人がそこに流れてしまったからだ。

 そんな街の何処か奥深く、桜の木の下で胡座をかき笠を被る一人の男が居た。

 彼が何時からそこに座っているのかは、誰も知らない。

 人が少なくなっていく街を見つめ続けた彼は、何やかんやと彼の面倒を見続けていた女商人に城下町へ一緒に行くことを勧められたが断ったらしい。

 憤った女商人が問い詰めると、彼は少しだけ顔を上げて、その暗く影を落としている瞳を少しだけ見せたんだという。

 何処までも真っ黒な瞳だったそうだ。


「すまない。俺は、待たなければならない。まだ戦を何処かでし続けている仲間達が居るはずなんた。彼らとは、戦の最中で約束をしたのだ。生きて帰ることが出来たら、一番栄えているこの街でまた再会しようと。その約束を違えたくはないのだ。すまない、すまない。どうか、息災で。」


 真っ直ぐと見つめていたその瞳は何処かしら惹かれるものがあったと女商人は色めき笑っていた。

 彼は明くる日も明くる日も同じ体制で、同じ場所で、ただ座り続けている。

 彼が待つ友が本当にあの街へ訪れてくれるのか、それは全く話してくれない。

 それでも其処に、ただ居座り続けるだけだった。



 桜の木々が枯れた山沿いの街は、既に棄てられた街となっていた。

 街にあった川が少し前の大雨で氾濫し、街を飲み込んだからだ。

 そんな街の何処か奥深く、何故か一本の桜の木が寒く冷たい空気の中で凛と佇んでいた。

 他の桜の木々は氾濫で枯れたというのに、それだけは散ることなく咲き続けていた。

 その桜の下には、一振りの刀が立て掛けられている。

 何故かその刀は桜の木と土へ減り込む様に刺さっており、どんなに力を入れても動かせなくなってしまっていた。

 桜の木を切り倒そうという話も出たが、何故かその桜はそのまま刀と共に今まで残り続けている。

 その刀の鞘には掠れた文字で数字と持ち主の名が書かれいた。

 しかしその数字は今から何百年も前のものであり、持ち主はとある戦で戦死した者であったことが判明していた。

 何故そんな昔の刀がこんな所にあるのか。

 それは誰もが知っていて、誰も知らないことだろう。


 桜の木と刀の話を聞いて数年後。

 僕はようやくその桜の木へ辿り着く事が出来た。

 何百年も昔に僕の先祖が晩年、書き残したこの街へ生きて辿り着きたいという手紙を頼りにようやく探し当てた桜の木。

 それは何とも神々しく、そして同時に意味も分からず涙が出てしまった。

 何も悲しいことなんてないはずなのに、何故かこの木へ、刀へ縋り付きたくなるような、そんな感情に僕は動揺を隠せなかった。

 一歩、一歩と近付き、刀の前で膝をつき、指でそろりと鞘に薄く掠れた文字をなぞる。


「ああ、漸く逢えた。また逢う事が出来た。俺は、約束を守ったのだ。」


 穏やかで、それでいて凛とした声が耳を擽り、その瞬間に空気を切り裂くような轟音が鳴り響いた。

 慌てて木から離れると今まで止まっていた時が急激に加速するように、木を支えていた刀がみしみしと音を立て折れ、その反動で自身を支え切れなくなった桜が大きくその身体を地面に横たえ、花弁を散らせた。

 それはまるで、自身の役目を終えたかのように、深く息を吸いこみ眠るかのように訪れた死だったのかもしれない。

 または、長らく待ち続けた事に対しての苦悩も有りうるのかもしれなかった。



 泣く様な、噎ぶような慟哭は、長く果てしない生涯を、噛み締める様に閉じていったのだった。

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