日記
夢のような瞬き。
幻の如く輝いてはちかりちかりと私の視界を叩いては去っていく。
それは決して幸福ではなくて、寧ろ驚く程込み上げる何かがある時だって。
それでもその瞬きは私が周りの誰とも同じでない事を訴えて、また私が歪な形をしていることを告げてくる。
それがとっても心地良いのだ。
片言な声で響く音はきっと私にしか聞こえていない。
この鏡に映るはずの私の姿が私であるはずなのに私でいないのも、きっと私にしかわからない。
そのくらい些細なことで、そのくらい気付きにくいこと。
それでもこの違いに気付けるのは、この世界中で私くらいだろう。
彼らは私を本当の名前とは別の名前で呼ぶ。
それは私が自ら名前とは別で付けた名前だし、また私が本当の名前と同じくらい呼ばれることが多い名前だった。
彼らが何故本当の名前ではなくそちらを選んだのかは最後の最後まで私には分からなかったけれど、何となく分かってはいた。
彼らは二人だった。
片方は綺麗な翡翠色の瞳をしていて、片方は美しい真っ白な髪を持っていた。
名前のない二人に、私はスイとシロと呼び掛けた。
安直すぎていい。むしろ難しいと私の記憶は当てにならないから忘れてしまうかもしれなかったから。
忘却は死だと私達は三人とも知っていた。
彼らはまるで博愛で嫉妬深く、素直で歪んでおり、偽善者で嘘吐きだった。
しかしそれは私も同じもので、彼らとの違いは大差なかった。
二人はお互いで、私は二人で、二人は私だったからだ。
だから彼らに嫌なところがあるなら、それはもれなく私の嫌なところになっていた。
彼らとの暮らしはどのくらい続いたか覚えがない。
それは空に輝く星のように当たり前であったから。
それくらいに私は彼らとの暮らしに慣れきってしまっていて、彼らの存在を認めてしまっていた。
しかし何処か私は彼らの脆さを知っていたし、何よりも彼らにとって忘却は死であった。
とある日にスイは私に告げたことがあった。
俺たちはもうそろそろお前から離れようと思うんだ、と。
それは彼らにとっての死であることを私は知っていて驚いた。
生き続ける事より死ぬ事を選ぶのは私の決断であることは間違いないからだ。
そして、自身より誰かの死の方が重いことを知ったからだ。
スイはどちらかというと内向的で、引きこもりがちだった。
世界には私とシロの二人で充分だと言う男であった。
シロはどちらかというと外向的で、誰かと話すことに喜びを感じていた。
世界には沢山の人間がいて、皆きらきら輝いていると思い込んでいる少年だった。
そのどちらもが間違いだった。
そんな二人がお互いに死を認めるのだから、私には最初から止めようなど、いや止めるつもりなど最初からなかった。
私のせいで生まれ落ちてしまった二人に死に際まで私が決めるのは彼らにとっても平等ではなかったから。
私は好きにするように告げると、お前は相変わらずだと笑われた。
とある朝に目が覚めると二人の姿が無かった。
哀しみは湧いてこなかったが、こんな広い世界でただ一人残された気分で落ち着かなかった。
鏡を何度見ても鏡の中の私は私のままだったし、世界に目を向けても何処までもただ真っ白だった。
何も残していかない。そうして風化していく思い出。
彼らは別れの言葉も告げないまま、自ら死んでいった。
その時に私は気付いたのだ。
ああ、私が知ることの出来なかったものを、私自身を、彼らは感じ、理解し、私に遺していったのだと。
やはり彼らは最後の最後まで、私に似てただのお人好しであったのだ。
遺された私は彼らのために祈る事しか出来ない。
私の最後になるであろう、大切な"私達"に。
それが私から彼らに出来るせめての手向けだったからだ。
「この世界の果てには何があると思う?」
「何も無いと私は思う」
「僕は空があると思うな」
「俺はな、この世界に果てなんてないと思う」
「ええ? スイ、それ何か卑怯じゃない?」
「卑怯じゃねえよ。世界に果てなんてない。何処にも行き着かない。ずーっと陸が広がって、海が広がって、空が広がって、輝き続けてるんだ」
「何処までも色んな、僕等が知らないような人達がいるんだろうね!」
「なあ、お前はどう思う?」
「私?」
「そう。お前は世界の終わりなんて無いって信じるか?」
「……信じるも何も、見なきゃ信じられないわ」
「まあご最もだよね」
「うるせえシロ。……お前ほんっと夢ねえな」
「誰に似たのかしらね」
「知らねえよそんなの。……お、じゃあこうしねえか。俺たちがお前を世界の果てに連れてってやるよ」
「あ、それいいね! そしたら世界に果てなんて無いって信じて貰えるかも!」
「……二人共ほんっと単純っていうか、馬鹿っていうか……」
「うるっせーよ! な? 一緒に行こうな」
「そしたらきっとこの世界を好きになれるよ!」
「ずっとずっと果てまで、三人で何処までも行こうぜ、な。」
今なら分かる。
この世界は何処までも、何処までも続いている。
それは希望ではなく、絶望だ。
だってこんなにも、
「……だってこんなにも、私の世界は呆気なく死んだのだから」




