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大蛇伝説

 とある島国に、青髪の神の子が産まれ落ちた。

 彼はトカイという名で、人と神の混血だったが成長するにつれ非常に勇敢になり、また力も強い男に育った。

 彼は物心がついてからというもの一つの居住を作らず、色んな村や集落を転々と渡り歩きながら人々を助け、各地で名を知らぬ者はいない程になった。


 ある時、川で一人の女に出逢う。

 彼女はその漆黒の長く艶やかな髪を川の冷たい水に浸しており、その川の水はみるみるうちに黄金色になっていった。

 トカイが不思議そうにそれを見ていると、彼女は小さくトカイに呟き、微笑んだ。


「トカイ様、私めは貴方様を大層お慕いしております。」

「私とそなたは初めて顔を合わせる身。何故私を慕うのだ?」

「私が貴方様をお慕いするのに理由なぞ御座いません。ただお慕いしている、それだけで御座います。」


 トカイは首を捻るばかりで、彼女は面白そうに微笑むだけであった。

 しかしトカイは不思議と嫌ではなかったのだ。


 明くる日、川の下流に小さな集落があった。

 トカイが其処へ訪れると、何やら集落の男達が槍や弓を持ち集まっている。

 何かあったのかと声を掛けると、男達は驚きつつも何処かへ憤っていた。


「川の上に九つの頭を持つ大きな龍が潜んでいるのです」

「集落には沢山の畑があるのに、龍のせいで畑には水が流れんのです。」

「あの龍を討ち滅ぼせば、畑が枯れることはなく妻や子供に飯を食わせることが出来るのですわ」


 トカイはその話を聞き、男達の代わりにその龍を討つ約束をした。

 喜ぶ男達から大振りの剣を譲り受けたトカイはゆっくりと川沿いをなぞるように登っていくが、何故かその間、昨晩出会った女が気にかかって仕方が無い。

 しかし、彼女が龍であるならば何故集落へ水を滞らせるのかも疑問であった為、どちらにせよ龍には会わねばならないと考えたのだ。


 どれほど登ったか、太陽が天上へ登りきらぬ前に出発したというのに、既に遠い線上の彼方へ沈み掛けている頃だろうか。

 トカイはある一つの大きな祠へと辿り着く。

 其処には確かに、大きな九つの頭を持つ龍がまるで石像のように居座っていた。

 というのも、そもそもその龍は本物の石だったのだ。

 そして、その祠の側には悲しそうに佇む、あの女がトカイを見つめていた。

 女はゆっくりとトカイに近付くと、首を横に振り、「お帰り下さい」と呟いた。


「何故そんな事を言うのだ」

「私めは貴方様に殺されたくはないのです。そして、殺したいとも思いませぬ」

「どうして私がそなたと剣を交えねばならないと申すのか」

「……私が、下の集落から生贄に出されました、この九つの頭を持つ水龍様の嫁であるからです」


 トカイに近づいた女が踵を返し、祠に横たわる大きな石を見上げながらも更に呟いていく。


「私は集落では異形の落し子とされております。彼処では異形の子の男は生き埋めにされ人柱となり、女は水龍様の嫁として若い内にここへ連れてこられ、一刻は生かされますが祭の前に生贄にされ殺されるのです。……私は水龍様へ純血を捧げられず、集落へ天災が起こりました。それ故殺されるのです」


 悲しそうな顔の女はそのまま川の中へと足を運び、膝頃まで浸かると何処か諦めた笑みを浮かべ、トカイへ言うのである。


「私は、ずっとトカイ様をお慕いしておりました。出来ることならこの純血も、貴方様へ捧げてしまいたかった。……しかし、私は私である前に、異形の子であり、水龍様の嫁なのです」


 トカイはその瞳に、その笑みに苦虫を噛み潰したような苦々しい表情を浮かべた後、何故か大振りの剣を持ち直し水龍の石像の赤く光る瞳を持った頭を一つ切り落としてしまう。

 呆気に取られる女の前でその頭を二つに割ると、剣を何度も振り落として窪みを作り始めてしまった。

 既に日は落ち、周りは暗くなり始めていた。

 トカイの真意が見えずも女は側でそれを見守りながら火を焚き、灯りを灯してやった。

 夜通し剣を振り下ろし続けたトカイは軈て、無骨な桶のようなものを作り上げ、それを持ち前の力で川に浮かべ、女を船に乗るよう声を掛けた。

 白み始める空、船に乗った女の隣に腰掛けるトカイ。

 剣でゆっくりと船を漕ぎ始めるトカイに女は問い掛けた。


「トカイ様、何処へ行かれるのですか?」

「そなたと私は、今から天へと旅立つのだ」

「……どうして天なのですか?」

「天にそなたを連れて行かねばならない理由があるからだ。」

「それは何か、聞いても宜しいですか?」

「……天にはな、私の父様が居るのだそうだ。この国をご創造なされた方だ、川一本如きの龍神等どうにでも出来よう。私が契りを結びたい娘を連れて行くなれば、父様なら喜んで下さるかもしれないだろう?」

「……私の様な、異形の子でも宜しいのでしょうか」

「何を言っているのだ。……そなたが私を恋い慕った様に、私はそなたの美しさに惹かれた事は、可笑しいだろうか?」

「……いいえ、いいえ。可笑しいなど何一つ御座いませんよ、トカイ様……」


 川はゆっくりと二人を運び、空は鮮やかに日の出を祝い、繋がれた手は解かれる事など無いのだった。


 日が登り、太陽が昨日よりぎらぎらと照り付ける頃、集落では川に人が集まっていた。

 大きく切り出された石船の中に、集落の異形の子であり龍神の嫁であり水の巫女であった女と、昨日早くに川上へ出発した筈のトカイが仲睦まじく、幸せそうに手を繋ぎながら、血だまりの中で死んでいた。

 集落の人々は恐れ、我先に集落を置いて逃げ出そうとしたが時既に遅く、トカイが船を作るために切り落とした石像が山水を塞き止められずに溢れ出し、決壊した川の水が集落を飲み込んでしまったという。

 その川の水はまるで九つの頭を持つ大きな龍の様だったというが、それが本当かは誰も分からない。



 ああ、そういえば。

 辛うじて生き残った人々が二人の遺体を探したが、遺体どころかあの大きく無骨な石船すら見つからなかったそうだ。

 果たして、二人は本当に天へ行ってしまったのだろうか。

 誰にも真実は分からないが、いつしか二人の物語を「大蛇伝説」と呼び語り継がれているのは、本当のことである。

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