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花売りの少年

 カイは花が好きな少年だった。


 彼にとって花は命の証であり、また想いを伝える為の手紙のようなものであり、またこの世の中で一番美しい物だと思っていた。

 彼の人生において花は欠かせないものであり、産まれた時から今まで花に囲まれた生活を送っていた為に、彼になくてはならないものであった。


 元々カイの両親は花を育てる農家だった。

 年中寒いこの国の気候の中、彼の両親は色とりどりの花を育てることができ、周りの人達からは魔法の様だと絶賛されていた。

 カイはそんな両親が誇らしくて堪らなかったが、彼には一つだけ悩みがあった。

 彼は何故か花を育てることに長けていなかったのだ。


 自分には誇らしい両親の才能が受け継がれていないのだと落胆していたカイは、ある日母親の勧めで両親が育てていた花を売るお店を任されることになった。

 花を育てる才能がない自分が、花を売る事なんて出来やしないと思い込んでいたが、これもまた何故か彼は花を売る事がとんでもなく上手であった。


 驚くカイに父親は嬉しそうに彼に言った。


「カイは花が育てられなくとも、その愛情は深い。花を愛するひたむきな心がお客さんにも伝わるんだよ。流石カイは父さんと母さんの息子だなあ。」


 大好きな花で、自分にも誇れるものがあったのだと思うと、カイは嬉しくて嬉しくて仕方なかった。

 彼はその才能をめきめきと伸ばし、いつしかお店は大繁盛。

 両親の花だけでなく、他国の色んな花や、時には木、植物達を売るお店へと変わっていった。

 しかし彼は最初の頃と変わらず、一つ一つの植物に対する深い愛情とお客さんへの真摯さを持ってお店を続けていた為、彼の店は益々繁盛した。


 彼の両親が亡くなって何年後かのある日、彼が大切にしていたとある一本の木から金と銀に輝いた、小さな人間が現れた。

 その木はいつぞやの朝に店の前に置いてあった鉢植えを入れ替えたものだった。

 びっくりする彼にその人間は一言謝ると、自分はとある本の精霊だと名乗った。


 ミハイルと名乗ったその精霊は、自身の本当の声を取り戻すために沢山の"御伽噺"の中を飛び回っており、その手伝いをカイにもして欲しいと頼んできたのだ。

 しかしカイには両親が残したこの店を守る義務がある。

 彼はミハイルへ自分が手伝えない事を伝えた。

 するとミハイルは驚いたのだ。


「君はとある御伽噺の主人公で、此処で君は僕についてくる"筋書き"の筈なんだ。だけど、君が断ったら君の物語は続かない。……もうこの世界には変革が起こっているのかもしれない。……君の周りで普通じゃありえないことは起こっていないかい?」


 そう言われ、カイはふとある事を思い出した。

 毎年変化のない寒い気候。元々花は育ちにくい土地であるはず。それなのに最近何故か大量に花が咲くようになったのだ。

 これは花農家の人達も訝しんでいて、暖かくもなっていない筈なのに咲く花を寧ろ気味悪がっていた。

 そんな大切な花達に、この国に、何か変な事が起こっているとするのなら。


 カイはミハイルを見つめると、一つだけ問う事にした。


「ミハイルの声を取り戻す手伝いは、僕にしか出来ない事なんだよね?」

「当たり前だよ! 『花売りの少年』の主人公はカイ、君しかいないんだから!」

「それなら僕が手伝うよ。ミハイルの声を取り戻すのも、この世界の変な所を直すことも!」


 カイはにっこりと微笑むと、それにつられたミハイルも嬉しそうに笑って、懐から一本の棒を取り出した。

 何だろうと首を傾げていると、ミハイルはその棒を徐に振り上げる。

 すると棒の先から白色のきらきらした星の様なものが、カイの掌に降り注いでいき、ぱちぱちと柔らかく弾けていった。


「今のは、何?」

僕からの贈り物だよ、カイ。僕の手伝いをしてくれる君に、君が一番大好きなものがその掌から生まれる魔法を掛けたんだ! ……と言っても、僕はこのくらいの小さな魔法しか使えないんだけどね」

「何言ってるんだ、こんなに素晴らしい贈り物を僕にありがとう、ミハイル」


 ぎゅうっと優しくミハイルを手繰り寄せ頬擦りをしたカイは、その掌を見つめ、少しだけ目を閉じて願った。

 僕の一番大好きなものが、沢山この手から溢れ出しますように!

 その瞬間、何処からともなくぼろり、とカイの掌からピンクの花が零れ落ちた。

 目を見開いたカイの目の前で、まるで掌から生まれるように沢山の花がぼろぼろと零れ落ちる。

 喜びに目を輝かせたカイは誇らしげに胸を張るミハイルを沢山の花と共に抱き寄せ、あらん限りにまた頬擦りをしたのだった。

 彼にとってこの世の中で最大のプレゼントを貰ったのだから。


「ありがとう、ミハイル」

「僕だって君に手伝って貰うんだ、おあいこさ」

「それもあるけど、もう一つお礼を言いたいんだ」

「うん? なんだい?」

「僕は旅がしたい。色んな場所に行って、その人達に花を贈ってあげたいんだ。……そんな夢を、君が叶えてくれたんだよ。だから、ありがとう。」


 愛してやまない花を、遂に生み出すことが出来たカイは、沢山の花をまだ見ぬ人々へ贈る仕事を始める事にしたのだった。

 大切で小さな親友と共に、彼は沢山の御伽噺の世界へと、花を贈る旅に出る。

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