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81話 お願い

 男の人は大原さんに話しかけ始めた。


「聞いたか?」

「そんないきなり言われても」

「昨日、話しただろ?子供達を制圧しに行ったって」

「あぁ。そうだな。進展でもあったのか?」

「昨日出発した部隊が待ち伏せにあって3分の1が壊滅したらしい。それで、今日の夜中にでも帰ってくるらしい」

「どこらへんだ?」

「琵琶湖横の北陸自動車道のサービスエリアで待ち伏せをされていたらしい」

「こっちもかなりの装備をしてなかったか?」

「そうなんだが、そこら辺の情報はまだよくわかってないんだ。しかもその影響で見張りの数も足りなくなってきたんだ。多分何人かには声がかかるそうだ」


 マジか。多分イザベラには声がかかるだろうな。中村は微妙なラインだ。俺は……絶対に無い。というか来ても断ろう。たまをむだに消費するだけだ。

 おっと、もう止めてもいいな。


「止めてください」

「あ、忘れてた」


 大原さんが吸引を止めた。汚水タンクから降りる。汚水タンクから降りている間に大原さんがバキュームカーにホースを巻き付けてくれた。


「この話は内緒で頼むな」

「いや、それなら話さないでくださいよ」


 助手席に乗り込んで運転は大原さんに任せる。大原さんがバキュームカーを発進させた。次は畑か。イザベラいるかなぁ?


 畑にたどり着くと、農作業をしている人が数人いる。さすがに今日は雨が降っていないから農作業はしてるみたいだな。ただ、畑は昨日降った雨で土が泥になっている。こりゃホースを引っ張っていくのは昨日みたいに一苦労だな。


 バキュームカーが止まった。ホースを足を泥だらけにしながら一生懸命引っ張る。ほかの農作業をしている人たちも同じように足を泥だらけにしながら歩いている。すれ違ったおばさんに軽くお辞儀する。おばさんの籠の中には沢山のキュウリが入っていた。そういえば夏野菜はここに来てからそれらしいのは食べてないな。それとも、お好み焼きの中に入っていたのか?いやキュウリなんて入れたらべちゃべちゃになって食べれなくなりそう。


 肥溜めにたどり着いてホースから出る液体を眺めていると、さっきすれ違ったおばさんがやってきた。手に持っている籠の中は空っぽになっていた。


「あんた、中村さんの夫なんだって?」

「夫……まぁそういことになりますね」

「なんか警備する人が足りなくて門の警備することになったらしいよ」

「はぁ?妊婦なんだぞ。そんなことして流産でもしたら……」

「そこは警備班長の人にでも行ってくれよ。場所は入ってきた門のところにプレハブ小屋が合っただろう?そこだよ」

「あとで行ってみます」


 後で車で行ってみよう。でも、いつも電気消えてて誰もいない感じだけど、どこかにいるのかな?

 ホースを巻き取ってバキュームカーに乗り込む。


「おばちゃんと何か話してなかったか?」

「なんか中村が今度から警備することになったって言ってました」

「妊婦がか!?」

「そうなんですよ。だから警備班長に直談判しに行こうかと思ってるんですよ」

「そうか。でも、妊婦を借り出すってことはそれだけ人手不足が深刻なのかもしれないな」


 そして、最後の場所に着いた。ホースを引っ張るが、こっちの方は収穫がほぼ終わっているのか畑作業している人が少ない。イザベラの姿も見えないな。

 ホースを肥溜めに突っ込んでしばらくすると汚水が流れてきた。最初の頃が懐かしいな。今じゃ汚水を見てもなんとも思わなくなった。汚水がいっぱいになる前に液体が止まった。今日はあまり量が入ってなかったのか。ホースを巻き取るためにバキュームカーまで引っ張る。あれ?大原さんが誰かと話してる。


「ようやく帰ってきたか」

「帰ってきたか……じゃないですよ。そう思うなら手伝ってくださいよ」

「気が向いたら手伝ってやるよ」

「絶対手伝わないやつだ」

「そんなことよりもイザベラさん……だっけ?今、門の方で警備してるって。あれなら乗せてくぞ」

「マジですか。お願いします」


 大原さんと話していた人は気が付くといなくなっていた。バキュームカーの助手席に乗り込む。


「バキュームカーっていつもどこに止めてるんですか?」

「俺の家の隣だ。最初は近隣住民からの苦情がひどかったなぁ」

「そりゃこんな車近くにあったら嫌ですもん」

「そこは長道さんが近隣住民を黙らせてくれたから解決したんだけどな」

「黙らせたって……」

「すごかったぞ。アサルトライフルを持った人が数人押しかけてた」

「長道さんに逆らわなくてよかった」

「あったことあるのか?」

「はい。この仕事をしてくれないかとお願いされました」

「断らなくてよかったな。追い出されてたかもしれないぞ」

「そこまでします?」

「実際のところ、門周辺で暮らしてる人たちは特に仕事をしてないんだ。以前、長道さんたちが仕事をしないなら出て行ってもらおうとしたら軽い暴動が起きてな。けが人と死者が出たんだ。それから少しだけ道長さんは追い出すことに臆病になってな。それで門周辺はあの状態だ」


 門の前にあるプレハブ小屋にたどり着く。今朝と様子は変わっていない。ただ、プレハブ小屋の中には誰かがいるようだ。


「それじゃあ、俺は帰るから」

「はい。ありがとうございました」


 バキュームカーはそのまま方向転換して帰っていった。

 プレハブ小屋の扉の前に立つと、扉が開いた。扉の前にはイザベラが小銃を持って立っていた。


「あれ?一?どうしたの?」

「どうしたのじゃねぇよ。ここで何してるんだよ?」

「銃の使い方を教わっていたの。あ。中村さんもいるよ」

「そう。そのことだよ!妊婦だぞ。今は安静にしてないとだめじゃないのか?」

「本当はそうなんだろうけど……まぁ、長道さんいるから話聞いてみなよ。私は門の警備いくから」


 イザベラのあそこまで深刻そうな顔初めて見た気がする。プレハブ小屋に入ると、数人の人が小銃の使い方を教わっていた。その中に中村もいる。


「これで使い方の説明を終わるので各自警備場所に行ってください」


 どうやらちょうど終わったみたいだ。中村がこっちに気が付いた。


「どうしたの?」

「どうしたの……じゃねぇよ。妊婦は安静にしてる方がいいだろ」


 ほかの人たちはプレハブ小屋から出て行ってプレハブ小屋の中には俺と、中村、長道さんが残った。


「あぁ。あなたは中村さんの旦那さんですね」

「はい。それで、妊婦を警備に選抜する理由。教えてもらえませんか?」

「事前に説明してなかったからな。全部話そう」


 長道さんがパイプ椅子を一つこちらに滑らせてきた。座れってことか?パイプ椅子に座ると、長道さんもパイプ椅子に座った。


「昨日。京都と福井県の県境にあるとする。子供達を制圧するために警備班の半数を投入したんだが、どこからか情報が洩れてたらしくてな。高速道路で襲撃されて壊滅だ。もう少しで生き残った警備班が帰ってくるらしいが……」

「そんなにひどいんですか」

「偵察に出てたヘリも誘導ミサイルで落とされた」


 いや……本当に子供か?


「本当に人手が足りないんだ。聞いたところによると二人は射撃の腕がそれなりにあることを聞いた。頼む」


 長道さんが立ち上がって頭を深々と下げてきた。

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