80話 パパ
「なにそれ?」
「見たことない?妊娠検査薬」
「ない。ってか運転中に見せるな」
ジャンクションを曲がると、今度は目の前に突き出してきた。
「こっちに赤い棒が出ていたら妊娠してるってことなの」
「そうか」
「そうか……じゃないよ!二人の子供だよ!」
マジ!?
「マジ!?」
「そうだよ!浜名湖でヤることはしっかりやったでしょ!」
「1回だぞ!……いや、正確には2回連チャンだけど……それに俺以外かも……」
「誰ともしてないよ」
「そっか……子供か……」
なんか実感わかないな。普通はちゃんとお付き合いして結婚してって流れなんだろうけど、家庭を吹っ飛ばしてるからなぁ。いや、別に中村が嫌いってわけじゃないんだ。見た目もかわいいし内面的にも問題は……ない……。
「私も初めてだけど、うれしいよ」
こんな時代に生んでしまうのもかわいそうな気がする。でも、今更どうすることもできない。そんなことを考えていると、ガレージに戻ってきた。
「戻ってきたか。車の調子はどうだ?」
「完璧に直りました」
「そうか。それでいつ出発するつもりだ?」
「出発するのはちょっと考えさせてください」
「どうした?」
「今度話す機会があれば話します。ちょっと車借りてもいいですか?」
「あぁ。もしかしたら調子が悪くなるかもしれないからな。しばらく様子を見るのに使っていてくれ」
「ありがとうございます。中村。帰るぞ」
「うん」
運転席に乗り込んで再びエンジンをかける。そのまま家の方へと走り出す。走っている最中はお互いに言葉を交わすことはなかった。プレハブ小屋前に着くと、車をできる限りプレハブ小屋に寄せる。エンジンを切ると。鍵をかけてプレハブ小屋へ入る。すでにイザベラがお好み焼きを食べていた。
「おかえり。中村さんから聞いた?」
「聞いた。しってるのか?」
「だって妊娠検査薬を進めたの私だもん。私の友達が妊娠した時に同じような症状出ていたからね」
「そう……それでこれからどうするの?」
「どうするもなにも永住決定だろ。お腹に子供がいるのに無理はできないだろ」
「それには私も賛成。これからこのお腹、もっとでかくなるんだよ」
「ついに永住か」
「アクシデントが起こらなければいいね」
「おい。フラグを立てるな」
「そんなことよりお好み焼き食べてよ。まだあったかいよ」
イザベラに言われるがままテーブルの上にあるお好み焼きを食べ始める。相変わらず美味しいな。でも、少し飽きてきた。明日、別の食べ物でももらってくるか。あとは、病院みたいなところがあるのかどうか聞いとかないと。
「産婦人科とかあるのか?」
「さぁ?診療所は空港内にあるらしいから産婦人科的なところもそこにあるんじゃないかな?」
お好み焼きを食べ終える。外はすでに暗くなっている。
「とりあえず明日、あのおばちゃんに相談してみるね。何か知ってると思うから。それと、畑仕事はできそう?無理したらだめだよ」
「多分大丈夫だと思う。私の口からちゃんと説明するよ」
俺はどうすればいいんだろうか?
「俺も、大原さんに言っといた方がいいかな?」
「一応言っておけばいいんじゃない?別に悪いことじゃないし」
「そうだな。言っとくか。……さて、寝るか」
隣の部屋に向かうと、敷きっぱなしにしてある布団に入る。あぁ。ついに俺もお父さんか。子供の顔を親に見せたかったな。まぁ、いつこのゾンビ騒ぎが収束するかわからないけれど、収束したら見せに行こう。きっと喜んでくれるはずだ。そんなことを考えながら目を閉じているといつの間にか眠っていた。
目が覚めると、日が昇り始めていた。起きて隣の部屋をのぞくと、すでにイザベラと中村はいなくなっていた。早いな。声くらいかけて行ってもいいのに……。
作業着に着替えて出しっぱなしになってぬるくなっているお茶を飲んでいると、エンジン音が聞こえてきた。来たか。外に出ると、大原さんが手招きしていた。そのまま助手席に乗り込む。
「おはようございます」
「おはよう。話は聞いたぞ。子供ができたんだって?」
「え?誰から聞いたんですか?」
「噂は広まるのは早いんだ。悪い噂も、良い噂もな」
「怖いです」
「そんなこと言うなって。こんな世界になったんだ。噂でも話題が欲しいもんなんだ」
「そんなもんなんですかね?」
大原さんがバキュームカーを発進させる。
「そういえば、お前の嫁さん今日は空港の方に言ってるぞ」
「空港にあるんですね」
イザベラが言ってたのは正しかったんだな。
「一応大体の設備はそろってるから安心していいぞ」
「結構出産する人いるんですか?」
「あぁ。先週は2人くらいいたかな?空港内には子供を預かってくれる施設もあるぞ。託児所っていうのか?」
「それはありがたいですね」
「積極的に利用すればいいぞ。これからの将来を担う子供たちだ」
将来を担うか……将来が果たしてあるのだろうか?ワクチン開発は浜名湖の方でやっていたけど、俺たちがめちゃくちゃにしちゃったんだろうな。でも、あの研究の仕方は流石にどうかと思う。
「ついたぞ」
最初の回収場所にたどり着いた。昨日、ゾンビが現れた仮設トイレの扉は壊れたままになっていて使用禁止になっている。いつも通りに汚水を回収する。回収していると、フェンスのゲートが開いて1台の国産セダンが入ってきた。
少しへこみとかはあるが見た目は奇麗な状態だ。どこから来たんだろう?ナンバープレートは「なにわ」ナンバーだ。汚水がなくなってホースが空気を吸い込み始めた。
「止めてください!」
ホースを引っ張りながらセダンを見ていると、俺たちが入ってきたのと同じようにプレハブ小屋の中に乗っていた男2人がプレハブ小屋に入っていった。
「あの人たちはどこに行っていたんですか?」
「あれは周辺の物資情報を修している人だよ。ここら辺一帯の物資は取りつくしてるからな。1週間前に四国の方へ偵察に行っていた人だよ」
「四国ですか。無事なんですかね?」
「無事なわけあるか。この事態が起きたときにいち早く明石海峡大橋と瀬戸大橋を爆破したんだぞ。それでもゾンビを止めることはできなかったみたいだがな」
「そうなんですね。ってことはしまなみ海道だけですか?」
「そうだ」
「わざわざしまなみ海道まで行ったってことですか?」
「そうなるな。もしくは港に止まっている漁船を使ったか……」
「良い報告があるといいですね」
ホースを巻き取り終えると、助手席に乗り込む。そのまま次の関西国際空港へと向かう。橋の途中にはいつも検問をしてくれている人がいたはずなのに今日はいない。何かあったんだろうか?それともただの体調不良かな?
「今日はいないのか」
「そうみたいですね。車だけは残ってますね」
そのまま検問を素通りして橋を渡りきる。空港内は慌ただしく人が走り回っている。
「何かあったのか?」
「さぁ?気を付けて運転してくださいね」
「わかってる」
汚水タンクの場所にたどり着いて汚水を汲み取り始めると、昨日話していた男の人がやってきた。




