78話 部隊出発
「きゃああああ!」
女性の悲鳴が響き渡る。その声を聞いて車中泊している人や、テントで暮らしている人が出てきた。
「門を守っている警備はまだか!?」
「おい!武器になるような物もってこい!」
大原さんが近くの男に言うが、男はただ、その光景を見ているだけだ。動きそうにない。
「くそっ!俺が行ってくる!」
大原さんが門の方へと向かって走っていった。
「おい!何とかしろよ!」
「俺が銃を持っているように見えるか!?」
近くの野次馬のおっさんがこっちに怒鳴ってきた。……くっさ!こいつこんな時間から酒飲んでんのか!?働きもせず朝から酒飲みやがって!
仮設トイレのゾンビが空けた大穴がさらに広がって上半身が出てきた。上半身を出しながらもがいている。
「皆さん下がって!」
小銃を持った男がやってきた。その後ろには大原さんがいる。バキュームカーのホースを持ったまま後ろに下がる。小銃を持った男が仮設トイレ前に出ると同時にゾンビが仮設トイレのドアに空いた穴から出てきた。立ち上がろうとするゾンビの弾にめがけて2発の銃弾を素早く撃ちこんだ。ゾンビは起き上がることなくその場で倒れたままだ。小銃が持った男が動かなくなったゾンビを小銃の銃口を当てて揺らしている。
「死んだか」
「おい!何があった!?」
一人の男が軽トラから降りてこっちに向かってきた。あれ?あの人って長道って人だっけ?
「あ、長道さん」
「どうした?軽トラでこっちに向かってる途中で銃声が聞こえたぞ」
「ゾンビ化した奴が仮設トイレ内で暴れてたみたいで」
「身元は分かっているのか?」
「いえ、まだゾンビの沈黙を確認したとこなので」
「早急に身元を確認だ。そのあとで感染経路を突き止めるぞ」
「了解です!」
長道さんがゾンビを調べている。多分免許証とかでも探してるんだろう。ふと、長道さんがこっちを見た。
「君は確か……この前やってきた大隅くんだっけ?」
「はい。覚えてくれてたんですね」
「君は汚水の汲み取りだったね。しばらくこの仮設トイレは使えないから次のところに行けばいいよ」
「わかりました」
バキュームカーに戻ると、大原さんが煙草を吸って待っていた。
「お帰り。事情聴取とかないのか?」
「ありませんでした」
「それなら早くホースを片付けて次に行くぞ。かなり時間かかったからな」
バキュームカーの運転席に乗り込んで車を発進させる。
「それにしても、どうなってるんだ?昨日も、ゾンビが出てなかったか?」
「出てましたよ。それで警備をしてくれていた人が1人犠牲になりました」
「そうか。大隅の家の近くで出ていたのか。最近はそんな話聞かなかったのにな」
「そうなんですか?」
「そうだ。外部から来た奴が噛まれた跡があったとかはちらほらあったらしいが、それ以外は特に聞いたことがない」
「へー」
関西国際空港への端に差し掛かる。橋の途中には前来た時と同じ車両が止まっている。警備をしている人も一緒だ。車両の前で速度を緩めて止まると、昨日と同じ人が運転席に近寄ってきた。
「今日は少し遅かったな」
「聞いてないのか?門付近でゾンビ騒ぎあったの」
「昨日もあったよな」
「あぁ。警備がんばれよ」
「大原さんたちも気をつけろよ。ゾンビを見かけたら絶対に近寄らないように」
「わかってる。俺たちは戦闘できないからな」
車をゆっくり発進させて関西国際空港へと向かう。1台のバスが通り過ぎた。なんだろう?遠征か?でも食料とかは随時取りに行ってるんだよな。もうそろそろ周辺の物資も枯渇する頃だと思うんだけど……。まぁ、そんなこと俺が考えてもしょうがない。どこかの頭のいい人がワクチンを作ってくれるまで耐え忍ぶだけだ。
「なんか今日は人が多いな」
「そうですね」
関西国際空港の正面入り口付近には昨日来た時とは違って物資が山積みになっている。それを横目で見ていると目の前に人影が見えた気がしてブレーキを踏んだ。
「馬鹿野郎!気をつけろ!」
武装した男性が目の前に立っていた。どう見てもゾンビを相手にするような服装じゃない。防弾チョッキまできて戦争でもしに行くのか?
「すいません!」
運転席から身を乗り出して謝ると、武装した男性は道路の反対側に止まっているワンボックスカーに走っていった。
「どうしたんだろうな。あんなに武装して」
「さぁ?前いたところでは韓国軍の人たちと出くわして大変な目にあったこともありましたよ」
「もしかしてどこかと戦うんですかね?」
汚水を汲み取るためのタンクに着いた。昨日と同じように汚水タンクに上って大原さんからホースを受け取る。汚水を汲み取っていると1人の男性が近寄ってきた。年齢は見た感じ40代ってところか。
「いつもご苦労様」
「いえいえ。これのおかげで飯を食っているんで」
「ここに来るまでに武装した奴ら見ただろ」
「はい」
「実はな滋賀県と福井県の県境付近に前襲撃してきた子供たちがいるらしいんだ。そいつ等の確保、もしくは殲滅するため部隊なんだ」
「殺すのか?」
「状況次第って言ってたな。向こうも武装してるわけだし、複数の避難所が壊滅もしてるんだ。子供といっても許されることではないだろ」
「まぁ……そこは難しいところだ」
大原さんと男性が話しているのを汚水を汲み取りながら聞いていると、1機のヘリコプターが飛んで行った。あれは偵察のためか?汚水タンクを見ると、すでに空っぽになりかけていた。
「大原さん止めてください」
「おう」
大原さんがポンプを止めた。ホースを大原さんに渡して、汚水タンクから降りる。大原さんと話していた男性は軽く手を挙げると、どこかへ立ち去って行った。大原さんがホースをまとめ終わると、運転席に座ってエンジンをかける。
「ほら、飲めよ」
ダッシュボードの中からお茶の缶を取り出してきた。
「どこで、このお茶とか仕入れてくるんですか?」
「ところどころに屋台とか飯を食べるところがあるだろ。そこで言えばもらえるぞ。ただし、1人3本までだがな」
「そうなんですね。そういうこと何も教わってないですからね」
運転しながら空を見ると、かなり分厚い雲が空を覆っている。これは一雨降る。
「雨降ったらどうするんですか?」
「どうするも何も、雨ごときで中止するわけないだろ」
「そうですよね」
空港へと向かう橋を渡りきったところで雨が降り始めた。かなりの土砂降りだ。こんな中、汚水を肥溜めに入れに行かないといけないのか。めんどくさい。
「めんどくさいか?」
「顔に出てました?」
「出てた」
ワイパーがひっきりなしに動いているが、それでも前が見にくい。外に出ている人も誰もいない。そりゃ、こんな雨の中外出る奴いないだろ。
次の回収場所の畑に着いた。さすがにこの雨の中では収穫も無理か。土砂降りの中ホースを引っ張って肥溜めのところまで行く。畑の土が泥になって歩きにくいし、全身びしょぬれだ。肥溜めの中にホースを突っ込むと排出が始まった。さっきの空港とは違って同じくらいの量のはずなのに妙に長く感じる。雨が入っているせいか?そんなことを考えていると、ホースが止まった。ホースを引っ張ってバキュームカーまで戻ると、大原さんがビニール傘を差しながら待っていた。
「ずぶ濡れだな」
「傘あるなら行ってください。パンツまでびしょ濡れなんですよ!」
「わるいな。1本しかないんだ。今度美味しいもの持ってきてやるから」
「高くつきますよ」
ホースを片付けると、大原さんが運転席に座っていた。
「どうしたんですか?」
「いや、さすがに運転させるのは酷だろ」
「そう思うのなら先に傘を貸してください」
「それとこれとは別の話だ」
バキュームカーは最後の肥溜めの場所に着いた。




