76話 非常口
車は最初に入ってきた鉄製の扉に向かっている。あそこら辺にある車から部品を調達するのか。まぁ、どうせ動かすことはない感じだからな。
「車を見た感じだと、点火系統が怪しい気がするんだ。1気筒死んでるような」
「そうなんですね。あんまりメカの事は詳しくはわかんないですけど、そこら辺の部品を交換すれば治るんですか?」
「さぁ、直した後に試運転してみてだ。それでだめならもう一度何がおかしいのか調べなおすだけだ」
車が止まった。目の前にはフェンスがある。3つあるうちの最後のフェンスだ。そして、横にあるのが、検査を受けたプレハブ小屋がある。今は誰も使っていないようだ。
「同じエンジンを使ってる車を探してくれ。まぁ、わからないのであれば同じ年式ぐらいの同メーカーの車を見つけたら教えてくれ、プレハブ小屋周辺から離れすぎないようにしてくれお互いに見失うと、連絡を取り合えないからな」
「わかりました」
3人バラバラになって車を探し始めた。まずは端の方から探していくか。
防音壁横にミニバンがスライドドアを開けた状態で放置されている。……いや、よく見ると中で子供が寝ている。助手席に座っている母親らしき人物がこっちに気づいた。軽くお辞儀するが、特に反応してくれなかった。あの車はメーカーが違うな。隣の車はそもそも国産車じゃない。
プレハブ小屋の方に向かって歩いていくと、プレハブ小屋の後ろに同じ車種の車が止まっている。なんだ、すぐ見つかったもんだな。
車に近寄るが、他の車と違って生活感が無い。
「その車は違うぞ。それは普通に移動に使われてるやつだ」
「桐生さん。いきなりしゃべりかけないでくださいよ」
「いや、どうやって声をかけるんだ」
「車、見つけたか?」
「意外と、少なくないですか?」
「まぁ、使える車は見つけてある」
「もっと早く言ってくださいよ」
桐生さんについていくと、すでにつなぎを着た男の人がボンネットを開けて作業していた。その傍らには工具箱が置いてあった。
「ほらこれ持ってろ」
渡されたのは……これはプラグか?それにコードも渡された。これはプラグにつながるやつか。ふと、ボンネットの奥が見えた。ボンネットの奥の車内は洗濯物がかけられていたり、ラジオが置いてあったりと、車中生活しているのが見てわかる。この季節、車内で過ごすのはかなりの温度になるから大変なんだろうなぁ。……仮設住宅もエアコンないしそんなに変わんないか。
「行くぞ」
つなぎを着た男の人がボンネットを閉めた。部品を持ったまま、プレハブ小屋前に止めた車へと戻る。
「明日、少し時間あるか?」
「時間なら、汚水回収が終わればいくらでもありますけど」
「それなら、整備を少し教えてやる。ここから出てどこに行くかは知らないが、自分で修理できないとこの先危険だぞ。今まではそこら辺にある車を使っていたかもしれないが、もうほとんどの車のバッテリーが上がってる。そうなると、動いてる車は貴重だ」
「はい。痛いほどわかってます」
ここ最近はバッテリーがでかそうな車しかエンジンがかからなかったからな。
「でも、整備を覚えたとしても道具とかないですよ」
「そこらへんは自分で揃えてくれ。ホームセンターとかカー用品店に行けば一通りの物はそろう」
「それを取りに行くのも命がけなんですが」
「車を修理してるだけでもありがたく思え」
外しと部品を車のトランクに入れると、後部座席に乗り込む。
「家まで送るから。明日、忘れずに来いよ」
「はい」
車はあっという間に仮設住宅にたどりつた。家の電機はついている。あの二人はもう帰ってきてるんだな。
「ありがとうございました。では、明日」
「おう」
車はそのままサーキットのある方へと走り去っていった。さて、飯も食ってないけど、スイカも食べたしいいや。家に入ると、いい臭いがした。この匂いはお好み焼きか?
「銭湯の隣の屋台の人に言ってもらっておいたよ。まだ温かいから食べなよ」
「ありがたくいただくよ」
すでに中村は布団の中で眠いっていた。
「どうだった?」
「どうだったも何も、体力仕事だね。ずっと中腰で作業しているから大変。でも、キュウリは美味しかったよ」
「いいなぁ。俺もおいしいものを食えるような仕事がよかった」
お好み焼きの横に置いてある割り箸を割った。……うまく割れずに1本だけ短くなった。お好み焼きを食べると、昨日食べた味と全く一緒だった。
「相変わらず美味しい」
「でも、さすがにこれを毎日となると飽きるよね」
「明日、大原さんにでもほかに美味しい店がないか聴いてみるか」
「私も道下さんに聞いてみる」
「あ、明日帰り遅くなるから」
「そう。何かあるの?」
「車の修理。あと、簡単なメンテナンスのやり方も教えてくれるらしい」
「がんばってね」
「おいおい。他人事みたいに言うなよ。車が壊れれば命とりなんだぞ」
「その時は近寄ってくるゾンビは任せて」
「そういう問題じゃない」
ドォン
「……なんの音だ?」
「外にある非常扉じゃない?」
「もしかしてゾンビか?」
中村は相変わらず寝ている。イザベラと一緒に外に出ると、隣の住民らしき人も出てきていた。その手にはバールのようなものが握られている。
「お前たちも音を聞いたのか?」
「はい。非常口の外ってどうなっているんですか?」
「非常口の階段は一部が壊されていて登れないようになってるはずだ」
「誰か呼んできた方がいいんじゃないですか?」
「俺が呼んでくる。お前らどこ行けばいいかわからないだろ」
「お任せします」
イザベラが隣の住民らしき人からバールを受け取った。たぶん、扉を叩いているのはゾンビだろうな。
「ねぇ、扉壊れそうじゃない?」
本当だ。扉の揺れが少し大きくなっている。いつまで応援を待てばいいんだ?これは逃げる準備しといたほうがよさそうだ。
「イザベラ、中村を起こしてこい」
「……わかった」
イザベラが中村を起こしに行った。それと同時に仮設住宅の間から小銃を持った人が2人ほど現れた。その後ろには応援を呼びに行ってくれた隣の住民らしき人がいた。
「ここか」
「はい。多分、ゾンビがいます」
「下がってろ。扉が壊れる」
一瞬、扉を叩く音が止んだと思ったと同時に、扉が吹き飛んで仮設住宅の壁に激突した。




